侵入経路
「全く……オマエ達の上の、その教皇とやらは、とんでもないことを考えてくれるものだな」
僕は侵入者二人に対し、低い声で言い放つ。
「ギ、ギルバート! そんな危険な物なら、すぐに何とかしないと!」
「落ち着けクリス。メテオラの箱がまだこの男達が持っているのなら、シアが氷漬けにしてくれたおかげで大丈夫だ。そうだな?」
「…………………………」
慌てるクリスをたしなめ、僕は問いかけると、侵入者は無言で頷いた。
コイツ等だって、自分達で仕掛けた爆弾の手で命を落とすなんて、そんなマヌケな死に方は御免だろうしな。
「よし、とりあえず僕達を爆破しようと考えたというオマエ達の目論見は分かった。だが先程、オマエ達はクラウディア皇女も始末すると言っていたな? それはどうやってするつもりなんだ?」
「そ、それは……」
「早く言え」
「は、はい! まずは邪魔になるギルバート小公爵とその一味を爆破した後、この王都の各所にメテオラの箱を設置、その混乱に乗じてクラウディア皇女並びにマーゴット=サンプソン辺境伯を始末するつもりでした!」
言い淀む侵入者に女神ヘカテイアの肖像画をランプの火の先に近づけて脅した瞬間、早口で全てを語った。
だが……ハア、とりあえずはまだ無事のようだな。
加えて、サンプソン辺境伯も標的にされていたか……これは、明日の早朝にでもタウンハウスにいる彼女に話を伝えて、僕達と合流してもらったほうがよさそうだ。
「これで全部か? 隠し立てをしていると……」
「は、はい! もう全て話しました! だから……!」
とうとう泣き出した侵入者は、床に何度も額を打ちつけながら懇願する。
どうやら本当にもう何もないみたいだな。
「分かった。ご苦労だったな」
「あ……っ」
「フゴ……っ」
僕は手を放すと、肖像画はヒラヒラと舞って、ランプの火に覆いかぶさった。
その瞬間、女神ヘカテイアの顔の部分に穴が開き、肖像画全体へと燃え広がっていった。
「きき、貴様は悪魔か! 人の心がないのか!」
「黙れ。軽々しくも人の命を奪いに来た分際で、人の心を語るな。ゲイブ、ハリード、コイツ等を地下牢にぶち込んでおけ。早朝にでも、クラウディア皇女に処分について相談する」
「「はっ!」」
僕の言葉を受け、氷漬けにされたままの侵入者を抱えた二人は、そのままシアの部屋を出て行った。
「さて……これで今夜は大丈夫でしょう。シア、クリス、それにリズも、明日に備えてゆっくり眠ってください」
「ふふ……はい」
「う、うん……」
「はい!」
微笑むシアとは反対に、不安そうな表情を浮かべるクリスとリズ。
まあ二人は、シアと違って戦う術を持ち合わせていないからね……。
「大丈夫ですよ、それと、よかったらリズも一緒に寝ませんか?」
「はわ!? わ、私もですか!?」
「ええ。もし万が一、同じようにあの連中が襲ってきたとしても、私が返り討ちにして差し上げます」
「ア、アハハ……シアは強いね……」
「はい! だって……私は“氷結の薔薇姫”ですから」
クリスが苦笑すると、シアは一瞬だけ僕を見て、ニコリ、と微笑んだ。
◇
「モーリス、何か分かったか?」
シア達が部屋で眠りについている頃、僕はモーリス、ゲイブ、アン、そしてハリードと共に、屋敷を調査していた。
もちろん、あの侵入者共がどうやってこの屋敷に入り込むことができたのか、調べるために。
「今のところ、手掛かりらしきものは見つかりません」
「私が仕掛けておいたトラップにも、引っ掛かった形式もありませんでした」
モーリスの言葉を引き継ぐように、アンが答える。
こう見えてアンはモーリスの部下で、この国でも右に出る者はいないほどのトラップの名手だ。彼女の仕掛けをかいくぐるなんて、あの二人に到底できるとは思えない。
「騎士達にも確認しましたが、やはり不審な者を見た形跡はないようですぞ」
「そうか……」
だとしたら、連中は一体どうやって侵入することができたんだ?
しかも、よりによってシアの部屋に……。
僕は顎に手を当てながら首を捻っていると。
「坊ちゃま! 団長!」
ジェイクが手を振りながら駆け寄って来た。
「? どうした?」
「こ、こんなものが屋敷の傍に落ちていました!」
そう言ってジェイクが手渡したのは、一枚の紙切れだった。
だが。
「これは……」
「魔法陣、ですね……」
紙切れに描かれている魔法陣を見て、僕達は目を見合わせた。
「坊ちゃま。連中はおそらく、この魔法陣によって侵入したと思われます」
「ああ……ジェイク、この紙切れは屋敷の傍に落ちていたと言ったな。その場所はどこだ?」
「はっ! フェリシア様と坊ちゃまの部屋の、窓の下の地面です!」
「やっぱり……」
これで間違いない。
アイツ等は、この魔法陣を使うことによって屋敷へと侵入することができたんだ。
「ジェイク、明日の朝一番にこの魔法陣にどんな効果があるのか、マリガン卿に調べてもらってくれ」
「はっ!」
ジェイクは紙切れを受け取ると、敬礼した。
「坊ちゃま、あの魔法陣は……」
「ああ。考えられるとしたら気配遮断、もしくは転移の効果を持つ魔法陣だろうな」
とはいえ、気配遮断の効果があるのならそんな場所に捨て置かれているなんてことはあり得ない。
ならば十中八九、転移魔法陣だろう。
おそらくは、石か何かをこの紙切れで絡んで投げ入れたか、あるいは伝書鳩などを使って上空から落としたか……。
そして、こんな真似ができる奴といえば、教皇……シェイマ=イェルリカヤしか考えられない。
何せアイツは、本当の聖女であるシアに匹敵するほどの魔法使いだからね……。
「いよいよきな臭くなってきたな……」
「はっ……」
僕は白んできた空を眺めながらポツリ、と呟くと、モーリス達も頷いた。
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