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どうもこのフィオナという小娘は押しが強いらしい。
こちらが反応できないすきにぐいぐいと中へ押し入ってしまう。
「あのなぁ……」
土足で上がるフィオナの襟首をつかもうとして、次の瞬間には手首を掴まれていた。
俺に背中を向けていたのに、だ。
気配に気づいた瞬間に動き瞬時にこちらの動作を封じ込めに来た。――普通の人間ではない。
「……あ」
フィオナは剣呑な目つきを一瞬でやわらげ、おどけたような表情を作る。
手首から指が離れる。くっきりと跡がのこっていた。
「なになに? 頭でも撫でようとしてた?」
「んなことするか。靴を脱げ靴を」
思ったより動揺していたらしく、部屋にあげることを承諾してしまった。
このまま締め出したらドアを破壊されそうだからとりあえず話は聞いてやるか……。
「え? ああ、そっか。ニポニ国はそういうマナーがあるんだっけ」
思いのほかあっさりとフィオナは靴を脱ぐ。
……ミリタリーブーツ? いや、登山靴か。ヒールカーブにつや消しされた金属板が取り付けられているんだが多分若者の流行りなんだろう。きっと。かかと落としの威力を上げるためとかではないはずだ。まさかな。
1Kなので玄関台所を抜ければすぐに生活スペースだ。
清潔にするよう心掛けてはいるが、来客なんて想定していないので椅子もなければ座布団もない。しかしこいつだって突然来訪してきたのだからそこまで気を遣わなくてもいいか。
布団を丸め、服は部屋の隅へ投げた。
「適当に座れ」
言いながら俺はあぐらをかく。
フィオナは対面に横座りをした。
「……」
改めて少女を見る。
短い黒髪に、青い目。褐色肌。頬には大きな切り傷の跡。
穏やかな顔つきだった記憶の中のモルガとは違い、フィオナは元気いっぱいといった面をしていた。
さて、何から聞こうか。素直に話してくれるとは期待していないが。
どういう伝手で俺を見つけたのか、目的は何なのか、そもそもお前は誰なのか――。
あるいは。
「モルガは、どうしている」
「……」
フィオナは間を開けて、答えた。
「亡くなった。8年前に」
「そうか」
予想はしていた。
8年前か――停戦したはずの内戦が再び勃発し、最も激化した時だ。民間人も多数死亡したと伝え聞きしている。モルガの住んでいた地域は激戦区になっていた。
ため息をつく。
死んだのか、あいつ。
「で? まさか母親の訃報をわざわざ聞かせにニポニ国まで来たわけじゃないよな」
「まあね」
おもむろにフィオナは持参していたリュックを開けた。
武器でも取り出すのかとひやひやしていたが、手にしたのはボロボロになった紙だ。
それを俺に差し出す。
ニポニ語ではない。見覚えのある国の言語だ。
「これは?」
「ヘレピン国の極秘書類、の写し」
「ヘレピン……俺の最後の仕事場だな」
ヘレピン国でも内戦があり、俺は反政府組織側として動いていた。
どちらが正義とか悪とかそういうのは考えてなく、仲間に誘われたことと金払いでそちら側についただけだ。
「なんて書いてあるんだ」
「殺害命令」
淡々とフィオナは言う。
「パパ、恨まれてるんだよ。内乱に参加したから、ヘレピン国の元偉い人たちが殺したがっている」
「何故だ」
「独裁国家で悠々と暮らしていた人を引きずり下ろしたんだもの、そりゃあ恨みのひとつふたつはあるでしょ」
「俺の疑問はそこではない」
そもそも人を殺す職業な時点で恨みを買わないわけがないだろ。
真ん中あたりにある文字の並びはどうやら名前らしい。かろうじて覚えている文字を元に読むと、俺の他に知り合いも数名いた。どれもヘレピン内乱に参加していた仲間だ。
「何故、お前がその情報を掴んでいる」
ふ、とフィオナは微笑んだ。
モルガに似た笑みで。
「これはね、依頼だったの。暗殺者なんだ、私」