最終話『新生・特別任務遂行部隊』
──これは、はるか昔のこと。
今のように、首が痛くなるほど高いビルも、1発で街を壊滅させる危険な兵器も、領土と国民を支配する主権国家の概念も。
……そして。
この世界に魔術なんてものも、存在しなかったころ。
とある宇宙船が、西大陸北部のイレナ半島。現在のロムラナ共和国首都、ロムス付近に不時着した。
そして、その船内にあった1つのポッド。
その中から這い出る、長い眠りから目覚めし者が1人。
彼は、遥か遠く。何千、何万光年も遠くの世界から来ていた。
自国は高度な科学技術のある超文明世界であったが、枯渇した資源を巡って争いが起きて滅亡。
その直前に命からがら星から脱出した彼は、長い長い漂流の末にこの世界に流れ着いたのだった。
……その者の名は、ベルナ。
彼は、人類が資源を貪り尽くしたかつての母星と違って緑あふれるこの星を『緑星』と命名。宇宙船に残っていた研究設備をもとに、この世界で文明の再興を図ったのである。
そして、そんな彼はこの世界で、かつての母星には存在しなかった『特殊な物質』を発見する。
それは、これまで常識とされていた『質量保存の法則』から外れている、無限大の可能性を秘めた元素であった。
彼は、自身の宇宙船に残されていた設備によって元素合成を行うことで、さらなる新物質を作り上げ、それを用いることで意図的に世界の物理法則から外れた現象を引き起こす方法を発明した。
──その改造原子こそが、『魔素』。
ここに、魔術の礎が誕生したのである。
彼は、その『魔素』を用いて様々な実験を行った。
無から火を起こし、風を起こし、水を生成した。
人々の恐れる猛獣を倒し、他者の怪我を治し癒した。
……しかし、時は流れ。
彼の行う実験は、次第におかしくなっていったのだ。
最初は、動物を用いた実験だった。
しかし気がつけば、彼は人体を実験に使うようになった。
──そして。
彼はその結果、実験による多くの犠牲のもとに、魔素を体内で生成する器官『魔臓』を持つ改造人間を生み出すに至る。
……それこそが、魔術を行使する現在の人類の始まりである。
そうして、ベルナは強大な魔術の力によって王国を滅ぼし、そんな改造人間らの『王』となった。
彼らに魔術を用いた効率的な奴隷的苦役を負わせ、面白い実験を思いつけばその中から間引く日々。
彼ら人類は、強大な力を持つベルナには逆らうことなど出来ず、数々の苦役に耐え恐怖に怯えるしかなかった。
ただ、しばらくして。
彼ら改造人間の男女から、特殊な力を持った者が生まれる。
──その者の名は、テスナ。
彼は、これまでの人々とは比べ物にならない魔術の才能を有しており、並外れた力を有するオリジナルの魔術を次々と発明し、その力はベルナすらも超えることとなる。
そして、彼は最終的に。弟子たちと共にベルナと戦い、自分たちを弾圧する悪を打ち倒すことに成功したのだ。
──しかし、話はそれで終わらなかった。
ベルナはこれまでの研究によって、不死の力を有していたのだ。
そのため、殺すことは出来なかった。
いくら切り刻んでも。燃やしても。溶かしても。
このままでは、ベルナからの支配のない世界は作れない。
──そこで、テスナはある決断を下す。
彼は、自らの持つ魔力全てをその生命を引き換えに一冊の本に封じ込め、その規格外の溢れんばかりの力によって、ベルナの存在をそのものをその本の中に『封印』したのである。
それは、自身の持つ強大な力さえも、いずれ世界を滅ぼすことになりかねないと危惧していたが故の決断であった。
そうして、そんなテスナの文字通り命をかけた行為によって、人々はベルナによる支配からの脱却に成功したのだ。
そして、そんなテスナとベルナの魔力が込められ、彼らの魔術が記された封印の書は、二度とその封印が解かれないように、彼らの弟子によって分断され、世界中に散らばることとなる。
そう、その書の名こそ─────。
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「──『魔術聖典』って訳か……」
高崎が、そう声を漏らすようにして呟いた。
あの後、メルヴィが語ったのはそんな遥か昔の物語。
旧教『ベルナ教』と新教『テスナ教』。
この世界の二大宗教における信仰対象とされている2人の過去。そして、その2人の間にあった隠された歴史であった。
『──えぇ、そういうこと』
メルヴィは、そう短く答えて首肯した。
『魔術聖典』は、そんな経緯で生まれた世界最大の魔術遺産。
その効果は絶大で、世界中に散らばるとともに、存在していることだけで、この世界の理を変貌させていった。
……その代表的な例は、魔素の拡散。
ベルナが創り出した新元素『魔素』は、魔術聖典が世界中に分断されるのとともに世界中に広がっていき、その結果、それらを浴びた人類を含めた多種多様な生物を『魔術の適合した生物』へと進化させたのである。
それこそが。現代の人類や魔獣の誕生の理由であった。
「──そして今、そんな魔術聖典の封印が解かれようとしている。それは絶対に阻止しなければならないの』
そう強い語尾で言って、彼女はグッと拳を握った。
曰く、テスナによる封印はまさに完璧であり、これまでの数千年間は解かれる危険性は全くなかったという。
しかし、近年の科学技術の発展による魔術の科学的解明。そして、それに伴う魔術聖典の封印の科学的解析。
そのような世界の変化によって、かつて高崎が合間見えた『見えないチカラ』の使い手アランのように、現代の人類が、魔術聖典の封印をほんの一部でも解いて行使することができるようになってしまったこと。
──それがまずかった。
封印が微かに解かれたことで、『不死』のベルナがこの世界に介入する隙間が生まれてしまったのだ。
その結果、ヤツはそこから外部に介入を行い、完全に魔術聖典の封印の解呪のために裏で手を引いているというのだ。
『きっと、かつてあなたをこの世界に連れてきた『自称神』っていうのもベルナ……もしくは、その手先なんじゃないかしら。別世界から人間を転移させる魔術なんて、それこそ魔術聖典に記された術でないと不可能だもの』
「…………なるほど、な」
そんな彼女の推察に、高崎はそう短く返した。
これまでずっと知りたかった謎への有力な仮説なのにも関わらず、これまでの話のインパクトが大きいせいか、どこか他人事のようにさえ感じていた。端的に言えば、脳が麻痺している。
「──というか、あんたはそれをどこで知ったんだ?」
高崎が、ふと思った疑問を投げかけた。
もしこの話が本当だとすれば、機密性の限りなく高い情報だ。そう簡単に得られるものではないことは容易に想像できる。
『……実は、現在のアルディス王家は、かつてテスナが抱えていた弟子の1人の末裔なの。故に、王家の者だけが知る隠された書庫。そして、その中でもさらに隠された一冊の本に、そんな記録が残されていたって訳。だから、この国において恐らく今の話を知っているのは、お父様……くらいでしょうね』
メルヴィはそう口にすると、少し間を開けて。
「……なのに、この世界で語られている歴史は全くの別もの。真実を知っていた筈なのに、なぜアルディス王家を含めたテスナの弟子たちは正しい歴史を後世に伝えなかった? ……そこには、大きな疑念が残るわ』
先ほどの話は、前1000年から前700年頃のこと。
『歴史の空白地帯』とも呼ばれる時代の話だ。
しかし、現代ではその時代は、ロムラナ王国さえも滅亡させた『戦乱の時代』という解釈が一般的である。そして、ベルナ教においては、彼がその頃に人々に教えを説いたとされている。
また、テスナについても話に相違がある。
現代では、『テスナ暦』とも言われるように、テスナ教の始祖であるテスナの誕生は紀元0年とされている。
しかし、先ほどの話から考えれば、テスナの誕生は遅くとも紀元前7世紀初頭頃でなければならない。
ということは、この世界の歴史において、当時テスナ教を広めたとされる『テスナ』は、かつてベルナと対峙した『テスナ』とはまた別の存在……ということになる。
……やはり、メルヴィが語った『歴史』と、現代で語られている『歴史』には、大きな齟齬があるのだ。
『……そこには何か理由があるのよ。……それを考えたら、アルディス王家も、その息がかかっているアルディス連邦王国政府さえも。『敵』かもしれない。……そんな可能性だって、否定はできないの』
……それは、ただの憶測だ。そもそも国王が、本当にあの話を知っているのかどうかも分からないのだから。
……ただ、それでも可能性はある。もし、安易に相手に自分の知ったことを打ち明けて、本当に敵だったら?
きっと、不穏分子であるメルヴィは即座に消されることだろう。たとえ、実の娘であったとしても。
『──だからこそ、信用できる仲間が必要だった。とくに軍人のような、私に足りない武力を持っていて、国内国外において秘密裏に動くことのできる存在が、ね?』
「……なるほどな。それで俺らに協力してほしいってことか。『例のネタ』で脅迫もできるから……ってことで」
そう高崎がため息をつきながら返すと、彼女はくすりとして。
「あら、別に脅迫をするつもりはないのよ? 私だってこうしてあなたに秘密を打ち明けたのだから。お互い様じゃない?」
と、平然と言ってのけたのだった。
……高崎個人しては、メルヴィの癪に触る態度は別として、現時点でも、彼女の誘いに乗る気が一切ないという訳ではない。
彼だって、これまで聞いてきた彼女の話は『これまでの経験』から、一定以上の信じるに値するモノはあると感じていたし、もし本当に世界の危機が迫っているのだとしたら、それをただ黙って見ていたくはないのだ。
──ただし。
「……つってもな。あんたの言う通り、俺らは軍人なんだ。立場ってもんがあるんだよ。だからアンタに『はい分かりました協力します』……って簡単に言う訳にもいかないんだが?」
と、高崎が率直な意見を伝える。
……実際問題、彼は現在も、このユトソル諸島にて軍人として作戦・任務に参加しているのだ。
そして、それは今後も当然ながら終わることはない。場所は変わっても、軍人としての職務は存在するのだから。
しかし、それを聞いたメルヴィはうんうんと頷いて。
『──えぇ、勿論それは理解しているわ。……だから、あなたにはそんな立場は捨ててもらうことにしたから』
「……………は?」
『分からない? 言ってしまえば、あなたたち特別任務遂行部隊は、これから私の下に付くことになるの。……さっき、あなたたちの上官に『お願い』したら、快く許諾をいただけたわ。流石はアルディス軍一番の問題部隊といったところかしらね?』
そう言って、心から楽しそうに微笑む彼女。
……高崎は、確信した。
この女は、とんでもねーヤツなのだと。
『……でも、そんな腫れ物扱いの問題部隊も今日で卒業。これからあなたは、アルディス連邦王国第一王女の親衛隊隊長よ。涙を流して喜びなさい?』
そう宣言して、ドヤァとキメ顔を決める王女サマ。
それを呆然と見るしかなかった高崎は、暫しの沈黙の後、ふかーいため息を吐いてから、ようやく口を開く。
「……はいはい分かった、分かりました。もうどうしようもないってことは。──で、俺に何をさせたいんだ? お姫サマ」
「──そうね。それならまず、ディノマ帝国のファーティアから魔術聖典を奪ってきなさいな。ちょうど今、そのユトソル諸島に来ているはずだから。絶好のチャンスよ」
「…………はぁ!!?」
『ファーティアは、ディノマ帝国皇帝の『懐刀』とも呼ばれる帝国の暗部に潜む処刑人よ。どうやら今回のユトソル諸島での混乱に乗じて、東大陸諸国に与する現地の有力者を始末しにきているようだから、それを止めてきなさい』
「い、いやいや待て待て待て!!! いきなりとんでもねーことを言い出すな!!! 帝国の『処刑人』!? そんなものを俺1人でぶっ殺せる訳ねーだろ!?」
定例的な会議の原稿を読み上げるかのように淡々と任務を出してくるメルヴィに、高崎が全力の叫びで突っ込む。
……しかし、当の彼女はどこ吹く風で。
「別にあなただけの力で解決しろなんて言ってないわ。そう、それこそあなたの『お仲間たち』を頼ればいいんじゃない? ──それじゃあ、いい報告を期待しているわ」
「お、おい待てって流石に無理だろ!? そもそも俺はそいつがどんな顔をしてるのかも、どこにいるのかも知らないってのに……って、マジか本当に切りやがった!!?」
『──どうやら、なかなか大変なことになってるみたいね!』
高崎が最後の最後まで振り回しておいて、あっさりと切れてしまったその通話画面を見て呆然としていると、そんな画面からひょっこり少女が現れた。
「……あぁ、アシリア。そういやお前、ずっと黙ってたな」
『まぁ、私の存在はできる限り他の人に知られない方がいいでしょう? 私だってそのくらいの気遣いはできるんだから。……いや、今はそんなことよりファーティアでしょ? そいつの情報なんて、私がちょっと本気出せば丸裸よ?』
……と言うや否や、高崎のデバイスには溢れんばかりのデータの山が入ってくる。
それは、どうやら全てファーティアに関する情報のようだ。
そこには、これまでの彼の経歴が詳細にまとめられていた。
また、戦闘スタイルや苦手なものみたいな役立ちそうな情報から、身長・体重なんてどうでもいい情報まで完備。
高崎がそれらのデータファイルをざっと眺めていると、その中にあったとある情報が目に止まる。
それは、彼の『魔術聖典』に関する情報であった。
それによれば。所持している魔術聖典は……消失魔術。
なるほど、と高崎は納得する。
それなら、彼が『処刑人』として暗躍しているのも納得だ。
『──どう? これだけ情報があれば、なんとかなりそう?』
「…………いやいや、そんな簡単な話じゃないだろ」
高崎はドヤ顔のアシリアにそう返しながら、もの思う。
別に、自分にはあの女の言うこと全てを聞く義理はない。
そう。ないのだが……。
──彼は眺めていたデバイスを操作して、通話をかけて。
『……ユウヤ!!? お前生きてたのか!! 良かった……。──というか、今はどこにいるんだ? こっちは今ちょうど、丘上にある敵拠点を制圧完了したところなんだが……』
「──なぁルヴァン。積もる話もあるところ、いきなりで悪いんだが……ディノマ帝国のファーティアって、知ってるか?」
そう、端的に尋ねるのだった────。




