ニーメ採用
書庫整理という名目で呼び出したニーメを見たカダーハ王はその長身に目を見張り、この女こそ変人ハーレムに相応しいと判断した。
「毎日お腹いっぱいご飯が食べられるんですか? すごいです。やります、やります」
ニーメは即答した。
「夜のお相手もあるのだぞ」
侍従長がたしなめる。
「大丈夫です、あたし、得意なんです。みなさん喜んでくれます。人気あるんです」
ニーメはお腹いっぱいのご飯を逃してなるものかと、長所をアピールした。
「ハーレムに入ったら、他の男と寝てはならんぞ」
「大丈夫です。毎日お腹いっぱいご飯が食べられれば問題ないです。ひとりの人の相手をずっとするのも好きなんです。じっくり開発できます」
ニーメが「大丈夫」という度に侍従長は不安になっていく。
「王はお前の相手ばかりしているわけではないぞ」
「そうなんですか、残念です。でも、大丈夫です。あたし、女の人の相手もできますから」
侍従長は不安だったが、王がよいと判断しているので、ニーメに戴冠式まで身を謹んで待機するように言った。食費の手当をすることでニーメは待機を受け入れた。
デコとトッチョは街で候補者探しを続けていた。
「1人は採用、1人は拒否か」
デコは悲観していた。採用率が半々だとするとあと8人も探さなければならない。
「王様は2人とも合格を出している。拒否したリオが特別変わり者なだけさ」
トッチョは楽観的だ。
「そうだ、リオの知っているという変人のことを聞きに行こう」
「分かれば知らせるって言ってたじゃないか」
「行ってみても損はないだろう。料理も酒もうまい店だ」
「だが、まだ昼前だ」
「あ、開いてないか。昼飯営業してるかも知れない」
「リオがいないだろ」
「そうだった。じゃあ地母神教会に」
「何度も行っても仕方ないだろ」
「どうしよう」
もう何の考えも浮かばない2人である。
「そうだ、馬を借りよう。近衛の馬を使おう」
デコが思いついた。
「いくら王様が変わった女を探していると言っても、馬じゃダメだろう」
トッチョはなぜ馬が必要なのか分からない。
「地母神教会に行くんだよ」
「歩いてもいけるぞ」
「隣街の地母神教会に」
「隣と言っても、どの隣街だ。ヒガトンか、ニシャーか、それともミナナンか」
「全部さ」
「あ、そうか」
トッチョもようやく理解した。
「もちろん、酒場も行くよな」
2人は厩舎で馬を借りた。2人とも騎兵の訓練は受けていないので馬に乗って戦うことは出来ないが、戦わないで馬に乗るだけの乗馬は出来る。ただし、早馬の伝令役になれるほど乗馬がうまい訳ではない。つまりは、ただ馬に乗れるというだけである。
「別々に行こう。俺はまずヒガトンに行く、お前はニシャーに行け」
デコはトッチョに指示すると、すぐに馬に乗って出発した。
トッチョは飼葉を食べている馬に話しかけた。
「食べ終わったら出発するか。食事を中断してまで仕事したくないよな」
ニシャーはヒガトンより近い。ゆっくり出発しても酒場が開くまでには到着できる。酒場が閉まるまで情報を収集して翌朝に地母神教会を訪ねればいいだろう。トッチョはのんびりと構えていた。
夕暮れ前にトッチョはニシャーに辿り着き、宿屋に馬を預けた。宿屋で教えてもらった酒場はオーナカの樫の木亭に比べて小さい店だった。
「変な女いないか」
トッチョがカウンターの親父に尋ねる。
「まずは注文な、お客さん」
酔っ払いの喧嘩をあしらうのに慣れていそうな立派な体格の親父はトッチョをたしなめた。
「うまい酒とうまい料理をくれ」
「うちのはみんなうまいよ」
「じゃあ、売れ筋をくれ」
「牛すじ煮込みとビールでいいかね」
「それで頼む。変な女いないか」
「うちの客はだいたいまともですよ。なんだって変な女なんか探してるんで」
トッチョは王がハーレムの姫を探していることは秘密にしなければならないと思い出した。
「それは俺がふつうの女には飽きたからさ。もう、うんざりするほど寝たからな」
「なるほど、ふつうの女には相手にされないから、変な女で妥協しようってわけだな」
店の常連らしい男がからかう。
「ちがわい」
トッチョがむきになって否定すると、店の客たちが笑った。
「女の世話なら、ナコド婆さんに相談するといいよ。1夜のお相手でも嫁さんでも相手を見つけてくれる」
先程の常連がトッチョをなだめる。
「どこにいるんだ。その婆さん」
トッチョは店の中を見回したがそれらしい婆さんはいない。
「明日になったら、地母神教会に行ってみな。隅の方で小さくうずくまってるよ」
よいことを聞いた。トッチョは得られた情報に満足して、料理と酒を楽しんだ。常連にも酒をおごり、下品な冗談を言い合った。経費で落とせる時のトッチョは太っ腹だ。
翌朝、トッチョはニシャーの地母神教会に行った。建物自体は大きいが、麻袋教会の荘厳さはない。
「アイエ様、日々の食事と子だくさんに感謝いたします」
信者が感謝の祈りを捧げている。その祈りも教会で育てている子供たちの突然あげる騒ぎ声にかき消されて続きが聞こえない。
トッチョはナコド婆さんを探して教会の中を歩き回った。婆さんは隅ではなく陽の当たる表にいた。朝は少し冷えるので日向ぼっこをしていたようだ。
ナコド婆さんは毛布を体に巻き付けて陽射しの中に座っていた。小柄な体で少し薄くなった白髪頭に皺だらけ顔をした老婆である。トッチョが話しかけると婆さんは歯の欠けた口を開いて満面の笑みを浮かべた。
「お相手をお探しかの? どんなお相手がお望みじゃ?」
「そうだな、婆さんの若い頃みたいな娘がいいな」
「ひゃっひゃっひゃっ。嬉しいことを言ってくれるのう」
トッチョはナコド婆さんに、希望する女性のタイプについて詳しく話した。