2話『再会』
まずここで、この少女について話さねばなるまい。
稲星彩奈。
彼女は高崎と同じ高校に通っていた、いわゆる“幼馴染”だ。幼小中高とずっと同じ学校に在籍している。
といっても、2人か住んでいたのは普通に田舎。
小学校はクラスが1つしかなかったし、家から通うことの出来る高校なんて手の指で数えられる程しかないので、奇跡という訳でもない。
──いや、むしろこれは“必然”だったのかもしれない。
彩奈はお世辞でも頭が良いとは言えなかったのだが、受験になると一生懸命に勉強しだして、高崎と同じ高校に合格した程なのだから。
まぁつまり高崎にとって、彼女は“元の世界で”1番関わりのあった家族以外の人と言っても全く過言ではない。
そんな彼女が何故ここにいるのか。
信じられないと困惑すべきなのか、再会を喜ぶべきなのか。
……いや、そもそも本当に彼女は“稲星彩奈”なのか?
経緯を知らない彼は、呆然となるしかなかった。
──そして、話を戻すと。
「………う…うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああんんん!!!!!」
先に動いたのは彩奈だった。
数秒の静寂の後、何かが崩壊したように涙を流して此処に走りこんできていた。そして彼女は、そのまま高崎に抱きついた。
そこで彼は悟った。──彼女は“本物”だ。
……2年もの間会っていなかったが、こうして実際に触れ合ってみて、記憶ではない“何か”が彼をそう確信させた。
抱きつかれながら彼女を顔を見ると、それが演技なんてモノではないことは、決して他人の気持ちに敏感ではない彼だって理解できた。
泣くのだって無理もない、約2年ぶりの再会だ。
お互い思う事がない訳がない。
そんな彼女の姿を、高崎は優しく見ていた。
「………なんか、ごめん」
「──なんで、何で急にいなくなったの……! 急に佑也が居なくなって、ずっと心配してたんだよ!! それに知らない場所に1人で飛ばされてるし! 一体何が起きてるの? 分からない、全然分からないよ。これは夢なの……?」
彼女は今まで溜まっていた心中を吐き出すように言葉を紡ぐ。
その言葉には不安・動揺・疑問……多くの怯えが感じ取れた。
彼は2年前の事を自然と思い返していた。
決して、高崎も不安がない訳がなかった。
言語が通じない中1人で生きていかなければならない恐怖。
このまま野垂れ死ぬんじゃないかという不安。
いっそ死んだ方がマシなんじゃないかと何度思ったことか。
それを思えば、今の彼女の心中は誰よりも理解できると思う。
「俺も正直分からないんだ。何故こんなことになってるのか。
──まぁでも色々あったんだ。本当にいろいろ。……話せば長くなるし、いったん落ち着いてから話そう。……な?」
彼は彩奈の頭を丁寧に撫でながら、出来る限りの優しさを載せた声でそう言った。
彼の頭には勿論、何故彼女がこの世界にいるのかとか、自分のことを忘れてないのかとか色々疑問はあったし、自分自身も2年ぶりに、元の世界の──特に親しかった仲間と会えて、当然込み上げてくるものがあった。
けど今は、そんなのはどうでも良かった。
今はただ、彼女が泣き止むのを待つだけである。
──泣いている彼女を見たのはいつぶりか。
小学生……それも低学年の頃まで遡るだろうか?
彩奈は昔から強い子だった。幼稚園生の頃から泣いているのを滅多に見たことがない。最後に見たのだって、確か俺が交通事故かなんかで入院した時だったはずだ。
そんな彼女がこれ程大泣きしているのだから、その心の中の辛さは想像を絶するモノなのだろう。
彼女は料理を含めた家事も得意だ。
小さい頃から母に教えてもらっていたと本人が言っていたが、それにしても中学生の頃から家事をマスターしていたのはすごいとしか言いようがない。
高崎の両親が仕事で帰ってくるのが遅くて誰もいないときには、いつも世話しにきてくれてた程で……。
まぁいつも世話をしていてくれたのだ。
そこに感じれたのは、母性というかなんというか──。
母性と言えば、さっきから母性の塊がくっついているのですが……ッ!!?
「──ユウヤー、ロダンさんからの伝言があるんだけど………、ってその女の人誰!?」
高崎がそんな感じで今更気がついてしまったときに、エレナが入室してきた。入ってくるなり驚いている、──いや当然か。
「あー、僕達もよく分からないんですけど、タカサキさんの古くからの親友らしくて……」
「ま、感動の再会ってこった」
彼の代わりに、テラとルヴァンが状況説明をしてくれる。
抱き合ってる2人には、どうやらエレナの言葉などまるで届いていないらしかった。
感動の再会、ねぇ……。
エレナは抱き合っている2人を見て、もの思う。
彼に幼馴染がいた事に驚きはあるが……、それは別にいい。
彼の昔話については殆ど聞いたことがなかったので新鮮味があったし、2人の様子を見るに嘘じゃないことも分かる。
でも何故か、彼女の心はムズムズしていた。
理屈では、あれはやましいことをしている訳じゃないと分かっているのに、心の裏が何かを放出しようとしているのだ。
いや、そもそも高崎がやましい事をしていたとして、そこに関していったい自分に何の関係あるのか……?
私は高崎の事を“どういう風に”考えているんだろう……?
出てきそうで、出てこない……そんな“今まで経験したことのない感覚”が、彼女の中を駆け巡る。
「──あの様子、やっぱ怪しくないですか?」
「だな、前から“あるんじゃないか”とは思っていたが……」
ルヴァンとテラが何か少しニヤつきながら小声で話していたのだが、それも彼女には届かない。
2人を見ながら、エレナはその感覚についてずっと考えているのだった。
────────────────────────────
そうして、おおよそ15分が経った。
彩奈も泣き止み、高崎は今までの事を語ることとなった。
突然自分もこの世界に飛ばされたこと。
その後なんとか軍に入って生活できるようになったこと。
色々知らないせいで、特任部隊に入れらてしまったこと。
死にかけながらも、ここで仲間と共に頑張っていること。
そして、“この異世界”についてだ。
彼女は最初は信じてくれないだろうなと思っていたのだが、普通に言ったこと全てを信じてくれた。数日間この世界を見てきて、既にその異常性については理解していたのだろう。
そして、ついでと言っては何だが、ルヴァンやエレナ達にも俺たちのことについて話した。
差別などを恐れて……“こっちの人”には、今まで隠してきていたのだが、みんなは1年以上過ごしてきた仲間だ。もう隠す必要もあるまい。
高崎の話を、彼らは疑うような素振りもなく聞いていた。
「成る程な、まさかお前がそんな経歴を辿ってたとは」
「道理で魔術を自分じゃ使えない訳ですね」
「──い、異世界……ねぇ……」
3人はそれぞれが内心で驚くように、言葉を漏らす。
自分で言うのも何だが、よくこんなこと信じれるな……。
「いや、俺のことはまぁいいんだ。今の問題はコイツ、彩奈なんだ。何で彩奈がここに来てしまったのか」
彩奈は泣き疲れたのか、心から安心したのか、それとも今までずっと気を張っていたから……なのか分からないが、今はベットに寄りかかってぐっすりと寝ていた。
高崎はその様子を優しい目で見つめ、頭を撫でる。
「彩奈が飛ばされてきたってことは、“何か”がまた裏で動いているかもしれないってことなんだけど……」
高崎が悩むように首を傾げる。
まだ、“あの聖典”や“裏”については話していないのだ。
しかし彩奈について話すには、その話題が必ず必要となる。
「さっきは言うのを控えてたんだが、やっぱ言う必要があるな……。信頼してるからみんなには言うけど、今から言うことは絶対に漏らさないでくれよ?」
「「「勿論」」」
3人揃ってそう返した。
高崎はそれを聞いて一瞬嬉しそうにして、真面目な顔に戻る。
「この世界の伝説、魔術聖典については勿論知ってるよな?」
「あぁ勿論、テスナ教を語る上では外せないモノだな」
「それがどうかしたの?」
高崎は考える。
これから先の話は少々信じがたい話だ。
だから真っ先に信じてもらえるようなインパクトが必要だ。
つまり、彼は“自分がされたように”こうやった。
「もし、実はそれは存在するとしたら……どう思う?世界に12部に分かれてな。……こんな風にさ」
高崎が覚悟を決めて、右手を掲げた。
するとそこには、1枚の古くボロボロな紙が現れる。
それには、何かが古ロムラナ語で書かれていた。
当然一般的な現代人にとって古ロムラナ語など到底理解できないが、その異質さや不気味さは感じとれるだろうし、使われている紙も、古代に使われていた植物繊維で作られた紙だ。
いやそもそも、何もない所から現れる時点で常軌を逸していることは分かるだろう。
全員が当然の宣言とその証明に呆然とする中、
彼はこう言ってのけた。
「この力が、世界を……いや宇宙を狂わしている。
俺も彩奈も、それの被害者かもしれねぇ……ってことだ」
────────────────────────────
それからの騒ぎは触れるまでもない。
やれ魔術聖典はどんなモノなのか、やれそれはどこで手に入れたのか、やれ他にどんな奴らが所有しているのか、
そして被害者とはどう言う意味なのか、……などそれぞれに誠心誠意答えていたら、2時間は経っていた。
勿論俺も分からないことは多かったが、それでも答えている度にごちゃごちゃ話が絡まって話すことがどんどん増えていった結果である。
その中で気になった会話といえばこれか。
『──でもさ、それっておかしくないか?
もしお前らがその“魔術聖典”で飛ばされてきたんだとしても、そんなのトンデモない力になる。だって遠い惑星と惑星から人を転移させるエネルギーだぜ? ……制限されているはずの現在の魔術聖典でそんなのが可能なのか……?』
ルヴァンのこの疑問は、全くその通りだ。
遠い世界への移転、証明のためにやられた行為の数々……。
それらは、従来の魔術では到底不可能な業だ。
そして魔術聖典だって封印によって大きく制限されているのだし、何か“矛盾”というか……そこに“異変”を感じる。
そして、だ。
その後落ち着いた後、高崎はふと思い出した。
「そういや、ロダン少佐からの伝言って何だ?
日頃の頑張りを評価して昇給とかなら大喜びなんだけど」
エレナは申し訳なそうな苦笑いをする。
あの笑い方は、まさか……。
「そんなんだったら良かったんだけどね」
「──と、ということは……?」
高崎が全てを察したようで、汗を流す。
聞き返してはいるが、内心ではもう続く言葉は分かっている。
どうせ……アレだ……。
「──任務よ任務。今度はなんと、あの教育特区への潜入任務。そう、私たちが学生に扮してね」
高崎だけでなくルヴァン達も目を点にする。
数秒の静寂の後、それを最初に破ったのは高崎だった。
「は、はああああああああああああああああああおああああああああああああ!!!!!??」
高崎の絶叫が、部屋に響きわたるのだった。




