狩猟大会と望まぬ遭遇
いよいよ狩猟大会の当日。
僕達は馬車に乗って、会場となる“シェルウッドの森”へと向かう。
なお、今日のためにフェリシアには特別に、動きやすく、かつ、素晴らしいデザインの狩猟服をエイヴリル夫人に仕立ててもらった。
間違いなく、今回の狩猟大会はフェリシアが主役になるだろう。
……王太子と第二王子には、絶対に見つかってほしくないけど。
「それにしても……ギルバート様、本当に大丈夫なのですか……?」
フェリシアは、心配そうな表情で僕を見つめている。
まあ、彼女が心配するのも無理はないかもしれない。
僕は彼女と同じ十三歳だし、普通に考えれば狩猟大会に参加するような年齢じゃない。
それに王国の狩猟大会って、狩りは狩りでも魔獣狩りだしなあ。
でも。
「あはは、大丈夫だよ。伊達にゲイブと特訓しているわけじゃない」
そう……僕はラスボスと戦うことになるあなたを支えるために、前世の記憶を取り戻してからずっと訓練を重ねてきたんだ。
今なら、二人の王子にも負けるなんてことはあり得ないし、そのことは去年の狩猟大会で証明した。
すると。
「ハハハ、フェリシア様ご心配には及びません。坊ちゃまは、少なくとも同年代では王国……いや、大陸最強であると、この私が保証します」
いつの間にか馬車に近寄って耳聡く聞いていた護衛を務めるゲイブが、フェリシアに向かってそう告げた。
まったく……せっかくの二人だけの空間を邪魔しに来ないでほしいものだな。
「そうですか……イーガン卿にそうおっしゃっていただいたので、私も少しは安心できました」
そう言うと、フェリシアは胸を撫でおろした。
まあ、彼女を安心させたから、ゲイブは不問にしておこう。
「ですが……決してご無理なさいませぬよう……」
「はい、もちろんです。僕はあなたと、これから一生楽しい日々を過ごすんです。こんなくだらないことに真剣になるつもりはありません」
僕は彼女と手を取り合いながら、ニコリ、と微笑んだ。
「む……坊ちゃま、フェリシア様、到着いたしました」
「そうか」
どうやら、会場へとたどり着いたようだ。
「フェリシア、どうぞ」
「はい……」
停車場に来ると、僕は彼女の手を取って馬車を降りる。
へえ……集合時間にはまだ早いのに、既に結構な数の貴族が集まっているな。
というか。
「「「「「…………………………」」」」」
……貴族達の、フェリシアへと向ける好奇の視線が気に入らない。
おそらくは僕が婚約したことを知って、値踏みをしているんだろう。
「ゲイブ、僕達を幕舎へと案内してくれ」
「はっ!」
僕とフェリシアはゲイブの案内の元、貴族達の間を歩く。
すると。
「これはこれは、小公爵殿」
「プレイステッド閣下」
現れたのは、フェリシアの名ばかりの父であるプレイステッド侯爵だった。
「フェリシアは小公爵殿に迷惑をかけておりませんでしょうか?」
「もちろんです。フェリシア殿は、今では公爵家にとってなくてはならない存在となっております」
「そ、そうですか……」
フェリシアにまるで見下すような視線を向けてからそんなことを尋ねる侯爵に対し、僕も皮肉を込めて口の端を持ち上げながらそう告げた。
で、そんな答えが返ってくるとは思わなかったのか、侯爵が戸惑った表情を見せる。
その時。
「お姉様! お久しぶりです!」
予定調和とばかりに、妹のソフィアが笑顔で姿を現した。
周りの貴族達も、“聖女”である彼女に敬虔な眼差しを向けている。
ああそうそう、物語ではこのタイミングでギルバートが一目惚れするんだったな。
まあ、僕がそんなことになるなんてあり得ないけど。
「これこれ、再会を喜ぶ前にちゃんとご挨拶しなさい」
「あ、ご、ごめんなさい!」
口元を押さえながら、ソフィアは恐縮した表情を見せる。
フン……僕が考えたキャラではあるが、あざといな。本当に、一番嫌いなタイプだ。
「小公爵様、しばらくぶりでございます。再びお会いすることができて、本当に嬉しいです」
そう言うと、ソフィアがカーテシーをした。
「ソフィア殿、これはご丁寧にどうも」
僕は表情を変えずに、形式的な挨拶だけをする。
「うふふ……小公爵様は、相変わらず素敵な御方ですね」
「ええ、フェリシア殿に相応しい男でなければいけませんから」
クスリ、と微笑みながらそう話すソフィアに、僕は涼しげな表情を浮かべながら答えた。
要はオマエなんかお呼びじゃないことに、気づいてほしい。
「ところで……狩りの本番は明日からですが、今晩はいかがなさるのですか?」
「? もちろん明日に備えて準備をしたりしますが……」
「でしたら、少しお時間をいただくことは可能ですか?」
そう言って、笑顔で詰め寄ってくるソフィア。
ああ、なるほど……そういえばオマエは、この狩猟大会で二人の王子やギルバート、あと駒になりそうな連中に対して、お守りの房飾りを渡すんだったな。
実際、ギルバートなんかそれを勘違いして、完全にこんな奴に入れあげてしまうことになるのだから、さぞや効果があっただろう。
もちろん、僕はそんな汚らわしいお守りなんか御免こうむる……って。
「フェリシア殿……?」
「あ……」
気づけば、フェリシアが僕の上着の裾をつまんでいた。
その指が、微かに震えている……。
「すいません。夜は準備で忙しいですし、明日に備えて早めに就寝いたしますので、申し訳ありません」
「あ……そ、そうですか……」
僕の言葉に、悲しそうな表情で目を伏せるソフィア。
そんな彼女の姿を見て、僕達の様子を窺っていた貴族達は、何か言いたげな視線を送っていた。僕には知ったことではないけどな。
「それよりも、着いた早々でやるべきことがありますので、これで失礼します。フェリシア殿、行きましょう」
「あ……は、はい」
フェリシアの手を取り、僕はソフィアには絶対に見せない微笑みを向けると、彼女は緊張や不安、恐れ、そういった負の感情がないまぜになったような表情から一変し、蕩けるような微笑みを返してくれた。
おかげで僕は、愛おしすぎて今すぐにでも抱きしめてしまいそうになる。
「では、これにて」
「し、失礼します」
「「…………………………」」
不機嫌そうに僕達の背中を眺めている二人を置き去りにして、僕とフェリシアはその場を離れた。
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