いつまでも、あなたと共に ※フェリシア視点
■フェリシア=プレイステッド視点
「本当に、不思議でなりません……」
あの二人きりの庭園からギルバート様に部屋まで送っていただき、私はベッドに腰かけながら呟く。
ギルバート様に告白したとおり、私は今、二度目の人生を迎えています。
一度目の人生では、ただつらいだけの実家を出て、あのギルバート様の婚約者になれるのだと……今度こそ幸せになれるのだと、そう思って公爵邸を訪れました。
でも……そのギルバート様は、私を突き放すような言葉を放ったのです。
『自分の婚約者にはこんなみすぼらしい女ではなく、“聖女”である妹のソフィアであるべきだ』
まるで、私を蔑むような視線で……。
あの視線は、実家で父から、妹から、使用人達から受けていたものと全く同じ。
その時に私は悟りました。
ああ……私の信じていたギルバート様は、所詮はまやかしだったのだと。
そして地獄の日々を送り続け、婚約者であるはずのギルバート様と、妹であるはずのソフィアに裏切られ、死を強要され……毒杯をあおって……っ。
「うう……っ」
あの時の光景を思い出すと、今でも毒の苦しみが身体を襲って……裏切られた悔しさで、虐げられた口惜しさで、胸を掻きむしりたくなります。
だから、二度目の人生では、ギルバート様に復讐をする……そう、誓ったはずなのに……。
「……私は、また夢を見てしまいました……」
裏切られると知っているのに。
蔑まれると知っているのに。
だけど。
「夢を見たおかげで、私は今度こそ本当のギルバート様にお逢いできました……」
灰色の瞳で私を見つめる優しい眼差し、常に私を気遣っていることを感じることができるその口調、私のことを第一に考え尊重してくれる礼儀正しい態度。
一度目であれほどゴミのように扱っていた私を、まるで大切な宝物を扱うかのように……。
そして、ギルバート様はこうもおっしゃってくださいました。
『……フェリシア殿。一度目の僕が何者なのか、それは分かりません』
『ただ、これだけは自信を持って言えます。僕は、そんな最低最悪のクズ野郎ではない、別のギルバートです』
『だから……僕は絶対に、あなたを裏切ったりなんかしません。あなたが幸せになれるよう、この命の限り支えてみせます』
あの時の言葉を思い出すだけで、私の瞳から自然と涙が溢れ出ます。
だけど、だからこそ私は不思議でなりません。
どうして一度目と二度目で、こうも性格も態度も、何もかもが違うのか。
でも……本当のギルバート様の眼差しは、確かにあの時のギルバート様と同じ、私を温かく包み込んでくれる、その眼差しでした。
だから……今のギルバート様こそが、私がずっと想い続けていたギルバート様なのでしょう……。
私は胸に手を当て、キュ、と握りしめる。
すると。
――コン、コン。
「グス……は、はい」
私は慌てて涙を拭い、扉に向かって返事をしました。
「このような夜分に失礼いたします」
いらっしゃったのは、執事長のモーリス様、騎士団長のイーガン卿、それに私のお世話をしてくれる侍女のアンでした。
「い、いかがなさいましたか……?」
「実は坊ちゃまのことに関しまして、フェリシア様にお話しをしておかなければならないことがございます」
神妙な表情で、モーリス様が代表してそう告げます。
そして、彼が静かな声で語ってくれたことは、私を驚かせるには充分でした。
ギルバート様が七歳の時、先代公爵であらせられるお父様とお母様を、事故で亡くされていたこと。
悲しみに暮れるギルバート様に、周囲の人達は悪意を向け、甘言をささやき続けたこと。
全ては、ブルックスバンク公爵家を手に入れるために。
それから一年間で、ギルバート様は心無い者達の声や思惑に踊らされ、尊大で傲慢な性格に変えられてしまったこと……。
「……許せない」
気がつけば、私は拳を握りしめながらそう呟いていました。
たった七歳で、しかも愛するご両親を失ったばかりのギルバート様に、そんな酷いことをするなんて……っ。
「……私どもは、坊ちゃまをお諫めしようとも考えました。ですが、これは坊ちゃまに与えられた試練だと考え、ただ見守ることにいたしました。その結果、この公爵家を失ったとしても坊ちゃまに生涯お仕えする覚悟で」
「モーリス様……」
「ですが、坊ちゃまは八歳の誕生日を迎えられると、ある事故を境に突然変わられました。甘言をささやくよからぬ連中を自ら遠ざけ、私どもに公爵家の未来を示してくださいました」
モーリス様の言葉を引き継ぐように、イーガン卿がそう語られます。
何があったのか原因は分からないですが、ギルバート様は清廉な御方へと変貌を遂げ、まだ幼いにも関わらずに的確な指導力とどこで学んだのか分からない豊富な知識で、むしろ公爵家をさらに発展させる結果へと導かれた。
そんなギルバート様は、いつしか“王国の麒麟児”と呼ばれるようになったとのこと。
「……ですが、私達はそんな坊ちゃまを心配しておりました。表向きはあのように明るく振る舞っておられますが、八歳の頃からずっと一人で無理をしてこられたのです」
「その時です。フェリシア様との縁談が来たのは」
モーリス様が、次は自分だとばかりに、イーガン卿の説明に話を被せてこられました。
「それまで数々の貴族家から縁談の申込みが来ましたが、坊ちゃまはそれら全てを断られました。もちろん坊ちゃまは、連中の下心を見抜いておられましたので。ですが、プレイステッド侯爵家の縁談だけは、二つ返事でお受けになられました」
「……私の、縁談だけ……」
「我々の調査結果でも、プレイステッド家が他の貴族家と同様、公爵家を狙っていることは存じておりました。ですが、それでも坊ちゃまは選ばれました」
どういうことなのでしょうか……。
ギルバート様にとって、私を選ぶ理由があった、ということなのでしょうか……。
「正直に申し上げますと、お越しになられるまで私どもはフェリシア様に対してもよく思っておりませんでした」
「あ……」
それはそうです。
だって、あの男……プレイステッド侯爵は、公爵家を乗っ取ることだけが目的なのだから。
そのために、形式上は娘の私を差し出したのだから。
「ですが、今はフェリシア様が坊ちゃまの婚約者となってくださったこと、心から感謝申し上げます。これまで公爵家のために子どもであるにもかかわらず、無理をして、心を閉ざしてこられたのです。それが……フェリシア様のおかげであんなにも嬉しそうに……っ」
モーリス様、イーガン卿、アンが涙ぐむ。
一番ギルバート様のお傍にいた三人が思われるほどなのです。本当に、ギルバート様はずっとご苦労を……。
「フェリシア様……どうか坊ちゃまのこと、よろしくお願いいたします」
「「よろしくお願いいたします」」
三人は、私に深々と頭を下げた。
私、は……。
「皆様、どうか顔をお上げください」
私はそう告げて、三人に顔を上げてもらう。
「……私のほうこそ……私のほうこそなんです。私は、実家で虐げられ、疎まれ続けてきました。そんな私を、ギルバート様が受け入れて、優しくしてくださって、気遣ってくださって……私に、幸せを教えてくださったのです……っ」
「「「…………………………」」」
「ですが、ギルバート様がこのようにおつらい御方なのだと知り、私のような者でもお役に立てるかもしれないと思いました。支えることができるかもしれない、そう思いました。私は……それが、心から嬉しく思います」
そう……私は、本当のギルバート様に幸せを与えられるだけでなく、与えることができるのかもしれない。
私が、ギルバート様にとって必要な人間になれる……それが、どれだけ嬉しいことか……。
「ですので、私はこれからずっと、ギルバート様をお支えしてみせます。モーリス様達もどうか……どうか、ギルバート様をよろしくお願いいたします……」
そう言って、私は三人に深々とお辞儀をした。
私は……私が、ギルバート様をお支えするんです……!
優しくて、温かくて、大切なあの御方を……。
だから、私は誓う。
私にできることなんて、本当は何もないかもしれない。
でも……それでも……。
――私は、いつまでもギルバート様と共にあり続けることを。
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