二つの選択肢
「ですが、僕の婚約者であるシア……先程、あなたに微笑みかけた彼女の解毒魔法によって、あなたの毒は全て消え去りました。もう、苦しむことはありません」
そう告げた、その瞬間。
「あ……」
彼女のオニキスのような黒い瞳から、涙が一滴零れ落ちた。
その涙の意味するものが何なのか、僕は知らない。
毒による苦しみから解放されたことによるなのか。
兄であるあの男に迷惑をかけていたという負い目からの解放されたことによるものなのか。
だが、これだけはハッキリと分かる。
彼女は今、間違いなく喜びに満ち溢れているということを。
すると。
「ふふ、すぐに食事を持ってくるそうですので、しばらく待っていてください……ね……?」
「シア……?」
屋敷の使用人に頼みに行っていたシアが、笑顔で戻って来た……と思ったら、みるみるうちにその表情を曇らせていく。
「ど、どうしたんですか!? 何かあったんですか!?」
そんなシアが心配で、僕は慌てて駆け寄った。
「あ……ち、違うんです……その……」
するとシアは、そっと顔を寄せると。
「(ギルが、彼女と一緒にいる姿を見て……嫉妬、してしまいました……)」
「あ……」
そう耳打ちされ、僕はようやく気付いた。
ああ……彼女に声をかけるのは、シアが戻ってからにすべきだった……。
「すいません……僕が至らないせいで、あなたを傷つけてしまいました……」
「い、いえ……ギルは何一つ悪くはありません……私のそんな狭い心が……醜い心が、いけないんです……」
「いいえ、違います。全ては僕の配慮が足らなかったからです……今後、こういうことがないように気をつけます」
「ギル……ありがとうございます」
僕の言葉を聞いて安心したのか、シアの表情が元に戻った。
「では、改めて紹介します。僕の婚約者で最愛の女性、フェリシア=プレイステッドです」
「ふふ……フェリシアです。よろしくお願いしますね」
僕があえて強調しながら紹介すると、シアが嬉しそうに微笑んだ。
シアが悲しむなら、不安に思うなら、僕はその全てを取り除かないとね。
「あ……リ、リズと申します。この度は助けていただき、ありがとうございました……」
彼女……リズは、シアに向けておずおずと頭を下げて礼を述べた。
「それで、あなたにはもっとゆっくり休んでいただきたかったのですが、あの男……いや、あなたの兄君が騒いだため、今は別室に待機してもらっています。とりあえず、食事の後にでもお連れしますね」
「っ! に、兄さんがいるんですか?」
「はい。同じく、この屋敷に滞在しています」
教団の一味としてシアを襲撃してきたことや地下牢に放り込まれていることは告げず、僕はにこやかに告げた。
「シア、僕は彼女の兄君のところに行っております。彼女が食事を済まされる頃合いを見計らって、今度は兄君を連れてきます」
「はい。彼女のことは、私にお任せください」
「ええ、よろしくお願いします。ゲイブ、二人を頼んだぞ」
「ハッ!」
ゲイブに二人を託し、僕は部屋を出て地下牢へと向かった。
「あ! 坊ちゃま!」
「ジェイク、あの男の様子はどうだ?」
「とりあえず、めそめそ泣いているだけですので、特に何もないですね」
「そうか」
僕はジェイクに案内されて鉄格子の前に立つと……うわあ、泣いているのか笑っているのか、どっちかにしろよ。これじゃせっかくのイケメン顔が台無しだ。
「おい」
「っ! な、なあ、どうして妹が……リズがここにいるんだ! しかも、リズが救われたって……あんなに顔色が良くなって……っ!」
声をかけた瞬間、褐色イケメンは鉄格子にしがみつき、捲し立てるように話し始めたかと思うと、感極まって泣き出した。忙しい奴だ。
「オマエも見ただろう。彼女はオマエが殺そうとしたシアの解毒魔法によって一命をとりとめた。あとは食事を摂って体力を回復すれば、もう大丈夫とのことだ」
「あ……あ……」
「さあ、もう思い残すことはないだろう。オマエも教団の連中同様、その首を防壁の上で晒すんだな」
僕は褐色イケメンに対し、そう冷たく言い放つ。
まあ、今のところはそうするつもりはないけど。
だって、せっかくシアがコイツの妹を救ったのに、コイツを始末してリズが悲しんでしまったら、シアの好意も何もかもが台無しになってしまうからな。
ただ、この馬鹿にはちゃんと分からせた上で躾けておかないと、とんでもないことをしでかしそうだし。
「ああ……俺は妹を……リズを救ってくださったあの御方を、あやうくこの手で……っ」
ようやく事の重大さに気づいた褐色イケメンは、膝から崩れ落ち、むせび泣く。
「……もう、思い残すことはない。それに、このままでは妹にも、そしてあの御方にも合わせる顔がない。俺の命で、罪を償わせてくれ……」
縋るような瞳でをう訴える褐色イケメン。
所々、その物言いに引っかかるところがあるが、まあいいだろう。
望みどおり、この世から消してやるとしようか。
「分かった。なら、オマエは今後、この僕に絶対服従の犬になれ。それが嫌なら晒し首だ」
「っ!?」
僕の提示した二択に、褐色イケメンは息を呑んだ。
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