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クリスの告白②

「ハアアアアアアアアアアア!?」


 僕は思わず、夜空に向かって絶叫した。

 い、いや、そんなはずないだろ!? だってクリスは、小説ではヒーローの一人で、参謀役で……!?


「ア、アハハ……君が驚くのも、その……無理ないよ……」

「おお、おう……そ、そうだな、驚いた、うん……」


 それから、クリスが男であると偽っていた理由について語ってくれた。


 アンダーソン家復興のために、女性のままでは伯爵位を得ることが難しいと考え、母君がクリスに対して()として生きるよう幼い頃から育ててきたこと。

 また、クリス自身も貧民街で生きていく上で、女性ということがバレてしまったら、身の危険が生じると考え、男と偽っていたこと。


「……何より、女の子だと分かって馬鹿にされるのが嫌だった。落ちぶれたとはいえ、ボクはアンダーソン家の後継者だもん。ボクを必死に育てて亡くなってしまった母上のためにも、ボクはそうやって生きていくしかなかったんだ」

「…………………………」

「だからね? ボクは()として生きてきたことを後悔してないし、これから一生、そうして生きていくと思っていた。でも」


 クリスが一拍置き、僕をジッと見つめる。


「でも……ボクは、君に出逢ってしまった」

「…………………………」

「初めてだった。誰にも頼らず、アンダーソン家の復興とアボット家への復讐だけに生きてきたボクに、こんなにも親身になってくれて、優しくしてくれて、たくさん助けてくれて……」


 ああ……そうだな。

 僕は、確かにクリスを助けた。


 シアのために。僕のために。


「そしたらね? ボク、男でいることがつらくなっちゃったんだ……だって、男のままだったらボクは、いつまでも友達にしかなれないもん……何もできずに(・・・・・・)終わっちゃうだけだから……」


 クリスの独白に、僕は何の言葉も返せずにいた。

 それでも、僕は彼の……いや、彼女の瞳から目を逸らしてはいけないと思った。


 クリスは、全てを覚悟の上で話しているんだから。


「ギルバート……ボク……ボクね……」


 (とび)色の瞳に涙を(たた)え、クリスが最も言いたかった言葉を告げようと、すう、と息を吸った。


 そして。


「ボク……“クリスティア(・・・・・・)=アンダーソン”は、あなたが好きです……」


 クリスは、僕に向けて愛の告白をした。


 僕は。


「クリス……ごめん。君の想いに、僕は応えられない」


 そう、はっきりと告げた。


「ア、アハハ……うん、分かってる……君には、大切な婚約者がいるもんね……」

「ああ……何者にも代えられない、僕のたった一つの(・・・・・・)宝物(・・)なんだ。シアがいてくれるから、この僕があるんだ」

「……そっか」


 短くそう呟くと、クリスはクスリ、と笑う。

 その表情は清々しくもあるようで、でも、その想いを必死に(こら)えているようで……。


「で、でも! ボクと君は友達(・・)だよね! それは……変わらない、よね……」

「ああ……クリスは僕の、大切な友達(・・・・・)だ。だから、君が困っていることやつらいことがあった時は、この僕が……ギルバート=オブ=ブルックスバンクが、何を置いても君のために力を尽くすとこの名にかけて誓おう。だから……引き続き、紋章のブローチは君に預ける」

「あ……うん……うん……っ」


 クリスは、(せき)を切ったように(とび)色の瞳からぽろぽろと大粒の涙を(こぼ)す。


 僕はそんな彼女の姿を、ただ見守ることしかできなかった。


 ◇


 ――コン、コン。


「は、はい……」


 シアの部屋へと通じる扉をノックすると、シアがおずおずと開けてくれた。


「……こんな時間に、すいません。起こして……しまいましたか……?」

「……いいえ。実は、起きておりました」


 僕の言葉に、シアは心配そうな表情を浮かべながら答えた。


「そう、ですか……」

「ギル……こちらへどうぞ」

「あ……」


 シアは僕の手を引き、部屋へと招き入れる。


「どうぞおかけください」

「はい……」


 僕は導かれるまま、シアと並んでベッドに腰かけた。


 そして。


「シ、シア……」

「ギル……あなたは誰よりも優しい御方ですから、そうやって自分が思い悩んだり、傷ついたりしても、その心に押し留めようとされてしまいます。ですが……ですが、私はあなたの婚約者です。だから、私には遠慮なさらないでください……ね?」


 そう言いながら、シアは僕を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。

 その声も、温もりも、僕の心に沁み渡って……。


「……僕は、クリスから二つの告白を受けました。クリスの……彼女の本当の姿と、彼女の想い(・・)と……」

「そうですか……」

「当然ですが僕は、彼女の想い(・・)を受け入れはしませんでした。ですが、そのことで彼女を傷つけたかもしれません」


 もちろん、僕が世界一愛しているのはシアだけなのだから、クリスの想いを受け止めるという選択肢はあり得ない。

 でも、他に上手い断り方があったんじゃないか、彼女を傷つけずに済んだんじゃないかと、どうしても考えてしまう。


 クリスは、僕の大切な友達(・・・・・)だから。


「ギル……大丈夫ですよ? あなたのその優しさを、一番分かっているのはクリス様だと思います。それに、誰かを本当に好きになっても結ばれなかったのなら、傷つかない方なんて誰一人おりません」

「はい……」

「ふふ……それを分かっていても、それでもクリス様のことを気遣うあなたを、私は誇りに思います。ですが、もしクリス様のことを思われるのなら、明日からも普段どおりに接することこそが、彼女への優しさだと思いますよ?」


 そう言って、ニコリ、と微笑むシア。

 その表情は、サファイアの瞳は、温かさは、僕の心を優しく包み込んでくれた。


「シア……シア……ありがとうございます……」

「ふふ……ギル……ギル……」


 僕はシアの名を何度も呼びながら強く抱きしめ、シアもまた、強く抱きしめながら優しく僕の名を何度もささやいてくれた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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