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アボット子爵邸へ

「坊ちゃま、ようやくアボット子爵領に入りましたぞ!」


 王都を発ってから一週間。

 街道をひた走る僕達の馬車へ向かって、ゲイブがそう声をかけた。


「そうか、ここがアボット子爵領……つまり、アンダーソン伯爵領なのだな」


 車窓から馬車の前を眺めると、連なる高い山と豊かな農耕地帯が広がっていた。

 どうやらこのアボット子爵領は、かなり肥沃な土地のようだな。


「ゲイブ、それで目的の“バンス”の街へはあとどれくらいで到着する?」

「そうですな……おそらく、今日の夕方には着くものと思われます」

「そうか」


 ふむ……となると、それまではシアと馬車の中でゆっくりできるな。


「あ……ふふ。ギル、口元が緩んでいますよ?」


 そう言ってクスリ、と微笑むシア。

 おっと、どうやら表情に出てしまっていたようだ。


「当然です。だって、これから到着までの間、僕はあなたと二人きりで幸せな時間を満喫できるのですから」

「はい……私も、あなたとの二人きりの時間を嬉しく思います。その……クリス様とリズのせいで、あなたとの時間をかなり奪われましたからね……」

「あ、あははー……」


 そう言って暗く笑うシアに、僕は乾いた笑みを浮かべた。

 た、確かにシアの言うとおり、この道中でも馬車以外の時間……例えば宿屋などでは、やたらとあの二人が絡んできて、シアと二人きりになれなかったし。


 でも。


「だからこそ、今こうしてシアと二人で過ごす時間を、とても尊いものだと感じます。これから先、僕も公爵位を継げば今まで以上に時間に制約ができてしまい、シアと二人だけの時間が減ってしまうかもしれませんが、それでも、僕はあなただけと過ごす時間を大切にしたい」

「ギル……私もです。そんな大変な毎日を過ごされるギルと、少しでも二人だけでいられるよう、私もこれまで以上に頑張ります」


 そう言って、シアが小さく拳を握り、むん、と気合いを入れた。

 あはは、本当にシアは何から何まで可愛くて、愛おしくて、素晴らしくて……うん、大好きでたまらない。


「シア……」

「ギル……ん……ふ……ちゅ……」


 それからバンスの街に到着するまでの間、僕とシアは思う存分互いの唇の感触と温もりを堪能した。


 ◇


「へえ、ここがバンスの街か」


 ようやく到着した僕達は、馬車の中から街の様子を眺める。

 表面上は代わり映えのしない田舎の街といった様子だが、時折覗かせる路地裏を見やると、決してよくない身なりの住民の姿や、こんな田舎町に似つかわしくないような風貌の者達までいる。


 ……これなら、僕も温情をかける必要もなさそうだ。


「ギル、アボット子爵のところへは明日伺うのですか?」

「いえ、街の検問で素性を明かしておりますので、朝まで待ってしまっていては、大切な証拠を隠されてしまうおそれがあります。なので、シアがお疲れのところ申し訳ないのですが……」

「ふふ、私なら大丈夫です。そういうことでしたら、早くアボット子爵邸へまいりましょう」

「はい」


 大丈夫だとばかりに笑顔を見せるシアに、僕は頷く。

 事が済んだら、思う存分シアを労ってあげないと。


 ということで、僕達は街の大通りを抜けてアボット子爵邸へと向かった。


 すると。


「よ、ようこそお越しくださいました、小公爵様」


 屋敷に到着してみると、アボット子爵が使用人を引き連れ、玄関どころか正門まで出迎えに来た。

 おそらくは、僕が訪問した理由について探りを入れるためだろう。


「アボット閣下、わざわざお出迎えいただき、ありがとうございます」

「ささ、ここまでお疲れだったでしょう。この屋敷を我が家と思って、存分におくつろぎください」


 そう言って、僕達を屋敷へと案内する、んだけど……。


「…………………………」


 ……まずいな。クリスの奴、アボット子爵を目にして感情を抑えきれないでいる。

 本当に、小説の中とは性格がまるで正反対じゃないか……。


「? いかがなさいましたか?」

「いいえ、何でもありません」


 僕達の様子を不思議に思ったのか、アボット子爵が声をかけてきた。

 なので僕は、素知らぬ顔でかぶりを振ってみせた。


 クリスに関しては……あはは、シアがアボット子爵の目に留まらないよう、さりげなく背中に隠れる位置にいてくれている。

 うん……やっぱりシアこそが、僕の最大の理解者で、最高の女性(ひと)だ。


「どうぞおかけください」

「失礼します」


 応接室へと通され、僕達は促されるままソファーに腰かけた。


「そ、それで……本日はこのような田舎町に、どのようなご用件で?」

「はい。実は王命により極秘任務を預かっておりまして、その途中でこの街へ立ち寄ったものですから、領主であるアボット閣下にご挨拶をと思いまして」


 僕はニコリ、と微笑みながら、しれっとそんなことを言ってみる。

 もちろん、五十年前の冤罪事件を晴らすことは王命と言えなくもないので、決して嘘じゃない。


「そ、そうでしたか。では、すぐに用務地へと向かわれるので?」

「はい。早ければ、明日にでもこの街を出る予定です」

「おお……それは大変ですな……でしたら、せめて今夜くらいはこの屋敷で身体を休めてはいかがですかな?」

「それはありがたいお話ですが……その、迷惑では? こちらも騎士達を含め、少人数というわけにはいきませんので……」

「とんでもありません! むしろ何の応対もせずに小公爵様を送り出したとあれば、それこそアボット家の名折れですぞ! 是非とも、今夜はここへお泊りくだされ!」


 僕が丁重に断るふりをすると、アボット子爵が慌てて引き留める。

 まあ、任務に向かう僕達を(ないがし)ろにすれば、それだけ王国内での評判が悪くなってしまうからね。この男も必死だろう。


「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて一晩の宿をお借りいたします」


 僕は恭しく一礼しながら、アボット子爵に見えないように口の端を吊り上げた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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