第1話:内なる声
ユキが攫われてから、すでに数日が経っていた。
あれから俺は、探すあても無いのに、走って、走って、走りまくった。何日も何日も何日も走った。
もちろんそんなことをしてもユキが見つかる訳がない。
そんなことは解っていた。けれど、何もせずにはいられなかった。
「ユキっ! ユキっ! どこだ! どこにいるんだ……っ! 応えてくれ……よ」
だがそれももう限界だった。
激しい疲労感に負け、バタリとその場に倒れ込んでしまう。
何日も飲まず食わずで走っていたせい、だな。
もう俺はユキを探すことすらできないってのか。
あはは、何でだろうな。何なんでだろうな。
ただただ大切な人を守りたかった。こんなぶっきらぼうな俺でも、ユキはついてきてくれた。信じてくれた。
なのに、それなのに……!
その大切な人を守れもしないで、何が彼氏だ……。
押し潰されそうな気持ちと、吐き気のするほどの空腹感。それに、気を抜けば襲い来る睡魔と戦い続けた俺の肉体と精神はもう壊れて消える寸前だった。
いっそ、こんな世界なんて滅びてしまえばいい。
心からそう願った。“願ってしまった“。
今思ばこんなことを願ったのがいけなかったんだ。
―――ソノ願イ、叶エヨウ。
心が黒に染まってゆく。もう何も考えられない。もう、何もかも終わりだ。
俺はこのまま死んでいくのだろう。呆気ない最期だな……。
『本当にこれで終わりなのかい? キミのあの子を想う気持ちはその程度だったのかい?』
誰だ?
辺りに声が響く。俺はその声に反射的に応えてしまう。
『それは言えない。でもね、ボクはキミを救う為の存在さ』
救う?なら救ってくれよ。
『それは誰のことだい?』
そんなの決まってるだろ。ユキだよ。あいつを救ってやってくれよ。
『それは無理なお願いだな』
何でだよ。
『最初にいったろう? ボクは“キミを救う為”の存在なのだから。それに、あの子を救うのはキミでなければならない』
助けられるもんなら助けに行きたいさ。でももう体が動かねぇ。もう、もう無理なんだよ。
『安心したまえ、もうキミは動ける』
その瞬間、俺の体が白い光に包まれる。
『さあ、行きたまえ。早くあの子を救っておやり』
俺はゆっくりと立ち上がる。本当に動けるようになってる。
「どこの誰だか知らねぇがありがとな。」
『ふふっ、気にするな。さ、それよりも早く行ってこい!』
「ああ」
俺は再び走り出した。
もちろん探す宛はない。だがせっかく貰ったチャンスだ。絶対見つけてみせる。
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「ハアッ、ハアッ」
ちっ、やっぱり何も見つかんねぇ。
どうすれば……何か手がかりは無いのか?
ぐっ、さっきから胸の辺りが妙に痛い。そろそろ限界が近いのか……?なら早いとこ見つけないと。
そう決意したとき、
―――壊れろ……壊れろっ!壊れロ壊レロ壊レロ壊レロ!壊レロッッ!!!!
ッ!?何だ……?自分の内側から声が聞こえる……?
―――ユキガ居ナイ世界ナンテ!滅ビテシマエ!
壊レロ壊レロ壊レロ壊レロ壊レロ壊レロ壊レロ!
何だ……これ。俺はこんなこと……!
―――ユキハモウ居ない!ナラバ!壊レテシマエバ!!
やめろ!違う!ユキはまだ生きてる!生きてる筈なんだっ!
ドォン!という爆音と共に辺りのビル群が崩れていく。
やめろ、やめてくれ……!俺はこんなこと望んじゃいない!それに、ユキとの思い出が……!全て消えてしまう……っ!
―――アアアアァァァァァァァァァァァッ!壊レロ壊レロ壊レロ壊レロコワレロ!
再び各地で爆発音がする。建物の崩れる音も聞こえる。
こんなの……っ!俺じゃない。もう、止めてくれ……。
俺は虚ろなまま立ち上がり、辺りを見渡した。
そこは地獄と化していた。
目に見えるほぼ全ての建物は崩れ、辺り一面火の海に包まれていた。
煙が立ち込め、呼吸が苦しくなるくらいの惨状になっていた。
―――コワレロ!壊レロ!世界ガ滅ベバ!何モカモガ!終ワレバ!ウワァァァァァァアアアァァァッ!
内なる声の叫びと共に爆発が続く。
やめろ、やめてくれ。こんなのは俺が望んてたことじゃない……。
―――貴様ガ望ンダ事ダ。
俺が……?
―――貴様ハ言ッタ。『こんな世界なんて滅びてしまえば』ト。
そ、それは……。
―――我ハソレヲ叶エタニスギナイ。
何も言えなかった。
「あぁ……あぁ……何で、何でこんなことにッ!」
ポロポロと涙があふれる、
「ユキ……」
大切な人の名前を呼びながら。
その場に崩れ落ちる。体に力が入らなくなる。もうこのまま全て終わるのだろうな。
せっかく一度助けてもらったのに、何もできずに終わるなんて、助けてくれたあの人に申し訳ない。
でも、もうどうすることもできない。
そう諦めかけた時、
「クッ……クハハ! クアハハハハ! 面白い! 面白いぞ! 我が“黒”を継ぐものよ!」
今度は何なんだ。
また後ろから声が……?
「あんた……は……何者……なん……だ?」
もう何だっていい。神にでも縋りたい気持ちだった。誰かユキを、いや。俺を救って欲しかった。
そんな思いで声の主に話しかけた。
「俺か? 俺の名は! シェイド・セルヴォルス! お前と同じ“黒”の力を所有する者だ!」
黒……また黒か。
「一体……何なんだ……さっきから聖王といい……黒といい……」
もう訳が解らん。
俺の体力は既に限界を超えていた。
俺は襲い来る睡魔と疲労感に負け、そのまま意識を手放した。
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「何だ! 貧弱な奴だな! 仕方ない。おい! ドワール! 居るんだろ! コイツを城まで連れて行け!」
シェイドに呼ばれて一人の小柄な男が後ろから現れる。
「ドワール、やっぱりお前怖いぞ? 急に出てくるなよ」
「……シェイド様、いつものようにそれ言うのやめてくださいよ。あと、連れて行くのは別にいいのですが、この者は?」
「ん? コイツか? コイツはな、俺の跡を継ぐ奴だ!」
「シェイド様の? と、いうことは……」
「ああ、黒の力を持っている。と、言うわけだから早く連れてってやれ!」
「は」
ドワールと呼ばれた男は刃を脇に抱え、その場を後にした。
「クッ、クハハ! これは楽しみだな! 今代の“黒”と“白”は固い絆で結ばれているとみた。まさか悪魔に魂を売るほど助けたいとはな! フハハッ! 今年は荒れるぞ!」
シェイドの笑い声は火の海と化した町に響き渡った。
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