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女王の愛  作者: シロハタ
3/3

3話 光明

 女王と呼ばれる藤井叶。彼女に愛され、そのうえで愛をドブに捨てるそんな大それたことを誓った日。僕と彼女が出会ったその日の放課後。僕は帰宅しようとひとり校門に向かっていた。

「……はあ」

 たしかにあのときはそう誓った。しかしさっそくその誓いも揺らいでいた。


 藤井叶、彼女は異常者として同学年の生徒に認知されている。そんな彼女に愛されるなんて無理なのではないか、さっそくそういった感情に苛まれていたのだ。

 「漫画家になりたい……か」


 彼女について唯一理解できる感情、それが漫画家になりたいという夢である。彼女からの愛を勝ち取るためにはお互いの趣味嗜好に狙いを定めるほかないだろう。

 とはいっても目指す職業が同じというだけ。僕はただ何となく漫画が好きだから何となく目指している。その程度の熱量だ。

 だが彼女の熱量はどうだろう。彼女は漫画のネタになるという理由で僕に告白し、浮気することを要求してきた。


 おそらく一年生の頃から行っていた奇行も漫画のネタにするためだろう。

 僕と彼女とでは夢に対する熱量が違いすぎる。むしろ僕程度の熱量で漫画について話すとあまりの浅さに幻滅されるかもしれない。いや僕の描いたネームはもう見られているのだ。とっくに幻滅されているか……。すでに女王の圧力に屈しかけながらも校門の角を曲がる。


「潮野くん」

「ひゃうん!」

 藤井叶が後ろから声をかけてきたのだ。

「……なによその情けない返事は?」

「いや、ちょっと考え事に没頭しちゃって、びっくりしちゃった……ははは」

「ふーん。それよりあなた帰るの?部活は今日お休みかしら?」

「ああ、部活ね。部活は一年の秋まで入ってたんだけど、何となく熱中できなくて辞めっちゃた」

「たしかに熱中できないものに時間をかけるのはバカのすることよね」

 ダメだ。やはり彼女の前では僕程度の熱量の人間が漫画のことを語るわけにはいかない、そう確信した。


「えっと。藤井さんは何か部活に入ってないの?」

「あなたと同じよ。一年で辞めちゃったの。漫画家になるために部活の経験は必須なのだけれどね」

「たしかに部活動を題材にした漫画は多いよね……」

 しまった!つい漫画の話に乗ってしまった。このままではボロがでてしまう。話を変えなければ!


「まあ、いいのよ。部活は中学の頃にもやってたし、あの環境から漫画のネタになりそうな人間の醜いところは何となく理解しているつもりだから」

「へ、へえ……」

 僕と彼女は並ぶようにして歩き、下校しはじめた。

 先ほどの会話を最後に沈黙が続く。校舎からの方から聞こえる運動部の掛け声がやけに大きく感じた。

 共通の話題である漫画の話に逃げたくなる。それほど沈黙が苦痛だ。だが、そうするわけにはいかない。僕は彼女ほど漫画について語れる気がしないからだ。

 そのとき閃いた。そうだ部活の話だ。まだ何部に入っていたかまでは訊いていない。


「藤井さんは何部に入ってたの?」

「中学は美術部、高校は漫研部よ」

「…………」

 やってしまった。気づくのが遅かった。そうだ彼女は生活のすべてを漫画に捧げているような人間なんだ。彼女に関して質問すれば当然漫画の話題に行きついてしまうのだ。


「あなた。人に言わせておいて返答も何もないのはどういうことかしら?」

「えっ、あ……そうですよね。すみません。」

「いくらか人として問題があるようね」

 まさか彼女にそれをいわれてしまうとは……。だが、たしかに悪いことをしてしまった。


「まあいいわ。最初からあなたとの会話で得られるものなんてないだろうと思っているから」

「はい……わたくしもそう思います。藤井様」

 友達とノリとして軽口を言い合っている習慣からか。彼女を心の中で女王として扱っているからか。男子高生が一方的に女子高生に貶されているみじめな現状への反抗心からか。そんな言葉が思いがけず口から出してしまった。


「……あなたも私を女王なんて思っているのかしら?」

「い、いえ!そんな滅相もございません!」

 僕は何をやっているんだ!今のところ会話の返答は全部0点だ!

 というか、そういわれているの知っているんだな……。

「その態度、間違いないようね。全く困るわ。女王だなんてくだらないあだ名付けられて」

 しかし彼女の返答は思いのほか柔和なものだった。続けて彼女はいった。


「藤井様なんて呼ばれ方、明らかなおべっかで好みじゃないわ。敬称を付けるなら他でお願い」

「えーと、では何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「……そうね。藤井先生なんてのはどうかしら」

「……!」

 彼女がとんでもないことを言い出した。どこまで漫画家思考なんだ!そんなにも漫画家になりたいのか。

 僕はおそるおそる彼女のいうとおり呼んでみることにした。


「わ、わかりました。ふ、藤井先生。」

「…………」

 表情に変化はないが彼女の顔が赤くなったように感じた。これは夕日によるものか確かめる術はない。

 だが確信した。これが彼女の弱点だ。なぜなら、先生と呼ばせておいて何の返答もないからだ。それは先ほど自らが僕を咎めたことではないか。確実に先生と呼ばれて何かが揺らいだ。勝てる!この弱点を分析していけば必ず僕にも勝機がある!


「なんてね。藤井さんも僕にもわかるような冗談いうんだね!」

「え……まあ、そうね」

 これは危険な駆け引きだったかもしれない。だが、彼女の何かが揺らいだ今なら十分通る選択肢だと思った。先生なんて敬称は常に使っていいようなものではない。彼女にその敬称を慣れさせてはいけないのだ。使うのはここぞというときだ。それまでこの武器は懐に忍ばせていなければならない。

 突然の光明に俄然闘志が湧いてきた。

 続けて彼女が口を開いていた。


「そんなことよりあなた。彼女をつくる算段はあるのかしら?」

「そ、それは」

 僕の闘志が湧いた瞬間を見計らったように彼女がその熱を冷ます言葉をかける。それは考えないようにしていたことだ。しかし、ここで屈すると二度と彼女には逆らえないような気がする。勝負するしかない。虚勢を張るのだ。


「ある程度は目星はついているかな」

「へぇ……頼もしいわね。」

「1カ月以内には何とかするよ。そのときまで楽しみにしてて」

「そう。でも定期的に進捗報告してほしいの。だから連絡先を交換しましょう」

 まずい。連絡先なんて交換したら嘘がバレそうだ。しかもなんか悪用される気がする。

 だが、こちらとしても仕掛けられる機会が増えるかもしれない。やむを得ないな。

「そうだね。連絡先を交換しよう」

 連絡先を交換した。ちょうどその直後、お互いの帰り道が分かれるようだ。


「私はこっちなので失礼するわ。」

「うん。気を付けてね。」

「それと無暗に連絡してこないでね。当然、こちらからも必要なこと以外連絡はしないので」

「は、はい」

 今日の会話で僕が積極的に連絡するような男に思えたのか疑問である。

 まあ、いい。とにかく今日は疲れた。家に帰ってゆっくり休もう。


 家から学校まで僕は徒歩で通っている。歩いて15分の距離だ。遠くの街の学校に憧れることもあるが、親がこの辺りに家を建てたのは一人息子をこの高校に通わせたかったのもあるらしい。その願いは果たせたので最小限の親孝行できたのかもしれない。


 家に着くと同時に左太ももに振動が走った。携帯電話の振動だ。

 そういえば今朝、両親とも帰りが遅くなると言っていたか。夕食についての連絡が母から来たのだと思った。

 目を疑った。連絡は藤井叶からだ。先ほど連絡はしないといったではないか。

 いや、まさかもう急遽連絡が必要な案件がきたのか。


 僕は急いで内容を確認する。書かれている文章を見て目を見開いてしまう。

 すでに突然彼女から連絡が来た理由など、どうでもよくなっていた。


『連絡先交換してくれてありがとう♡ 愛してるわダーリン♡♡♡』


 ツンデレというには、いささか落差が過ぎる。仮にも愛の文章ではあるが僕は素直に恐怖していた。

 彼女のことを少しでも理解しはじめているつもりになっていた自分がみじめに思えた。


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