11 第八局 後輩をハメる(意味深)
第七局に勝利した俺だが、ここで難題に直面することになった。
後輩のキャミソールとスカートのうち、どっちを脱がすか。
これは悩ましい問題だ……。
けれど、はっ!? まてよ、それをこちらが指定するなんて人としてどうよ!? と思い至って、
「おまかせします……」
と言うくらいしか俺にはできなかった。
「ありゃ、そうッスか? てっきりおっぱい目当てで上のご指定かと……」
「お、俺はそこまでエロで頭がいっぱいなわけじゃ……ないぞぅ」
しかし――と思う。
たとえば、もし、仮にだ。上半身を重点的に脱がしていくとすると、どういう結果になるだろうか?
後輩の下半身はいつものスカート、いつものタイツの普段の格好。しかしながら上半身はあられもない薄々のブラ姿、さらにブラも剥いてしまうと、そこにはおそらく相当なボリュームのおっぱいがたゆんたゆん……。下は普段着、上は無防備。あ、なかなかいいな。
いやいやっ! あえて上半身はそのままに、下半身だけ全部脱がしてしまうのはどうだ!? 上は日常、シタは非日常。何も履いてないナマの股間が外気にさらされ恥ずかしげ、すらっとしたハダカのナマ足も目にまぶしくて――みたいな妄想を一瞬だけして、ダメだ! そこまでやるとナニか変態的な一線を跳びこえてしまいそう……と一瞬で頭から消し去っていると、
「じゃあ、んしょっと……」
後輩がその場で、くいっと腰を上げた。そしてそのままスカートに手をかける。
あっという間にスカートが脱げ、はらりと落ちた。
直前まで彼女の下半身を覆い、動きに合わせて生き生きと動いていた布地が、今は力を失い、膝立ちの足元にしどけなく広がっている。
後輩は足をずらしながら器用にスカートを抜き取ると、これも他の脱いだ服同様、きれいにたたんでいった。
タイツ着用とはいえ、カラダの線がくっきり把握できるようになってしまった……。
(尻、けっこうふっくらしてるのな……。いや、腰がめちゃくちゃ細いから、かえってそう見えるだけ……なのか?)
そんなことを思ってると、
「いや〜、結構これ、す〜す〜するッスね〜。へへ」
いたって普通の口調で会話する後輩。ちょっと普通を装ってる感はあるが、まあ「ここで服を脱ぐのは普通のことッスよ?」と暗に言いたいのだろう。
「すーすー? 寒かったら何か羽織ってもいいけどな?」
「あ、す〜す〜って、ほんとに寒いんじゃなくて、気分的にって意味っすよ?」
「そうか……」
「気分的には防御力が落ちて、先輩の遠慮のない、いやらしい視線で、す〜す〜してるってとこッスかね〜?」
ぐ……。遠慮のある、紳士的な視線に切り替えようとして――目が泳ぐ。
「あははっ。目が泳いでるッスよ〜?」
思いっきり気付かれてる!
「で、どうッスか? わたしの薄着姿は?」
どうって言われてもなあ……。
「うん、なかなかイイゾ?」
グッと親指を立てる。ほぼヤケクソ。
「そ、そうッスか……。『イイ』ッスか……、そうッスか」
(ん? まんざらでもない、って感じだな!?)
不思議に思っていると、
「さ、さぁ〜、さっさと次行っちゃいましょうかね〜。次は第七……じゃなかった、八局目ッスかね」
「お、おぅ」
▲△▲△▲△▲△
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまッス」
第八局である。結構な対局数になってきた。
(これ、ほんとに最後までやるつもりなの、か?)
途中でヤメにしてもいいと思う。
けれど、どこか引くに引けない感じで二人とも勝負を続けている気がする。
こういうのを見栄っていうのか? 変なところで俺たちは呼吸が合っている感じがするな。ある意味、似たもの同士なのかもしれない。
でも正直楽しかった。勝ったり負けたりで、楽しかった。
負けるとくやしいので「もっ、もう一局!」と思うし、勝ったら勝ったで「ふっふっふ、もう一局してやるぜ?」となってしまう。中毒性がある。高揚感がある。それに乗せられて、俺たちは今真剣に楽しくやり合っている。
そんな思いが頭のどこかをかすめて、そして消えていって、局面は序盤の分岐点――
(どうするか……)
相居飛車の陣形。おたがい飛車先の歩を伸ばし、角道を開け、金をあげて角の頭をカバーする、先後同型のかたち。
ここから俺が飛車先の歩を交換すれば、後輩の応手によって作戦がかわる。
たとえば後輩側から〈△2三歩戦法〉というのがあって、もし彼女が角の頭に再度歩を打って守備を組み直せば、俺は飛車をあっさり引くか、横に動いて歩を取り〈歩得〉するかの権利の選択肢をもつ。
たしか……、歩を取ると、向こうから角交換して、すかさず角を打ってくる――んだったな。これはネット将棋で経験がある。かなり痛い目をみたので、悔しくて対策を調べたことがあるし、こちらのコースに入ったらなんとかなるだろ。
〈横歩取り〉にもなる可能性があった。飛車角桂馬といった、大駒と飛び道具が乱れ飛ぶ華々しい勝負。玉の守りも薄く、一手のミスが勝敗に直結するスリリングな戦いになる。プロの先生や有段者がやればの話だけど。
(でも横歩になると、後手からアレをやられる可能性があるんだよな……)
横歩取りの定番の作戦で、後手から角交換して△4五角と打つ筋がある。
これはこのまま〈△4五角戦法〉という呼び名で定着していて、これも対応をミスると、さっきの角頭歩のときみたいに、いいように蹂躙されて、こちらの貞操があぶない。
だが〈△4五角戦法〉も、やっぱりネット将棋で頻出するし、やっぱり苦杯を喫した経験が何度もある。だから、まあこうだったっけ? くらいには対応できる、はず。たぶん……。俺の記憶力……。
と、ここで閃いた。
(あれ? 待てよ? 横歩取りの先手番で、マイナー戦法があったな……)
ここまで後輩からのマイナー戦法でさんざんな目にあってきたんだ。このあたりでヤツにきっちりお返しして、ひと肌脱がせて――じゃなかった、ひと泡吹かせてやってもいいんじゃないか?
だが、もしこの戦法を後輩が知っていたら元も子もない。作戦が失敗すると、こちらのズボンが消えることになるし……。
(うろ覚えだけど……。ここは勝負をかけてみるか……?)
パチっと手を進める。
まずは飛車先の歩を交換。
飛車を走らせる。
さあ、ここで後輩が守りに歩を打つなら、△2三歩戦法。こちらに合わせて後輩も飛車先の歩を交換しにくるなら、横歩取りだ!
「う〜ん、飛車走ってきたッスか……。角換わりもあるかと思ってたんスけどね……」
盤面を見つめ、唇にちょいっと指を当て、じぃっと考えていた彼女が、ふいっと目を上げた。
「せんぱいせんぱいっ?」
「なんだね、後輩?」
「先輩は2三歩戦法って知ってるッスか(棒)?」
「ニイサップ戦法? 北海道の地名か何かか? 知らないなーそんなの(棒)」
おたがいとぼけ方ががヘタだなぁ……。
「そういえば後輩?」
「何ッスか、先輩?」
「4五角戦法って知ってる(棒)?」
「よんごーが、くぅ? 算数ッスか? たしかに、よんたすごはきゅうッスね(棒)?」
後輩よ、その勘違いはさすがに無理があるだろう……。
しばらく、じりじりとした沈黙があった。相手から漂ってくる気配から相手の腹を探り合う。
後輩の腹は、キャミソールの裾がほんのり上ずっていて、タイツとの隙間に肌色の横線が露出していた。いや、彼女のハダカの腹が見えるからといって、特にどうというわけではないのだが……。ヘソも見えないし……。後輩のヘソってどんな形なんだろうなぁ……。
ん? それに後輩の方から何かいい匂いがしてくるな? 薄着になったからかな? はっ、これはもしや後輩の体臭!? でもこれはいい匂いだと思うぞ? ちょっと甘い感じだし。ということは、どう表現すればいいんだ? 後輩の、……いい体臭?
と、後輩のいい体臭をこっそりクンカクンカしつつ、さらに彼女の腹回りを探っていく。すると視線がひょいと自動的に、下腹部にロックオンしてしまった。
(あれって……下着、だよなあ)
デニール? というのは、よくわからないが、黒タイツの腰まわりの布地が引っ張られて、適度に薄くなっている。その薄さの内側から、パンツがほんのり浮き出ていた。
(うーん? 白? もしくは水色? うすピンク? はっきりしないな……)
こうして膝と膝を突き合わせて、視線を下にして座っている姿勢なので、相手の下半身がばっちり見えてしまう。なので、いろいろ見えてしまうのはどうしようもなくて、不可抗力なわけで――とか思考があさっての方向へいっているうちに、
パチッ。
後輩の手が進んだ。
飛車先の歩を交換しにきたか。
ということは、「横歩で来い」ということなんだろう。さっき俺から△4五角戦法を知っているか聞かれて、迷ってくれていたらありがたいんだが。「もしかして先輩は△4五角を知っている!? いやハッタリかけてるだけ!? かもッス!?」みたいな感じに混乱してくれてたら最高なんだが……。
あちらが「横歩もオッケーッスよ? へっへ〜」と主張してきたので、こちらもそれに応えねばならない。飛車をスライドさせて横歩を取る。
――さて、ここだ。
後輩から角交換してくると、かなりの確率で△4五角。
もしおだやかにいくなら、角を一つ上げて〈△3三角型空中戦法〉にするのが一般的だった……はず! ほかにも桂とか玉を上げたり横歩取り合ったりとか、たくさん作戦があったと思うけど、あとは知らん! 後輩が俺の想定外の何かをやってきたら素直にズボン脱ぐ! どうだ!
「ん〜? 取ってきたッスか……」
あれ? 後輩は、俺が横歩を取ること自体、想定外だった……っぽい?
後輩が盤面に没頭し始めた。
考えながら、リズムを取るように体が前後に揺れ始める。
対局中にこういう風になるのは、棋士の人でも多い気がする。ネット中継でもよくみるな。よくある普通の光景だ。
だがしかし。今の俺たちは、普通の服装ではない。薄着でたいへんよいお胸をお持ちの後輩さんが、ゆらゆらカラダをお揺らしになると……、それに合わせて、たわわな果実もゆらんゆらんお揺れになるわけで……。
うん、そんなこと気にしないぞぅ――と思っていたら、
「まあ、こんな感じッスか」
後輩は角を手に取り――パチッと一つ上がる。
△3三角。俺の飛車の真ん前に角を移動させる。よくある展開ならば、ここから先手の俺は飛車を引いたり、右桂を跳ねたり、銀を上げたり、玉を上げたりするんだが……。
ここでッ!
秘策の一手!
〈▲同飛車大学〉!
……じゃなかった、▲同飛成!
いきなり飛車を切って、角を毟り取るッ!
「はっ???」
後輩がすっとんきょうな声を出した。
おぉ? この様子なら……。後輩はこの作戦は知らないと見たぞ。もしこれが演技だったら、こいつは相当の演技派だ。稀代の策士だ。もう何をやってもかなわないだろう。潔く全裸になろう。
「……先輩、これ何かハメ手ッスか?」
ジト目で見てくるウザいウザコちゃんが、かわいいなー。
「えー、何かなー、どうかなー、知らないなー(棒)」
むむむむ……と、しばらく後輩は考えていたが、
「まあ、取るしかないッスけど……?」
△同桂。桂馬で俺の飛車を取る。
ふっふっふ、そこで秘策その二!
▲7七角打!
俺の陣地の7七の地点に角を追加で打ち、後輩の飛車に当てる!
「んンンン???」
彼女はまたも声をあげたが、動揺をかくすためか、ハッと口元をおさえる。
もし、飛車取りにひるんだ後輩が飛車を引けば、角を切って3三の桂馬を取る。この手が王手になるので、後輩は△同金と取るしかない。すかさず、さらに後ろに控えていたもう一騎の角が▲同角成と取る。するとなんと! またしてもこれが王手になるので、後輩は何らかの対処をしなければならない。そのすきに隅に落ちている香車も拾ってしまおうという作戦だ。
結果として、後輩が持つのは大駒一枚。対して俺の方は金桂香の三枚を手持ちにする。一般に大駒とその他の駒の価値は「大駒一枚・小駒二枚の〈二枚替え〉」でつり合いがとれるとされる。これが〈三枚替え〉なら、明らかにこちらが得だ。
今回俺の採った作戦は、このような恐ろしい意図を秘めているのだが――
(でも、これにもちゃんとした対応策があるんだよなあ……)
後輩はどう出てくるか。今の局面は、俺の角打ちが彼女の飛車に当たっている。俺くらいの棋力では、飛車取りに当てられると、ほぼ反射的に飛車を逃がしてしまいがちだ。飛車は最強の駒。大事にしたいよね。
(だがこいつめ。ここできちんと考えるとは……。恐ろしい子……)
後輩は飛車に当てられた状態のまま、逃げずにコンコンと考えていた。そして、
「ふ〜むん……、これしかないっぽいッスか」
妙なため息をつきながら、彼女は△8八飛成。飛車を切って角を取る。
(こいつ、〈最善手〉……だと!?)
やはり一筋縄ではいかないやつだ。というかこれまでの勝負で、なんとなくわかってきたことがある。総合的な棋力では、後輩のほうがたぶん強い。おそらく何十局と対局を重ねていくと、その差はもっとはっきり出てくるだろう。
しかし、今は短期決戦。作戦さえハマれば、互角以上にやりあえる可能性も十分ある……はず!
パチ。
こちらの応手は▲同角。
この一手。
その俺の手つきを見て、後輩が抗議の声を上げた。
「先輩、やっぱり何か知ってるッスね! 絶対ハメ手ッス! ずるいッス! ずるいッス!」
「なにおぅ、ここまでさんざんハメ手で俺をハメまくってきたおまえが何を言うっ」
「でもずるいッス! ずるいッス!」
「ほらほら、後輩よ、早く次の手を指すがよい」
「ぬむむむむ〜〜〜〜っ」
「ほらー、10秒ーっ、20秒ーっ」
さっきの秒読みのお返しだ。
「む〜〜〜〜〜〜ッス」
続いて後輩は右金を上げる手を指した。なるほど、一見がら空きの8筋をケアする、守りの手。
しかしなぁ、そこじゃないんだよなぁ、後輩よ。
俺は彼女が見ているのとは反対側、後輩の陣地の空白地点に飛車を打ち込む。
▲2一飛!
ここで後輩が何もしなければ、角を切って桂馬を取り、後輩の△同金に、こちらの飛車で銀を取った手が王手金取りになる。
「ぬ〜〜〜〜〜っ」
しかし後輩はうなりながらも、こちらの意図を読み、玉を上げて守備を強化。ふむ、それなら……。
すぐ隣の香車を取る。次に3筋の桂馬を狙って香車を打つ手で押していけるはず――
「うなぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ」
後輩はうめきながらなおも抵抗を続けるが、さっき守りに上げた右金が壁になって王様の逃走経路を妨げてしまっているのが、どうにも〈味が悪い〉。その状況はずっと続いて、俺はこの形勢をなんとか維持しつつ、なんとか攻め続け、そしてなんとか勝利をモノにすることができた。
ぜぇ、ぜぇ……、勝ち切るのって、しんどいな……。




