2話 決意
「条件、1ヶ月以内に誰かに告白して了承を得て、浮気しなさい」
交際関係成立直後、藤井叶は突如そういった。
僕はしばらく何も理解できないでいた。理解しかけるがそのたびに常識が間に入り、あり得ないと否定する。それを何度か繰り返しやっと理解が始まった
「う、浮気って…告白…誰に…?」
「誰でもいいわよ。意中の女性に告白するいい機会を貰えたと考えるがいいわ」
「ちょっ…ちょっと待って!いくらなんでも1ヶ月なんて急すぎる!」
「私とあなたが出会ってから交際に至るまで何分だった?それを考えれば1ヶ月なんて長さ永遠にも思えない?」
「僕たちはお付き合いしたんじゃないの?急に浮気してなんて理解ができない!」
いよいよ彼女に対する怯えよりも状況を理解したい気持ちが勝りはじめた。
「はぁ…さすがに黙って従わせるのも難しいか。まぁいいわ、教えてあげる。なぜ私があなたにそんなことを命令したのか」
彼女が語り始める。
「私もね、あなたと一緒なのよ。漫画家になりたいの。」
「ま、漫画家に…」
「そう…でもあなたが描いてたようなくっだらない妄想ラブコメなんかじゃない。私が描きたいのは人間の本質が垣間見えるダークなバトル漫画よ」
「それと浮気になんの関係が…?」
「わからない?交際相手に浮気されたとき、どんな気持ちになるか知るためよ。漫画を描くにはネタが必要なの。そのために私はいろんなことを経験しなくちゃいけない。あなたは私の協力者として選ばれたのよ?あ、条件を守れなかったら私たちは破局、あなたの妄想ネームも世に解き放たれるわ」
やはり彼女は異常だった。そんなことのために僕は選ばれたのか。
それと同時に少し考えてしまった。僕が無為に過ごす日々の中、やり方は異常だが彼女は夢に向かっている。それでも彼女のいう条件を受けるわけにはいかない。
「仮に僕が誰かに告白して成功したとする。そうなった場合、浮気相手になる人の気持ちは考えないの?」
「あなた、頭が悪いわね…私たちが付き合ってることなんて誰が証明するの?そもそもこれが本当の交際関係になると思う?もしかしてさっき私が好き、なんていったから、これから毎日放課後は一緒に帰って週末はデートなんてことを期待しちゃった?あるわけないわ。虫が!」
酷い言われようだ。だんだん言葉が汚くなってきた。しかし彼女のいうことには矛盾がある。
「浮気される人の気持ちが知りたい…のだとしたら本当の交際関係にもなってないのに、そんな気持ち知れるわけないじゃないか!」
「ふむ、そこよね。でも仕方ないの。私は人を愛することができないみたい。だから偽りだとしてもこの関係で少しでも浮気される女性の気持ちに想いを馳せるしかないの」
僕は彼女の考えを理解することを完全に諦めた。彼女に対する恐怖はもうない。僕は正義に目覚めていた。この邪悪を止めなくては。
そして今の気持ちを素直に言葉にした。
「僕だけならまだしも、藤井さんのワガママに他人まで巻き込めない」
「ならいいわ。あなたが描いた『モテ期が来たオレムテ期』とかいうクソネームを世に…」
「わかりました。従います。何も文句はありません。」
題名を読み上げるのは反則じゃないか。まだ仮名なんだもっと練り上げるつもりなんだ。
「さっきもいったけれど条件は1ヶ月よ。期間内になんとしてでも彼女を作りなさい。そしてできるだけ学校内でイチャイチャしてね。私の目に留まるように」
「…はい、わかりました。」
僕の目は虚で、声は消えるようだった。
そのとき後ろから声がした。高山くんの声だ。
「あ!潮野!先に行けって…あぎ!!?」
高山くんが僕の目の前に立つ藤井さんを視界に入れた瞬間、反射的に驚きの声が出ていた。
「僕と潮野これから授業なんで失礼いたします!」
僕の腕を引っ張るようにして高山くんが走った。走りながら高山くんが尋ねてきた。
「潮野大丈夫か!あいつ女王だろ?何かされたか!?」
「何もされてない…それより…女王…って?」
「あいつのあだ名、突然バカみてえなこと始めていくら止めても言うこと聞かないし、そのくせ容姿が高貴な感じするから一部でそんなふうに呼ばれてる」
「ああ…あの人は女王なんて呼ばれてるのか…」
僕の普通な日常、そして平凡な僕がこの時から変わったのだ。
「あいつに関わると命がいくつあっても…」
「ふふ、ふふふっ」
「お前マジで何もされてないんだろうな…?」
「大丈夫…むしろやる気が出てきたよ。僕はこの想いに青春をかけたい」
「………えっと、高校デビューにしちゃ一年遅いぞ?」
女王と呼ばれる藤井叶、彼女は己の私利私欲のために人を人と思わない、まさに中世の女王だ。
僕は誓った。彼女になんとしてでも人を、僕を愛させる。そして女王の愛を受け取り、その愛を近くのドブに捨ててやると!