16 終局 1五金
はっ、はっ……と吐く息が荒い。
ふ〜っ、ふ〜っと鼻息もずいぶんと大きい。
最終局だった。
この勝負に勝ったほうが全体を通しての勝者となり、長い戦いに終止符を打つことになるのだ。指し手に熱が入るのも当然といえば当然か。
緊張感が高まり、緊迫感が最高潮に達していた。脳みそもフル回転してる。連続対局での疲れも加わってか、テンションが妙になっているのも自覚している。
二人の呼吸が乱れているのは、そういった極度の緊張状態のためなんだろう。
しかし呼吸の乱れの原因にはもう一つ、それとはまったく別の理由があるのもたぶんわかっている。
俺たちは今、ほとんど裸に近い姿で盤の前に対峙し、将棋を指していた。身もふたもない言い方をすれば、性的にも興奮してるからだ。これに勝てば、相手を完全に脱がすことができる。
すぐ目の前には、ブラだけを身につけた、ほぼ裸の後輩が、頬も耳も、首筋も胸の周囲も、手も腕も、おなかさえも、あらゆる肌をほの赤く染めて座っていた。
正座した股間は、いちおう片手で覆う「恥じらいのポーズ」を維持して隠しているが、その他下半身部分はもちろんすっぽんぽんだ。
下腹部周辺のなめらかな曲線が優美なこととか、腰の横でちょっとだけ骨が出っ張っていることとか、そこから魅惑の太ももまで遮るものが何もないこととか、キュッと溝の深い鼠径部の線が妙になまめかしくて、ソソられて、俺の特定部位がさらに硬化していき――
「せんぱ〜い、ナニ硬くなっちゃってるんスか?」
ハッ!? 無意識に股間に手が動きかけた。やばい。
「な、なんのこと、かなー?」
「指すとき、体の動きがギクシャクしてないッスか? 肩とかに力が入りすぎてると体全体が緊張して、それで動きが硬くなったりするっていうッスよ?」
「え、『硬く』って、そういう意味……」
「あれ〜、先輩、なんだと思ったんスか? ナニが硬くなってるって、わたしが言ったと思ったんスか〜?」
あいかわらず、ひっかけるのがうまいやつだな!
さて、すでに最終局のさなかの俺たちだが、少し時間を戻して――
▲△
開始前のこと。最終局ということで、先後をあらためて決めることになった。
「振り駒するッスか?」
「いいけど。じゃあ、俺の駒で……」
「な〜に言ってるんスか? 当然わたしの駒で振り駒するッスよ?」
「なん……だと? ここは先輩である俺の方をだな……」
「いやいや、わたしの方が強いッスから、上位者であるわたしの方を……」
「いやいやいや……」
「いやいやいやいや……」
おたがい一歩も引かない。
大事な最終戦だ。できるなら、ほんの少しだけ有利になる先手番を握りたい。
そんな双方の思惑がぶつかった結果がコレである。
「しかし後輩よ、おまえは今動くと、大事なところが丸見えになるんじゃないかなー?」
これは事実だ。実際、さっき彼女が脱いだときに一回見えたけどな。エロかったけどな。また見たい――いやなんでもないです……。
「う……、そうッスけど……。けどそれならわたしが振り駒してるとき、先輩が見なければいい話じゃないッスか!」
「いやいや、イカサマがないか監視する責務が俺にはあるっ」
「え〜? 監視じゃなくて、姦視のまちがいじゃないッスか〜? 視姦がしたい、エッチな先ぱ〜い?」
「ぐぬぬぬ……」
それからなおもしばらく「自分がやる」と、やりあったが、
「……やっぱりじゃんけんにするか?」
「……そうッスね」
結局じゃんけんになった。
ここはもちろん勝って、先手番を取りたいところ。「先後の有利不利はアマチュアなら誤差」という説もあるが、ほんの少しでも勝利の確率が上がるなら、そちらを取りたいというのが人情というものだ。
どうする? グーチョキパーのうち、どれを出す? ここはガツンと攻めの気合でグーか、ブラ紐をチョッキンするチョキか、おっぱいをパァッと包みこむパーか……。
――決めた! 行くぞ!
「よし、じゃんけん――」
「ほいッス」
いょっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!
勝った! 先手番! これで勝つる!
「む〜、喜びすぎッスよ〜?」
後輩がくやしそうに自分の手を見つめている。
そう! そうなのだ! そもそも第一局のじゃんけんで負けたのがそもそもの始まりだったのだ。あのじゃんけんの敗北が運命を狂わせたのだ。今回はここで勝てた。ならばその敗北の運命から脱し、打ち勝ち、乗り越えられる! はず!
「ふ〜ん? もう勝った気になってるッスか……。ふふふ……」
後輩の小さな笑い声と生暖かい目に気付き、ハッと気を引き締める。いかんいかん。
そうだ、これからだ。
これからが、勝負なのだ。
――そしてイザ、尋常に! 勝負!
▲△
こちらの初手は▲7六歩。角道を通す。
対する後輩は――
(△8四歩……だと? ここにきて〈王者の一手〉とは……)
堂々としてやがるな後輩。ちらっと様子をうかがうと――
ブラだけのたいへんエッチな半裸姿が目に入ってきて、たいへんエロエロとしてやがる……。
ついで俺は左銀を上げる。すると彼女が角道を開け、角交換の有無を問いかけてきた。▲7七銀と上がり、〈矢倉〉の準備をする。
こっちは銀を上げたところで作戦を決め、ずっと矢倉のつもりで駒組みしていたんだが、後輩の方は妙に慎重になっていた。どうもあちらが警戒していたのは〈陽動振り飛車〉っぽくて、俺が居飛車と見せかけて飛車を振る可能性も考慮に入れているみたいだった。
けれどさらに指し手が進んで矢倉が確定すると、あとは自然な感じに駒組みが進んで、〈相矢倉〉の陣形となった。
金銀が連結する、きっちりとした矢倉の城をたて、そこに王様を入場させる。
最近の矢倉は早々に陣形を整え、素人目には駒組みの途中に見えるのに、じゃんじゃん戦いをしかけていく〈急戦矢倉〉が多いという話も聞く。
今回の俺たちの矢倉は、ずいぶんと重厚な構えをみせていた。古典的といってもいいかもしれない。
「えらく、純文学ッスねえ……」
「そうだな……」
誰の言葉だったか、〈矢倉は将棋の純文学〉というのがある。後輩の今のつぶやきは、それを思い出してのものだろう。
「あれ? でもさ、〈矢倉は終わった〉って言ってた人もいたような?」
「いたッスねえ……。終わったはずの矢倉を、今わたしたちはやってるんスよねえ……」
パチッ。
後輩が歩を突き捨てた。
(お、そっちから動いてきたか)
こちらの守りの銀の上部、歩交換を狙った手だ。ここは素直に応じる。彼女の角がとび出し、歩を取り返す。
(ここでもう一度歩を打って、陣形を立て直してもいいんだが……。せっかくだ、後輩の角が不安定に浮いている今が攻め時のような気が……する! とりゃっ)
こちらからも攻めを開始する。厚い矢倉の壁をどこから、どうやって崩すか。端か、上部か、4筋か。あるいは中央、はたまた側面からか。
――全部だった。盤上の、あらゆるところで戦火があがる。
(あれ? ちょっとわかんなくなってきた……ぞ?)
そして、いつのまにか盤面がゴチャゴチャしていた。駒が乱れ、乱され、入り乱れる混戦模様だ。全部の駒が、おのれの役割を全うしようと死力を尽くす。
すべての駒たちが躍動していた。
しかし形成は徐々にこちらに傾きつつあるようだった。局面はまだ難しいけど、やるべき手が見えている。
成り込んだ馬の利きを利用して、後輩陣の裏側から銀を打ち込んだのが好感触。これで後輩玉のふところにいる要の金を剥がしてやれば、かなり有利に――
と、視線が後輩陣の最奥に目が行ったところで、盤の近くに見えている彼女のむき出しの膝と太ももが目に入ってしまって……、身体の一部が、ヒク、と反応する。おおぃ、俺の一部よ……。
心の乱れが手にあらわれたか、妙な疑問手も指してしまった気がするが、それでもなんとか手をつなぎ、俺は後輩玉に迫っていった。
(よし! これで行けそう――)
しかしあちらの王様は、急いでつかまえようとするこちらの焦りを見透かしたかのように、追跡をひらり、ひらりと躱していく。
そうこうしているうちに状況がさらに混沌としてきた。
(あれ? もしかしてウサコ、〈入玉〉を狙ってる!?)
彼女の玉が、崩れ始めた矢倉の城の裏門――端の方からひょっこり出てきて、じわりじわりと上部へ――つまりこちらの陣地へ近づいてくる。
将棋の駒というのは、基本的に前に攻めるようにできている。なので、駒の後ろ部分を使って相手を追いつめようとするのは、すごく難しい。
もし相手の王様がこちらの陣地まで入ってきて〈入玉〉してしまうと、相当捕まりにくくなる。こうなるとかなりまずい。
(まずい、まずいぞ……。入玉されて、と金や成駒でガチガチに固められたら、もう手も足も出ない……)
ここからの勝負は、後輩が上部脱出できるか、それを俺が阻止できるか、の戦いになった。
彼女は脱出経路にある俺の駒を排除しようとするが、こちらはそうはさせじと後輩玉前方に、さらに駒を投入。ついでに逃げる玉の背後からも押し上げていき、前後からの挟撃体勢を築くことに成功した。
「む〜〜〜〜〜ッス……」
後輩は懸命に考えているが――すまんな、たぶんこのまま正しく指せれば、俺の勝ちだ。
やがて二人の間には、もう終局間近という雰囲気が漂い始める。
けれど、後輩は「あきらめている」という様子ではない。負けるのはわかっているが、なんだか……ええと、彼女の表情が――
(やっぱり嬉しそう? に見えるな?)
さっきもこういう表情をしていた。ちょっと不思議にも思うが、俺は手を緩めない。すまないがこれは勝負だ。
このまま行けば、決められそうだった。
(あれ? でも決めたらどうなるんだっけ? 俺が勝ったら――ウサコが全裸になる……?)
ということは、俺が彼女を、全裸に剥いて……しまう……のか?
今さらのように、その事実を実感して呆然としていると――
「せんぱいせんぱい、どうしたんスか?」
「ん、何がだ?」
パチッと駒音。
「先輩の股間が大変なことになってるッスよ〜?」
ん? 下を見る。
(ぬあ!?)
俺の息子くんが膨張を開始していたのは前からだったんだが、もっこりなドーム化の段階をとうに過ぎ、テントの設営もつつがなく終了し、今では立派なエッフェル塔を築き上げて……いるだと!?
「いやこれはその、ええと、しどろもどろ」
「先輩やっぱり……わたしの服を剥ぎ取って、剥いて、すっぽんぽんにしたくてたまらないんスよね?」
「思ってない、全然思ってないぞう!」
――パチッ、俺の駒が、後輩の駒を剥ぎ取ってしまった……。
「え〜、言ってることと、指してることが違うッスよ〜?」
「こ、これはしょうがないじゃないか!」
「ふ〜ん、そうッスか?」
「……そうだよ」
「でも先輩……。先輩の指すときの手つきが変わってきてるの? 気付いてるッス?」
「へ? 手つき? 変わってきた?」
「わたし、先輩の手ばっかり見てましたから、よ〜くわかるんスよ。しばらくは普通な感じで普通に指していたのに、だんだん駒を取るときとか、明らかに剥ぎ取るみたいに、こう――ぐいって。もう指が全力で叫んでるんス。もっと剥きたくてたまらないっ、もっと剥かせろ〜、もっと見せろ〜って思いがにじみ出てて――」
「剥ぐとか剥くとかって、将棋の話だよな?」
「ッスよ?」
うん。そうだよな……。そのはずだ……。パチ。
「あ、えっと……、さすがに今の言い方は引いたッスか?」
「いや、ぜんぜん」
「そ、そうッスか……」
言いたいことはわかる。
それに、彼女の言っているとおりだと思う。そのとおりだからな。
俺は今、後輩のエロい姿を見たいと思っている。なんならエロいことをしたいとまで思っている。すごく思っている。それで頭の中がいっぱいになっている。パチッ。
でも指し手のほうは、びっくりするくらい冷静に指せてるんだよな。頬がカッカと熱いのに、某部分もドクドクッて脈打ってるのに、頭の一部がすっきりと冴えている。
たぶんこれから俺は勝つ。勝って、彼女を脱がす。「後輩を脱がす」という、ただ一つの目的のために、脳全体が全力でフル稼働してる――今の俺の状況を説明すると、そういうことになるだろうか。
本当に終局が近づいていた。
一番端の1筋。中段まで逃亡していた後輩玉だったが、ここで俺の待ち受ける包囲網に押し返される。
再度道を切り開こうとするも、それが叶わないだろうというのは、おそらく二人ともわかっている。あとは、俺がどう詰ますか、だ。
じっ、と盤を見つめる。どこかに詰み筋がありそうなんだけどな……。取って、取られて取って……ん?
ああ、そうか……。
急に道が見えた気がした。遠くまで見通せたような気がした。
目指すべきゴールが見えた。この道をたどればいいんだ……。
(でも、待てよ? 錯覚ということもあるしな? ここは慎重にな?)
錯覚は、プロの先生ですらときどき起こるみたいで、ましてや俺なんかいつも錯覚しまくりだし、ちゃんと詰ませられる方が奇跡みたいなもんだ――うん、でも詰みだな、間違いない。
しばし目を閉じる。
別に焦らしてるとかじゃなくて、なんと言えばいいかな――心の整理をしてるようなものか。
俺は、勝つ。
けれど、勝ってしまうのか……、終わってしまうのか……という淋しさもあった。
なんだかんだいって後輩との対局は楽しかった。それが今終わる。
俺の次の指し手は▲1五金。その後は、簡単な手を続ければ詰みだ。
これを見て後輩が投了した。彼女が音もなく頭を下げる。
静かな投了だった。つられて俺もお辞儀する。
……あぁ、終わってしまったな。
▲△▲△▲△▲△
しばらくのあいだ、二人とも無言だった。
今の対局を振り返っている、ともいえるし、今までの対局すべての来し方を振り返っている、ともいえる。
長い戦いだった。だが、それも終わった。終わってしまったんだ……。
「ふ〜、終わったッスね――おっとっと」
後輩は後ろに両手をついて体を倒しかけたが、自分の股間がすっぽんぽんなことを思い出して、再び恥じらいのポーズに戻った。
「だなー……」
始まりは、売り言葉に買い言葉的な感じで唐突に始まった脱衣将棋だ。
「こんなに長くなるとは思わなかったよ……」
「そうッスね〜」
しばらくうんうんとうなずき合っていたが、
「じゃあ、そろそろ、先輩の脱がせタイムといきまスか?」
「ん? 脱がせ……? 脱がさせ……、脱がされ……タイム? 俺が脱がさせられる……の?」
一瞬、意味がわからず混乱する。
「ん? 違うッスよ。先輩がわたしを脱がせるんス」
「あ、なるほど……ね?」
ん? んんん? ちょっと待て? 俺が後輩を脱がせる……だと!?
「え? なんで!?」
「え? それくらいは勝者のご褒美があってもいいかなって思っただけッスよ?」
「……いいのかよ!?」
「まあ先輩なら、いいッスよ〜?」
軽いな。しかし俺の股間の塔の建設を見てもなお、さらにエロい方面に持っていこうとするとは……。
「いいのか? ぶっちゃけその……」
もう少し先の……エロいことをしたい、とは言えない。
「え〜? もしかして〜、それだけじゃ満足できないッスか? もっとエロいことする気ッスか? きゃ〜」
今現在、絶賛恥じらいポーズ中の、恥じらいの乙女のセリフとは思えない!
「まあ〜、そのへんのエロくなるかならないかは、先輩の紳士具合にかかってるッスかね〜? 嫌なことをしたら、そのパンツ一丁の姿のまま叩き出すッスからね!」
紳士。紳士か。この場合の「紳士」は、ネットスラング的な変態な「紳士」じゃなくて、清く正しく真摯な方の「紳士」だな。
「じゃあ、先輩、こっち来てくださ〜い」
あいている方の片手で自分の背の床をポンポンと示す後輩。
ん? これは? 背中側に回ってこいってことか?
この状況で彼女の背後に回って俺ができること……。
つまり後輩の背中でナニかをするわけで……。
つまり後輩の背中にあるもので、俺ができることといえば――
(ブラのホックを外す、しかないよなぁ……)
だがこのまま立ち上がるとすると、なんとも具合が悪い……。
前部分から生えている尻尾を振りながら、彼女に言われたとおりにいそいそと移動することになるのだ。まったく何を言われるかわかったもんじゃない。
(けどもうバレバレだしな……。隠してもしょうがないか……)
努めて興味ないふりを装いつつ、おもむろに立ち上がる。そして心もち前かがみになりつつ、彼女の背へと回っていった。
続きます。




