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6話『魔術博覧会①』





7月20日。

ついに、魔術博覧会当日となった。


まだ時計は12時前を指し示しているにも関わらず、構内には溢れんばかりの人が存在している。発表によれば、既に180万人以上が入場しており、300万人近くがアルディス連邦王国に来訪しているらしい。


敷地内には事前に生徒や業者によって準備された屋台や娯楽施設が点在しており、至るところから笑い声が聞こえてくる。

看板などには一応複数の言語が書かれてはいるが、それは精々4・5か国語程度。しかし機械を使えば即座に翻訳が可能なこの現代には、もう言語による壁はずいぶん薄くなったようだ。



そしてそんな中、高崎達こと特任部隊は、監視の為に巡回を行なっているのだが……。



「あっ、タカサキさぁん! 屋台がありますよ! あれもこれもおいしそうですねぇ!」


「いやいや、そっちよりもあっちの方にある施設の方が楽しそうですよ! ……ちょっと見に行きませんか先輩!!」



──なんか普通に観光の付き添いみたいになっていた。

現在高崎は、他に今回の件の“事情”を知っているテラやルヴァンとは一時別行動となっている。


そのため今年度から部隊に所属した新人の2人と行動しているのだが……、どうも彼らは遊ぶ気満々なようだ。



「んー。……俺よ、これでいいのか……?」


「タカサキさん、神妙な顔して何考えてるんですかぁ?」


高崎が先輩として悩んでいると、少女が話しかけてきた。


ピンク色のふわっとした髪に、まだ幼さを残した顔立ち。身長も高崎とは頭ひとつ分は差があり、前に初めてあった時は中学生なのかと勘違いした程だ。


名前は“エリゼ=シュタイナー”。

西大陸からの移民の血筋を持つ少女であり、一声で言うならばここに飛ばされる程の典型的なポンコツである。



「いやお前。一応今回の行動の目的は分かってるんだよな?」


「はいもちろん! 会場の監視ですよね!!」


笑顔で彼女が答える。

いや正しいけど。

分かってるならもうちょっと何かあるでしょ……?


それに監視といっても、今回のは“危険”があり過ぎる。



「あぁそうだ。でもな、今回の本当にヤバ……」

「さっきから何やってるんですか?」


続いて前を歩いていた少年も戻ってきたようだ。


男にしては長い青髪に、幼さを残しつつも凛々しい顔立ち。

身長も小さめで、テラよりも小さいくらいだろうか。

軍の制服も初年度な為か、ぶかぶかである。



“コルタス=ノエラス”。

エレナと同じくアルディスの貴族出身である。


ノエラス家といえば、アルディス家が西大陸にいた200年代以前より親交がある深い縁がある一家である。

そのため、あのエレナの属するカスティリア家と並ぶほどの力を持っているとも名高い。



「まぁまず1つ。お前ら、もう少し真面目に監視しような?」


高崎がため息をつきながら諭すように言う。

目をキラキラさせて楽しそうな彼らを見て、容赦なく怒鳴ることは、先輩という立場としてでもできなかったようである。



「──まぁ確かにタカサキさんの言うことは最もですけど。こんなイベントに軍隊が出るなんて何があったんですか?」


「確かに。警察とかならともかく、軍隊が割って出ていくなんて普通じゃないですよねぇ」


コルタスが小さく唸りながら首を傾げた。エリゼも同様に納得がいっていない様子である。

──まぁ気持ちはわかる。軍人が制服を着て、銃を腰に差しながら前面に出て警備するなんてこと、いくら大規模な一大イベントとはいえ流石に異常だ。平時なら、そんなことは国王陛下関係のお祝い事くらいでしか見られないだろう。


しかし、今回はかなり事情が異なる。



「……あぁそっか。そういや朝の会議の時は別行動だったからお前らにはまだ伝わってないのか。

なら今伝えておくぞ。まず、今回の目的はだな───」




高崎はそんな風に腕を組んで話しながら。

今朝の一連の出来事を思い出していた。








────────────────────────────











「──テラ、そっちでは何か見つかったのか?」


ルヴァンがデバイスに向かって低い声で語りかける。

時刻は既に午前2時を過ぎようとしているが、彼らはあいも変わらず仕事に興じているのだった。


奴らが“突然”、車の中からから消えて3分が経った。

ルヴァンはその間ずっと車の中を調査していたが、何も情報は得られなかったようだ。


現在は誰かのを借りた車に再び乗り、今辿って来た道を戻ろうと、つまり教育特区への帰路に立とうとしている。



『えぇ、とんでもないのがありました。通話をしながらでいいので今すぐ戻ってきてください』


そのテラの応答に、彼は車をターンさせながら聞き返す。


「なに、とんでもないものだと?」


『ええ、この部屋には奴らの残した機器等がありました。そしてそこにいくつかのデータも』


「…………機器? ロックは入ってなかったのか?」


ルヴァンが聞き返す。

まぁそう聞き返すのももっともだ。そういった機器にセキュリティがついていなかったら幾らなんでもガバガバ過ぎる。


『そんなのデバイスと繋いで専用アプリを使えばちょちょいのちょいですよ。随分古い形式のロックだったみたいでしたし』


「──ほんとこの世界は恐ろしいな……」


高崎が思わず呟いた。どうも情報セキュリティにおける競争に関してもアルディス軍は一歩先をいっているらしい。



「──てか奴らはデータ消去とかしなかったのか?」


ハンドルを握りながらルヴァンが問う。一刻も早く帰りたいのか、車はどんどんスピードを増していた。まぁ確かに自壊とか通信で消去とかやりようはいくらでもありそうだが……。


『──ええ、彼らも場合によってはそうするつもりだったんでしょう。……でも僕がその前に外部からのデータ消去の通信を妨害するように細工をしておきましたので」


「相変わらずお前すげーな……」


高崎は最早すごいと思う前に軽く引いていた。

お前、技術関連より魔術の専攻なんじゃないの……?



『自壊の可能性に関しても、今のところそかなり低いでしょうね。見た感じよく使っていたようですし。細かいところは暗号にはされてしまってますけど』


電話越しから機械音が聞こえる。あらかたテラが弄っているのだろう。今度は軍事・技術専門のルヴァンが笑った。


「はっ、オンラインを信用しすぎた弊害だな。多少自ら消しちまう危険性があろうが、万が一を考えて常に何らかの操作ミスで壊れるようにしとかなきゃ普通はダメだろうによ」


ふと外を見ると、もう高速を降りる所まで近づいていた。

高速の入り口には、先程の奴らの突破などもあったせいか警備員達も集まっている。侵入者についてはテラが既に連絡しているため、ここ以外の動きも活発になっていることだろう。

──まぁもう既に逃げられたのだが。


とにかく、例の場所に戻るまであともう少しといった所だ。




「──んで、その暗号とやらは解読できそうなのか?」


『うーん、流石にこの場でパッとやれはしなそうですね。取り敢えず解析班に任せたいと思います』


テラが悩ましそうな声をあげながら答える。

──解析班か、以前の雅一族に関する騒ぎでもお世話になった人達である。彼らならきっと、どんな難しい暗号でも最終的には解読してくれるだろう。



「──ならアシもあるし、直接解析班の実験室までお邪魔するか。どうせ物好きの奴らのことだ、今も泊まり込みでなんかやってんだろうし、そもそも今は緊急事態もいいとこだ」


ルヴァンがそういうと、高崎にさっさとそう連絡しろと言わんばかりに目を向けてきた。……まぁうん。確かに彼らは相当いかれ……並外れた仕事が恋人系人間なようだし、今も研究室にいてもおかしくないのだが。


あとこの車、一応他人のモノなんだけどね。うん。




「──まぁそれはそれとして、今分かることはあるのか?」


ルヴァンは再び前を向くとそう呟く。相変わらず脳の切り替えが早い奴である。高崎は苦笑した。


するとその彼の問いに、テラはわずかに呻き声を上げながら少し躊躇うようにして口を開く。 



『………それがかなりヤバい情報でした。敵のバックにはマナスダ合衆国そのものがついていて……。

 かつ、“2000万人を殺す計画”が為されている……と』


「──はぁ!?……に、2000万人!!?」


解析班に電話をかけようとしていた高崎が目を見開く。



「どうなってんだ、ウチの予測じゃ例えどんな最悪な状況になったとしても、犠牲者は100万人くらいが最大だって話じゃなかったのか!?」


流石のルヴァンも焦りの声を上げる。

しかしそれも当然。

彼の言った通りのままに、これは明らかに“オカシイ”のだ。



魔術遺産の暴発は危険とは言えども、所詮は暴発。

魔力の暴発というのは精密な魔力操作でないため、かなり魔力の運動エネルギー変換率が低い。高めに見積もっても、精々数パーセントに過ぎないと言われている。

……よってたとえ一度に行われようが、それぞれの魔術遺産の周辺10メートル程度に被害が及ぶだけであると言われていた筈ではないのか。


もし本当に2000万人を丸ごと殺せるというならば、

教育特区と隣接する街である『デルカット』は確実に消滅するレベルの“何か”を起こさねばならない。

そんなことが出来るのか……?


──いや。“もし出来るとしても”だ。

そんなあまりにもひどく残虐なことを実行に移す動機が、マナスダ合衆国のどこにあるんだ……?



『分かりません。……けど、これをただのハッタリだと断定するには情報がまだ少な過ぎます』


テラもそう答えるしかない。

まぁそりゃそうか、今は情報が余りにも少な過ぎる。



高崎は困惑しながらも、先程まで“追いかけっこ”をしていた“奴ら”のことを思い出す。


彼らはあそこを拠点にして一体何をしていたのか。

そして、その行為がどう破壊をもたらすのか。

何故そんなことをやらかそうと考えているのか。


まるでわからない。




「──こりゃ、それが嘘なのか本当なのか。どっちにせよ、絶対に止めなきゃならんな」



ルヴァンの声は、より一層低くなっていた。



高崎も自身の心の中がよりざわつき始めているのが、自分ながらよく分かっていた。









────────────────────────────











そして高崎達が警備をしているほぼ同刻。

教育特区周辺のどこかで、ある会話が行われていた。



「おい、夜中にヘマやったらしいじゃないか? 事前準備でやらかすなんて“ロドネス”らしくもない」


「黙れ“セレン”。そもそも、侵入してくる奴がいることくらい割れてる中、1週間かけてあれだけの“準備を組む”ことがどれ程困難かを考えろ」


男が部屋に入ってくる同時に笑いながらセレンが語りかけると、男が睨みつけながら答える。

……しかしセレンは、まるで気にしていなそうに続ける。


「なら行く前にあんな自信満々に行かなかった方が良かったんじゃ? ……結構恥ずかしくないか?」


「上等だ。かかってこいよ、おい??」



「──まぁまぁ、確かに私たちがやらかしちゃったのは事実なんだし落ち着いて!!?」


男が今にも殴りかかろうとするのを女が抑えるようにして止めた。華奢な体だが、意外と力があるらしい。

男も本気で殴るつもりはなかったのか、すぐに引き下がる。



セレンはその様子を見て表面上は微笑ましそうにして笑いながらも、どこか落ち着いていた。

その作戦の内容は前に船を降りた時に聞かされたからだ。……聞いた所、アルディスの教育特区の警備は薄かったとの報告はあったらしいのだが。

──まぁ奴らも奴らで必死だということか。


しかし落ち着いているのはその理由の為だけではない。

その時同時に聞かされた作戦の概要の話が、あまりにも彼には重大過ぎたのだ。




──“アレ”による、アルディス連邦王国の中枢の破壊。


それは、殺しを家業にしてきた者とはいえ、基本的にクーデターを狙った反政府活動家や、人に仇すようなどうしようもないクズを殺してきただけの彼には、余りにも狂っているとしか思えない話だった。

……正直言って、全く気が進まない。


恐らく、“奴”が現地に着くまで作戦内容を話そうとしなかったのも、“俺が嫌がるのを分かっていたから”なのだろう。

──そしてかつ、“俺が詳細を教えられずとも了承せざるを得ない理由”も狙って取っておいたというのか。


どうであろうと、完全にこの最悪な作戦という列車に乗せられたことになる。




「そんなことよりだ。急にこんな過激なことに手を出すなんて、合衆国はどうかしちゃったのか?ガチで今回の作戦が成功したら2000万人は死ぬって予測なんだろ。そこら辺分かってやってるのかよ」


「さぁな。我々はやるべき事を為すだけだ」


男が抑揚もなく答える。

人が死ぬということをまるで何とも思っていないのか。


普通に話す分には悪くない奴なんだが、どうも仕事になると人間味をどこかに落としてしまうらしい。

……こういう世界で生きていくなら大切なことなのだが。



「──はぁ、俺はこういう無実な人達にまで手を出すのは嫌いなんだよ胸糞悪りぃ」


普段セレンは“仕事柄上”、比較的優しめな口調にするように気を付けているのだが、思わずそれも崩れていた。

彼の心の底からの気持ちだったからか。



「うーん、それに関しては正直私も同感かなぁ。そもそも、いったい何が目的なのかしらね」


男の相棒役である女も困惑したように同意してきた。

……そりゃ、流石にこの反応が当然だろう。


こっちは今までの“上”の依頼の正当性を信用して来てやったってのに、いざ聞いてみればこれだ。




「──そんなに気が向かないのか?」


男がこちらを一瞥しながら問いかけてくる。

それは侮蔑なのか、それとも多少の共感なのか。


「いやだってさ、まず作戦自体がどう考えてもおかしくないか? 本気で上層部の連中は全面戦争でも起こしたいのか?」


セレンがあまりにも平坦な男を、睨みつけるように見て話す。


「マナスダ合衆国とて、長年の仮想敵国ではあるものの、アルディス連邦王国とはなんだかんだでうまくやってきてたじゃねぇか。なのに去年から急に島の利権でイザコザ起こしたりしてやがる。しかも今回の事なんて、対立狙いどころか、最早正気じゃない」


セレンは自分で話していながら、どんどん心の奥底から怒りが湧いてるのに気がついた。


「今の政権は口を開けばディンサール大陸団結、科学に秀でる東との貿易赤字の解消だ。間違ってない部分もあるとは思うが、どう考えで現政権にはどうもイカれた部分があるとしか思えねぇんだよ!?」


叫ぶようにセレンが言い放つ。

もはや彼の内側の全てが垣間見えていた。



「……今は貴様の政権批判なんぞどうでもいい。とにかくまずは作戦会議を改めて行うぞ」


しかし、やはりこの男にその言葉は全く届かない。



「どうしてもやりたくないお家にかえりたいでしゅ!! っていうなら勝手に帰れ。……まぁ“帰った後無事に過ごせるか”は知らねぇがな。まぁ代わりはこっちで用意する。今回のは“連携”が必要なのは分かってるだろ?」


「──あぁ、分かったよ。やってやるよ。……くそったれが」


セレンは同意しながらも、どうしても納得がいかないように毒を吐く。歯を食い縛りながら、彼はもの思う。



そうだった、とセレンは再び思い出した。

──結局“裏の世界”ってのはこんなモノなのだ。


有能な奴は重宝され、無能は躊躇なく切り捨てられる。

そして有能だとしてでも、すり潰されるまで使われ続け、その末に利用価値がなくなったら切り捨てられる。

どれ程の実力をもった者も、国中の悪党に恐れられた男も、一国丸ごとを敵にしては無事にはいられない。

……だから、ここに堕ちた者は永遠にやり続けるしかない。


所詮俺の一時的な休業も、一旦“寝かせておく”にたる理由があったから実現していただけだというのか。

どこまで“奴ら”は把握していやがるのというのか!!?




(──クソッッ!!! ……もう“こういうこと”はしたくねーから俺は離れたんだ。それなのに結局、一度闇の方に浸かった者はもう戻れないってのかよ……ッ!!)




しかし一度進んだ針は戻らない。



──史上最悪の大事件に向かって、既に賽は投げられてしまっていたことを実感するしかなかった。










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