10話『さらなる不穏』
「──申し訳ありませんでしたッ!!」
そんな男の悲痛な叫びが強くこだました。
その体はまさに2mはあろうかという程の巨体で、その顔は見る者を威圧する程の威厳を持っていた。
──すなわち、それは“ロドネス”だ。
しかし、今はその威厳のある顔も完全に失われているのだが。
また、そこは薄暗く気味の悪い空間だ。空気は淀み、壁や床には埃が積もり、至ることを虫が闊歩している。恐らく、どこかの地下室なのだろう。
『──ま、顔あげなよ。過ぎちゃったことは仕方ない』
すると、そんな“感情を感じさせぬ”声があった。
その声の元は、ロドネスの前方の壁から。
よく見れば壁は“闇より黒く澱み”、時折歪みを見せていた。
そしてその声が聞こえると、その目の前に立っていたロドネスは、ずっと下げていた頭をゆっくりと上げた。
「──それは誠に有り難きお言葉。……しかし、“例の計画”は如何いたしましょう。私の失策でもし大きな影響があったのならば、潔く、自ら責任を取る所存ですが……」
彼は再び膝を地につき、頭を下げる。
その姿と声調は、彼の言葉が心からの本心であることを嫌というほど伝えてくる。
──しかし。
その声は、はぁ〜とゆったりとした溜息をして呟く。
『うんまぁ本当ならね。ここで君を“処分”したっていいんだ。今回の失敗にはそれだけの意味がある。
──ただ、それじゃあ今は誰のためにもならない。そして何より、“面白くない”』
なんてこともなさそうに“ソレ”は言い放った。
“ソレ”は、どんな時も感情任せになることはない。「計画」の完遂より面白さを求める異常性を表出させるくらいだ。
しかしそれは逆に変えせば、温情も一切ないということ。
“ソレ”はきっと必要なら、躊躇なく“なんでもする”のだろう。
『だから、作戦会議だ。次はどうやって目標を達成させるのか。前もって計画を緻密に練って考えること程、面白いことはそうそうないだろう?』
少しだけ、楽しそうに“ソレ”はそう言った。
──そうだ。“ソレ”はこういう時だけ感情を見せる。それが何故なのかはわからないが。
『で、まず今回はどうして失敗したんだい?』
そう簡素に問われたロドネスは、膝をつけたまま話し出す。
「──はっ。一言で言うならば、アルディス軍の激しい妨害に遭いました。確かその軍人どもの名は、ルヴァンとテラ。そしてタカサキという奴らで……」
『──ふっ、……ははっ、はははははッッ!!!』
そう言っていると、突然“ソレ”は軽く笑い出した。
ロドネスは思わず顔を上げた。無理もない。そんな様子、彼は今まで一度も見たことなかったからだ。
『なるほど……! またか! 面白いね。本当に面白い』
その言葉にロドネスは怪訝な顔をする。
「奴らを知っているのですか?」
『まぁね。前も、その前の“彼”に僕の“計画”は邪魔されててね。そんなことが出来そうもない実力なのにさ。うんうん、面白いったらありゃしないだろう?』
そんな返答にロドネスは思わず唾を飲み込んだ。
改めて、実感させられたのだ。
“この方は、人とは似て異なる存在だと言うことを。”
『──しかし、ここまで来ると本当に奇跡なんかじゃ済まなくなってきたね。……つまり、僕としてもそろそろ本格的に彼を試してみたくなったって訳だ』
うんうんと呟きながら“ソレ”は、唸りを漏らした。
そして、いつもよりだいぶ感情の乗った声でこう言い放つ。
『──今度は“お試し”なんかじゃない。
彼が本当に“持ってる”のか、確かめてみようじゃないか』
そう意味ありげに呟きながら、彼に不敵に笑うのだった。
その声が、ずっとその空間に響くように。
『あぁそうだ。それと──』
すると、“ソレ”が何かを思い出しように呟いた。
ロドネスが再び畏る。
「はっ。なんでしょうk」
ザシュッ。
その刹那、そんなサッパリとした音が彼の耳に届いた。
──そして。
それが、“自身の右腕が無惨にも千切れた”音だったことには後から気がつくのだった。
「が……、があああああああああああッッ!!!?」
絶叫と共に、とっさに傷口を抑える。
彼の右腕は既に切り離され、右方5m程に転がっていた。
当然、激しい血が流れる。
『──まぁなに、問題ないだろう? 右手だけなら魔術の行使にもそう影響はない。君ほどの者なら、傷口を塞ぐのにもそうかからないだろうしさ』
今度は全くの無感情の声で、“ソレ”は言い放った。
完全なる無情。それは、その行為に関してなんらの思いも生じていないことをロドネスに確信させた。
『それにこっちの方が君には合っている。使ってみてほしい。
──次は、必ず“計画”を先に進めるためにも……ね』
そう言い終えた彼が指を鳴らすと、悶えるロドネスの前に突如として“何か”が現れた。
「──これは……。まさか義手、ですか……?」
『あぁそうさ。この現代科学が生み出した賜物だよ。
それに、“様々な便利機能”も取り付けられた、ね』
ロドネスが千切れた右腕の断面を抑えながら、それに近づく。
『じゃあ、そういう訳で一旦それを取り付けてきたまえ。作戦会議は、その後に再びしようじゃないか?』
その一言の後、目の前にあった“澱み”がさっと消え去った。
もうそこには、前までの違和感もないもない。
(──やはり、本当に恐ろしいお方だ……)
部下が慌てて右腕を心配して駆け寄ってくる中、ロドネスは心の中でそう感じていた。
しかし、その思いとは裏腹に。
ロドネスの口元はわずかばかりのニヤケを見せていた。
──そう、今はこれでいいのだ。
そして、先の淀みのその先。
“この世”には存在しないその場所で、まだ笑う声が存在した。
「──さて、面白くなるのはこれからだ!」
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そして、あの騒動から一夜が明けた。
昨晩発生した、中央区における突然の中央堂の爆発事件。
それは当然、様々な余波を引き起こしていた。
まず今回事件の発生した教育特区は完全に全域を閉鎖。無論本日の祭典は中止となった。いまだ不明だが、現在必死に行われている復興作業も恐らくあと最低数日はかかることだろう。
幸いだったのは、中央堂がまだ一般公開されていなかった建物ということもあり、死傷者はそう多くなかったということだ。
しかし、それでも死者が0だった訳でもないというのが事実。爆心地付近には花が置かれており、泣き崩れる人も見られ、事件の痛ましさを感じさせる。
無論、世界的な祭典で起きたそこまでの事件となれば、その原因追及や責任問題は免れない。事件直後から、凄まじい数の問い合わせ、各国のマスメディアや政府からの追及が相次いだ。
既にアルディス政府は、軍が入手した情報に基づき、その事件は事故等ではなく、マナスダ合衆国が関与し人為的に起こしたテロであると公式に発表。
その重い責任と多大なる賠償を要求する非難声明を出しているが、逆にマナスダ政府はその関与の一切を否定。両国の関係はまさに過去最悪にまで陥っていた。
また他の諸国家においても、どちらか関係が良い方につくことを表明する所も多く、再び東西対立構造が表出。
三大国同士の仲違いは、世界中に影響を与えているのだった。
そして、それらの事件に深く関わっていた“彼ら”は──。
「よし、俺の勝ちだから、お前がちゃんと報告してこいよ?」
「くそっ、なんで俺が行かなきゃなんねぇんだよ……!!」
そう、特任部隊における実質トップ、ロダン少佐への追加のご報告である☆
無論、既に昨日のことは全て報告はしたのだが、先ほど追加で聞くべきことがあると連絡が届き、復興作業の手伝いをしていた彼らの内一人が行くことになったのだった。
そして即ちそれは、デスマッチ開始の合図な訳で。
誰が報告に行くのを賭けた全力のデスゲーム(じゃんけん)が始まっていたのであった。
──そして。
「まぁこれが勝負の掟だ。じゃ、頼んだぜー!」
そんな訳で勝者である高崎は、肩を落として歩きだすルヴァンの背中を、笑顔で見送るのだった!
──しかし、彼の心中には複雑な思いもあった。
それは、後にルヴァンから聞かされたことだ。
(あの神の守護隊の計画に、マナスダ合衆国も関与していたのか……? だが、それにしては今まで全く見えてこなかった。
ということは、“全く別の動き”……? 同じ目的で動いてはいるものの、それぞれが独立していたのか?)
高崎が無言のまま、下を向き考え込む。
今回のこの騒動、恐らく“何かしら”さらなる闇が裏で続いていることは間違い無いだろう。
しかしただの一兵である彼にはどうしようもない。
(真相はわからんが、一体この先どうなることやら)
「──おっ。その後ろ姿は、もしかしてタカサキか?」
「ん?」
後ろから急にかけられた呼び声に、高崎はさっと振り返る。
そこにいたのは、重そうな荷物を抱えた1人の少年。彼にとっても見覚えのある制服に顔だ。
「──あぁ、クルズか。よう」
「おう、久しぶり。4日ぶりくらいってとこか?」
高崎が片手を上げて軽く返事をすると、彼は足元に荷物を置き、軽く笑って同じく手を上げて反応を示した。
ドシンという音から察するに、なかなかの質量なのだろう。見た目から分かる通り、やはり力持ちならしい。
「で、アンタ何してんだ?」
「いや、まあな。暇だからブラブラしてたとこだ。祭典も中止になっちまったしな」
高崎が頭を掻きながら、苦笑いをしで答える。
まさか、先の騒動の後始末を軍としてやってるとは言えまい。
「そうなのか? でも今話してたのって、ルヴァン先生じゃねぇか? ──もしかして昔からの知り合いとかだったり?」
「い、いや。別にそんなんじゃねぇよ。たまたまそこで会ったからテキトーに世間話してただけだ」
「──ふーん。にしては仲良かった気がするけどな」
クルズが少し怪しむような顔でこっちを覗き込んでくる。
流石に奴との関係はバレる訳にはいくまい。
そう思う高崎の心の中は思っきし冷や汗なのだった!
「ま、それはともかく、お前こそなにやってるんだ?」
高崎が少し慌てながらもそう尋ねた。
言わずもな、さっさと話題を変えたいがためである。
「俺か? ……俺は今日やるはずだった仕事がなくなっちまったから、ここらの地域の復旧の手伝いってところかな」
「へー、偉いな。確かそれって希望者のみのボランティア活動とかだったヤツだろ?」
「まぁそうなんだけど。別に偉くなんかはねぇよ。ただの下心ありきの行動さ」
「──え、下心?」
彼の言葉に高崎が思わず首を傾げる。
ボランティアで下心ってなんだ?……好き子と一緒にいたいとかなんかだろうか。
「──ああ。実は俺、将来は軍人になりたいと思っててさ。今手伝っとけば誰かの目に止まるかもなって。“あんな事”があった訳だし、結構軍人さん達も出入りしてるだろ?」
「へー! この時代にしちゃ随分立派な夢じゃねぇか!」
高崎が心の底から感心した。というような声をあげた。
軍人になりたくて、高校生の頃から努力しているなんて大したものである。そんな奴、きっとそういないだろう。
まぁ、俺の頃よりは入隊希望者は多くなってるそうだが、それでもまだそう多くないらしい。だからこんなガタイの良く、かつ意識も高い志願者ならばきっと大歓迎だろう。
「……で、軍人のアンタとしてはどうかな、なれると思う?」
「あぁ、俺でもなれんだから当然なれr……ってハァ!?」
思わず、大き声を出してしまった。
周りを行き来していた人たちが、何事かとこちらを見ている。
今この場面で目立つのはあまりにも悪手だ。
一旦落ち着くことにしよう。そう心に決めた彼は、軽く深呼吸をした後、内緒話でもする時のように小さな声で聞き返す。
「──し、知ってたの……?」
「いやまぁ正直、その反応で今ようやく確信できたんだけどね。最初は変な時期の転校生だったなーって思ってたし」
「あ、」
高崎が固まる。……やってしまった。即座に否定しておけば、なんとかなったかもしれないのに。
やらかしたと言わんばかりに青ざめる彼を見つめ、クルズは苦笑いしながら言葉を続ける。
「でも、昨日の例の謎の爆発。聞いた所によると、本当は国を滅ぼしかねない爆弾だったらしいじゃないか」
「──あぁ、らしいな」
高崎がとりあえず短く返答する。
これはマスコミ等の報道でも既に発表されているため、否定する意味はないからだ。
「でもそれはどうしてか失敗した。……これって前から軍が“動いてた”ってことなんじゃないかなって。しかも爆発後には即座に大量の軍が対応を始めてたし。これだけ揃えば、軍人志望としては嫌でも察するさ」
クルズが少し照れながらそう言った。
彼は当たり前のようにそう言ってはいるが、その情報からそこまで察することが出来るなんて、まず無いだろう。
──やはり、なんとも優秀な奴らしい。
「あぁ……そ、そうか」
そんな訳で、高崎は思わず苦笑いしながらそう呟かしかなかったのだった。
「──でも出来れば、というか絶対にそのことは言わないでほしい。あくまで潜入任務だった訳だし、このことがバレちまったら上司に大目玉喰らう……どころか、最悪俺もお前も消されるかも……」
高崎が少し青ざめながら呟く。
他国の厳しすぎる軍よりは比較的マシなアルディス軍とはいえ、正直ガチでそのくらいならやりかねないのだった。
「あぁもちろん。というか、ってことはもしかしなくても年上だったり……? やっぱ敬語の方がいいっすかね?」
クルズが少し身を小さくして、こちらを見てくる。
まぁ知らずとは言えら自分が年上の軍人にタメ口きいてたとなれば、ちよっと後ろめたい気持ちになるのは分かる。
──まぁ、でも。
「いやいいよそんなの。今更辛気臭いだろ?」
微笑んでそう言うと、それなら、とクルズが笑って返した。
実際のところ高崎としても、今更かしこまられても何だかやりづらいし、このままの方が良い。そしてそもそも、まだ一応高崎はここの学生という“設定”なのだから。
「──じゃあ、改めて聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
そう聞き返しながら、高崎はクルズが自分に質問をしてくることになんだか新鮮味を感じていた。
なんだかあの時と反対の立場のようだ。
そして、彼はちょっと躊躇いながら。
「……いや、俺でもなれるかな?軍人」
──その言葉に、高崎は物思う。
……まぁ結論から言えば、まずなれるだろう、
先ほども言った通り、現在の軍は人数不足に悩まされている。
そしてあの背中を見るに、きっとこれからもその夢一筋で彼はこれからも頑張っていけるのだろう。
なれば、まず間違いなく入隊できるというのが結論だ。
しかし。
「──あぁ、クルズならいけるさ。だから頑張れよ」
そんな現実的な見解なんて、必要ない。
きっと力強いこの短い一言でだけで、十分なのだ。
そして、お互いに右腕を差し出し押しつけて。
笑い合うのだった。
──すると。
高崎のデバイスに着信が届いた。
相手を確認してみれば、それはルヴァンだった。
「ん、なんだ?」
少し“嫌な予感”を感じながら、彼が電話に出る。
すると、ルヴァンが小さな声でこう言った。
『──いやさ、やっぱ全員で来いって』
「……うん、そうだよね。正直知ってたわ」
そうして死んだ目で携帯をしまう、高崎なのだった。
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アルディス王国王都『エニス・ケティグラ』。
そして、その中心部にある宰相官邸では騒ぎが起きていた。
──いうのも。
「……お、おい。嘘だろ?」
アルディス連邦王国宰相ロデナは思わず絶句していた。
その目前に広げられるは一枚の紙。
何を隠そう。
それは正真正銘、王都に置かれているマナスダ合衆国大使館から送られてきた、“国交断絶の通知書”だった。
「イカれてやがる……。コイツらは本気でやってんのか?」
ロデナは、心の底から焦りを感じていた。
最早、これはもう無かったことにできるモノではない。
確かに、過去にマナスダ合衆国とはこれまでもこういった対立は繰り返してきた。アルディス・マナスダ・大正帝国(大燿帝国)の三大国は、世界の主導権を握っている。
だからこそ時には手を取り、時には一種のパフォーマンスといえる対立をすることにより、きっかけさえあれば起こりかねない2度目の東西大戦をなんとか上手く回避するバランスをとってきたのである。
そして、その流れは今までずっと継承されてきていた。
まぁ当たり前だろう。誰だって、今の科学技術力で大戦争が起これば、世界が滅びかねないことは分かっているのだから。
現在世界を縛っている全国同盟会議の核不使用条約だって、世界大戦となれば最終的には形骸化するだろう。
──しかし、だ。
今回の“これ”は明らかに度を越していた。これでは、外憂を示すことで国民の支持を取り付けようとするパフォーマンス……とかいうどころの話ではない。
──奴らは、本気で我々とやり合うつもりだとでもいうのか。
ロデナの額に大きな粒の汗が流れる。
これからの対応次第では、本当に“世界が滅びかねない”のだ。
「いきなり全面開戦、とまではいかないだろうが……。これじゃあまず、元から問題が表面化してた“例の場所”での紛争再燃は避けられないだろうな……」
ロデナが思わず頭をかかえる。
アルディス連邦王国は、世界中の島や大陸に活動拠点を持つ巨大海洋帝国だ。もし対立が表面化し全面戦争となれば、その全てを防衛しなくてはならない。
……のだが、正直そんなことが出来るかといったら難しい。
つまり、彼は今ある意味“損切り”を迫られているのだった。
「一体、これからこの世界はどうなるのか。分からない。
──でも、今は私にできる最善策を尽くすしかない、か」
そう1人呟いて、彼は再びデバイスを開いた。
そして、“ある者”に通話をかける。
その相手とは────。
───こうして。
大陸間戦争以降における、三大国の均衡外交は終焉を告げた。
そして、さらなる野望が今、幕を開こうとしていたのだった。




