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3話前編『潜入』





7月、それは夏の始まり。

梅雨を引き継ぐようにして襲う嫌な湿気と、どんどん高くなりつつある温度がやる気をめきめきと削っていく。


昔を思い出しても、あまり良い思い出は出てこない。

強いて言うなら、部活動は引退直前辺りなのでどこも気合が入っているくらいか。

……まぁその気持ちも雨と暑さには敵わないのだが。



──なんて、高崎は元の世界のことを回想していた。


こっちにはそんな日本のような梅雨こそないが、アルディス島西部の中央海から湿った風が吹いてくる。よって蒸し暑いような感覚が、この時期アルディス連邦王国を支配しているのだ。


要するに何が言いたいかと言うと、別の世界に来ようが何が、夏は暑いし嫌なものということ。


こういう時期については、涼しいクーラーの効いた仕事場でゆっくりとするに限るのだ。

限るのだが…………。




「──えー、転校生のタカサキです、これからよろしくお願いします……」


死んだ目をしながら、彼はそう吐き捨てた。

目の前には齢16、7程の少年少女。


──まぁ、高校だ。



高崎は結局、ここに連れて来られたのだった。

その目は希望の兆しなど何もない。


彼の自己紹介を受けて淡々と話を進める隣の教師と、突然現れた転校生にあれやこれや騒いでいる生徒達を横目に、高崎は少し前のことを思い出すのだった。









────────────────────────────










「──魔術遺産の展示会ねぇ」


7月14日。今夏の厳しい暑さを予感させる嫌な蒸れを感じながら、高崎はその聞いたことのない言葉を聞き返した。


「えぇ、どうやら今回はソレが問題の中心なようです」


隣を歩くテラが前を向きながら答えた。

そこは見慣れた街並みから少し外れたなかなかに自然溢れる地区で、周りには多くの校舎が見て取れる。

………何を隠そう、彼らは現在教育特区に入っていた。


結局あれから上層部直々に命令が言い渡され、行かなくてはならぬ流れを固められてしまったのだった。


因みに、彼は今制服姿である。

……といってももう季節はすっかり夏なので、白いシャツで普段とそれ程変わらない姿ではあるが。



まぁ短く言ってしまえば、高崎やテラ達が学生として侵入することとなっており、エレナは実は今回もお休みである。

いや……というか、エレナの入隊の経緯を考えれば、そもそもそれが当然なのだが。


彩奈のことについてはどうしようか迷ったのだが、彼女には行くあてもないので、今は高崎の家に住まわせている。

きっと今頃、部屋でゆっくりしているのだろう。


そんなことは一旦置いといて、今は今回の任務の確認である。



「長年強い魔力に触れるようなモノ、……例えば祭礼などの儀式に使われる道具。そういったモノは、それ自体が魔術的な力を持ってしまうことがあるんです。……そんな状況に置かれた一品のことを魔術遺産と言います」


なるほど、確かにその話は聞いたことがある。

かつて使ったことのある『魔力封印札』や、中雅内戦のときの『集祈』のような魔剣やらも、魔術遺産に入るのだろう。



「しかしその全容は長年謎に包まれていました。それもそのはず、見た目はただの古臭い骨董品なんですから」


高崎は先週あたりニュースか何かで見かけた、新しく発見されたという魔術遺産とやらを思い出した。

アレも見た目は、ただのボロい真珠のようだったはずだ。



「しかし近年、言わずもな魔力に関する事象の科学的解明が始まり、魔術遺産もその影響を受けました。何とその遺産に染みている魔力から逆算して、使われていた年代や使用者、使用用途までもが明らかになっているモノさえあるんですよ。

それ以降、それらの魔術遺産は世界中でトレンドの研究対象になり、世間での話題性も急上昇した訳です」



──つまり纏めると。

近年魔術遺産の研究が活発で、歴史解明にも役立っていると。




「……んまぁなんとなく分かったけどさ、どうしてそんな大層なモノが一箇所に集められることになったんだ?」


高崎の頭にふと疑問が出る。なんと今回の展覧会では世界中から、百を超える遺産が集められると聞く。

その質問にテラは迷うことなく答えた。



「表向きに言えば、東西両大陸の友好的活動です。その名も“魔術博覧会”と銘打って、遺産だけでなく西方側の著名な教授や研究者の講義や、学生交流なんかも行われる予定なんですよ?」


「はぁん、そりゃ随分大層な目的だなぁ」


テラが渡してきたパンフレットに目を通しながら、高崎はわざとらしいくらいに驚くような仕草をした。

──“表向き”、という言葉を彼は聞き逃してはいない……ッ!



「一昨年は逆に、東西諸国がロムルナ共和国で科学万博を開きましたしね。……まぁどの先進国も、真の最新鋭の兵器や発明は隠しあってたみたいですけど」


「あぁ、そりゃそうだろうな」


このいつ戦争が起きるかわからないご時世、技術が盗まれるのは自国の滅亡にまで関わるかもしれない事態なのだから。



「そして、今回僕たちが派遣された理由が裏の理由です。そう、魔術遺産に隠されているある“特性”を利用した悪事を狙う奴らをとっちめるために」


「──というと?」


「魔術遺産にはその性質上、個人とは比べ物にならない位の莫大な魔力が詰まっています。それこそ現代になってようやく作れるようなった魔力タンクなんかよりも遥かに。

それらが一度に破壊されたらどうなるか、分かりますか?」


高崎はその突然の問題に暫し考え込むが、1年前の訓練期間の記憶が薄っすらと出てきたのを感じた。


「そりゃ魔力が大量に放出されて……、ってまさか」


「そうです、大量の魔力が無造作に、そして一度に放出されれば暴走は免れない。それはそう、魔力行使を急にやめたときのように。──つまりその狙いは。展示された魔術遺産の同時大量破壊で起こる、魔力暴走による教育特区の破壊」



なるほど、確かにそれらの膨大な出所のない魔力が空気中に出されれば、暴走が起きて大爆発を起こすだろう。

それこそ、それだけの魔術遺産が集まるとなれば、教育特区がまるごと壊滅的被害を受けかねないほどに。



──だがしかし。


「なら話は簡単じゃねーか、その博覧会とやらを中止しちまえばいいんじゃねーのか?」


パンフレットによれば、魔術博覧会は来週の20日より開催。まだ一応それなりに時間はあるのだ。



そんな至極当然な意見に、テラは悩ましそうに目を細めた。


「勿論そうしたいのは山々なんですけど、話はそうもいかないみたいですね……。今回の博覧会は、20カ国以上の参加、100社以上の大企業の協力とスポンサーの元で、数百億メル単位のお金が動いています。こうなったからには、1国の異存でもう目前に迫った博覧会を中止には出来ないんですよ。……それに、そもそも寧ろアルディスが危機に陥るなら好都合だと考えている国も多いでしょうし」


テラがどうしようもないと言わんばかりに小さな声でそう言うのを聞いて、高崎は深いため息をついた。


そりゃそうだ、兆円単位で金が動く企画を1国の、それも“もしかしたら”の不安なんがで急遽中止なんて出来るはずが無い。


うん、筈はないのだが……。



「また汚ねぇ大人共のご都合のお話かよ。最悪だ、なんで俺らが奴らのウンコの片付けしなきゃいけねーんだよッ!!?」



そんなことなど、高崎になんて全く関係ないのだ。

彼に出来ることなんて、この最悪なクソッタレな状況からどうにかして生き延びる方法を考えることだけだ。



──話によると、当然当日は警察や軍隊などの監視などは行われるようだが、1番大切なのは開催前。


何故なら同時破壊を行う為には、当日の準備だけでは不可能だという。少なくとも前日には下ごしらえや、内部の状況把握などを行う必要があるからだ。


つまり現在、もしその大惨事を狙っている奴らがいるならば、既にここに潜伏している奴らがいる可能性が高い。


“それを見つける、もしくは出来る限りの計画阻止を狙う”……というが今回の無茶振りなようだ。



もう泣きそうな高崎だったが、

こうなった以上やるしかないんだろうということは、もう心の何処かで理解してしまっていた。


──もう俺は毒されてしまっているのかもしれない……。









────────────────────────────









まぁこうして彼は、その魔術博覧会が行われる教育特区に身を潜めるために学生として身分を詐称し入学したのだった。


因みに今の彼の名はユウヤ=クーレンローズ。

既に詐称している身を詐称するとは何だか可笑しな話である。


年齢的に最上級生かと思いきや、何と2学年生である。

その理由をロダン少佐に聞いてみると、「お前は童顔だからそっちの方が違和感ない」とか言われた。

これは、バカにされているのか……?



「そういや、この学校の授業は全部選択制なんだっけか。

 えっとー、俺の最初の授業はっと」


自己紹介を適当に終わらせ、一応隣の席の奴といくつか会話を交わした彼は、一時限目が開かれる教室を探していた。


そうこの学院は全選択制を取る、特殊な校風である。なんやら自主性を高め、個性を生かす教育とやららしい。


(──最初は『魔術基礎』……ねぇ)



仕事を行うのは夕方からである。

つまりそれまでは学生として生活を送らなければならない。


そのことについて、少佐には「お前はバカなんだからちゃんと授業でも受けてこい」……と言われた。

うん、やっぱりバカにされてるなコレ。



そんなことを考えながら、入学手続き(ただし軍部経由で)の時に渡されたプリントを見ながら、それが開かれる教室へと向かおうとする。


どうやらそれはC棟5階第4教室で開かれるようだ。

高崎はそっちに向けて歩き出す。





すると───。



「あれ。もしかして、タカサキさん……?」



突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、高崎が驚いてプリントから目を上げると、そこには見知った1人の少女がいた。



そうだった。ここは、アルディス第二魔術学院。



ならばこの少女。


──“セルヴィナ=ササハラ”がいて当然なのだ……ッ!!!










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