候補者リオ・バクトネ
1人目の候補者は見つけたものの、その後はなんの当てもないデコとトッチョの2人である。翌日、2人は当てのないまま街をさまよい歩いた。通りがかった顔見知りの子供たちが2人をからかい、見知らぬ子供たちが2人を笑っていく。
「変な女、変な女、変な女はいないかな」
ぶつぶつと呟きながらトッチョは歩いている。
「待てよ、変な女じゃなくてもいいかもしれないぞ」
デコが思いつく。
「なんでだよ、変な女を探すのが俺たちの役目なんだな」
「王様はゲームの相手が欲しいって言ってた」
「そんなこと言ってったか」
「言ってた。間違いない」
「じゃあ、ゲームの出来る女を探すか。どこにいるんだよ」
「酒場で見た」
人材募集の基本は酒場である。2人は酒場に着いた。
酒場「樫の木亭」は閉まっていた。
「なんで扉が閉まってるんだ?」
トッチョは不思議そうに言った。
「まだ昼前だからだろう」
「前に来た時は昼から開いていたんだな」
「この店は夜の酒場としての営業が中心で、夜に料理が余ると翌日の昼にも店を開いて飯を食わせるんだ。昨夜は料理が余らなかったんだろう」
「それじゃいつ昼飯が食えるか分からないんだな」
「匂いでわかるんだとさ」
「ほんとなんだか」
「まあ、出直すしかないな」
2人は遅くなってから再び樫の木亭に来た。店は開いていた。
「いない。今日は来てないのか」
デコは酒場の中を見回した。店はまだ空いているテーブルがいくつかあったが、早くもむくつけき男どもや、艶やかな女たちが何人か座っていた。しかし、目当ての女はいなかった。店の中には料理や酒の匂いと人の息がこもっている。
酒場とは、うまい料理やうまい酒、1夜限りの喧嘩相手や生涯の伴侶を求めて男女が集まる出会いの場である。
「酒場の客はいつもいるわけじゃない」
「おばちゃん、いつもあの隅のあたりにいた髪の長い女を知らないか? 今日は来てないのか」
デコの質問に女店主は答えた。
「ああ、リオか。今日はまだ来てないけど、そろそろ来るだろう」
「ちょっとちょっと、お前が言ってたゲームのできる女って、あの髪の長い女のことだったのかよ。まずいよ、デコ」
トッチョは取り乱していた。
「ああ、そうだよ。いつもトランプで遊んでいたじゃないか」
「ちがうよ、あの女はゲームの得意な女じゃないよ。ギャンブラーだよ、デコ」
デコは不審な顔をした。
「ギャンブラー? 何が違うんだ」
「有り金全部、むしられちまうよ」
「まさかそんなことはないだろう」
「そら、待ち人が来たぜ」
酒場のおばちゃんが入り口を顎で示した。
長い黒髪の女が入って来ると、隅の指定席に座った。
デコとトッチョが女の席に近づく。
「ちょっと待ちな。リオには先約があるんだ」
腕の太い男が2人を押しのけた。
「じゃあ、待ってるから次に」
「次は俺だ」「その次は俺な」
次々と男たちが名乗り出た。
「どういうことだ」
「みんな昨日からリオとトランプの勝負をしてるんだよ。勝ち逃げは許さねえって言ったら、明日また来るからその時に勝負の続きをするって約束したんだよ」
「そういうこと、あたしと勝負したかったら、ひと回りするまで待ってな」
先頭の男が新しいカードを出して勝負を始めた。
デコとトッチョは顔を見合わせてから、席に座って順番を待つことにした。その間に酒と料理を注文する。
「これ経費で請求していいのかな」
「当然なんだな」
2人は酒を飲み、料理を食べながら、リオの勝負を見ていた。複数人まとめての勝負ではなく、1対1で勝負をしている。これは時間がかかりそうだ。そして、無敗ではなくて、負けることも多い。リオに勝った相手は、追加の酒や料理を頼んだり、大きく勝てば酒場のみんなに奢ったりして金を使っている。
店がリオ雇っているのかも知れない。そうでなければ、リオが細く長く稼ぐタイプのギャンブラーなのだろう。
「イカサマはしてないようだな」
デコも一応警戒した。
順番待ちの連中が観戦していて、その多くはリオの後ろで手を見ているのだからイカサマなどできるはずがない。むしろ手の内を相手に知らせるやつがいてもおかしくないくらいだが、それもないようである。
リオの手を見ている観客がざわめいたり息を飲んだりするのが、情報になっているようでもあり、ハッタリになっているようでもあった。
ようやく2人の順番が回ってきた時、店のおばちゃんが言った。
「もう閉店だよ」
「おい、おい、そりゃないぜ」
トッチョが苛立つ。
「もう料理がないんだよ。材料を使い切っちまった。今日は大繁盛さね」
「リオ、俺たち勝負しなくてもいいんだ、頼みがあるんだよ。出張してゲームしてくれないか」
デコはリオに頼み込んだ。
「嫌だよ、相手の準備した場所なんてどんな仕掛けがしてあるか分かりゃしない」
ギャンブラーとしてはもっともな言い分である。
「あんたが勝てば金を出す、負けても損なし」
「そんなうまい話があるものか」
「あんたの実力を見たいだけなんだ」
「今、見てただろうに。あたしゃそんなに強いわけじゃないよ」
「いやいや、ご謙遜を」
「あたしと勝負したいなら、この店に来なよ」
「ちょっとこの店に来るのは難しい事情があるんですよ。ほら、いろいろな可能性があるだろう。言えないけど」
様々な可能性を考慮するのはギャンブラーの得意分野だ。リオはいろいろ考えてみた。相手は病人か老人で体が動かせないのか、まさか子供で酒場に入れないのか。確かにこの店に来られない正当な事情がいくつか考えられる。
それと同時にやはり何らかの罠という可能性も否定できない。
「わかったよ。あたしと勝負して勝ったら出張勝負とかに行ってやるよ」
「もう閉店だよ」
「じゃあ、コイントスで決めようじゃないか」
「だれがトスするんだ」
「ええい、いつまでぐだぐだしてるんだい。あたしがトスするよ」
店のおばちゃんがコインを投げることになった。
「表」
投げる前にデコが言った。
「裏」
リオが仕方なさそうに言う。そして、おばちゃんがコイントスをした。
押さえていた右手を退けると、ふくよかな女神が微笑んでいた。