04 第二局 後輩に中飛車する(意味深)
遊びのつもりが、いつのまにか真剣勝負になってしまっている……。
「さて……」
第二局だ。
先の敗戦で、ウザコこと後輩に脱がされてしまった俺。
長袖シャツを脱いで、半袖Tシャツ姿となってしまった我が身。
(冷静にちゃんと考えてみるとやばいな。もしこのままずっと負け続けたら、後輩に全部剥ぎ取られる可能性もあるわけだ……)
連敗し、脱がされ続け、最終的には全裸にされて打ちひしがれ、股間をおさえた情けない姿で将棋盤の前にみすぼらしく座っている敗者の姿がネットに流出し――いやさすがにこの後輩はそんなことはしない……よね?
少なくとも予想できるのは、こちらのしょぼんとした姿を見ながら、ひーひー笑い転げる後輩の姿だ。ウザ後輩のことだから、もちろんそれくらいはやりやがるだろう。
(まいったな……。こんなことなら、もう少し服を着込んでくればよかった……。うん?)
そこで思い出す。ひょいと壁を見れば、ハンガーにかけられた俺の上着!
「おい、後輩」
「ん〜、なんスか先輩?」
「俺上着あったから、それ追加して服を数えることにするわ」
「え〜、それは今更ッスよ、だめッス」
「いや、でないとおかしいだろ!?」
「おかしくないッスよ。今着ている服でカウントするんスから。あとで追加とかNGッス」
「いやだがな――」
「先輩のその論理が通るなら、こっちは部屋の服全部着込みますから。絶対負けないッスよ?」
ぐ、そう言われればそうだ。後輩に論破されてしまった……。
んん? でもたしか部屋に入ってから上着脱いだのは、後輩にうながされてからだったような!? あれ? もしかしてこいつ、初めからこういう勝負を持ちかける気だったんじゃ――
「――まあそういうわけッスから、観念してくださいね〜、はい一礼」
「う……うん? まあ、うん。……お願いします」
疑念はさらっと流され、さらっと二局目が始まった。
▲△
今回の先手番は俺。手番が先なので、なるべく主導権を握りにいきたい。
(さすがに二連敗はできない……)
一局目は後輩から中飛車風の出だしだった……。うーん? そうだ、ここはお返ししてやるか? わかりやすく勝ちを求めに行きたいしな。よし、これでいこう。
「おしっ」
大きく腕を振り、勢いをつけてバシッと飛車を中央に振る。▲5八飛。まずは一局目の後輩の初手と同じに見せかける。パッと見は普通の〈原始中飛車〉。そして実際のところ奇をてらわずに、このままシンプルに攻めていくつもりだ。
だがしかし――後輩には、前回自分がやった無敵囲いの記憶がまだ脳裏に色濃く残っているはず……。その残像を利用してやらない手はない。
「おっ、そうきたッスか……」
ふっふっふ、後輩よ、迷え迷え。「普通に中飛車? それとも無敵囲いのお返し? それとももしかして陽動作戦?」とかいろいろ迷うだろう。混乱するだろう。動揺するだろう。「もしかして風車を真似するんスかね? やだ……。ぽっ……」まで考えてくれればしめたものだ。
ふふふ。後輩め、動揺しろ、動揺しろ。動揺して負けて、そうすると脱がされて薄着になって、さらに動揺して心拍数があがって、胸がドキドキして、心臓がバクバクして、後輩の胸がドキドキバクバクぽよよんドクン……あれ? 後輩のぽよよん? 後輩の大っきいおっぱいがドキドキドクドク、ドクンドクン――
いやいや、いかんいかん! 集中集中!
もたげかけた煩悩を振り払うためブンブンと頭を振る。ブンブン頭を振るとまわりがブルンブルン震えて見える。そうすると目の前の後輩の胸部付近も擬似的にブルンブルン震えているように見えるが――あぁ! 気にしない! 俺は気にしないぞーっ!
「うーん、……っと。……どうするッスか」
不意に、ぐぐっと彼女が姿勢をただした。正座のまま腰に手を当て、ぐいっと胸を前に突き出す。量感をたっぷり内包していると思われる胸部が、グググっと前にせり出してくる。
やっぱりこいつ大きいよな。隠れ巨乳っぽいよな――と思うが今は局面に集中! 集中!
「でもここは変なことしても、しょうがないッスからね〜」
と、つぶやいているが、前局で相当変な――というか相当レアかな? とにかく超マイナー戦法をやってきた後輩が言っても、まったく説得力がない。
彼女は中央に金銀を集め始めた。なるほど、まずは受けようというわけだな。ならばッ!
俺は銀を上に繰り出し、攻めの勢力を増強させていった。
▲△▲△▲△▲△
しばらく手が進み、攻める俺、受ける後輩の構図がはっきりしてきた。
こちらは角を端からのぞかせ、相手の中央ににらみを利かせる。とにかく戦力を一点に集中して攻め潰す! よしいくぞっ、うりゃーーーーっ! と思っていたら――
「せんぱいせんぱい」
うん? なんだね? もうすぐ負ける運命のかわいそうな後輩よ?
「中飛車って言葉、ちょっとエッチな響きッスよね〜?」
中飛車がエッチ、とは?
「え〜、だって、なかびしゃッスよ? ナカでビシャ〜ッスよ? たぶんナマッスよね? ナマでナカでビシャ〜ッスよ? これって、すっごくエッチじゃないッスか?」
いやいやいや、そんなことはないっ。そんなことはないぞぅ! 後輩のエッチな揺さぶり作戦に俺は動じない! おまえの脳内がエッチなだけだ! 俺の脳内は今、将棋のことでいっぱいだ!
「いやー、別にー?」
と冷静を装い、数手進める。パチ、パチ……、静かな駒音。
「――それに先輩。先輩は囲いもしないで〈居玉〉のままじゃないッスか。どんだけ急いでわたしに中飛車したいんスか」
ぐあー、ヤツの言い回しのニュアンスが、どこか卑猥に聞こえてしまうのを否定したいが否定できない!
「それに今の先輩の駒の配置。飛車が真ん中って、つまり体の中心にパオ〜ンって伸びる棒があるのと一緒じゃないッスか。そういうパオ〜ンなのって……、先輩のカラダにもついてるッスよね?」
「な、なーにを言ってんだか……」
「それに金ッスよ、金」
後輩がさらにたたみかける。
「金が……どうした!?」
「二つついてるじゃないッスか、両脇に。先輩にもついてるッスよね? パオ〜ンてしてる中央の両脇に、金のコロコロしたのが?」
ぬあーっ! このエロエロ後輩め!!
彼女のエロエロ挑発作戦を無視して、黙々と銀を進める。金じゃないぞ。銀だぞ。
「しかもその銀って――〈棒銀〉じゃないッスか。中飛車で、棒銀で。先輩、その固い銀を使って、一体わたしにナニしようっていうんスかね〜、エッチな先輩?」
お、お、俺は別にエッチじゃないし……。そうだ話題だ。話題を変えよう。
「そういや棒銀ってさ……、ええと、なんで棒銀なの?」
「ん? 『銀が棒のように上がるから』じゃないッスか?」
「いや、一般的にはそう言われてるけどさ、その表現ってちゃんと納得して理解できてる?」
「ん〜? たぶん?」
「じゃあさ、棒ってまっすぐなはずなのに、なんで銀が斜めに動いたりするんだ? ジグザグに動くときもあるだろ? 棒ならもっとまっすぐに動かないとおかしいだろ?」
「う。確かに……、そう言われればそうッスね」
「でさ、いつだったか棒銀の英語の言い方を調べてみたわけ」
「お〜。で、なんて言うんスか?」
「クライミング・シルバー」
「なんかかっこいい! シルバーは銀ッスから、クライミングは……」
「ロック・クライミングのクライミング」
「お、登るんスね。クライミングするんスね。それならイメージがわきやすいッス」
「だろ? ほい」
▲5四歩と突き捨てる。後輩の陣地のど真ん中で攻防が始まった。
後輩陣は、金銀の守り駒を動かすのに注力していたせいで、玉の立ち上がりが遅れていた。移動に手間取っている。つまり玉が戦場に近いままで戦いが始まったわけだ。
もしここから、「これはちょっとまずいッス」と玉を戦場から遠ざけようと動かすと、俺の端角からの、にらみのライン上に入ってしまう。応手の仕方によっては角のラインが直射して、そのまま負けになる可能性だってある。後輩にとってはいろいろ神経を使う時間だ。
しばらく取って取られて、攻めて受けられ、また攻めて、といった折衝が繰り返された。
「う〜ん、これじゃどうにも動きが取れないッスね」
後輩はなんとか角のラインを止めようと守りの銀を斜め上にあげ、がっちりガードしようとしたが――
チャンス到来!
「うりゃ!」
▲5三銀打!
くさびのように待機させていた歩を足がかりに、手持ちにしていた銀を駒台から投入。ガジガジと相手の陣地内に打ち込んでいく。
「や〜ん、先輩の銀がついにわたしのナカに〜」
楽しそうに体をくねらせる後輩。……いや、ちょっとその腰の動きは、かなりエッチに見えるので……その、見ていたいけど、今はやめていただきたい……です。
「う〜ん? でもそうきても、こっちがこう受ければ受けきりッス――」
「フッ、それはどうかな?」
「え?」
「とりゃっ!」
ここで端からのぞかせていた角を突っ込ませ、さっき後輩が守りに上げた銀をむしりとる。いわゆる〈角切り〉だ。駒の損得では明らかにこちらの分が悪い。なので通常は避けたほうがいい手段だが、相手の守備を破って攻めがつながれば、この限りではない。今回はもちろんこっちのケース。よしっ、このままいける!
「しまっ……、いやなんでもないッス……けど……」
後輩は狼狽しかけたように見えたが、すぐに平静を取り戻した。きゅっと唇を結んで、目を見開き、盤上に次の手を探す。そんな一生懸命な姿を見て――
(きれいだな……)
と、ふと思ってしまった。
…………ん? 「きれいだな……」? 「きれいだな」って何だ? いやいや待て待て? この後輩だぞ? ウザ後輩だぞ? そりゃ黙ってれば確かにかわいいとも思うが、ウザくてしょっちゅうちょっかいかけて絡んでくる後輩だぞ? こいつを見て素直に「きれいだな」とか思うとか、俺はどうかしてるんじゃないかとか、内心がうわーっとかする。
彼女はそれからもなんとか粘ろうとしたが、中央が完全に瓦解していた。すでに収集がつかないのは明らかだ。
その後、「きれいだな……」が脳内でぐるぐるしている俺の〈疑問手〉が何回かあってグダりかけるも、粘り強く押し、押し続け、そしてなんとか寄せきれるところまで持っていけた。あとは簡単な〈詰み〉だ。
「詰みが見えている」というのは心強い。正しく指せば勝ちが確定する。自身の終盤力に感謝だ。アプリの詰将棋問題に日々取り組んだからでもある。将棋アプリにも感謝を。
「ありません。負けたッス」
後輩から次の手がないとの意思表示。〈投了〉である。
やった! 勝ち切った! 思わず心のなかでガッツポーズする。
毎日の練習の成果がこんなところで出るとは……。
しかし日頃の練習の成果が、「後輩を脱衣させる」という結果になることに関して、どこか後ろめたい気持ちがないでもない……。
「いやあ、がっつり攻め込まれて、押し込まれちゃいましたね。角切る手があるの、うっかりだったッス」
「俺の角のラインを全力で止めまくるって手もあったかも。歩とかのもっと安い駒を使ってさ。それならどうかな?」
「う〜ん、それもいいッスね〜。うん、次からはそうします」
「次からは」か。こいつ、俺ともっと対局したいって思ってるのかなあ……。
不思議な高揚感があった。
これは勝利の喜びか、対面でいい勝負ができるライバルを見つけたうれしさか、はたまた別の理由があるのか――
「じゃあ、負けたッスから、脱ぎますね〜」
――いやいや、「勝つと後輩が薄着になって嬉しいから」とか、そんなよこしまな感情からくる高揚感ではない! と思いたい。……正直なところ、ちょっとはあるかもしれないけど、ないと思いたい。
「ん〜……」
と後輩はしばらく自分を見下ろしていたが――
「ブラから外すッスかね?」
ナニ言ってるのかな!? この後輩は!
「え? 先輩はわたしのブラ、見たくないッスか?」
み、み、見たくないぞ!? ……今はな!
「ん〜? どうなんスかぁ?」
ぐいっと後輩が体を近づけ、こちらをのぞき込んできた。まつげやっぱり長いなおまえ――って、いやいやいや近い近い近い。
「なななな、なんでブラ……とか」
しどろもどろになりつつ、なんとか返事をすると、
「んー? インナーから脱げばいいかなって思って。そしたら外のガードはばっちりッス。わたしはノーブラでも別にいいですし」
「の、の、のうぶら……」
「のうぶら……」という言葉が、脳内でぶらぶら揺れ始めた。後輩のぶらが外れて、外にぶらりとすべり出すぶら、ぶらから解き放ぶられた後輩のたわわなおっぱい二つが、ぶらぶら……。
俺の頭の中がブラとおっぱいでいっぱいぶら、になっていると、
「ん〜、それじゃ勝負にならないッスかね。『脱がすか脱がされるか』『見るか見られるか』のヒリヒリした戦いを繰り広げるのが、この手の勝負の醍醐味ッスから」
おまえ、そんな心持ちで戦っていたのか……。
「というわけで、やっぱり上からいくッス」
後輩がくいっとカーディガンの襟を持ち上げる。ショールカラー?っていうのかな? 襟付きで厚地のざっくりとした生地のやつだ。一見あたたかそうに見えるけど、「実はこの編み目、風通し放題で、す〜す〜するんスよ、す〜す〜」っていつか言ってたな。
「んしょ……」
後輩の手がカーディガンの丸い木製ボタンにかかる。視線が彼女の手元に吸い寄せられる。こいつの手、ほっそりしてて、見た目にもすべすべしてるなあ……。その彼女の指先がボタンをつまみ、ポチリとひとつ外そうと――
「せんぱ〜い? ガン見しすぎッスよ〜?」
ニマニマ調子な声に、ハッと我に返って視線をあげると、実際ニマニマ顔しているウザ後輩のからかうような目と、ばっちり合ってしまった。
う。気まずい。ふいっと目をそらしかけるが――あれ? 後輩の顔、ちょっと赤くない……か?
「なあおまえ、風邪引いてるなら無理しなくてもいいんだが?」
「? 風邪引いてないッスよ? 元気ッス」
そ、そうか……。勘違いか。
「変な先輩ッスね〜?」
彼女の顔が軽く上気しているのは――将棋で頭をフル回転させたから、かな?
それから後輩はポチ、ポチ、ポチとボタンを全部はずし、脱衣の期待に胸が高鳴っている俺の視線を見越したかのように、「手ブラ♡」とか言って、上から自分の胸を軽く鷲掴みにするしぐさでからかいつつ、ゆっくり脱いでいった。
するり、とニットの布地がすべるにつれて、息を呑む。カーディガンの下は、センスよさげな小さなフリルのついたブラウスなんだが、彼女の胸部をふわっと包んでいた覆いが取り払われると、躰のラインが、よりはっきりとわかるようになった。
(でかい……)
急にバストサイズが二つ三つアップしたかのような錯覚におちいったが、これが元々の彼女の大きさなんだろう。
(こいつ……こんなものを持ってたのか……)
するるっと衣擦れの音がして、彼女の肩から布地がすべっていく。脱衣動作で体が動く。後輩が軽く胸を張る。さっきも姿勢を正すために胸を張るしぐさをしていたが、今回の張り具合は、あのとき以上の破壊力があった。
ブラウスの布地が、かなりパツンパツンになっているのがわかる。というか、ボタンが外れかけのギリギリで留まってないか!? ボタンとボタンのすきまを――よく見れば、その内側の肌も見えそうな――
ふいっと後輩が体ごと横を向いた。俺の後輩ウォッチングタイムが急に終わりを告げる。カーディガンを丁寧にたたむ彼女。ていねいだな……と思って、はたと気付く。俺の方は脱いでからぐしゃぐしゃだった。座布団そばでくしゃくしゃになっているシャツを見る。うん、たたむか、と自分の服に手をかけると――
「ん」
ブラウスぱつんぱつんのおっぱい後輩が手を差し出してきた。何だ?
「たたむッスよ? ついでッス」
お、おう……さんきゅ。
「ふんふ〜ん、ッスふ〜ん♪」
うれしそうに鼻歌を歌いながら俺の服をたたみなおす後輩の姿をぼーっと眺める。
そして彼女はたたんだ俺の服を、自分のカーディガンの横にそっと並べて置いた。あれ? そっちに置くの?
「うん、これで戦果が一目瞭然ッスね」
一人で納得されても困るなぁ……。
「あ、あのー、ウサコさん? あとで返してくれますよね? 俺の服……」
「ん? ん〜? さてどうッスかね〜?」
にっこり笑う彼女の表情が、ちょっとこわい。
次回、17日(日)20:00の予定です