幕間③『本国への帰路にて』
場所は移って、アトラ大陸東部。
今や戦争の渦中にあるユトソル諸島からアルディス連邦王国に向かって、大陸上空を航空する一機のジェット機があった。
「……ルヴァン、大丈夫かしら」
機体の窓からぼんやりと外を眺めて、呟く。
彼女は、シエル・シヴェル・アベリア。
世界的大企業である『ラ=シヴェル』代表取締役の娘だ。
ルヴァンに危険だから本国へ帰るよう諭された彼女は、言われた通りに本国への帰路に就いていたのだった。
ぷるぷるぷるぷる。
──すると、彼女のデバイスに着信が入る。
画面に表示された、その相手は──。
『──もしもし、今は何をしているのかしら?』
「……あの。そういった報告なら、そちらに戻り次第いくらでもいたしますので、あまり通信機器を使わない方がよろしいかと」
『あら、私はただお友達に連絡をしただけよ?』
「……そうですか」
ふふん、鼻を鳴らして得意げに答える通話相手に対して、シエルがはぁとため息をつく。
こういうときは経験上、諦めて素直に聞き入れるしかないのだ。
『──それで、現在の状況は?』
「……今は、ジェット機でユトソル諸島から帰還中です。場所的には、恐らく大正民国の南部国境線あたりの上空ですかね」
『ユトソル諸島? あなた、そんな場所に行っていたの?』
「えぇ、少し『ラ=シヴェル』のトップの娘として、色々と見に行ってみたかったもので。それと、ルヴァンの顔も」
『ルヴァン? あぁ、確かあなたの許嫁の名前だったかしら』
そう淡々と会話を続けていた2人だったが。
突如、声色が少し高くなって。
『──あぁ、そのルヴァンという名前で思い出したわ。その彼がいた場所に、『ユーヤ』とかいう男はいなかったかしら?」
「……ユーヤ? あぁ、ルヴァンと同じ特任部隊の」
そんな問いかけに、シエルが記憶を振り返る。
特任部隊のリーダーで、ルヴァンとテラのナデュトーレ兄弟がよく行動を共にしているとか。ルヴァンからもその名前については、何度か話の中で聞いたことはあった。
「えぇ、いましたよ。なんだが、私とルヴァンの仲を羨んでいた変な人でしたけど。……にしても、そのように他者のことを気にされるとは……珍しいですね」
『……以前、エレナから彼のことについて話を聞いたことがあってね。なんでも、魔術も兵器もロクに使えない癖に、この前の正朝内戦や魔術博覧会の騒動解決に大きく関わっていたんだとか』
そう言って、『興味深いでしょう?』……と彼女は問いかける。
普通に考えれば、魔術も兵器もロクな使えない者が、そのようなデカい事件においてやれることがあるとは思えない。そういう意味では、かなり興味深い話なのかもしれない。
……まぁ、その話が本当なのであれば、だが。
『──そう言うわけで、少し彼のことが気になっていてね。……私も今からユトソル諸島に向かってみようかしら』
「何をおっしゃってるんですか……。そんなことが許される訳ないのは御理解されているでしょうに」
愉快そうにそんな軽口を叩く彼女に対して、シエルが再びため息をつく。もし。本気で望んでいるのであろうと、彼女がユトソル諸島に行くことが許される訳がない。
…………何故ならば。
通話相手である彼女の名は、メルヴィ・ラ・アルディシア。
アルディス連邦王国の現国王であるフューデル18世の娘。
つまり、アルディス連邦王国の王女殿下なのであった──。




