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規制と規制とまた規制

作者: 東堂柳

 先日提出した、玩具の新商品のTVCM案について、話したいことがあると上司から連絡が入った。電話越しの口調から察するに、少なくともいい話ではなさそうだ。

 夜なべして考えた、割と自分でも気に入っている内容の案だったので、がっくりと肩を落としながらも、何が悪かったのかが不思議でならず、あれこれと考えながら上司のもとに向かった。

「君ねえ、この仕事初めてじゃないんだろ? だったら、もうちょっとどうにかならないのかな?」

「やはりダメなんですか、この案では」

「ダメに決まってるだろ。ダメダメだよ」

「失礼ながら、どこがダメなのか、自分にはよくわからないんです」

「おいおい、どこがダメって全部ダメだよ。うちの会社が自主規制かけ始めたの、知らないのか? 例えばここだ」

 上司はそう言って、提出した書類を指さした。

 自主規制? そういえば、そんな風なことを聞いた気がする。しかし、丁度このCM案に追われていて、それに目を通している暇がなかった。

 俺は上司の指さした先を覗き込んだ。

「ああ、子供がおもちゃがほしいとねだるシーンですか? そこがどうダメなんですか」

「まず、家族構成が問題だ。父親と母親、それと子供が一人だろ?」

「ええ、普通な家族だと思いますが」

「それがダメなんだよ。いいか、昨今は家族構成も多様化していてだな、子供がたくさんいるとか、逆に子供がいないとか、父親がいないとか、母親がいないとか、あるいは両親がいないとか、さらに言えば、父親が男じゃないとか、母親が女じゃないとか、そういう家族もたくさんいるんだよ。こんなCM放送したら、苦情が来るだろう? 今の時代に合ってないとか、さっき言ったみたいな家族に対して失礼だとか。

 苦情が来るとまずいんだよ。君もわかってるだろ?」

 上司は早口で捲し立てる。その勢いに俺は圧倒された。

「はあ、それはまあ、そうですけど」

「それと、子供がおもちゃをねだるというのも問題だ」

「えっ? 普通じゃないですか?」

「こういうシーンを流すと、子供に悪影響があるからって文句が来るんだよ。わかる? 例えば、お受験を控えた子供がいると、このシーンに影響を受けて、子供の行儀が悪くなるとか、聞き分けが悪くなるとか、そういうクレームが来るんだよ」

「なるほど……」

「あとはこのシーンかな」

 上司は別のところを指さす。

「ええっと、家族で車に乗って買いに行くシーンですか。ここもダメなんですか?」

「そうだよ。まず、運転するのが父親というのがダメ。父親が車を運転するものだという一昔前の偏見が残っていると言われてしまう。母親だって運転するはずで、男女差別だと文句が来るよ」

「そ、そうですか……じゃあ、母親に変えます」

「うーん、それも難しいかな。母親をこき使ってると言われてしまうよ。女は男の奴隷じゃないとかなんとか、権利団体から猛抗議が殺到だぞ」

「じゃあ、子供に運転させましょう」

「それは論外」

「ですよね、ハハ……」

 あまりにダメ出しされてしまったので、冗談の一つでもと思ったのだが、上司の顔はピクリとも動かなかった。

 さらに上司は続ける。

「それから、車が自家用車っていうのがダメだ。今の時代、車を持っているのは郊外の人間か、あるいは裕福な家庭ぐらいなものだ。これでは差別的だと捉えられて、企業に悪いイメージが持たれる」

「じゃあ、レンタカーにします」

「それもダメだ。レンタカーや電車にしてしまうと、逆に富裕層には好印象がもたれない。安っぽい商品と思われてしまうからな」

「じゃあ、徒歩か自転車で……」

「ダメだよ。まだ幼い子供に歩かせたり自転車に乗って店まで行かせると、幼児虐待だとクレームが来る」

「は、はあ……」

 もう終わりかと思ったのだが、上司はまた別の箇所を指摘した。

「あと、この買ってもらって子供が喜ぶシーンもダメだ」

「えっ、そこもですか?」

「ちょっとねだってすぐ買ってもらってしまうというのが問題なんだよ。親の教育がなってないと思われてしまう。これでは商品にいい印象が持たれない」

「親の教育と商品にどう関係があるんですか?」

「頭の悪い親向けの商品なのだと思われる可能性があるだろう?」

「……まあ、言われてみれば、確かに。では、子供がねだっても親が突っぱねて買わないということで」

 殆ど投げやりになってそんな返しをしたが、上司にはその冗談は通用しない。

「それじゃあCMにならんだろ」

 呆れたように溜息を吐かれたが、呆れたいのはこっちの方だ。これではCMなんてとても作れない。

「そういうことだ。それから――」

「まだあるんですか?」

「だから全部ダメだと言ったろう?」

 流石に聞いているこっちもうんざりしてきたので、結局俺はこのCM案を諦めた。

「わかりました。この案は一旦捨てて、また新たに考えてきます」

「そうしてくれ……おっと、すまない」

 上司のデスクに置かれた電話が、突然鳴り響いた。上司は受話器に耳を傾け、時折相槌を打ちながら応対していた。

 話はすぐに終わったようで、受話器を置いた上司は神妙な面持ちで俺に向き直った。

「すまないが、考え直す必要はなくなった」

「もしかして、この案でも大丈夫ってことですか?」

 上司の顔つきから、それはないと思ってはいたが、聞かずにはいられなかった。しかし、上司の答えは俺の最悪の予想をはるかに上回っていた。

「いや、CM自体がなくなった。TVでCMを流すだけで、これまでもかなりの苦情が来ていたからな。番組のいいところで気分が削がれるとか、不快で仕方ないとか。たった今、国会でTVCM禁止法案が可決された。それが決め手になって、上も決断を下した。今後一切、わが社はTVCMに手を付けることはしないとね。それで非常に申し訳ないんだが、人員を削減するということも決まった」

「人員の削減……」

「そう、CM関連の社員を対象にというわけだ。それで、とても言いにくいことなんだが、明日から君とわが社との契約は無効だ。言ってる意味は分かるよね?」

「クビってことですか……」

「まあ、そうなるな」

 一気にクビまで決まり、俺の頭は混乱していた。状況をよく呑み込めていなかった。今自分が、どれだけ深刻な状況に置かれているかということを。

 それからも、上司に何か説明されていたが、その言葉はほとんど耳に入っていなかった。


 荷物をまとめて、俺は早々に退社した。

 家に帰って、一人でTVを見ながら酒を飲んでいると、急にそれまで留まっていた感情が溢れてきた。

 涙が止まらない。ひとしきり泣き終えると、今度は際限のない怒りだ。

 何故俺がクビなんだ。苦情が何だ。クレームが何だ。ふざけるな。こっちの人生がかかってるんだぞ。

 その時、TVからニュースの音声が流れてきた。

『今日、国会でTVCM禁止法案が可決されました。この法案は、名前の通り企業のTVCMを禁止するというもので、これにより、多くの企業でリストラが行われることが見込まれます。この法案が可決された背景には、以前から問題となっていた、企業に寄せられた視聴者からの多くの苦情があります。番組の途中で突然始まるつまらないCMに苛立ちを覚えたり、あるいはCMの内容がくだらないものばかりで嫌気がさすなど、国民に多大なるストレスを与えているということから、規制をかけるべきだという意見も多くみられていました――』

「クソが。何かあったらすぐ規制。規制規制規制。いい加減にしろ。何もかも規制のせいでつまらなくなってるだけだ。それで最終的には全部ダメになっちまった。仕事まで奪われてよ。規制なんざクソ喰らえだ」

 俺はテーブルに置かれていたリモコンを手にすると、不愉快な音声ばかりを垂れ流してくる、その憎たらしい電気の箱に向かって投げつけた。

 盛大な音を立てて壊れた液晶画面を見ていると、胸が少しばかりスッとしたものの、口から零れたのは沈痛な溜息だけだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。(^o^)そういえば、某ハ○キルーペのCMが、セクハラだとニュースになってましたね。どこがセクハラだか、最初、理解できませんでした [一言] 男の人はCMが苦手のようですね。ヘ…
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