9話前編『“アレ”の闇』
──そして、だ。
あれから、どれ程の時が経っただろうか?
……分からない。もしかしたら1分も経っていないかもしれないし、5分以上過ぎているのかもしれない。
いずれにしても、奴との戦闘はそれ程過酷だということだ。
ガンッッッ!!!
火花を散らす武器と武器の猛烈なぶつけ合いの後、一旦両者は背後に跳ぶようにして下がった。
「──はぁはぁ、アンタなかなかやるな……」
「……貴様こそ、ガキとは思えぬ腕前だ」
お互いに息を切らしながら相手の実力を認め合う。
事実、彼らの戦闘は常人の域を超えていた。テラたち後衛についてもまた、凄まじく膨大な魔力消費で疲弊している。共に間を取りたいというのが本音であった。
──そして。
ふと疑問に……というか、どうしても納得出来ないことがルヴァンにはあった。今までの鎬を削る戦闘を踏まえても、どうしても納得がいかないのだ。
「おいアンタ、何がそこまでお前を急き立てるってんだ?」
ルヴァンが空いた距離を保ったまま問いかける。
その鋭い瞳は、一般人が見れば恐れを抱く領域だろう。
しかしロドネスは無言。彼と同じように一時攻撃の手を止めたが、かといって何かを言う気配はない。
こっちが続けて何を口走るのかを静観するつもりだろうか。
──それなら乗ってやる、彼はそう決め再び奴に問いかける。
「仲間を洗脳までしてまで、お前は何をやりたい? アンタだって別にどうしようもねぇ殺人鬼には見えねぇ。なら、2000万人の死よりも優先すべき事があるってのか……?」
ルヴァンが睨みつけながら、そう問いかけた。
いつ再び接近戦が始まるのか、警戒し武器を構えながら。
──すると。
「あぁ。2000万……そして99%の人類よりも、な」
すると、遂に奴は口を開いた。その声色は、低く、厳かで一切の冗談も感じさせぬ、迫真の響きを与えた。
また、その目もまた、どこか狂気さえ感じさせるように瞳孔ががっと開いていた。
しかしその声色とは裏腹に、ルヴァンはその言葉にどこか震えるような恐ろしさを感じずにはいられなかった。
「なにを、言ってやがる……?」
彼は思わずそう呟くしかなかった。
“99%の人間”。それらよりも大切なモノだと──?
到底理解も出来そうもない、確実な認識のズレがあった。
しかし、そのまま彼は言葉を続ける。
「さっきも言ったことだが。この世界にはどうしようもない“闇”が存在する。何千万程度の犠牲が霞むようなだ」
そこで彼は一旦言葉を区切ると、両手を開きながら微笑し。
「──そう、“魔術聖典。それが、その元凶の1つだ」
溜めてそう言ったのだった。
ルヴァンは奴の目を凝視したが、その目は真剣そのものだ。
しかし、彼は軽く呆れたように手を肩の高さまで上げた。
「そりゃそうだろな、あんなモンの封印が解かれたら世界が滅びかねない」
そうだ。高崎に聞いた話によれば、魔術聖典とやらは人知を超えた力を封印したモノ。ならばその危うさはいうまでもない。
しかし、ロドネスはその言葉に対して、首を横に振った。
「そういう意味ではない。……勿論、聖典自体も危険極まりない……が、それ以上の闇が“背後”にある」
「──闇、だと……?」
ルヴァンがその言葉を口を開いて反芻した。つまりここでの意味は、世界の裏に潜む“ナニカ”ということか。
その話ぶりは、まるで高崎が言っていた以前の“あの男”。
……そう、アランのようだ。
魔術聖典に関しての“何か”を知り、東大陸を巻き込む大事件までをも、雅氏などと手を結んでまで起こしたあの男。
「──我々は、“ソレ”を止めるために“保護”を進める必要がある。それが出来る立場ならやらねばならん。たとえ、この身が合衆国の駒として使い捨てられてると分かっていてもだ」
「“それ”……だと?」
ルヴァンが問い返す。さっきから抽象的な言葉ばかりで、その全容がはっきり理解できそうもない。
──信じる信じない以前の話だ。何が言いたいのか。
「あぁ。“ソレ”は、どんな危険があろうが止めねばならない」
ロドネスはそういい終えると、軽く目を閉じた。
その表情は、何かを決意しているような。……いや、むしろ過去を思い出しているような感じか。
「はぁ。さっきからアレだのソレだの指示語が多いですね。一体全体その“それ”ってのは何なんですか。語りたがりなのは兄さんで慣れてるんでそれくらいは聞いておいてあげますよ」
すると、先ほどまで静かに様子を見ていたテラが口を開いた。
手には炎。詠唱後も持続することができる魔術である。
「ふっ、威勢のいいガキだ。見た目とは違って、な。
──分かった教えてやる。……勿体ぶる必要もないしな」
彼は軽く笑いながらそう言うと、一歩二歩と歩きながら言葉を一旦切る。その間、その空間には彼の靴の音のみが存在した。
そして、奴は獰猛な獣のように笑い……。
「それは─────」
そのとき、だった。
彼らの耳に、突然響き渡る足音が微かに届いた。
まさか別勢力の奇襲か……!?
思わず彼らがそう身構えると、通路から1人の女が見えてきた。
「……………」
「──エルディノ、か」
ロドネスがそう口にし、戦闘態勢を軽く解いた。
テラ達にはその言葉の意味する所はなかったが、まぁ察するに今現れた女の名なのだろう。
「何をしに来た、そっちにはこいつらの仲間が来ていたのだろう? ……もう殺してきたのか?」
ロドネスは乱入者の正体を把握するや否や、再びルヴァン達の方へ振り返りながらそう問うた。
……と同時に、パンっと指を鳴らす。
──すると、突然その女は表情を取り戻した。
恐らく会話のために、完全操り状態から部分的認識改変に変更したのだろう。何か“違和感”を覚える…という感じを見せながらも、その女は首を横に振った。
「ううん。その男がこっちに逃げてったから追ってたの」
「──なに? こっちになんか誰も来ていないが」
その女の言葉に、ロドネスはそう大きな声で返答した。
当然だ、こちらに誰かが来た様子などまるでない。
と、いうことは────。
パンっ!!
乾いた音が響いた。
その音の始まりは、女のさらに奥。通路の入り口であった。
「───ぐバッッッ!!!?」
そして、悲痛な叫びと共に赤黒い液体が空を舞った。
突如放たれた弾丸は、確実にロドネスの右肩を貫いたのだ。
また、間髪入れずして再び発砲音が響く。
それらはロドネスを外したものの……。
「がああッッッ!!!?」
1発がもう1人の男の……つまりセレンの足を撃ち抜いた。
──気がつけば4発の銃声。内2発が命中、唖然とするルヴァン達の中、一人の男の声が聞こえてきた。
「──チッ、ちょっとズレちまったか。本当はさっさと全員やりたかったんだけどな」
そんな慣れてなさそうな台詞を口にしながら、暗い通路から1人の人物が出てくる。
……勿論、それは高崎だ。
脇腹の部分を血に染めてはいるが、元気そうに笑っていた。
──よく見れば、その足は少し震えていたが。
「高崎、お前……」
「おうルヴァン、助太刀しにきたぜ」
彼はそう言うと、予備の弾倉を取り出してリロードをしながらロドネスの方へと目を向けた。
「どうだ? どんな超人だって銃弾で貫かれたら痛いだろ?」
そう。どんな豪傑だろうが銃弾は当たれば人を貫く。だからこそ、戦いにおいては防御魔術は必需品。
しかし──。
「──な……な、ぜ……だッ!?」
肩を苦悶の表情で抑えながらロドネスが言葉を吐き出した。
何故ただの銃弾が自身を貫いたのか全く理解できないようだ。
高崎はその様子を見て、嘲笑するように笑った。
「あぁ、なんで銃弾が当たったかって? 簡単さ、コイツには“対防御魔術用のコーティング”がなされている。俺らアルディス連邦王国特製の最新兵器なんだぜ?」
そう言って彼は、銃を持つ右手を器用に回して高く掲げた。
その手に握られしは『A2561』。世界で唯一魔力を込めた銃弾を銃弾を放つことが出来る逸品だ。
そして今回は、“対防御魔術用弾”を使ったという訳である。
「ま、つまり防御魔術があれば安全……なんて考えはもう古いってことだ。つっても、まだ汎用性の高い『ドゥテーラ・アンビス』、しかもそれの低度の膜しか貫けないけど」
つまり、ルヴァンらとの死闘で消耗していたからこそ、ということだ。……しかし。それでもこの技術は、恐らく今後の戦闘常識を大きく変えることになるだろう。
──と高崎が解説してる間に、気がつけばルヴァン達も再び臨戦態勢を整え固めていた。
ロドネス達を包囲するようにし、それぞれの武器を手に宿す。
「悪りぃがもう終わりだ。ルヴァン、テラ。こんな奴ら、さっさとヤっちまおう」
高崎がそう吐き捨て、自身の先程の事を思い返してしていた。
思い返せば、2年前は銃を撃つだけでもビビってた筈だ。
──しかし、今はもう“正義のため”と言い訳すれば、自分は人を撃つのも躊躇わなくなってしまったようだ。
現に今も大した手の震えはない。人を撃ったのに、だ。
どうやらここ最近の事件のせいなのか、自分はもう色々とおかしくなっちまったらしい。
──“だが、そのおかしさも今は悪くない”。
この状況下においては、そう思うしかない高崎なのだった。




