戴冠式
戴冠式前のカダーハ王は忙しく、ミヤモとの面接は少し遅れた。
王は自分からは極力何もしないという方針であるが、それでも報告は受けている。戴冠式の警備や、来賓の歓迎会など関連する行事が多く、様々な報告を聞かなければならない。報告に疑問点があれば質問するし、前例に則って行うようになど指示をすることもある。
ミヤモと勝負したカダーハ王は連続して負けた。
「そんなはずはない。こういう勝負は先手必勝か後手必勝の手はあっても、どちらでも必勝ということはないはずだ」
「あら、分かってるじゃないの」
「うーむ、やはりそうか」
「それじゃあ、ルールを変えて最初の山の数を四つにしてみましょう」
「いやまて、三つの山でも勝てないのに四つされても困る」
「それじゃあ、1度に取ってもいい石の数を七つに増やしてみましょう」
「いやいや、よし、こちらから提案するぞ。山の数は三つ、どの山も石の数は五つ、1度に取っていい最大の石の数は三つにするのじゃ」
「いいわよ、それでやってみましょう」
そのルールで何度も繰り返すうちに、カダーハ王はミヤモの手を真似て勝つ方法が分かった。ただし、少しルールを変えるとすぐに勝てなくなる。
「うーむ、悔しい。明日だ、明日またやろう」
「王様、明日は予定が詰まっております」
侍従長が注意する。
「合格、合格にする。ミヤモよ、ハーレムに入るがよい」
侍従長が王の身分とハーレムに入る手続きについて説明し、本人の同意を求めた。
「ハーレム、ハーレムね。まあいいか、あまり稼げなくなってたし」
ミヤモは気楽に応じた。
「いやあ、よく働いた」
トッチョが仕事が終わったかのように言う。
「あと2人見つけなければならないんだぞ、そして時間もない」
デコは深刻な表情をしている。
「いや、もう無理だって。王都周辺はだいたい回ったし、その先まで行ってうまく女が見つかっても、連れて戻って王様の面接なんてとても間に合わないよ。変な女の当てもないし」
「遠くに行けないならば、王都内でもう1度よく探すのだ。時間ぎりぎりまで全力を尽くすのが務めというものだろう」
「探す当てもないのに無理だよ、無理」
「俺は1人でも探すぞ」
「まあ、待ちなって。言われたことの8割も達成したんだから、上出来じゃないか」
「おまえは、計算も出来ないのか? 5人の変な女を探してこいと言われて3人しか見つけられなかったんだから、6割だぞ」
「6割だって立派なものだ。半分より多いんだからな」
「6割じゃなくて8割なのさ」
ニアが口を挟む。
「いいかい、王様が求めていたのは変な女とゲームの相手なんだよ。ハーレムに入るかどうかはそんなに問題じゃない。王様はゲームが出来ればそれでご機嫌なんだからね。リオもハーレムに出張してゲームをする以上は、ちゃんと王様の求める条件に合っているんだよ。だから8割で正解さ」
「ともかく、もう当てがないことを報告しようぜ。報告は大事だからな」
デコは気が進まなかったが、トッチョの言うことも理屈なので2人は侍従長に報告に行くことした。
「やあ、侍従長さん、俺たちもう変な女の当てがないんで、このへんで仕事を終わりにしたいんだが」
トッチョは率直である。
「ばかもの!」
「まあ、まあ、そう怒らなくても」
「まったく、お前らと来たら」
「しかし、侍従長、王様の面接可能な日はあと何日ありますか」
デコが質問する。
「何日もあるわけがなかろう! せいぜい半日、いや半日もない。びっしり予定が詰まっておる」
「それでは変な女を探しても面接が出来ないということですね」
「たとえ王の予定がつかなくても、お前たちは女を探し続けるのだ。それが臣下の務めというものだろう」
「しかし、私たちも戴冠式には近衛としての仕事がありますし、その事前打ち合わせにも出なければなりません。それが本来の仕事ですから」
これには侍従長も反論できなかった。近衛から借りている人員なのである。
「仕方がない。一旦、近衛の仕事に戻りなさい」
カダーハ王の戴冠式が王宮内で厳粛に行われた。王は地母神教会の保護を約束し、高位の神母が王の頭に王冠を乗せる。その後、地母神以外の神を祭る教会の代表者たちが次々と王を祝福する。近隣諸国からの来賓たちが王に賛辞を贈る。
儀式そのものは短い時間で終わり、王冠を着けたカダーハ王が王宮のバルコニーに出て国民に手を振り、大勢の国民が王宮前広場で歓声を上げて王を称える。その中には賑やかしのさくらも混ざっていが、在位期間の長いエロナ王国では戴冠式とそれに続くお披露目は住民にとって珍しい儀式なので物見の客も多い。
食べ物を売る屋台も王宮前広場に出ていて、子供たちが屋台のものを食べたりしている。お金のない子供たちは意味もなく走り回って雰囲気を楽しんでいる。
「終わった終わった」
カダーハ王は王冠を外して帽子掛けに置き、儀礼用の外套を脱いだ。
「まだ終わっていません。晩餐会があります」
侍従長は帽子掛けから王冠を取り保存用の箱にしまった。
「面倒だなぁ」
カダーハ王は美食家ではない。地母神教の敬虔な信者であり、どんな料理でもおいしいと言って食べる。料理の味は多少良くても、面倒なマナーの要求される点で晩餐会が苦手なのである。
カダーハ王が晩餐会を面倒だと思う理由はマナーの他にもあった。近隣諸国からの来賓たちが新しい王を評価しようとすることが明らかだからである。カダーハ王は他人から厳しい目で見られると思うと緊張してしまう。
晩餐会が始まると、カダーハ王は愛想を振りまいて客をもてなした。カダーハ王の母、前王の妃が女主人役として取り仕切る。
「おめでとうございます。今後も我が国と友好的にお付き合い願います」
「こちらこそ、これまでどおりの仲良く付き合っていきたいとお願いします」
カダーハ王はそんな挨拶をしてまわる。
「これはなかなの味ですな。我が国のオチホーには及びませんが」
隣国の高慢な貴族の相手をするのも主人役の務めである。
「そのオチホーという料理は是非食べてみたいものですね。どうやったら食べられますかな」
晩餐会には国内や近隣諸国の若くて美しい女性も招待されていて、貴族やカダーハ王に愛想を振りまいていた。カダーハ王は身分の高い女が苦手だった。王子時代に一度なんだか分からないことで女性を怒らせてしまい、嫌な思いをしたからだ。カダーハが王子だと分かるとその女性が態度を一変させたのも印象が悪かった。
面倒だと思いながらもカダーハ王はなんとか晩餐会を終えた。近隣諸国からあまり馬鹿だと思われても困る。