8話前編『魔術博覧会③』
「──あぁ、分かった。ありがとう、本当に助かった」
ルヴァンがそう締めくくって電話を切る。
現在高崎達は、一旦外に出て道の脇にある休憩場所にいた。
彼の電話相手は、特任部隊解析部の“ホムス”だ。
彼は以前にもあの組織のデータの解析や、大燿帝国同盟会の存在を抜き出している。そしてその腕は、そういった関係のことならとりあえず任せとけは良いとまで言われる程だ。
今回もデバイスからの抜き取りなどで頼んだのだが、話を察するにもう終わったらしい。
夜中に手に入れた手掛かりを渡してから、まだ数時間だというのにだ。……やはり天才なのだろう。
「──で、どうだったんだ?」
通話を終えたルヴァンにそう問いかけると、彼は渡された翻訳資料を見ながら答える。
「残念ながら全てが分かった訳じゃねぇが、おおよそは予想通りだったってとこか」
「──というと?」
高崎がそう聞き返す。
ルヴァンは少し間を開けると、再び口を開いた。
「奴らが狙ってるのは、“超巨大な設置型魔術”の起動ってことだ。──それこそ、この教育特区を丸ごと使った、な?」
──設置型魔術。
予め設置して用意しておく形式の魔術で、起動することによってその効果を初めて発するというモノだ。
すなわち設置型魔術とは設置型爆弾であり、それ以外の“何か”が導火線である。導火線によって、堰き止められていた遺産内の魔力のダムを決壊させ、とんでもない威力の爆発魔術の効果として現象させる、……という具合だ。
この世界においては一般的であり、その使用方法については学校でも教わるくらいなのだが……。
教育特区という巨大な街1つを丸ごと使うほどの常識外れの規模で行うとなると、流石に前例はないだろう。
「そんなことが可能なのか……」
高崎は動揺を隠せないという風に、目を大きく開く。あまりの話のデカさに脳がついていかない。
「にわかには信じがたいが、理論的に言えばあり得なくはない。勿論、“普通の方法”なら不可能だ。だが、どうやら奴らは“魔術遺産”を利用して行うらしいからな」
「魔術遺産を……?」
高崎が眉を潜める。
魔術遺産を使ってどうするというのか。
「──あぁ、さっきホムスが解析した情報によれば、現在ここらに数百ある“魔術遺産”。奴らはそれら一つ一つを適切な場所に配置することで、魔術の発動を増幅させる作用を生み出そうとしてるって訳だ」
ルヴァンから、高崎は腕を組みながら頭の中で反芻する。
適切な位置に配置、……つまり魔法陣のようなモノなのか?
「なら、その遺産を撤去すりゃいいんじゃ?」
「いや、それだけじゃダメだ。あくまで多くのモノは“威力を“さらに”増幅させるため”のモノ。それに、実際に効果を発している遺産がどれか分からない。実は殆どがブラフだって可能性すらありえなくはない。それに時間だって途方もなくかかるだろう。……だから、根本的な所を改善しなくちゃならん」
まぁ一応ホムスを通じて上の者に撤去するように掛け合ったらしいが、そんなことをただ悠長に待ってはられないだろう。
ルヴァンは軽く伸びをすると、近くにあった壁に寄りかかる。
「そんで、その“核”が配置されている所は、たった今ホムスによって暴かれた……という訳だ」
「──ちょっと待て、その情報自体がもう罠の可能性だってあるんじゃないのか?」
高崎が暫しの沈黙の後、怪訝そうに聞いた。
逃げた際にあえてブラフを置いていく、データもホムスが優秀とは言え、あまりにもあっさり解読される。正直、あえて与えられたブラフの可能性も捨てきれないのではないだろうか?
「まぁそうだな、可能性としてはあり得る話だ」
「あっさり認めるんだな。……で、どうするつもりなんだ?」
拍子抜けした高崎は、軽く呆れた目をしながらルヴァンの目を観察する。それは、冗談を1ミリも感じさせない真剣そのものの目である。
「──そもそも話だ、怪しいのは当然。情報が本物ならそれで終わり。そして、もしそれが罠なんなら……」
ルヴァンはそこで一旦言葉を切ると、指で銃のポーズを作って打つフリをした。
「話は早い! って訳だ。……騙してやったと思ってタカくくってる連中を逆にヤッちまえばいい」
その謎モーションをスルーして、高崎はポケットに手を突っ込みながらさらに目を細める。
「これまた脳筋な発想だな……。待ってるのが人じゃない可能性だってあるだろ?」
「もしそうだとしても、んなモンにやられはしねーよ。それに昨日俺らに散々にやられたんだ、奴らもどうせやり返してやろうとしてるに決まってる」
そうあっけらかんと彼は言い放つと、仕舞っていたデバイスを開き再び情報を一瞥して確認する。
そして、さっさ行くぞと伝えんとばかりに背中を向けて歩み始め、こう締めくくるのだった。
「──今回もアルディスを救ってやろうぜ、俺らでさ」
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アルディス連邦王国、『エント・シュラル』。
はるか昔から長年に渡り首都としての機能を務めていた『エルデス』に変わって、近代に入ってから建設されたその計画都市には当然、政府の中枢が置かれている。
──まぁあると言っても、今やそれは異空間になのだが。
「ロデナ宰相、最新の情報が入ってきました」
その宮廷のある部屋に、一人の男が慌てるようにして入ってきた。
手には文書が握られている。
「特任部隊の者が入手した機器の件ですが、先程解読が成功したとの報告が来ております。そしてそれによると、最悪2000万人に被害が及ぶ可能性があると……」
「2000万人だと? ……本気で言ってるのか?」
机に置かれた山積みの書類を処理していたロデナの手が止まった。彼は顔を上げる。
「はい、魔術遺産『ノストの大球』。単なる祭具の1つだと考えられていた“ソレ”には、実はとてつもない威力の爆破魔術を引き起こす力があるというのです」
彼は部下の言葉を聞きながら、顎髭を触りながら口を曲げる。
「なるほどな、秘められた設置型不発弾と言うわけか。
……してやられたな。奴らの本気度を完全に見誤った」
そうして、自身の太腿を握り拳で叩いた。
その顔も真剣そのもので、歯を食いしばるようにしている。
(──それにしても、この件。一体何が目的だというんだ。単に我が国の破壊……? いや違う。現世界体制を破壊した所で、奴らには全く持って得にはならん)
彼は一旦落ち着こうとため息を吐き、自身の脳を最大限に使用して考察を始める。これまでの記録を塗り替え、歴代最年少にして宰相となったその敏腕が試される。
(──つまり目的は、“副産物”にある……? この大惨事において、普通なら一体何が起こるか。そしてその出来事によって得をするのは……)
その時、彼の頭に“ひとつの可能性”が浮かんだ。
しかし、それはあまりにも無謀。もし真意がそうなのならば、“2度目の全面戦争”は避けられないのではないか……?
──いや、まさかそれを狙っているのか!?
「……そうか。あぁくそったれ! 予想以上すぎるぞ。マナスダ合衆国の大統領はとうとうトチ狂っちまったみたいだな!」
ロデナが軽く笑うようにしながら吐き捨てる。
しかし、それは面白いからではない。あまりの思いついてしまった奴らの計画のヤバさに、笑うしかなかったのだ。
「まぁ分かった、引き続き調査を行ってくれ。俺は、このくそったれなお祭りを終わらせられるよう取り計らう」
それまで一旦黙っていたその男はその言葉を聞くと、聞き慣れた退出時の挨拶をして直ちに部屋を出て行った。
彼は優秀なのだが、いかんせん人間味がなさすぎる。もうちょっと仕事は楽しむべきだと思うのだが。
なんてことを考えながら、彼はこの問題の中心に立っている人物に想いを馳せるのだった。
(今回の騒動、転がり方によっては世界の危機にすら繋がりかねない。──なのに私に出来ることは、ただ精々被害を最小限に留める努力をすることだけか)
彼は直接教育特区の上層部の連中に電話をかけようと機器を操作していく。もし祭典の公開を今中止・もしくは避難勧告等をすれば、その損失は相当なモノになるだろう。
……が、当然2000万人の死よりは上には置けない。
それにそんな事件が起きた方が経済損失も大きいのだから。
しかし、それだけでは根本的な解決には至らない。
それを成し遂げるためには、どうしてもまた“彼ら”による解決に縋るしかない……のだろう。
「国の代表として情けない話だが、……頼んだぞ──」
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そして、教育特区のある地下部分。
そこには、大雨等の災害時の洪水を回避するために大きな貯水タンクが存在する。太いコンクリート支柱こそ点在しているが、その広さはドーム◯個分とかで現れせるようなモノだ。
そして、そんな場所を歩くルヴァンとテラの元に、二人の影が見えた。1人は2mはあろうかという大男、目つきも鋭夜街中で会ったら死を覚悟してしまいそうな感じだ。
そしてもう1人は、温厚そう……だが、どこか“おかしい”。
目が虚ろとしており、異様さを感じさせる。
「やはり来たか。私はロドネスだ。ようこそ、決戦の地へ」
その2人組からは普通の者とは明らかに違う、圧倒的な威圧感を感じさせる。しかしルヴァンが軽く笑いながら吐き捨てる。
「お前らが今回の黒幕か? ……意外と普通のヤツだな、もっとイカれてそうなのがいると思ってたんだが」
「──ほう、マナスダ語を習得してるのか?」
男の中でも目つきの悪い方が興味深そうに聞き返す。その問いにルヴァンも頷いた。
「あぁ、学生やってたときにな。アンタんとこの兵器は色々と面白いだろ? それにアルディス最大の仮想敵国の言語だ、軍人志望として知っといて損はないと思ってな」
「学生をやっていた? まだやってるようにすら見えるがな」
ロドネスが鼻で笑うようにしながらそう言った。
事実、ルヴァンと彼の歳の差は3倍近くあるだろう。
「そうかもな。……ただ、見た目で強さを判断してるようじゃ、武人としては半人前なんじゃねぇのか?」
ルヴァンが軽く腰を落とす。
戦闘態勢への移行だ、右手は既に懐に添えてある。
今まで黙って様子を見たテラも同様に態勢を整える。いつ殺し合いが始まってもおかしくない。静かな空間に緊張が走る。
そしてどれくらいが経っただろうか。
ルヴァンがこう言うのだった。
「ま、とりあえず俺らを堂々と待ち構えてたことにゃ褒めてやるよ。……褒めれるのはそれだけだが」
「……はっ、その生意気な舐めた面も、すぐ歪むだろうがな」
その刹那、双方が動き出す。
静寂を極めていたその空間に、風を切る音が響く。
──そして。
戦いが、始まりを告げた。




