婚約解消
「…………………………」
「…………………………」
二人で庭園にやって来たけど、会話がない。
フェリシアからしたら、僕の顔なんて見たくもないだろうし、今すぐこの場から立ち去りたいはずだ。
小説の中だったら、僕の失礼な態度のせいで日を改めることになっていて、そのまま屋敷に戻っていたはずだしな。
……一応、僕としてもここが二度目の世界である可能性は、彼女にこうして対面するまでに考えていた。
その時は、僕は彼女の幸せのために身を引き、陰から彼女を支えようと心に決めて。
だって彼女は王太子達と共に、本物の聖女としてこの世界を破滅に導こうとする者と戦うことになるのだから。
というか、何で僕はそんな世界滅亡の危機になるような展開にしたんだよ……って、今さら頭を抱えても仕方ない。
一応、結末としては、フェリシアが彼女を支える王太子をはじめとしたヒーロー達と共にラスボスを倒し、無事にハッピーエンドを迎える仕様だから、とりあえず心配するようなことはない。
それに僕だって、その時のために前世の記憶を取り戻してからの五年間、身体を鍛えまくった。
学問に関しても、前世で大学まで学んできたから、はっきり言ってしまえば今の僕は神童扱い。小説の中のボンクラなギルバートとは違うのだ。
加えて、そんな前世の知識チートをフル活用して、今ではブルックスバンク公爵家の歴史の中で最も隆盛を極めている。つまり、金も名誉も思いのままなのだ。
ということで。
「フェリシア殿、単刀直入に言います。今回の婚約、あなたさえよければなかったことにしようと思います」
「っ!?」
僕の言葉に、彼女は息を飲む。
はは……まあ、父上達のいた初対面のあの場で婚約解消するのも、今ここでするのも同じだからな。フェリシアも『待ってました』というところだろう。
でも、これでいい。
僕は既に前の人生で彼女を傷つけ、殺してきたんだ。
なら、その報いは受けるべきだろう。
……といっても死にたくはないから、これからは彼女には関わらないようにするので、どうか許してほしい。
彼女のサファイアの瞳を見つめながら、答えを待つ。
すると。
「……何故でしょうか? これは、ブルックスバンク家とプレイステッド家同士のいわば契約のようなもの。私達がいくら反対したところで、受け入れられるものではありません。それに……」
「それに?」
「……ギルバート様は、私との婚約はお嫌ですか?」
サファイアの瞳を潤ませ、胸にそっと手を当てながらそう尋ねるフェリシア。
……どうして彼女は、そんな瞳で僕を見るのだろうか。
これ以上僕に裏切られるのは、耐えられないはずなのに。
「……まさか。あなたみたいな素晴らしい女性と婚約できるなんて、こんなに嬉しいことはありません。ですが……あなたは、僕との婚約は嫌でしょう?」
ああ、知っているとも。
もうあなたの心には、ギルバートへの想いは一切ないことを。
なのに。
「……どうでしょうか。私にも、分かりません……」
…………………………んん?
おかしいぞ? 僕の小説では、この時からギルバートへの想いは切り捨て、家族やギルバートへの復讐のために色々と手を打っていく展開のはずなのに。
だから僕からの婚約解消は、願ったりかなったりだろうに……。
だが……ひょっとしたら、僕はまだ彼女とやり直せるのだろうか……? ……って、まさか。そんなこと、絶対にあり得ない。
それは、作者である僕が一番知っている。
「そ、その……でしたら、とりあえずはお互いの家のこともありますので、仮婚約という形にして、フェリシア殿が婚約を解消したくなった時には、正式に婚約解消することにいたしましょうか」
「……仕方ありません」
僕の提案に、フェリシアは渋々といった様子で受け入れた。
僕からすれば、婚約をしたままというだけでも破格ではあるんだが。
だけど、そうか……僕はまだ、フェリシアと繋がっていられるんだ……。
「では、そういうことですので、そろそろ戻りましょうか」
「……はい」
僕は席を立ち、彼女の前で跪いてス、と右手を差し出すと、フェリシアは僕の手を取ってくれた。
そして、プレイステッド侯爵の待つ応接室へと向かう、んだけど……。
「…………………………」
うう……フェリシアがこちらをものすごく凝視している……。
確かに、僕に裏切られた経験をしている彼女からすれば、こんな紳士的な態度なんて不信感しかないだろうし、仕方ないか……。
「小公爵殿、フェリシア、有意義な時間は過ごせましたかな?」
「「はい、おかげさまで」」
微笑むプレイステッド侯爵の問いかけに、僕もフェリシアもそう答えた。
ただ、彼女の表情に変化もなく、むしろ戸惑っている印象のほうが強かった。
「ではプレイステッド閣下、これからどうぞよろしくお願いします」
「小公爵殿、こちらこそ、よい縁談がまとまってよかったです」
僕とプレイステッド侯爵は、にこやかな表情を浮かべながら握手を交わす。
もちろん、心の中では目の前の男を八つ裂きにしてやりたいんだけどね。
そうして、僕は玄関まで二人を見送った。
彼女は一度も僕を見ることはなく、馬車はこの場から走り去っていった。
僕は……彼女を乗せた馬車が見えなくなっても、いつまでも眺め続けていた。
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