2:魔王ノアと、迷い人
「……ぐああっ!!」
持っていた剣が弾き飛ばされ、地面へ崩れ落ちる。
………強過ぎる。
冒険者は、最後の力を振り絞り立ち上がった。
「……な、なんだこいつは!!」
彼はベテランという程ではないが、長年冒険者として色々な場所へと足を運び、数多くのモンスターを退治してきた。
「俺はただお宝を探していただけなのに!」
そう、今回の目的は、ただの宝探しだった。
「こんなモンスターがいるなんて聞いていない!」
それも、モンスターがほとんど出現せずビギナークラスの冒険者でも受けられるようなダンジョンで宝探しをするという簡単な内容である。
「ギルドの連中の情報は嘘だったのか!」
冒険者は目の前のモンスターへの恐怖と、ギルドの依頼情報のランク設定ミスへの怒りで冷静さがなくなっている。
「だっ、誰か!!!」
長年の冒険者としてのプライドも放り投げ、敵に背を向ける。
「誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!!」
地面に転がるリュックの中には、今まで苦労して集めた貴重なアイテムなどが入っていた。しかし、冒険者はリュックには目もくれず、落ちた武器も拾わず、ガクガクと震える足でそのまま逃げ去って行った。
* * *
「……………」
……行ってしまった。
横にいる手下のモンスターの方をチラリと見れば、攻撃態勢をとったままの彼等と目が合った。
わたしは、魔王ノアである。
大魔王様に造られた日から、このダンジョンの最下層で勇者を待っているのである。
…………
しかし、待てども待てども勇者は来ないのである。
勇者どころか、誰も来ないのである。
今さっき初めて人間が現れたのだが、ダンジョンの最下層までワープするトラップを運良く踏んでくれた様である。
やっと勇者が来たと思ったが、どうやら違ったらしい。
軽く攻撃したら、逃げてしまった。
わたしは、魔王ノアである。
わたしの使命は、勇者に倒される事である。
勇者がどんな人間か知らないが、先程の人間ではない事は確かである。
それにしても、勇者は来ないのである。
わたしはてっきり、勇者は既に造られていると思っていたのである。勇者が既に造られているから、大魔王様がわたしを造ったと思っていたのである。
もしかして、まだ造られていないのだろうか。
それとも、このダンジョンで迷っているのだろうか。
わたしの使命は、まだ果たせそうにないのである。
「…………」
手下のモンスター達は、何とも言えない表情でわたしを見ている。
何となくさっきより元気がない気がする。
わたしは、魔王ノアである。
わたしの使命は、勇者に倒される事である。
だから、いつ勇者が来ても良いようにここから動いてはいけないのである。
けれど、この手下達には使命はないのである。
「……今の人間、追いかけてもよいぞ」
『『 !!!? 』』
手下のモンスター達は、きらりと目を輝かせた。
それもそうだろう。
この手下のモンスター達は、わたしの手下に任命されてからずっとここでわたしと共に勇者を待っているのだ。
「勇者が来る前に戻ってくるのだぞ」
そう言うと、手下のモンスター達は意気揚々と先程の人間を追いかけて行った。
わたしはこのまま勇者を待つのである。
準備は常に整っているので、いつ勇者が現れても焦る事もないし困る事もないのである。
わたしは胸を張って勇者を待つだけなのである。