10話『王女の思惑』
アルディス連邦王国、ヴァナラダ。
そんな高崎たちの本国にて、エレナに押される形で始まってしまった稲星彩奈の魔力検査が終了した。
そして、専用の機械が出力したその結果を確認するや否や、エレナは思わず目を見開いた。
「──回復魔術適正……嘘でしょ、997!!?」
「……それって凄いの?」
「──凄いってモノじゃないわ!! あなた、とんでもない回復魔術の才能があるみたい……! それこそ私に匹敵するくらい……いえ、もしかしたらそれ以上の可能性すらも……!!」
「……へぇ、そうなんだ」
「って、何よその反応は? 自分がそれだけの才能を秘めていたってことが分かったのに、何も思わないの?」
「そう言われても、実際よく分からないし……」
まさかの出来事に興奮を隠せなかったエレナに対して、彩奈は終始そんな困惑した姿なのであった。
「……まぁそれもそうよね。なら、『そもそも魔術ってのは何か』ってってところから説明が必要かしら。まず──」
そして、ようやく落ち着きを見せたエレナが、そんな彼女にその凄さを話そうとしたそのとき。
2人のいたその部屋の、扉が開いて。
「──エレナ、ちょっといいかしら」
「……ん、なにかしら。申し訳ないんだけど今それどころじゃ……!! ──って、メルヴィ!!? どうして!?」
そんな突然の声に振り向いたエレナは思わず、声を上げた。
そこにいたのは、メルヴィ・ラ・アルディシア。
言わずと知れた、アルディス連邦王国の王女なのだから。
……ただ、その2人の見せた反応からも分かるように、彼女らは既知の関係である。
エレナは(高崎たちにはあまり意識されていないのだが)、アルディス連邦王国における家族の中も名家中の名家である『カスティリア家』の娘である。
カスティリア家は、別名『王家の右腕』とも呼ばれており、古くよりアルディス王家を支える役割をその血族が担ってきたという歴史的背景があるのだ。
そして、その関係はこの現代においても深く、それぞれアルディス王家とカスティリア家の娘であり歳も比較的も近い2人は、幼馴染もいえる存在なのだった。
「──まぁ色々あってね。それよりエレナ。あなたに1つ、聞きたいことがあるの」
「……聞きたいこと? それって?」
暫しの間の後。ふとそんなことを問いかけてきたメルヴィに、その真意を計りかねたエレナが問い返す。
すると、彼女はニヤリと笑って。
「──それはね……。そう、あなたのよく知ってる男。タカサキユウヤのことについて、なのだけれど」
と、エレナの目を見据えて囁いたのであった。
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そして、舞台は戻ってユトソル諸島。
高崎は『電子生命体』アシリアとともに。ホレス=ナカミトの研究所を後にして、地上に出るための階段を登っていた。
「俺は、あそこまで敵軍に連れてこられたから……知らなかったんだけどさ……。こんな地下深く……だったんだな……!!」
『まぁ、博士が見つからないように作った場所だからねぇ』
ぴろん。
そうして息を切らしながら階段を登っていた高崎だが、そこで腰に携帯しているデバイスから、そんな電子音が鳴り響いた。
『──よし、これでよし!』
「……ん、何がだ?」
『私のデバイスに、あなたの壊れた機器のデータ移行が完了したの。これで、これはあなたが今まで使っていたように軍用の機器としても使えるようになったって訳。良かったわね! 全体的なスペックは数倍どころの話じゃないわよ!」
「……いや、あれって一応アルディス軍の正式な装備品なんだけど、そんなことしちゃって大丈夫なのか? ほら、セキュリティ上とか……はまぁ、問題ないか」
そうして画面の中でドヤ顔のアシリアの言葉に、高崎は汗を拭いながらそうつ呟き返した。
このアシリアが住んでいるデバイスは、あの世紀の大天才であるホレス=ナカミトが作った特注品である。あの研究部屋の中以外、どこでも流通していない独自規格だ。
アルディス軍の使用している端末よりも、むしろデータの漏洩だったりの可能性は低いといっても良いのだった。
「──あぁ、もう限界! 一旦休む!!」
『情けないわねぇ。それでも男なの!?』
そうして、手すりに捕まってなんとか這うように進んいた高崎のそんな叫びに、アシリアが呆れ声を漏らす。
「いやしょうがねぇだろ……。こっちはついさっきまで椅子に縛りつけられて拷問受けてた身だぞ! むしろこうして重たい装備品持って階段登れてるだけ良くやってるくらいだ──」
ぴりりりりり。ぴりりりりり。
……と、そこで高崎の言葉を遮るように再び電子音が鳴った。
そこで階段の踊り場に座り込んだ彼がデバイスを手にとって確認してみると、それは着信音であった。
どうやらこうしてデバイスにも電波が通じるくらいには、地上にも近づけているようだ。
「──エレナ? 急に連絡してくるなんてどうしたんだ?」
最初はルヴァンやテラ、レイス軍曹たち部隊からの連絡かと思ったが、その着信相手はまさかのエレナであった。
まぁ、かと言って無理する理由もまったくないので、高崎はとりあえずその電話に出てみることにした。
──しかし。
『あら、あなたがユウヤ? 意外といい声してるじゃない』
聞こえてきたのは、そんな彼を試すような透き通る声。
どうやら、通話相手はエレナ本人ではないらしい。
そう感じとった彼は、小さく息を吐くと口を開いて。
「……あんたエレナじゃねぇよな。いったい誰な──」
『──単刀直入に効くわね。あなた、その身に『魔術聖典』を宿しているそうね?』
「………………は?」
『因みに嘘をついても無駄よ。話は全部、彼女から聞いたから』
「って、まさか……」
『えぇ、そのまさかよ。エレナから全部聞いたわ。以前、あなたたち特任部隊が魔術聖典をを持った敵と交戦したことも。そのときにその敵を殺したことで魔術祭典をあなたが継承したってことも。そして、あなたが異世界から来たってことも』
それを聞いて、高崎は顔に手を当てて深いため息を吐く。
「…………エレナ、あいつ………」
『まぁ、そう彼女を責めないであげて。それを打ち明けることは判断したのは彼女自身ではあるけれど、彼女はそうせざるを得ない立場だったの。それに、その判断は正しいのだから』
「──そうせざるを得ない立場……? なぁ。あんた、いったい何者なんだ?」
そうに眉を寄せて尋ねる高崎に、彼女はくすくすと笑って。
『そうね……。色々言いたいことはあるけれど。私が『何者』であるかを一言で表すなら、メルヴィ・ラ・アルディシアよ』
──メルヴィ・ラ・アルディシア。
その名前を聞いた彼の額に、つらっと冷や汗が流れる。
「……まさか、王女殿下でいらっしゃいますか」
『あら、ちゃんと知っているのね。エレナから異世界出身だからこっちの常識に疎いと聞いていたのだけれど』
正体を察して敬語に切り替えて呟いた高崎の耳には、電話越しに彼女のそんな楽しそうな声が聞こえてきた。
……まぁ、なぜ高崎が彼女のことを知っているのかと言えば、当然のごとく王族に関心があるとかそう言う訳では決してなく、「我が国の王女殿下が美人すぎる!」……みたいなネットの特集を以前目にしたことがあったから。……なのだが。
『それと、敬語は不要よ。今の私はアルディス連邦王国の王女してじゃなく、ただのメルヴィとして話をしているのだから』
「……そうは言っても、実際にタメ口聞いたりしたら不敬罪とかで牢屋にぶちこまれたりするんじゃないですか……?
『…………する訳ないでしょうそんなこと。アルディス連邦王国は民の基本的人権を尊重する文明国家よ。大陸間戦争前が始まるずっと前の中世じゃないんだから』
訝しげな高崎の言葉に、彼女は呆れたような声を上げた。
……だが、少なくとも彼の以前の常識からすれば、この世界では自由主義的国家のこのアルディス連邦王国も、十分独裁的で汚い面を持つ国家なのである!!
「──で、王女サマ。そんな魔術聖典を持った俺に何の用なんだ? ……こうして直接話をしてきた所から察するに、ただ秘密を隠していた俺を消すため……って訳じゃないんだろ?』
『えぇ、勿論。あなたにこうして連絡をしたのはそんな理由でも、ただあなたとお話がしたかったって訳でもないわ。……あなたにお願いしたいことがあるからよ』
そう彼女は、高崎の投げかけた言葉を肯定すると。
一旦間を空けて、耳元にでも囁くように。
『私はね。『魔術聖典』の真実を知っているの』
──と、端的に言ったのだった。
「……真実だと?」
『そう、真実よ。魔術聖典というものは、世間で言われているような伝説上の存在ではなく、そして、あなたたちが考えているような生易しい危険性で収まるような存在でもないの』
きっとエレナから、高崎たちが把握しているレベルの魔術聖典に関する話を聞いたのだろう。
彼女はそう言い切ると、再び間を空けて。
『──このままでは。……このまま、奴らの思い通りにさせてしまっては、世界はきっと滅んでしまう』
「…………世界が滅ぶ、だって?」
『えぇ。だから、それを防ぐために私は以前から動いていたの。……でも、私だけじゃどうしようもない。当然よね。所詮私は王女って肩書を持つだけのただの人。武の力を持たない私だけじゃ、そこらの雑兵1人にすら敵わない』
そうして、メルヴィは心の籠った言葉を紡いでいく。
少なくとも高崎には、彼女の語っているその声色から『嘘』を感じとることは出来なかった。
『──それでも、諦めるわけにはいかないの。それが偶然だとしても、真実を知ってしまった者として、例えそれがどんなに困難な道であっても、立ち向かうべきなのだから』
と、そこでデバイスがビデオ通話に切り替わった。
その画面に高崎が目を向けると……。そこには、見覚えのある女性の姿が映った。
年齢は高崎より少し上くらいか。金髪碧眼で、可愛らしくも美しくもあるその姿。歩きにくいのではと思わせるほどに長い髪と、気品のある佇まい。そして、皆身に纏うその衣服。
……やはり、彼女は本物のメルヴィ王女だったのだ。
そして彼女は、画面に目を向けている高崎に対して。
こう、言ってのけたのだった。
『──だから、あなたも私に協力しなさい?』




