13 第九局 くずれるところあれば、起きるところもある
エネルギー補給もつつがなく終わり――
「山くずしにしまッス!」
唐突な後輩の宣言により、九局目の勝負方法が大きく変わった。
〈山くずし〉あるいは〈将棋くずし〉とかいうやつだな。
駒を駒箱に入れ、それをひょいっと盤にひっくり返す。それからそーっと駒箱を上げると――そこには駒の山ができている。それを指一本だけ使って駒を端まで持っていく。くずすときや運ぶときに音がしたら交代。それを駒がなくなるまでやる。最終的に持っている駒の枚数で勝負を決めるゲームだ。
将棋のルールを知らない人でもできるし、小さな子でも楽しめる。ローカルルールのバリエーションもいろいろあるなど、詳しく知ろうとすると案外奥が深くておもしろい。
「いいけどさ。でもなんでいきなり?」
「え? わたしがやりたいからッスよ?」
「それだけかよ!?」
「それだけッスよ〜。ほかに何があると思ったんスか?」
う。そう言われれば何もない。
「よっし、そうと決まれば早速やりましょう!」
後輩は自分の駒台がわりに使っていた駒箱を取ると、全部の駒をその中に収めた。そして駒を均すためか、手を振って、じゃらじゃらと揺らしている。
すると手の動きにあわせて彼女の腕も、ふるふる揺れるわけで。するとさらにその腕の動きに乗って……おっぱいが、ふるんふるん……、揺れるわけで……。
(こいつめ、わざとやってるわけじゃ……、ないよな?〉
「さて、盤に乗せるッスね……。ここは度胸と勢いが肝心……」
後輩が真剣に将棋盤を見下ろす。グッと身を乗り出してきた。お胸もこっちに近づいてきた……。
「ほいっと」
声とともに、駒箱が盤の中央に着地する。彼女の胸も一回大きく上に弾んで元の位置に戻り――かけて、自重にともない、やや下に行き過ぎて、それからまるでバネじかけのように、たゆんとまた上に跳ね上がり、そしてようやく元の位置に戻ってきた。
今、箱の中には駒たちがひしめいているはず。
今、ブラの中にはおっぱいがつまっているはず。
「ん〜、少し揺すった方がいいスかね?」
真面目に箱を揺らす後輩。駒箱の中からはカチャカチャと駒たちの音が聞こえる。
「ん〜? もう少しッスか?」
今度は両手を添えて揺らし始めた。
つまり盤上の駒箱を抑えるために、前かがみになった後輩が両手を前に突き出して、小刻みに体を震わせている……。
後輩の柔らかそうな胸部が、両腕によって内側に狭められて、さらに盛り上がり、谷間がさらに深みを増していく。
谷間そのものは鎖骨の中央下付近から曖昧に始まっているが、おっぱい山の先端に向かうにしたがって、はっきりとした谷筋を見せ始め、ブラの覆いに吸い込まれるあたりに至っては、深淵の様相を呈していた。
その深みは、まるでこちらを誘い込もうとするような、柔く、妖しく、暗みをおびた、魔性の谷間だ。
あまり見つめ続けると、本当に吸い込まれるような気がして、ちらっと視線をずらす。
(ふーっ、いろいろ……あぶない)
気付かれないように、小さく、けれど長い息を吐いた。
▲△
「で、ルールはどうするッスか? ローカルなやつとか、いろいろあるッスよね?」
「あー、そうだった。勝ち負けはどうする? 大駒は高得点とかの点数制もあったな……。 それとも駒の枚数だけで決める?」
「点数数えるのめんどいですし、単純に枚数勝負でどうッスか?」
「おけ。あとは……、盤の駒が立ったままで取れたら、上から落としていい、とかなかったかな?」
「え。そんなのあるんスか? 初耳ッス。金を取ったらカドから指で弾いていいっていうのは知ってますけど」
「それもあったか……。どうする?」
「ん? わたしが決めていいッスか?」
「いいよ。やりたいって言ったのはおまえだし」
「そう……スか。じゃあ、……ええと、極力シンプルにして、取るだけにしましょう。追加のチート術とかは、全部ナシで」
「シンプルすぎて逆にとんがってる気がする……」
「そっちのほうが、長くできるッスからね〜。ふ〜んふ〜ん♪」
ん? こいつ、長くやりたいのか?
「あ。上におんぶして、ごっそり運ぶのはアリでいいッスか?」
「わかった」
だいたい決まったかな。
▲△
「じゃあ、わたしからッスね〜、よ〜し」
腕まくりする後輩。ブラ姿なので、彼女にまくる服の袖はない。エアまくり。
「う〜んと? こっちッスかね〜?」
自分の正面に思わしい箇所がなかったのか、上半身を伸ばして左右の方も確認する後輩。
う……、半裸の後輩と山くずし……。すぐ向かい側で半球のおっぱい山が二つ揺れて……。これはかなり、イケナイ遊びなのでは……。
「お、ここイケそうッスね」
ポイポイッと取っていく。手慣れた手つきだ……。これは相当の手練れと見た。
「ふふ〜ん、この調子で先輩にはひとつも取らせないッス――」
――カチッ。駒がずれて、小さな音がたつ。
「あちゃ〜、やっちゃいましたね。残念。へへへ」
全然残念そうじゃないな。手練れかと思ったが、意外に不慣れか?
次は俺の番。
とりあえず、後輩がミスった部分をシメシメと回収する。
「むーっ。卑怯ッスよ。それはわたしが取るはずだったのに!」
「なーにを言うか。これが山くずしのルールというものだ」
「んぬぬぬっ……」
よし、それからこっちの方に……あるな。複数枚が積み重なった塊が。ここをごっそりと――
グラッ、カラカラ、カシャンッ。
「のあぁーーーーっ!」
「あらら、残念だったッスね〜。むふふ」
今度は後輩が、こちらのミスした駒を全部かっさらっていく。一瞬のミスですべての努力が水の泡となる。世知辛いなあ。なかなかシビアだ。
「さ〜て、このへんはどうッスかね〜?」
後輩は、俺の開拓したひと山の奥地の隙間から、するすると駒をひっぱり出していく。
何枚か取ったところで均衡が崩れたのか、再びカシャッと山が崩れる。
またこちらに手番が回ってきた。
「うーん、どこを狙うかな……。お?」
今度は斜めに崩れかかっている駒が目に留まった。ぱっと見は不安定ですぐ崩れそう。でもコツがあるんだな、これが。
指の腹をうまく当てて、押しつけるようにしつつ、角度はそのまま――斜めにスライドさせていく。
いよし、このまま盤上を滑らせて端まで持っていけたぜ!
「お〜、やるッスね!(小声)」
「ふふーん。どや……(小声)」
交代の合図は小さな駒の音だ。なのでだんだん声が小さくなっていく。二人、息を潜めるようにして、盤上の駒の小山を見つめ続けた。
急に部屋に静寂が落ちた。
すると、今まで気にもしなかった音が耳に入りだす。
ねぐらに帰る途中なのか戸外から鳥の声、ときおりわずかに聞こえる飛行機の音、キッチンから冷えた調理器具のきしむ音、かすかに冷蔵庫の音、室内の時計の音、二人の息、さらさらと衣擦れの音――
(ん? 衣擦れの音? 何がすれている?)
気になる……。顔は動かさないで視線だけひょいとずらすと――
(ぬあ!?)
顔のすぐそばに後輩のお胸が、お乳が、おっぱいが! ドドンと! 近づいている! 接近している! しかも微妙に腕を寄せて、ブラごと押し上げてる!
思わず指に変な力が入り――
クルリ、カシャッ、カラカラ、カラン……。
「あぁぁぁっ!」
「お〜、すごいッス。駒が飛んで回転するとか、なかなかないッスよ。先ぱ〜い、どんだけ力入れてたんスか? あっはっは」
「つい手元がくるった……」
「じゃあ、交代ッスね〜」
「ぐぬぬぬ……」
それからも手番の交代が続いていった。
しかし、徐々に俺のミスが目立ち始め、後輩の取る枚数が多くなっていく。
こちらのミスの原因は明白だ。おのれ後輩……。狙ってるのか狙ってないのか微妙なラインをついて、お色気作戦を繰り出してきやがるのが癪に障る……。気になって、気が散って、気もそぞろになって仕方がない。
「んっ……♡」とか、わざと甘めの咳払いをしたり、「よいしょ……」とか、わざわざ声をあげながら座り直しつつ俺の視線の先にタイツな下半身を持ってきたり、手持ちぶさたに、ゆら〜ゆら〜っと上半身を左右に揺らして、もちろんおっぱいもゆらゆらさせたり、またも微妙なタイミングで腕を寄せて上げて――みたいな挑発行為を立て続けにやってきた。
けれどそれを全部、こちらが抗議しにくい絶妙のタイミングでついてくる。それら後輩のたくみな攻撃に集中力を徹底的に削がれ、翻弄され――
「にゃ〜はは〜、先輩弱いッスね〜」
俺の自信の山は見事にくずれさり、そのくずれた山の残骸の頂きを踏みしめて喜色満面、勝利の凱歌を高らかに上げる後輩の勝ち姿を地面に突っ伏し見届けるはめになった。
結果、普通に負けた……。
「くっ……、ウサコめ、卑怯だぞ……」
「え〜、ナニが卑怯なんスか〜?」
「おまえのその……、お色け――」
「ん〜? おいろ……? ナニッスか〜?」
「いや、なんでもないです……」
「ん〜?」
気付いたことがある。「お色気に負けた」と言ってしまうと、つまり俺が、後輩に色気を感じていることになってしまう。そうすると、「え〜、せんぱ〜い、わたしをそんなエロい目で見てたんスかぁ〜? セクハラッスよ〜? うふふ〜」くらいな煽りを受ける展開になるのは目に見えている。
くっ。完全にヤツの術中にハマってしまった。だが負けは負けだ。後輩の案に乗って山くずしにするのを了承した時点で、負ける運命は確定していたのかもしれない。相手が一枚上手だった。
そして――
▲△▲△▲△▲△
「え〜と、それではっ、先輩どうぞッス!」
うれしそうに案内されて、俺のストリップタイム……。
うぅぅ、脱ぎづらい。が、まあしょうがない。
前回で靴下まで脱いでしまった。今回はズボン。
そして腰のボタンに手をかけたところで重大事案が発覚し、顔が青ざめた。
(アレ? これちょっとヤバくね?)
たしかにこれはヤバい。アレな感じで大変ヤバい。公序良俗に反しそうで、まことにヤバい。つまり――
(お元気なってる……のがバレる……)
さすがにあれだけのお色気攻撃を受けたのだ。脳みその情動をこれでもかと刺激された健全な男子の身体の特定部位に、硬直的な生理反応が有意に確認されるくらいの現象が惹起されていても、なんら不思議はない。
いまのところ、まだフルに硬直しているわけではない。けれどたぶん、特定部位が膨らんでるのは、確実にわかる……くらいに大きくなってしまっていた。
(なんとかシワのふりしてごまかせないかな!?)
ちらりと後輩をうかがう。ドドンッ、と彼女の胸部がこちらの目に飛び込んで、ヒクッと反応しかけ――
(ああ、もうわからん、いちかばちか!)
ズボっとズボンを脱いでしまった……。
(く……っ、これはもう、後輩に気付かれて、からかわれるパターンか……)
覚悟を決めよう……。
――だがいっこうに後輩はからかってこない。そういう気配すらない。あれ? というか、やけに静かだな。どうした?
見ると、後輩が固まっていた。というか視線はこちらのアレ部分を凝視しているので、起きているのに気付いてるのは気付いてるんだと思う。
けれど、「え〜、先輩、パンツの、ある一部分だけ、ぱお〜んしかかってるんスけど、どうしたッスか〜? そういう病気なんスか〜? そ れ と もぉ、ナニか変なコト、考えてないッスかぁ〜?」とも言ってこない。
(というかウサコ、顔赤いな……、特に耳の先なんか真っ赤だし)
対局の途中で邪魔に感じたのか、いつのまにか彼女は片側の髪を耳にかきあげていた。いくぶんほつれて遊んでいる髪の様子が、妙に色っぽい気がしないでも――なくなんかないぞぅ!
そして、よく見えている方の耳の先が、血でも吹き出るかというほど赤く染まっていた。
きれいな形の耳たぶが血色良くて、というか良すぎるほど色づいて、軟骨部分なんかちょっと透け感もあって、きれいだなと思ってしまって……。いやいや、何を考えてるんだ俺は!
そんな考えが脳内でぐるんぐるんしていると、ようやく後輩が身じろぎした。
まるで、さっきまで時間が止まっていた人のように目をパチクリさせていたが、徐々にいつもの彼女に戻っていく。しかし、
「ふ、ふ〜ん、先輩、なかなか度胸あるんスね。見直し……ました…………」
そうつぶやいて、また沈黙する後輩。
え? それだけ? もっといろいろ「や〜い、や〜い」とか言うかと思ってたんだが!?
「ん……」
と彼女が手を差し出してきたので、自然な流れで脱いだモノを渡してしまう。
手にした脱ぎたてホカホカズボンを空中で形を整えつつ、器用にたたんでいく後輩を見ながら、俺は腑に落ちないような、もどかしいような、なんとも言えない感情の渦にとらわれていた。




