表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

06 第四局 後輩がパックり咥えようとしてくる……

 今現在の星取りは、こちらからみて一勝二敗。


 単純な番勝負じゃないので、タイトル戦みたいに「三勝とか四勝すれば勝利」というわけでもない。

 と、ここではたと気付いたのが――


(あれ? 結局あと何勝すればいいんだ!?)


 自身を見下ろす。

 上半身は後輩(ウサコ)()かれ、すでにない。残るは下半身のみだ。


 そして後輩の方はどうだ!? 

 じっくりと後輩を見回す。

 カーディガンなき後の彼女の上半身。


(上に残ってるのは、シャツ――ブラウスかな。それとブラだけ……だよな? ごくり)


 それから、下半身……。後輩の下半身は……後輩の下半身で、およそ下半身というものは、下半身を構成するものすべてを含むので下半身というのであって……、つまるところ、下半身そのものが下半身であるがゆえに、それを下半身と呼称できるわけで……。


 待て。

 後輩の下半身のことを考えすぎて、何がなんだかわからなくなってきた。


 冷静に考えよう。

 彼女が下に着ているのは、スカートとタイツ、それからパンツ――いやショーツといったほうがいいのか。


(ということは、ええと……、上半身二枚、下半身三枚で、全部で五枚か?)


 あと五勝である。自分が剥かれる前に、五つの勝ち星をあげねばならない。だがこちらは下半身のみ。我が身の頼りなさよ……。う〜ん、まだまだ分が悪いな、と思っていると――


「先ぱぁい、そんな舐めるようにわたしのカラダを見て、どうしたんスか〜? やっぱりサカッちゃったんスかぁ〜?」


 いやいや、そんなわけないだろ!?


「いいんスよ〜? 先輩なら、わたしのカラダを好きにしても……。もし先輩が、あんなところやそんなところを見たいなら、先輩だけ見てもいいッスし……。もしかして、こんなコトまで!? 見ちゃったり、シちゃったり、させちゃったりシても、いいんスからね〜?」


 うん、絶対からかってるよね、こいつ。



 ▲△



 というわけで第四局だ。偶数番はこちらの先手。


(居飛車か振り飛車か。第二局は振って勝ったから……。振り飛車でいくか? でも同じ作戦を続けると手の内がバレやすいかもしれない……。第三局目は流れとはいえ振って負けたしなぁ……。いやしかし……、どうするか、うーん、うーん)


 対局前からうんうん考えていると、


「あ、飲み物、入れてくるッスね」


 と後輩が俺の分のコップも回収していく。さんきゅ。

 そのままパタパタとキッチンへ行きかけたが、ひょいと俺の方を見て、


「ジュースでいいッスか〜?」

「おう、なんでも」

()()()()って……。それがいちばん困るんスけどねぇ……」


 そう言いながら彼女はキッチンへ向かいかけ、ふたたびひょいとこちらに顔を出す。例の妙にニヨニヨしてる表情だ。


「ん? どした?」

「今のやりとり――『なんでも』『なんでもは困る』って、夫婦みたいな会話じゃないッスか?」

「ふ……、う……、ふ?」


 夫婦……!? だと!?


「あははっ、ちょっと待っててくださいね〜、あ・な・た☆」


 明るい笑い声がキッチンへ消えていった。あのやろう……。


 そうはいっても、このタイミングで時間ができたのは僥倖(ぎょうこう)だった。まさに望外(ぼうがい)の考慮時間といっていい。

 おし、今のうちに何かすごい作戦を立てておかねば――


 カチャン、キーィ、……パタン。

 ドアの開いて閉まる音がして、それから静かになった。

 んん? 後輩の気配がキッチンから消えた? 外に行ったわけじゃ……ないな。


「あ、トイレか」


 声に出てしまった。

 うん、煽り上手のウザコさんも人間だ。トイレくらい行くだろう。


 しばらくしてシュコーッという音が小さく聞こえ、再びドアが開閉する。ドアが開いたとき一瞬トイレの水音が大きくなるが、パタンと閉まれば、また水音が遠ざかっていく。


 みたび後輩が顔を出した。


「せんぱいせんぱいっ」

「なんだっ」


 今真剣に考えてるとこだ。手短に。


「思ったんスけど、あったかいお茶にしてもいいッスか? 先輩、上半身が寒そうなことになってまスし」


 もちろん現在の俺は上半身裸だ。おまえに剥かれたからな。


「いや全然寒くない」

「そうッスか……。う〜ん?」


 彼女はなおも考えていたが、


「やっぱりあったかいのにします。先輩は()()()()いいんスよね〜?」

「う……まあ、な」


 言いくるめられてしまった。

 キッチンからパタン、カチャカチャ、シュコーッと準備する音。生活感が出てきた……。



 ▲△▲△ 数分後 ▲△▲△




「はい、どうぞ〜」


 目の前に差し出される、ほかほかとした飲み物。湯呑を受け取る。異国情緒な雰囲気のいい香りが、ふわっと漂ってきた。きれいな淡黄色。


「ジャスミン茶ッスよ〜」

「なるほど。いただきます」

「はい、いただかれまッス」


 よくわからないやりとりをしながら、ずずずっと飲んでみる。


「うん、うまい。いいなこれ」


「よかった。気に入ってもらえて、よかったッス」


ほっとした表情の後輩。


「実はそれ、わたしのおしっこなんスよ」


 ブブフォッ!?


「あ……、えと、冗談ッスよ?」

「ゲホゲホ……、わ、わかってる……、けど」


「けど?」

「微妙に色似てる気がする」

「え……、先輩、わたしのおしっこの色知ってんスか……?」


 ドン引きの表情をつくる後輩。


「知らないよ!」


 いちおう彼女が表情を「つくって」いるのはわかる。本気ではなさそうなのが僥倖。


「はっ! ……もしかして先輩、ほんとにわたしの本物のおし……聖水、飲みたいとか思ってるッスか?」

「飲みたくないよ! それに自分で聖水言うなし!」


「あ〜……、でも飲みたいなら先に言っててもらわないと……。さっき出したばっかりッスから、またつくるのに時間が――」

「だから! 飲みたくないよ!」

「まあ、そうッスよね〜」


 次の対局の作戦を練る予定だったのに、完全にペースを乱されてしまった。……はっ! もしやそれが後輩の作戦!?


 ちらりと様子をうかがう。

 正面、盤の真向かいの定位置にちょこんと座り、おいしそうに自分の聖水……じゃなかった、お茶を飲んでいる後輩。


(両手で持って……、けっこう上品な飲み方をするやつなんだな。がさつ系かと思ってた。意外だ)


 ぼんやり見ていると――


「それじゃっ、そろそろ続きやりまスか!」

「お、おうよ!」


 第四局が始まった。




 ▲△ 二手進んで ▲△




「……おい、後輩」

「ん〜、何ッスか〜先輩?」

「…………」


 俺はすでに平常心を失ってしまっていた。

 一方の後輩は余裕しゃくしゃくの表情で、なんかむかつく。


(別にまちがったってわけじゃないよな。余裕そうだし)


 先手の俺が角道(かくみち)()けると、後輩も角道を開ける――と思いきや、そのひとつ内側にずれたところの歩を進めやがった。

 △4四歩。こちらの角のライン上に自らの歩を差し出すことになるので、あっさり取れる。いわゆる〈タダ〉の状態だ。


 序盤でこんなミスをすることは、よほどの初心者でないとありえないだろう。なのであるとすれば――罠なのである。つまり「取ってみろ」と挑発しているわけだ。

そしてこの戦法を俺は知っている。


 通称〈パックマン〉。


 タダ餌の歩に、ラッキー♪とこちらがパックリ飛びついてきたら逆に喰らってやろうという、罠だらけのおそろしい作戦だ。


(まじでパックマンかよ……)


 この△4四歩はすごく有名だ。俺なんかでも名前を知っているくらいだし。

 けれど「そういうのがある」と知っているだけで、この後「具体的にどうすればいいのか」、そして「どうすればこちらがよくなるか」までは、さすがに知らない。


(このまま挑発に乗るか……、乗らないか……)


 うだうだ迷っていたら――


「へっへ〜、どうしたんスか先輩? 何を迷ってんスか〜?」


 煽ってきやがった。奥歯をキリキリさせていると――


「あ〜っ、しまったッス〜!(棒)」


 どうした? いきなりすっとんきょうな声を出して。


「わたし、まちがえちゃったッス。てへ。こっちの歩じゃなくて、こっちを指すつもりだったのに……。いや〜、うっかりしてたッスね〜(棒)」


 いや絶対わざとだろ!?


「だから先輩、〈待った〉ッスよ。待った。戻していいッスか?」


 指した手を戻そうとする〈待った〉は、基本的にルール違反だ。一度駒から指を離したら二度と戻すことはできない。勝負の世界は厳しいのだ。うん、こいつにもその厳しさを味あわせてやらなければな。今の後輩の「待ったしたい」が嘘なのはバレバレなんだけどな。


「ダメだっ」


 毅然(きぜん)とした態度で言い放つ。


「え〜、いいじゃないッスか一回くらい。かわいい後輩がお願いしてるんスよ〜?」

「かわいくてもダメなものはダメっ」


「――! か、かわいいのは否定しないでくれるんスね……」


 後輩(ウサコ)さんがもじもじし始めたんだが!?


「だーーーっ、もう! ダメなものはダメ!」

「えー、いいじゃないッスか〜、減るもんじゃなし〜」

「だーめー。ぜったい、ダメっ」


 頑として俺が認めないからか、後輩はムスッとした表情をしているが、たぶんこれも演技だ。わざとだ。


「ふ〜ん……。じゃあ、先ぱぁい……♡?」


 そしてこの口調は……いやな予感がする。


「わたしのスカートのナカ、ちょっとだけ見せてあげるッスから。ね?」

「!」


 思わず視線が後輩のスカート――というか布地のしわが集中している部分――彼女の股間に集中してしまう。


「あっ、今わたしの股間をガン見しなかったッスか!?」

「見、見てないっ」


「え〜、見てたッスよね〜?」

「見てないぞぅっ」


「ふ〜ん。そうッスか。あ、でも……」

「なんだよ?」


「先輩が勝てば、わたしのスカート脱がせられるッスよね。……なるほどそれが狙いッスか。後で結局見られるから、今はどうでもいいんスか……」


 どうでもよくないだろ!


 そんな感じでからかわれ続けたが、その間に次の指し手の決心がついた。おし、ウザ後輩の安い挑発には乗らない! 乗らなければ、いきなりハメ手にハマって、負けて、脱いで――という最悪の事態も避けられる!


 後輩の釣り餌には飛びつかず、じっと飛車先の歩を伸ばす。こっちは居飛車でいくぞ。

 それを見た後輩の表情が、すっとマジメに戻った。


「お、冷静ッスね……」


 こいつめ……。


「まあ乗ってこないのなら、こうッスかね」


 後輩は角道を開け、角銀を上げて飛車を振る。〈四間飛車(しけんびしゃ)〉だ。


 こちらが居飛車で、後輩が振り飛車。〈対抗形〉になった。

 これならよくある形だし、ネットでの対局経験も何度だってある。ここからじっくり玉を囲い合う〈持久戦〉か、すぐに戦いを始める〈急戦〉かに分かれるんだが――


(どっちにするか……。だが、これなら簡単には負けない。見てろよ後輩)


 俺の体のすみずみにまで、じわりと闘志が広がっていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ