認められた瞬間
「では、始めてください」
シアを含めた五人の生徒に向け、マリガン卿が澄ました表情で静かに告げる。
だけど……あ、あはは、マリガン卿もシアしか見ていないし。
もちろん、この僕もだけど。
「行きます……【フローズン・ローズ】」
シアが静かに唱え、氷結系魔法が大理石の的に向かって放たれた。
すると。
「「「「「っ!?」」」」」
観客達は一斉に声を失い、気づけば、攻撃魔法であるにもかかわらず、ただ感嘆の溜息だけが漏れ聞こえた。
だけど、そんな反応を示してしまうのも仕方ない。
だって。
「綺麗だ……」
大理石の的に、シアの魔法によって一凛の氷の薔薇を咲かせているのだから。
そして。
「「「「「あ……」」」」」
今度は、観客達が名残惜しそうな声を漏らす。
氷の薔薇はそよ風によってその形を崩し、この訓練場に氷の結晶となって舞い踊った。
全ての氷の結晶が舞うと、そこには氷の薔薇と共に、大理石の的も跡形もなくなる。
最後まで見届けたシアは、観客席……の中にいる僕だけに向かって、優雅にカーテシーをした。
その瞬間。
「「「「「ワアアアアアアアアアアアアアア……!」」」」」
ソフィアの時とは比べものにならないほどの、訓練場を……いや、学院中を揺るがすほどの大歓声に包まれた。
あはは! どうだ! 彼女こそが主人公で、ヒロインで……そして、僕の世界一の婚約者、フェリシア=プレイステッドだ!
僕は心の中で何度もそう叫びながら、嬉しさのあまり涙を流す。
シアが……僕のシアが、いよいよ認められたんだ……!
「ギル! ギル!」
するとシアが、僕の名前を大声で何度も呼びながら、僕のいる場所へと駆け出した。
「シア! シア!」
僕もまた、シアへ向かって観客席から飛び出す。
「ギル!」
「シア!」
歓声の中、僕達は互いに涙を零しながら抱き合った。
「ふ、ふふ……ギル……見て、くださいましたか……?」
「もちろんです……! もちろんです……! あなたが輝いた瞬間を、どうしてこの僕が見逃すはずがありましょう……!」
「よかった……あなたが見てくださって、よかった……」
シアは幸せそうな表情を浮かべ、僕の胸に頬ずりする。
同じく僕は、彼女のプラチナブロンドの髪を堪能した。
「グス……ギル、ここは騒がしくて仕方ありません。どこか静かな場所へ行きましょう……」
「そう、ですね……シア、どうぞ」
「ふふ……はい……」
僕はシアの手を取り、騒がしい訓練場を二人で後にした。
◇
「シア……」
「ギル……」
僕とシアは中庭へとやって来ると、二人肩を寄せ合いながらベンチに座り、澄み切った青空を眺めている。
ただお互いの名前を呼び合うばかりで、僕もシアも、これといった話をしているわけじゃない。
でも、彼女が隣にいる幸福感で、言葉はなくても永遠にこのままでいられる。
シアはどうだろう……って、そんなこと聞かなくても分かるか。
だって、シアは今も幸せそうに目を細めながら、僕を見つめているのだから。
そんな幸せな時間を満喫しているというのに。
「お姉様」
「……ソフィア」
憎悪に満ちた表情のソフィアが、僕達の前に立った。
「何の用? 私は忙しいんだけど」
「忙しい? 小公爵様と、ただ並んで座っていることが?」
「ええ、そうよ。私の時間は、全てギルのためにあるの。少なくともあなたに使うための時間は一秒たりともないわ」
忌々しげに問いかけるソフィアに対し、シアは抑揚のない声で冷たく言い放つと、用はないとばかりに顔を背けた。
一年半前の晩餐会では、ほんの少し言い返すだけで精一杯だったあのシアも、今ではこんなにも自信をつけ、強くなった。
そんな彼女の成長を出逢ってからずっと見守り続けてきた僕は、感無量だ……。
「あはは、そうですね。それで? 僕の可愛い婚約者の貴重な時間を割こうとまでして、一体何の用だ?」
僕はシアに同意しつつ、シアが本当の聖女としての実力を見せつけたことで、メッキが剥がれそうになっているエセ聖女に問い質す。
とはいっても、大方シアに嫉妬して皮肉を言いに来ただけだろうけど。
「……お姉様は、最初からあのような魔法を使えたのですか?」
「いいえ。私はギルと出逢えたことで、魔法が使えるようになったのよ」
ねめつけるような視線を送ってくるソフィアに対し、シアは澄ました表情で答えた。
だけど……はは、コイツひょっとして、シアがプレイステッド家にいたころから魔法を使えて、逆に自分が馬鹿にされたとでも思っていたのか。
「あら? ひょっとして、私が最初から魔法を使えたほうがよかった?」
「…………………………」
嘲笑いながらシアがそう告げると、今度はソフィアが不機嫌そうに顔を背けた。
そんなことになったら、聖女として認められていたのはシアになってしまうから、ソフィアからすれば御免被りたいところだろう。
だけど。
「ふふ……だけど、別に私が魔法を使えたからといって関係ないでしょう? だってあなたは、聖女なのだから」
「っ!?」
はは……ソフィアめ、今ほど自分が聖女であることを嫌だと思ったことはないに違いないだろう。
本来であればソフィアこそが頂点にいるべきなのに、まさか無能や役立たずと見下していたはずの姉が、自分よりも上にいるんだからな。
「もういいでしょう? ギル、行きましょう」
「はい」
僕はシアに手を差し出し、彼女はその小さくて細い手をそっと添える。
そして、悔しそうに歯噛みするソフィアの視線を浴びながら、僕達は立ち去った。
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