08 第五局 そして反則へ……
第五局の方向が定まりつつあった。
後輩は〈矢倉〉のかまえ、こちらは〈雁木〉模様に陣形を整えていく。
どちらも居飛車系の作戦だが、囲いの方向性に違いがある。彼女の方は王様がお城に入城するガッチリ系、俺のはどちらかというとバランス型だな。
「なんだか将棋将棋してる将棋ッスねえ」
「そうだな。おまえがマイナー戦法ばっかりやるから、今まで振り回されっぱなしだったけどな」
マイナー戦法は、それを採用する側の主張が強く出る作戦だ。我の強い戦法といってもいいかもしれない。攻め方に狙いの筋があるので、こちらはそれに追随して確実に対応することを強いられる。もし対応にミスればハメ手にハマってあっさり負け。スリル感があってこれはこれでおもしろいんだけど、中盤の構想を自分で練っていくような、じっくりした展開にはなりにくい。
逆に、いわゆる〈盤上の物語〉を紡ぐには、今回やっているような相居飛車、あるいは対抗形の将棋みたいなのが向いている、と俺は思う。
さて、今回の俺と後輩との盤上の物語は、どういった展開を見せるのか。
ヒリヒリした緊張感が長く続くコクのある熱戦か、ねじり合いの腕力勝負か、おたがいに序盤・中盤・終盤までスキがない、駒たちが躍動する戦いか――
「まあ、こういう展開はどんと来いだが……なっと!」
パシッと鳴らして歩を突く。ここに至って初めて駒と駒がぶつかった。
それを見た後輩が、ぐっと体を前傾させる。
もともと二人の間にあるのは小さな将棋盤ひとつだ。実際座ってみて実感しているんだが、相手がびっくりするくらいすぐ目の前にいる。ものすごく近い。後輩がこちら側に体を傾けてくると、彼女の醸す雰囲気みたいなのが、さらにじわっと近づいてきた。
近づいてくる気配、さらに近くなる息づかい。
盤を見下ろして、ややうつむき気味の後輩だ。そんな彼女の顔を間近で眺めようと思えば、じっくり眺め続けることもできる……。
だが、この場では俺も視線を下ろして盤を読む。有段者みたいに何十手も先まで見えるわけじゃないけど、できるだけ先を読む努力をしたい。
後輩も真剣に読みを入れていた。
……入れているんだが、前傾姿勢のためか軽く膝が開いて、その……、ちょっとだけ御開帳気味な座り方で、タイツさんがちらちら視界に入ってきて、たいへん気が散って――
いや、気にしなければいいんだ。いいんだけど、目に入るものは自然に目に入ってしまうから! 仕方ないから!
別に奥まで見えるわけではない。スカートもちゃんと上から覆いかぶさっている。
けれど、スカートの裾が膝上までずり上がりつつあって、膝頭がじわじわと丸見えになりつつあった。
ついでに膝頭周囲のタイツの布地が引っ張られて、下の肌の色がうっすらと透けて見える。
タイツ越しに、ほんのりと透ける彼女の白肌……。
っ! いやだから見えるからといって、どうということはない! どうってことないぞぅ! でも気になってしまうものは仕方ないし。うん、これは不可抗力だ! まったくもって不可の抗力でしかないんだーーーーーッ!
と、一人で動揺していると、
「ほいッス」
後輩の次の一手は――
(〈手抜き〉……だと!?)
後輩はこちらからの歩突きを無視し、別の箇所の歩を突いてきた。攻め合いだ。
そして、おたがいの玉頭に火がついた。こうなると相手の頭を押さえつけあう腕力勝負の攻防になる。
後輩の矢倉の陣形は、攻撃と守備の役割分担がかなりはっきりしている。矢倉の堅陣を維持しつつ、飛車と角を後ろ盾に銀桂香をそろえた攻撃部隊が猛然とこちらに攻め込んできた。圧がすげぇ……。
対するこちらの雁木囲いなんだが――
(攻められるのはきついけど……、こっちは、上からの攻めにはわりと耐性があるんだよな……。いざとなれば右辺の広い方に逃げられるし……。今のところ形勢は互角ってところか――ん?)
と、ここで攻め筋が光明のようにひらめく。
(これは……? 後輩の玉が、こっちの角のライン上にあるから、その線上にある後輩の駒を攻めればよいのでは?)
彼女の守りの駒が動き、俺の角の斜めのラインが後輩玉に直射するように誘導できれば、こちらが優勢になる……かも?
「それなら――そりゃ」
右桂を跳ねて、相手の守りの銀に当てる。銀が動けば後輩の守備はかなり弱体化する。
「ん? んんん〜〜〜〜??」
後輩の悩ましげな声。
いや、決していやらしい方面への「悩ましげ」じゃなくて、普通に困った声だ。
これはかなりよい感触なのでは!? と思う。だがいや待てよ!? と考え直す。もしかしてこの「困った感」も後輩の作戦では!? 不利を自覚してるように見せかけて気のゆるみを誘い、ゆるい手を誘発させて、それを〈咎め〉ようという、高度な心理戦を仕かけている可能性だってある。
(こいつなら、その可能性も十分ありうるな)
何しろ策士の後輩である。
策を張りめぐらして勝って、「へっへ〜、先輩、チョロいッスね〜?」みたいにまた煽ってくる魂胆なのかもしれない。
うん、しっかり指すぞ。
気を引き締めなおす。
――そして数分後に事件は起こった。
▲△▲△
「あれ? それ王手……?」
「? 何がッスか……?」
「俺の角道が通ってる……はず?」
「? ………………んなっ! あっ!! あぁぁっ!!!」
後輩の矢倉の上部で、ごちゃごちゃと駒がひしめきあい、混戦模様となっていた。そして俺からの攻めを払おうと後輩が駒を動かした手――この手で、後輩の玉が俺の角の直射を受けることになった。
つまり自分から王手にしてしまったわけだ。
次の手番はこちら側。なので、俺は後輩の王様を取ることができる。
ええと? この状態は〈王手放置〉になるんだっけ? わかりやすくいうなら「自殺手」かな。うん、とにかく後輩の負けだ。
「ま、ま、待っ……。………………負けまぁ〜〜〜〜〜っ」
一瞬〈待った〉と言おうとしたようにも聞こえたが、彼女が素直に投了宣言する。
でも言いながら頭を抱えているな。わかるぞ後輩……。反則負けはくやしい。俺もさっき経験したからな……。だが後輩よ、おまえはこれを糧にもっと成長し、もっと高みを目指し、もっと強く――いや強くなりすぎると困るけど。
「だぁ〜〜〜〜〜〜…………っ」
ため息ともうめき声ともつかない声をあげて、後輩が心底くやしそうな声を上げる。
そして頭を抱えたまま、後ろにひっくり返ってしまった。
「なぁ〜〜〜〜〜〜っ!」
ひっくりかえって足をじたばたし始めた。
うん、相当くやしかったんだね。けどね、君が足をじたばたさせるもんだから、アクティブな足の上下運動の連続でね、スカートの裾がひらひらめくれてね、君のスカートの奥が丸見えになってるんだよ、うん。
すらっとした黒タイツの足がリズミカルに揺れる。それにあわせて、ふわっとしたスカートがひらひらと跳び、踊る。タイツも全部黒いわけじゃなくて、ところどころに肌の色が透けて見える。足裏、かかと、くるぶし、ふくらはぎ、膝のまわり。
太ももの内側にもたっぷりと肌色感がうかがええるのは、彼女の太ももがむっちりしているからだろうか。全体的には細身の部類に属すると思われる彼女の下半身だが、ほどよい肉づきっぷりも確認できて熱心に観察してしまい――って俺はナニを見てるんだ!
うん、「もっと大きく足を動かしてくれたら、さらに奥まで丸見えになって、股間までバッチリ見えて、股間周囲のタイツの構造とか縫製具合とか色々興味深く観察できるんだけどなぁ」とか、思ってないからな! 全然!
後輩の足は、かなりの速さで動いていたので、股間周囲はまだチラ見えくらいにとどまっている。はっきりと見えるわけではない。
けれどいつもは見られない彼女の秘密の領域に、なぜかドキドキしてしまい――あれ? ドキドキ?
後輩にドキドキ? なんでだろ? と思っていると――ピタッと彼女の足が止まった。
「はっ、先輩……もしかして先輩は今、わたしを見てる先輩ッスか?」
言葉がちょっとおかしくなってる……。たぶん今ようやく気付いたんだな。俺がスカートの中を注視していることに。
「み、見てないぞぅー?」
「ぬあぁぁぁぁぁぁっ! エッチッス、エッチッス!」
さらに後輩が悶絶する。一応俺から見えないように体をよじったんだが、今度は上半身のひねりも加わったので、体の上部の――具体的には胸部の膨らみとかが強調されたり、腰の細さが際立っちゃったり、腰からお尻にかけてのラインが弓なりにくびれて妙にエロかったり――いや決してエロ目線で見ているわけではない……はずなのだが、後輩の身体の動かし方にどうしてもエロ味を感じてしまう。
「ほらほら後輩よ、あんまりジタバタすると服のボタンが外れるぞ?」
それを聞いてガバっと起き上がる後輩。微妙に胸を隠しつつ、
「っ! なんスか先輩! いきなりボタンのことなんか心配して! 胸ッスか! やっぱりわたしの胸も見てたんスか! ど〜りで妙な視線をちらちら感じるなあ? って思ってたんスよ!」
「『やっぱり』って何だよ! それに『も』ってなんだよ! 別にあちこちがっつり見てたわけじゃ、ないぞ…………ぅ?」
「あ、語尾が自信なさげになったッス! これは見てたッスね! 先輩、いやらしい目でわたしを、純な後輩のけがれなきカラダを、舐めるように、舐めまわすように、舐めつくすように、ねっとりとした視線で見てたんスね!」
「見てない! 見てない!」
「ふーん……? そうッスか…………」
あれ? 急に後輩の口調が冷徹になったんだが。
「じゃあ、いいッス。これから証明してもらいますから」
「へ? 証明?」
「わたしの負けでしたから、これから脱ぎますけど。でも脱いでもわたしのこと、エロい目で見ないってことッスよね?」
あ、証明ってそういうことか。エロ目線をしなければいいんだな。
「ま、まあ、な……」
「ふ〜ん?」
後輩のニンマリ冷笑顔がなんだかこわい。
「じゃあ…………、どっちがいいッスか?」
どっちとは?
「先パイわぁ、どっち脱ぐ方が好みッスかね〜? 下ッスか? 上ッスか?」
こいつめ……。明らかにエロ方向へ誘導しようとしてやがる……。
「う〜ん、どっちッスか、ね〜?」とか言いながら座布団の上で膝立ちになる後輩。スカートに手をかけ、ファスナーを下ろし(ファスナーの位置を今知った)、ホック(たぶん)に手を添え、そして――なぜそこでこっちを見る??
「ふ〜ん、スカートはそれくらいの反応なんスね。なるほどなるほど」
こいつ、俺を試してるなっ!?
「じゃあこっちは……どうッスかね〜?」
あの、後輩さん……。そのお胸の下、おなかの上で、両手指を組むしぐさ、やめてもらえません? 加えてちょっと胸持ち上げてますよね!? 親指とか胸下から谷間につっこんでますよね!?
「ちょっと先輩……、ガン見しすぎッスよ?」
その声におっぱいから反射的に目を上げると、やっぱりニンマリ顔の彼女と視線がかち合ってしまった。
あれ? でも後輩の顔、かなり赤いぞ。もしかしてこいつも、なんだかんだでかなり恥ずかしいのでは? と思う。俺自身も「これから後輩が脱ぐ」という期待感で、高揚感がおさまらない。
それに上半身は、ブラウスの下はブラ一枚のはずだ。もし上を脱ぐとすると、肩、腕、おなかが剥き出しになるだろう。そしておっぱい周囲の肌色面積もさらに増加し、後輩のたゆんたゆんのおっぱいの大半が露出して――
「先輩は、どっちを、脱がせたい、ッスか?」
「ぬ、脱がせたいとか――」
「じゃあ、どっちを脱いで欲しい、ッスか?」
「欲しいとかじゃ――」
「じゃあ、どっちを脱いだほうがいいって思ってる、ッスか?」
「いいっていうか――」
本音を言えば、見たい。さらに薄着のおっぱいが、見たい。けれどやっぱり女の子を脱がせるのは気が引ける――という理性も残っている……。
「脱ぐのは決まってるッスよ? 勝負ッスから」
「うぅぅむ……」
まあ彼女がそう決めてるんなら。
上下のバランスを考える。上半身を下着姿にさせるのは、建前的にちょっとな……。下半身はまだタイツが残ってるし……。そっちがいいかな、と思って、
「……し、下、かな?」
「じゃあ、上にするッスね」
え? いいのか?
「先輩が上脱いで欲しそうでしたから。もう〜視線が熱かったッスよ〜? 服が焼け焦げるかと思うくらい熱々ッス」
「そんなわけあるか!」
「へへへ、じゃあ、んしょ……と」
くっと姿勢を正す後輩。いやだからそういう姿勢になると……胸が尖るように強調されて……。
後輩がブラウスのボタンを外しにかかった。
まず胸元の、中途半端な位置のボタンをひとつ。え? なんでそこから? 普通服の上とか下とかからじゃないの?
そこでまた眼と眼がかち合った。こいつめ、俺の視線と反応をきっちり観察してやがる……。
それから彼女は、こちらを見つめながら、ボタンをひとつひとつ外していった。胸元から胸の膨らみに合わせて上の方へ。――しかし前をうまいこと合わせて、その内側を見せてくれないのが、もどかしい。
それから片手を器用に使って、ブラウスの裾をスカートからひっぱり出した。その動作で後輩の腰がゆらっと揺れる。
(んー? 腰がゆらゆら揺れるのが、何かに似てるな……。なんだろう……? あ、もしかして『柳腰』って、こういうのを言うのか? いや違うかも……)
こちらが落ち着きを失っているうちに、後輩はボタンをすべて外し終えた。
すこしだけ前かがみになり、両手で前を掻き合せるようにしている。まだ肌は見えない。見せてくれない。ぐぬぬぬ……。
「じゃあ、脱ぐッスね……。ふふふ、先輩、目がギンギンで血走ってるッスよ〜?」
「そ、そんなわけあるかっ」
「ふふふ……」
これから後輩のブラ一枚の下着姿が俺の眼前に現れるのだ。ごくり……。
生唾が口の中に、じゅわっと広がっていく。
「えいっ」
彼女の声とともに、ガバッとブラウスの前がはだけられ――