候補者ニーメ・トール
デコとトッチョの二人はとりあえず街に出てみた。デコは痩せて背が高く、トッチョは背が低くずんぐりしている。2人揃って顔も不細工で、女だったら2人とも変人ハーレムに入る資格があっただろう。
「さて、どうしたものか」
デコは考えた。変な女と言っても心当たりがない。
「お前は心当たりがあるか」
とりあえずトッチョに振ってみる。
「ああ、俺はすごく変な女を知っているんだな」
トッチョはすぐに答えた。
「誰だ?」
「お前の嫁さんはすごく変なんだな」
「俺の嫁は変じゃない!」
デコはトッチョを小突いた。
「それに結婚している女はダメだぞ」
2人は侍従から細かい指示を受けていた。結婚している女はダメ、未成年者はダメ、月のもののない女はダメ。
「あれもダメ、これもダメ。こんなんで王様好みの女を見つけられるのかなぁ」
トッチョは再び言った。
「俺には心当たりがあるんだな」
「妹も姉ちゃんもダメだぞ、どちらも美人だからな。それに姉ちゃんは結婚してるし、妹はまだ成人していない」
「妹は俺がもらうはずなんだな」
「お前にはやらん」
「心当たりというのは地母神教会のことなんだな。人手が欲しければ地母神教会に行けっていうだろ」
デコはがっかりした。地母神教会はデコも当てにしていたが、それは最後の手段として残して置きたかったのだ。最初から地母神教会に頼ってしまったら、2人目からは本当に当てがなくなる。
「なあに、地母神教会で五人の変な女を見つければいいんだな、それでこの仕事は終わりなんだな」
トッチョは楽観的である。
地母神アイエ様はすべての人の母である。人は女の腹から生まれてくるが、それは子を産むときに地母神が一時的に女の腹を借りるからであり、子を産んだ母親と同じ程度には地母神もまた母親なのである。
そのため、食料が足りなかったり、その他の理由で産んだ子供を育てられない親は、子供を「アイエ様にお返しする」と言って地母神教会に渡すのである。また、子供が欲しいのに子供が出来ない夫婦は「アイエ様から子供をいただきたい」と言って地母神教会に来る。
さらには仕事のない人も地母神教会に来て仕事を斡旋してもらったり、結婚したい男女も地母神教会で相手を探す。住む家のない男女も地母神教会の屋根を借りて眠る。地母神教会は人の寄り集まるところなのである。
2人は地母神教会にやって来た。地母神教会は立派な建物である。昔、麻袋教がナーロッパ全土に広がっていたときに建てられた麻袋教の建物だが、今は地母神教会が使用しているものだ。
中には地母神アイエ様の豊満な姿の銅像があり、その前で信者たちが祈りを捧げている。
「たくさんの食料と嫁と子供をお授けください。余ったらお返ししますから」
これは多くの信者が使う祈りの言葉である。
トッチョは教会に入ると掲示板のそばに歩いて行った。
「婿募集の張り紙は……ないな。嫁募集ばかりだ。俺の出した嫁募集はないぞ。誰か検討のために持って帰ったか」
デコがトッチョの張り紙を見つけた。
「上に別の張り紙がしてあったぞ。なになに、麗しき乙女を求む。当方、近衛兵、眉目秀麗将来有望だと」
トッチョは張り紙を目立つところに貼り直した。
「こういうのは多少は盛るもんなんだよ」
「それより仕事だ」
2人は教会の受付に向かった。豊満な神母が受付をしていた。
「変な女いないですかね。変な女」
トッチョが神母に尋ねる。
「あなたは何を言っているんですか。変なことを聞く人ですね」
「いや、おれたちは、お……」
デコがトッチョの言葉を止め、受付から離れたところに引っ張って行った。
王が変人をハーレムの姫にしようとしていることがバレると、ふつうの女が変人の振りをしてハーレムに入ろうとするかもしれない。変人が普通の人の振りをするのは難しいが、普通の人が変人の振りをするのは簡単なのである。顔は変えられないにしても、話す言葉や動作で変人を装うことはできる。そのため、王が変人女を探していることは秘密にしなければならないのである。それに体面も悪いと侍従は言った。
「じゃあ、どうやって変人を探すんだよ」
「自分の目で確かめるしかない」
2人は受付に戻った。
「簡単な作業を頼みたいので、手の空いている人を全部見せてもらえますか」
トッチョに黙っているように合図して、デコが尋ねる。
「どんな作業だい。こっちが見繕ってやるよ。何日くらいかかるんだい」
「いろんな雑用を結構長期に渡って頼みたいので、人柄も見たいんだ」
「そうかい。今ここにいる人だけでいいのかい。張り紙も見た方がいいんじゃないかね」
「張り紙は勝手に見るから、人を見せて欲しい」
「分かったよ。付いてきな」
神母は教会の中庭に出ると号令をかけた。
「ほら、手の空いてるおチビちゃんたち、集合!」
子供たちがあちこちの出入り口からぞろぞろと集まってきた。少しもじっとしていないであちこち動き回り、トッチョとデコの姿を見比べて笑ったりしている。
「ガキはいらんのだが」
「なんだい簡単な雑用なんだろ。子供にやらせるのが一番じゃないか」
「まあ、そうだな。子供でもいいか」
「よくないだろ」
トッチョがまともな発言をする。
「子供でもいいけど、そうそう、高いところのものを取ったりするので大人の方がいいんだ」
「脚立を使えばいいじゃないか」
「いや、あれだ、そうそう、書庫の整理があるんで、あちこち脚立を動かすのは時間がかかる。大人がいい」
「書庫の整理? しょうがないね。はい、おチビちゃんたちは部屋に戻って。そうだ、背が高いといえばニーメがいたね。ニーメ、ニーメ、ちょっとおいで」
神母が呼ぶ。
「はーい」
きれいな返事がして、少ししてから中庭に通じる出入り口の一つから、ぬっとニーメが現れた。
「でかいな。俺よりもでかい女は初めて見た」
「俺の10倍は背が高い」
「いいかもしれない。顔は普通だが」
「顔は普通だな」
トッチョが繰り返す。
「ニーメでいいのかい。じゃあ作業料金の相談だね。昼飯はそっちが出すのかい」
神母は受付に戻って昼飯付きの場合の標準料金を提示した。
「結構高いな。ちょっと雇い主と相談しないと」
「子供ならもっと安くなるよ」
2人は寄付という名の手数料を払って地母神教会を出た。
「これでいいのかな」
「あれだけ背の高い女は滅多にいない。スタイルの変わった女ってことでいいんじゃないか」
「とりあえず候補者として報告するか」
「城の書庫整理を頼んで、その時に王に見てもらって最終判断だろうな」
「順調だな」