女神の加護と聖女の加護
「おはようございます、坊ちゃま……って、ハハハ! 今日は気合いが入っておられますな!」
いよいよ狩猟大会の本番の朝、身支度を終えて宿泊用の幕舎から出てきた僕を見たゲイブが、豪快に笑った。
「当然だ、僕には最高の女神の加護があるんだ。最高の獲物を仕留めてみせる」
ランスの柄の付け根につけた黒と灰の房飾りを見つめながら、僕は口の端を持ち上げる。
今ならどんな相手でも……それこそラスボスだって、いとも容易く仕留めてみせるとも。
それに、フェリシアへのお願いもあるし、ね。
そう思い、拳を握りしめていると。
「ギルバート様、おはようございます」
彼女専用の宿泊用の幕舎から出てきたフェリシアが、笑顔で朝の挨拶をしてくれた。
うん、それだけで最高の朝だ。
「おはようございます、フェリシア殿。いつもの屋敷とは違いましたが、昨夜はよく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで」
「それは何よりです」
うんうん。枕が変わるから、彼女が寝付けなかったらどうしようかと思ったけど、杞憂に終わってよかった。
「ふふ……本当に、一度目とは何もかもが違います……こんなにも幸せな狩猟大会の朝を迎えることができるなんて……」
フェリシアはサファイアの瞳を潤ませ微笑みながら、そっと僕の手を握ってくれた。
「僕も、こんな幸せな朝を迎えられて、最高の気分です。ですが、こんなものではありません。これ以上にもっと、それこそ世界中の誰よりも、あなたを幸せにしてみせますから」
「あ……ギルバート様……」
そうして、僕とフェリシアは見つめ合っていると。
「へえ……小公爵殿は本番直前だというのに余裕だね」
……せっかくのフェリシアとの最高の朝を邪魔するのは、一体誰だ?
僕は眉根を寄せながら、声のするほうへと振り返る。
そこには。
「……昨日の王太子殿下に続き、今度は“ショーン”殿下ですか」
「それはご挨拶だなあ。せっかく小公爵殿を労いに来たというのに」
そう言って肩を竦めながら、かぶりを振る第二王子。
「……王国の星、ショーン第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
昨日の王太子とのことがあったからだろう。
緊張とは違う、また別の意味で硬い表情をしたフェリシアが、カーテシーをした。
「それにしても、わざわざ僕を労いに来てくださるなんて、ショーン殿下は余裕ですね」
「そりゃあね。僕の主力武器は剣ではなくこの弓なんだ。狩りにおいてはこれ以上有利なものはないよ」
そう言うと、第二王子が弓を掲げた。
それにしても……ソフィアめ、第二王子にも抜かりなく房飾りを渡していたか。
「それに引きかえ、小公爵殿の武器は狩りには向かなそうだね」
「はは……まあ、大物狙いで頑張りますよ」
僕のランスをチラリ、と眺めてそんな皮肉を言う第二王子に対し、僕は肩を竦めて苦笑した。
まあ、第二王子は去年の狩猟大会に参加していないから、そう思うのも無理はないか。
「小公爵殿……今回の狩猟大会で僕は、初参加にして初優勝を飾るつもりをしているんだ」
「そうですか」
「見てごらん? このとおり、僕は聖女の加護を受けているんだよ。だから、誰にも負ける気はしない」
弓につけてある房飾りをこれ見よがしに掲げ、第二王子が屈託のない笑顔を見せる。
「ショーン殿下、差し出がましいことを申し上げますが……」
「? 何だい?」
「……その房飾り、王太子殿下からも同じものを見せていただきました」
僕は必死に笑いを堪えながら、おずおずとそう告げた。
いや、第二王子の様子からすると、ソフィアの奴にもらえて嬉しそうにしているから、自分だけがもらえたのだと勘違いしていそうだから。
「ああ、それは知っているよ」
「え? ご存知だったのですか?」
驚いた。まさか知っていた上で、こんなにはしゃいでいただなんて。
小説の中ではいつも王太子の二番手扱いを受けていたから、好きな女性……つまり、フェリシアに対してだけは誰にも譲らず、いつも嫉妬ばかりしていたというのに。
「フフ、小公爵殿には教えてあげるよ。実はソフィアが、房飾りをくれる時に言ったんだ。『ショーン殿下のものだけは、精一杯の心を込めて作りました』ってね」
「は、はあ……」
嬉々として語る第二王子に、僕は気の抜けた返事をする。
それ、どう考えてもただ八方美人なだけだろう。
その程度でこんなに喜べるんだから、昨日の王太子もそうだけど、第二王子もかなりおめでたいな。
「フフ! 本当に狩りの本番が楽しみだよ! 聖女の加護を受ける僕と、悪女の加護を受ける小公爵殿、果たしてどちらが勝つことになるのかな?」
「「っ!?」」
最後にそんな余計な一言を残し、第二王子は踵を返してこの場を去った。
はは、あのエセ聖女、ご丁寧に第二王子にまで出鱈目を吹き込んでいたか。
「あはは、本当に愉快ですね。僕には女神の加護がついているというのに」
僕は振り返り、満面の笑みを浮かべながらフェリシアにそう告げた。
王太子の実力については昨年の狩猟大会で把握しており、まだ小説の本編が始まっていないこともあって大した実力じゃなかった。
なら、第二王子に関しても所詮は同じ程度だろう。
この僕が、あの二人に負ける要素なんて何一つない。
「ギルバート様……」
「フェリシア殿、これは絶好の機会だと思いませんか?」
心配そうに見つめるフェリシアに、僕はそう言っておどけてみせる。
「絶好の機会……ですか?」
「ええ。聖女の加護を受けたと宣う二人の王子が、女神の加護を受けた僕に負けたのなら、周囲はどう思うのでしょうか?」
「あ……」
はは、せっかくだからこの際、僕はこの状況を思う存分利用させてもらおう。
別に本編が始まる前に、エセ聖女のメッキを剥がしても何ら問題もないしね。
「本当に、この狩猟大会が楽しみで仕方ありません」
そう言うと、僕はニタア、と口の端を吊り上げた。
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