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4話 『嘘はつきたくない』





セルヴィナ=ササハラは内気な人間だ。


何故か?

……そう問われれば、彼女が東大陸の超大国『正』とアルディス国のハーフであることを理由に、小中と小規模ではあるがいじめられていたからである、と言えるだろう。


とにかく自分に自信がない。

普通の生活を送れている高校でも、クラスの中心になろうとしないし、目立つ役職などには絶対に就かない。

そんなの自分には向いてない。そう考えてしまうのだ。


そうしていつも、違う。と思っていても口に出さない。嫌だ。と思っても口に出さない。


──いや、違う。“出せないのだ”。否定されるのが怖いから。

したい。と思っても周りに合わせて決めるだけ。

ずっと、自分の気持ちに嘘をついている。



そんな自分がセルヴィナは嫌いだった。

でももし目立ってしまって、またいじめられたらどうしようという考えがいつも頭をよぎる。

いや、今内気な理由はそれだけではない。そうやって私は結局逃げているだけなのだ。


そう思ってはいつも自己嫌悪を繰り返す。

今日は休日なのに、家でそんなことを考えてるだけ。

最後に心から楽しい、嬉しいと思えたのはいつだろうか?

内気なだけじゃない。運動もできないし、勉強だって決して得意じゃない。


──私は、何のために生きていけばいいのだろう??



セルヴィナは家を出た。

……別にどこかに用があるわけではない。

ただ、家にいるとずっと悪い事を考えてしまう。それが嫌だった。これは気分転換だ。


そう思っても、気持ちは晴れない。

ふと空を見上げると、そこは灰色の雲に覆われていた。春の温かな太陽はそれらに埋め尽くされて見る影もない。

お昼時だというのに、周囲はどこも薄暗い感じさえするし、雨でも降りそうな雰囲気である。


──まるで、今の私の心の中と同じだ。



そんなことを思いながら、彼女はなんとなく、近くにあった公園に入ることにした。


すると、そこには何人かの子どもを見られた。

小学生くらいだろうか?空模様とは打って変わって、彼らは明るく、そして楽しく遊んでいるのがわかった。


……だがよく見ると、その中に1人だけ。

彼らの輪から外れている子がいるのが分かった。

何度か周りの子達に話しかけようとしているが、どれも相手は無反応だ。その少年の顔は無表情のように見えて、少し悲しそうである。それが、子供の頃セルヴィナが良くしていた顔と似ていた気がした。


……彼女はどきっとした。



──きっと、あの子も私と同じなんだ。


助けてあげたい。でも、セルヴィナは声をかけられなかった。

そんな自分にまた嫌悪感を抱く。

なにをやってるの、助けてあげなきゃ。そう思っても口から声が出ない。



そうしていると、周りの1人がその少年に話しかけた。

……しかし、それは良いものではなかった。

何かしらの話の後、彼は少年が手に持っていた“何か”を奪うと、思い切り遠くに投げたのだ。


少年は止めようとしたものの、体格差もあり防ぐことは出来なかったようだ。その様子を見て投げた男が愉快そうに笑う。

それを見ていた周りの者も、ざまぁないとばかりに大笑いしていた。歯を食いしばる、セルヴィナは怒りを隠しきれない。

……しかし、それでも飛び出すことは出来なかった。



少年は暫し茫然とした後、その“何か”が投げつけられた方へ走り出す。彼女もまた、気がつけばその子を追いかけていた。


彼は、広い公園の中でも奥の方に辿り着いた。

茂みが多く、人通りも少ない。夜には大人達が危ない取引さえしてるとも聞く曰く付きの場所である。そのまま少年は周りの茂みを漁るがなかなか見つからない。


暫くすると彼はそこで座り込んだ。顔をうずめている。

小さくではあるが、鼻を啜る音と呻く声が聞こえてきた。


──もしかして、泣いているのだろうか?



(………なんとか、しないと……)


そう感じたセルヴィナは、今度こそ声をかけようと決めた。

もう見てないフリはできない。……いやしたくない。

ここで何かやれないなら、私はただの内気な人間どころじゃない。そんなの本気のクソ人間だ。内気な自分なんか捨ててしまえ。


同じ立場だったらからこそ、理解できるのだ。


──私はあの子を助けたい!!







…………だが、セルヴィナは歩み出せなかった。


いや、彼女は確実に歩み出そうとした。けど、出来なかった。


──何故なら。





「ギャガグルルル………」


少年のいる場所の奥、緑の茂みの中から突然巨大な獣……いわゆる『魔獣』が出てきたのだ。

少年よりずっと一回り二回りは大きい巨体をどうだと言わんばかりに揺らし、ゆっくりと…しかし確実に、少年から僅か5mほどの位置へと歩む。


セルヴィナは固まった。指先ひとつ動けない。

……その獣を、セルヴィナは。彼女は知っている。



──『ダーガ・ナジュラ』だ。


魔獣の王とも呼ばれるそれは、単純な高さでさえ2mに迫り、歩いただけで見た者を圧倒する。

そして、“魔獣”は人ではないが“()()”を使う。

コイツの得意な術は炎。最大摂氏数千度にもなる炎を自由自在に操り、邪魔な敵を焼き尽くすのだ。


当然、こんな危険な生物が野放しにされている訳がなく。

確か現代においては、軍や団体が熱心に駆除・及び管理を行なっていると聞く。その結果、現在は世界に200匹もいないとされているはずだ。


だから本来、こんな場所にいる訳がないのだ。

しかし、現にコイツは今ここにいる。

……どうすればいいのか?まるで分からない。


『ダーガ・ナジュラ』は強い。鍛えたエリート兵すら、時々襲われ犠牲者を出てしまうのだ。

その足も、巨体を感じさせぬ程に凄まじく早い。

1度目をつけられたら常人では逃げられる筈がなかった。



……いや、まだ敵対してる訳じゃない。

逃げればもしかしたら助かるかも─────。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!??」


セルヴィナがそう思った矢先。

今まで彼女と同じように固まっていた、少年の悲鳴が響いた。



──仕方あるまい。まだ小さいのだ。

正直セルヴィナだって、何で悲鳴を上げなかったのか自分でも不思議なくらいである。


しかし。

獣の方は、そんな事情など知ったこっちゃなかった。



「──ギャガガグアァァッッ!!!」


奴は首を動かし、悲鳴を上げた少年の方を鋭く睨み付けると、腹にまで来るような重低音の唸りを上げた。

恐らく、奴が敵対した証拠だ。


終わった。セルヴィナは簡潔にそう思った。

あの少年はきっと殺される。そして、一度興奮した魔獣はそう落ち着くことはない。

だから、近くにいる私もどうなってしまうか分からない。


彼女は逃げようとした。まだ自分は間に合うかもしれない。



………でも。……だけど。


少年はどうするんだ。セルヴィナはふとその言葉が頭に引っかかった。助けるって決めたんじゃないのか?


──いや、それこれとは話が別だ。

その決意の意味は決して、最強クラスの魔獣から助けるなんてことじゃない。

まず、到底今の私にできることなんてない。だから、逃げるしかない。そう心で自問自答した。


それは、きっと正しい。

どこまでも正論であって、誰も否定することが出来ないくらいにどうしようもなく正しい。



──でも、セルヴィナは走れなかった。

それは、ビビって足が動かなかったから…という訳ではない。


──本当にそれでいいのか??

目の前の少年を見捨てて逃げて……そんな生き方で本当に良いのか? 心の中で誰かにそう聞かれているような気がした。

自然と頰に汗が流れる。



──そうだ。私はいつもそうだった。


今まで。

………ずっと逃げ続けていた人生だった。

ずっと、人の役に立てない人生だった。

ずっと!自分に嘘をついている人生だった!!



考えてみればきっと、ここで逃げたところで殺される。

この獣はさっきも言った通り、超凶暴な怪物だ。一度興奮状態に陥ったら落ち着くまでひたすら暴れまわるとも聞く。


もしかしたら。

いや、おそらく…今更逃げた所で結局間に合わない。

最後まで背中を向けて、無様に神様に命乞いでもして、この命も果ててしまうのかもしれない。


なら、いっそ──────ッ!!!




遂に心の中で決意して、セルヴィナは走り出した。


──“()()”。



「こっちにこないでッッッ!!!!!」


そしてそのまま、泣き叫ぶ少年を庇うように、獣の前に立ち塞がったのだ。




きっと、この判断は間違っている。


セルヴィナは立ち塞がりながら、素直にそう思った。


──いや、むしろ絶対ダメな選択だろう。

言うまでもなく、彼女は弱い。実践に役立つ攻撃魔術なんか全然と言っていい程に使えない。

だから、ヤツに立ち向かったところで、ただあっさり虫ケラみたいに殺されるのがいいとこだ。


……それなら、逃げた方がまだ生きられる可能性は残る。

はっきり言って、自分の命を優先するのは当たり前の事だ。


それに、セルヴィナも別に死ぬ覚悟がある訳ではない。

やっぱり、死ぬのは怖い。今もかつてない程に足は震え、怖さで今にも気が狂いそうだ。




──でも。それでも。嫌だった。

もし、このまま見捨てて逃げて殺されたら、私の人生はずっと逃げ続けた人生になる。もう…そんなの嫌だ。


最後くらいは、最期くらいは立ち向かいたい。

最期くらいは、自分に嘘をつきたくないッッ!!!!!



獣はもう3mもないところにいる。

しかし、突然出て来た少女に少し驚いたのだろうか?

一旦、今にも飛びかかりそうだった姿勢を元に戻した。

様子見するように唸りながらこちらを睨む。



それでも、奴がちょっとでもその気になれば、一瞬で私の体なんか吹き飛ぶだろう。

…………未練はないといったら嘘になる。

死にたくない。まだやってみたい事だってある。


正直、なんで前に出てしまったのだろうとさえ思ってしまう。



──でも。

この選択に、本当の意味で()()はしない。


……いや、“したくない”。


だから。きっと、これで良かったのだ。




魔獣がゆっくりと、牙を剥いた。

そして。

そして。

そして、こっちへ、飛びかかってくる─────ッッ!!!



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


バシャーッ!!

何者かの唸り声と共に、何かが魔獣に浴びせかけられた。


──水だ。本当に少量の、ただの水。



しかし、ダーガ・ナジュラは炎の魔獣。基本的には水を嫌う。

水分を得るために使う口以外は、熱き炎のように高い温度を維持しており、水に敏感なのだ。


だから、獣は標的を変える。……その水の飛んできた方へ。



「ハァ…ハァ……ハァ………、間に合った……ッッ!!!」


その先にいる1人の男、高崎佑也の方へ─────ッ!











【ぷち用語紹介】

・セルヴィナ=ササハラ

父方を正朝、母方をアルディス国に持つハーフの15歳の少女。かなり内気な引っ込み思案な性格で、そんな自分自身に嫌悪感を持っている。また、『教育特区』と呼ばれる、多くの学院を一箇所に集めた地域の中に存在する教育機関の1つである『アルディス第二魔術学院』に通っている。

……が、その中ではあまり成績は芳しくなく、そのことにも少なからずコンプレックスを持っているらしい。


・ダーガ・ナジュラ

炎を司る、通称『魔獣の王』。

その名の通りかなり強く、その凄まじい炎は各国精鋭の強者をも苦しめている。古き時代の英雄でも、ダーガ・ナジュラの炎により最期を迎えたとされている者は少なくない。

例えば、アルディス朝第2代国王などがそれに当たる。




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