なり損ねた者
「坊ちゃま」
「ああ……予想どおりだよ」
僕は床に転がる侵入者を一瞥しながら、モーリス達にそう告げた。
「ハリード、この二人はお前が言っていたヘカテイア教団の手の者で間違いないか?」
「はい! 間違いありません!」
僕の問いかけに、ハリードが勢いよく答えた。
少々声が大きすぎるが、まあいいや。
じゃあまず。
「ガッ!?」
「グッ!?」
僕は二人の顎を身体強化魔法を使って思いきり殴りつけ、毒が仕込まれている奥歯を折って吐き出させる。
死ぬのは勝手だが、それは全ての話が終わってからだ。
「さて……じゃあ、どうしてこんな真似をしたのか、説明してもらおうかな?」
口の端をニタア、と吊り上げ、僕は侵入者の髪をグイ、と引っ張りながら持ち上げる。
「で? 何の目的でこの屋敷に侵入した?」
「…………………………」
侵入者は、視線を逸らして無言を貫く。
「モーリス」
「お任せください、坊ちゃま」
交替すると、モーリスはあらかじめ用意していたのであろう、ヘカテイア教団が崇める女神ヘカテイアの肖像画を取り出した。
「これが何か分かりますか?」
「「っ!?」」
抑揚のない声でモーリスが問いかけると、二人の侵入者は目を見開く。
そして、これから自分達に何が起こるのか悟ったのだろう。
「わ、分かった、全て話す」
「だからそれだけは勘弁してくれ!」
「素直ですね……これでは、少々面白味に欠けます。なので」
モーリスは目配せをすると、ハリードがランプを手渡した。
「それでは、あなたはこのランプを咥えてください。うっかり放してしまったら、ランプの炎が下にある肖像画を焼き尽くしてしまいますので、ご注意を。もう一人のあなたが全てを話し終えたら、ランプを取り除いて差し上げます」
「む、むぐっ!?」
無理やりランプを咥えさせられた侵入者は、必死でランプを肖像画から遠ざけようとする。
だが、首から下はシアの氷結系魔法によって氷漬けにされ、身動きが取れない。
おまけに、これだけランプの炎と顔の距離が近い上、ランプの金属部分もかなりの熱さになっているだろうな。
「わ、分かった! 言う! 言うぞ!」
「早く言え。それで、何の目的で屋敷に忍び込んだ?」
「そ、それは、ブルックスバンク家の者を全員始末するためだ!」
もう一人の侵入者が、大声で告白する。
「へえ……僕はてっきり、ハリード……いや、“アフメト=ヴァルダル”だけを狙いに来たのかと思ったんだけどね」
「「っ!?」」
僕の殺気を込めた声に、侵入者の二人が恐怖からヒュ、と喉を鳴らした。
当然だ。だってコイツ等は、僕のシアにまでをも狙ったんだから。
「ふ、ふふ……このまま氷の結晶よりも小さく粉々にして差し上げましょうか……?」
「フ、フゴ……ッ!?」
「ヒ、ヒイッ!?」
シアの絶対零度の嗤い声に、とうとう侵入者達は悲鳴を上げた。
聞いているだけの僕ですら、凍えてしまいそうなほどの、シアの冷たい声。
それだけシアが、本気で怒っているということだ。
それも、僕以上に。
「……どうして僕達も狙おうとした?」
「は、はいい……その、アルカバン司祭の首がレディウスの街の防壁の上に晒されるまで、接触した人物が国境を守備する辺境伯のマーゴット=サンプソンのほかにもう一人、ギルバート=オブ=ブルックスバンクがいたとの情報があり、それで……」
「ふむ……」
まあ、あの男が国境の向こう側と連絡を取り合っていたことは充分に考えられたから、僕のことが割れていても不思議ではない。
とはいえ、僕だけでなく屋敷の者全員を標的とするなんて、思い切ったことをするな。
「だが、あのアルカバン司祭とその一味の首を無様に晒したこの僕に対して、オマエ達たった二人でどうにかなるとでも思っていたのか?」
「そ、それは、この懐に入っている“メテオラの箱”で、屋敷とその周辺ごと……」
「「っ!?」」
侵入者がそう語った瞬間、ハリード、そして僕は息を呑んだ。
“メテオラの箱”……前世の僕が書いた小説の終盤において、シアや三人の王子達との最終決戦を前にしてヘカテイア教団が王都の爆破を目論むというイベントのために用意した、火炎系攻撃魔法を極限にまで圧縮した小型爆弾。
その威力なら、屋敷やその周辺はおろか、民衆達の居住区にまで被害が及ぶかもしれない。
いや……シアのおかげでこの連中と戦闘にならずに済んで、助かった。
下手にランスや剣で攻撃をしていたら、一歩間違っていたら吹き飛んでいたぞ……。
「貴様! そんな危険な物を、どうやって持ち込んだ! それに、あれは教皇の許可がなければ持ち出せないはずだろう!」
激昂したハリードが、侵入者の胸倉をつかんで問い質す。
「そ、その教皇様が許可されたのだ! 『ヘカテイア教団に与しようとしないクラウディア皇女を含め、邪魔なマージアングル王国の者共を死に至らしめるように』と!」
はは……面白いことを言うじゃないか。
本当だったら最後の最後にならなければ登場しない、ラスボスになり損ねた者の分際で。
そう……小説において散々暗躍してシアとヒーロー達を困らせた挙句、ラスボスの力を得ようとして失敗し、最後はそのラスボスの手によって命を落とす、当て馬の存在でしかないヘカテイア教団のトップ。
――教皇、“シェイマ=イェルリカヤ”。
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