09 休憩
第五局に敗北した後輩は、ブラウスを脱ぎ去ったのだが――
「……おい、後輩」
「ん〜? 何ッスか〜先輩?」
「いや、なんでもない……」
「妙に不満げッスね? 先輩さんはナニが不満なんスか〜? ほれほれ、セクシー姿になった、かわいい後輩ちゃんに正直に言ってみるといいッスよ?」
不満があるわけではない。ないんだけど……。
ガバッと威勢のいい脱ぎっぷりを見せた後輩だった。もちろんそこには真白い柔肌たっぷりの、水もしたたるセクシー桃源郷が見渡すかぎりどこまでも広がっているはず――とか予想していたんだが、そんなものは存在しなかった。
たぶん俺は、ものすごーく残念そうな顔をしていたんだろう。
「へへ〜、残念だったッスね。エッチなすけすけブラ姿を期待しちゃってたッスか?」
キャミソール姿だったのでした……。
おしゃれ用というのでなくて、薄い布地でたぶん普段着用のもの。色もナチュラル系の、ぶっちゃけ地味なやつだ。インナーキャミソールっていうのかな? つまり俺がボタンの隙間から彼女の肌だと思ってたのは、キャミの布地だったわけだ……。
「わたしが上下どっちを脱ぐか聞いたとき、なんとな〜く、あ、これは枚数勘違いしてるなって感じてたんスよ。やっぱりそうだったんスね〜、あはは」
いいように笑われる俺。将棋には勝ったのに、勝負には負けた気分だ……。それに――
「ずるい……ずるいぞ……」
「ん〜、何がッスか?」
「つまりおまえは、さらに一枚多く服を着ていたわけだ。そもそも枚数的に俺の方が最初から不利だったわけで――」
「ん〜? それは先輩が勝手にわたしの枚数をまちがって数えてただけじゃないッスか?」
「しかし――」
「それにわたしが勝負しようって言ったとき、先輩は枚数確認しなかったじゃないッスか。ということは、『この条件でオッケー』って言ったも同じッスよ?」
ぐぅ、確かに。この論破王め。
ぐぬぬ……と、余裕顔の後輩をにらみつける。なんだかんだで後輩の恥ずかしい下着姿を拝めると期待していただけに、それが裏切られたことのガッカリ感も大きかった。
膨らんでいた意気軒昂な気分もすっかりしぼんで――
(む? いや待て。もしかすると、これはこれでエロいのでは!?)
あらためて、じっくり観察してみる。
脱いだ長袖をいそいそとたたんでいる彼女の姿は、肌面積が確実に上昇していた。肩にかかる肩紐は二つずつ。つまりキャミのそれと、もうひとつは――ブラ紐だ。下着の一部が見えているんだな……。
もちろん両肩はむき出し。つるん、丸ん、とした曲線がなんとも美味しそうで食欲をソソられ……いや、なんでもないです。
今、彼女はこっちから見て横向きなので、腕を上げ下げしている様子がよく見えていた。ほっそりとした腕の根元、つけね、腕と胴がくっつくところ、その境界――そこにあるのは彼女の腋だ。後輩のハダカの腋が露出している……。
そして、いちだんとその存在を主張してきた、あの豊満で柔らかそうなふくらみ。彼女の胸だ。
(というか、さらに大きくなってないか!?)
まさか脱げば脱ぐほど巨大化する!? いやそんなことはないはずだ。単に着やせするタイプなんだろうけど……。
でもこれはやはり、一般的なサイズ感からしたらかなり規格外の部類じゃないだろうかと、あらためて思う。別にありえないくらい大きいってわけじゃない。俺のこれまでの半生で、ここまで薄着の女性を間近でガン見……拝見できる機会がなかったせいか、はっきりとは言えないんだけど、たぶんグラビアサイズってやつだろう。
(あれ……? よく見たら後輩の体つきって、かなりモデル的なのでは?)
背は高い方ではない。標準ぽいか、それよりちょっと小さめ。なので高身長で股下がびっくりするくらい長いとかの、厳密な意味でのモデル体型では、ない。
けれど、手足は健康的な肉づきながら意外にスラッとしてて、ほっそりしてるし、たいへん豊かな胸部もお持ちだ。ウエストもスルッとしていて一体どうなっている!? と思うほど。
お尻周辺はスカートが覆っているため、まだまだ不明なところが多い。だが、見える範囲の観察から推測するに、かなり魅力的なヒップをお持ちと思われる。あれ? 後輩なのに「魅力的」……?
(しかし、ものすごいモノを隠してやがった……)
こいつの普段の服装がざっくり系だし、あまり体のラインが出ないものが多かったせいか、一部の風の強い日とかをのぞけば、体型についてあまり意識することがなかった。くそぅ。と、そんなことをつらつら思っていると――
「ん? わたしに何かついてるッスか?」
言われてあわてて視線を戻すと、また後輩と視線がかち合う。うっ、またからかわれ――あれ? 今度は「何ッスか〜先輩、エロい目でじろじろ見て〜? このこのぉ〜♪」みたいにからかわれないぞ……?
「いや、ええと、うん、ごにょごにょ……」
と言葉を濁していると、
「胸――とか、気になるッスか?」
逆にピンポイントで突いてきやがられました。
「ええと、……はい」
素直にうなずく。バレバレだしな。
「まあ、そうッスよね〜」
「たいへんよいものをお持ちで……。それに相当着やせするんだな、おまえ。びっくりした」
「ん〜、そうッスかね?」
そう言いながら自分の体を見下ろす後輩。
「普通じゃないッスか?」
「いや、断じて普通じゃないから! 普通それだけあると、いつもボインボインに見えるはずだから!」
「そ、そうッスか……。ボインボイン……」
おーい、ボインボイン言いながら実際に自分の胸を下から持って、ボインボインするのやめてくれ!
「ん〜? 何か言いたそうッスね? 何ッスか〜?」
自分のおっぱいを持ち上げながらニマニマしている後輩め。
ぐぬぬぬ……、結局煽ってきやがった。それには乗らないぞ……。平常心だぞ……。
からかいたいし煽りたいしで楽しくてたまらなさそうな後輩と、その攻撃に抗しようとする俺が、しばらくにらみ合う。
その対峙は、しばしのあいだ拮抗していた。けれど彼女がふっと力を抜く。それから軽く表情をゆるめ、
「さ〜て、反則が続いてちょっとグダってきたッスから、また休憩といきましょ〜。将棋してると頭使うんで、糖分補給は大事ッスよ。ということでこの辺のお菓子食べましょう!」
「お、おぅ、そうだな……何か食べるか」
あれ? そっちから引き下がってくれた……。
「あ、これこれ、おいしいんスよ〜。はい、あ〜ん」
「おいヤメロ」
「え〜、なんでッスか〜? あ、もしかしてこっちのポキッとしたのがいいッスか? 棒の両端をくわえ合って、真ん中に向かってサクサクしていくやつ、やるッスか?」
「もっとヤメロ」
「ぶ〜」
そういうやりとりを楽しくしながら、だらだらと休憩タイムを過ごしていく。それから、
「ええと、紙、紙……」
後輩がつぶやきながら、その辺から紙とペンを持ってきた。
ポキッとしたのを、くわえタバコ風にくわえお菓子しつつ、紙をテーブルに広げ、何やら図を書き始めている。
「ええと、最初はわたしが圧勝だったッスから、こっちが○で――」
ん? 圧勝だと!? 聞き捨てならぬことを言ってるな! と思って覗いてみると――星取表だった。
▲のマークが先手。
先輩 わたし
第一局 ✗ ▲○ 無敵囲いから風車(わたしの圧勝)
第二局 ▲○ ✗ 先輩中飛車
第三局 ✗ ▲○ アヒル囲い(またも圧勝)
第四局 ▲✗ ○ パックマン(先輩がヒヨッたので不発)
第五局 ○ ▲✗ 矢倉 vs 雁木
「圧勝」とか、俺が「ヒヨッた」とか、事実に反することが書かれているような気もしないでもないが、勝敗と戦法がひと目でわかるのは、いいね。後輩グッジョブだ。
「こうしてあらためて見るとマイナー戦法多いな。よく知ってるな」
「へっへ〜、それほどでもッス」
調子に乗りやがって……。しかし、さすがにそろそろネタ切れだろう。
「あと俺が知ってるのは……なんだろ? 〈鬼殺し〉とか?」
「あ、鬼殺し知ってるんスかぁ……」
ん? 語尾の微妙なニュアンスにピンときたぞ。もしかしてこいつ、次の作戦を立てようとしてないか!?
「いやー? どうだったかなー? あれー、ぜんぜん知らないなー? 忘れちゃったかなー? はっはっはー」
「先輩、嘘ついてるのバレバレッスよ……」
すぐ横からジト目で睨んでくる後輩こわい。いろんな意味で圧がすごい。眼圧とか乳圧とか。
と、ここで俺は気付いた。後輩、近い。隣り合って一緒に用紙をのぞいているせいか、二人の距離がやけに近い……。というかすごく近い。腕と腕がふれそうな距離で、近い。というか、ちょっと俺の腕がずれるだけで、肘が後輩の柔らかいでっぱりをポヨヨンしそうなほど近い。
いつもだったら、これくらいの近さでもそんなに気にならないし、学食で隣りあったり、学科の飲みでいつのまにか隣になってたり、授業で横を見るとたまたま隣に座ってたり、図書館の席でたまたま隣にいやがるときもちょくちょくあるし、ええと、いつもは大丈夫なはずなんだが。
けれど今は大丈夫な気がしないのは、なんでだ? 薄着だからか? 密室だからか? 後輩の部屋だからか? プライベートな空間だからか? どうなんだ? と考えながら彼女を見つめていると、
「せ、先輩……、その……」
ん、どうした? ジト目だったはずの後輩が今度はとまどい気味になってて、頬もほんのり朱くなっている。薄着のキャミソールで肩むき出し姿の女の子が、きまり悪げにモジモジしている……。
「あんまり近くで見つめすぎ……ッス」
のわ!?
反射的に身を引く。彼女との適切な距離感について考えるのに必死で、無意識に顔を寄せすぎて、不適切な距離感になっていたー!
「す、すまん……」
しどろもどろで謝る。後輩は胸に手を当て、ちょっと肩をせばめていた。体つきがいつもより少し小さめに見えるな。布面積が少なくなったからか?
そのどこかはかなげで恥ずかしげな姿を見て、体の一部が、ズグンッと疼いた……ような気がした。
(なんだ……これ?)
と俺がとまどっている間に、
「さ、さ〜て、そろそろ続きするッスかね? 次は負けないッスよ〜」
後輩は気分一新、いそいそと第六局の準備に取りかかっていた。