1話『いつもの場所』
「あぁ、疲れた……」
少年から青年への移行真っ最中な、1人の男による心からの声が部屋に響いた。
机に突っ伏しながら吐かれた、溶けてるようなふにゃふにゃな言葉は、完全に緊張の欠片もない。
また、彼は周りの人達と異なり、東方系の顔立ちをしていた。
そして、その部屋の壁には『特別任務遂行部隊』の文字。
まぁつまり、高崎である。
因みに彼は、2ヶ月に渡った中雅での革命騒ぎが終わってから、王都の空港まで帰って来て直接、いつもの事務所まで戻ってきていた。
今は大体午後3時ごろ。
出来ることなら今すぐにでも帰りたかったのだが、……いかんせん1ヶ月も外国にいたのだ。しかも重大な事件の中心地の。
当然あっちでの出来事などの報告などもあって、こうしていつもの場所に行かなくてはならなかったのである。
高崎佑也19歳、内戦終結後も睡眠不足なのだった!!
そんな訳で彼は長い報告をようやく終えた後、小一時間ほど机に突っ伏して寝ていたのだ。
因みに今ここにはエレナしかいない。……他の奴らは別の部屋にいたり、街の見回りをやっているらしい。
「もう今日は帰る。なんか体調も悪い気がしてきたし……」
高崎がそう言って、机から起き上がろうとする。
一応もう報告は終えたのだから文句もあるまい。
分かったお大事にねー、とエレナの声を背中で聴きながら、机に手をついて腰を上げる。
──そこで、彼はある“異変”に気が付くこととなった。
(………あれ……っ?)
立ち上がったその瞬間、急に頭がくらっとした。
思わぬその出来事に、彼は頭に手をつき再び椅子に座る。
「……ユウヤ?まさか、ほんとに体調悪いの?」
エレナが少し心配そうにして尋ねてきた。
というか、逆にさっきは嘘だと思ってたのか……。
「──いや、多分熱はないと思うんだけど、なんかフラフラするし、さっきから頭も痛くなってきてるような……?」
エレナの心配そうな声に返答しながら、高崎はまた立ち上がったものの、頭の痛みと妙なふらつきは治らない。
身体に力が入らないし、妙な寒気もする。
──これは完全にやらかしたか?
変なものでも食べたかな、とここ最近の食生活を思い返す。
いや、むしろ宮廷でいいものばかり食べていたな……。
外に出ようと歩き始めると、彼はまたバランスを軽く崩した。
エレナも本格的に彼の不調を察する。
「ちょっと、あんたほんとに大丈夫なのっ!?」
「…………あぁ、ちょっとフラつくだけ、だっ」
高崎はそう返事をするも、とてもそうは見えない様子で、足取りは悪くなるばかりだ。
エレナは心配そうに見つめているが、帰ると言ってるのだから、悪化したい内にそうさせてあげるべきなのだろうか?
「いや、やっぱり病院行った方が良いんじゃない!!?」
最もな提案なのだが、最早その声は高崎に届いていなかった。
(──あれ……? なんか視界まで濁ってきたか……?)
高崎は自身の視界がブレていくのを実感した。
遂に意識まで薄れてきたというのか。
……こ、これはかなりマズイかもしれない。
そして。
──ばたっ、……と彼はその場に倒れた。
エレナは信じられないように、目を見開く。
「──え、ちょっと!? ……ユウヤ? ……ユウヤッ!? ルヴァン!! テラッ!! こっちに来てッッ!!」
そんな叫び声と、通報のボタン音が薄っすらと聞こえるのを、高崎はギリギリの意識で確認した。
(………あぁ、そこまでじゃねぇといいんだけど……)
しかし、それもここまで。
彼の意識は、ここで途切れることとなった。
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そして、それから数日後。
『デルカット』を、1人の少女が彷徨っていた。
デルカットは押しも押されぬ大都市である。人通りは当然多く、街は空にまで届きそうな高層ビルなどが所狭しと立ち並んでいる。
……しかし、彼女はそんな中で人探しをしていた。
──その目的は、“2年前に失踪した”幼馴染を探すこと。
それが、天命なのだと。
だってその少女は、数日前に“突然この世界に飛ばされた”のだ。
──それは、4日前のこと。
彼女の家の隣にある彼の家。
そこに久し振りにお邪魔していたら、突然視界が輝いて……。
意識が朦朧とする中、何処からか声が聞こえたのだ。
“そっちに、彼はいる。探してみよ”。……と。
そして意識が戻った頃には、彼女は全く知らぬ座っていた。
生きるのに最低限必要な戸籍や現金などと共に。
この状況に、はっきり言って最初は戸惑いまくった。
怖くて不安で、泣きじゃくった。
それでも、1つだけ希望を持てる事があった。
光に包まれたときに聞こえた声。
高崎佑也がここにいる、……と。
2年もの間、ずっと行方不明になっていた彼が、ここにいるのかも……しれない。
そう開き直った彼女は、行動を開始した。
そして、そんなこんなでずっと町中で聞き回りをしているのだが……。
「当たり前なんだけど、ぜんっぜん手掛かりがないわね……」
暫く歩いてみて察したのだが、ここは確実に“自分の知っている世界”ではない。それは街の至る所から感じ取ることが出来た。
それにしては“言語は通じている”のも、訳がわからない。
というか、そもそも瞬間移動でこんな場所に飛ばされた事自体が人知を超えているのだけど。
「……うーん、やっぱりここは本当に、佑也がよく読んでた本に出てくる『異世界』……? だったりしちゃうのかな??」
気がつけば、もうそんな非現実的なコトさえ信じてしまうようになっていた。しかし最近は、あのお告げ(?)に関しては嘘だったんじゃないかと考え始めている自分もいる。
──といっても、帰る手段もない。
お母さんお父さんは今何をしてるんだろう……。
こんなこたを嘆いていても仕方ないのは分かっているけど、それでも考えざるを得なかった。
やはり当面の目標は、あのバカを見つけて何とかして連れ戻す事である。しかし聞いても聞いても、それらの情報はちっとも役に立たない。
「あー、もうっ!! 本当にこんな場所いるのッッ!!!!! いるなら早く私の目の前に来なさーいッ!!! ユウヤーーーッ!!!!」
そうして投げやりに叫ぶ少女の姿を、1人の少年が見つめた。
彼女が呼んだその“独特な”名前に、聞き覚えがあったからだ。
「──あなた、ユウヤって人を探しているって言いました?」
その男。
つまり、特番任務遂行部隊所属、
“テラ=ナドュトーレ”が聞き返した。
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そして、病室である。
そこにはベットに横たわる高崎と、座るルヴァンがいた。
2人は数日ぶりの面会なのだが、緊張感はない。
呆れたようにルヴァンが目を閉じた。
「………急にぶっ倒れるから、何だと思ってみればただの『東雅風邪』だとはな……」
「はは、そんなのでここまでぶっ倒れる奴なんて滅多に見ないぞって言われたよ……」
“東雅風邪”。それは主に東大陸で発見されて以降、名前とは裏腹に世界的に広まりつつある病気である。
──例えるなら、インフルエンザのようなものか。
それで3日くらい危ない状態になっていた俺は、一般的常識からしてかなり外れているようだ。今でも熱こそ引いたものの、喉が痛くて声もちょっとおかしくなっている。
そんな俺を見て、ルヴァンが不思議そうに聞いてきた。
「てかそれで入院沙汰なんて、一体どれだけ弱ってたんだ?」
最もな疑問である。普通に考えれば、普通の病気でぶっ倒れるなんて、何かしら体が参ってた時くらいなものだろう。
だが多分、“本当の理由”はもっと別なのが……。
「そういや医者が、お前にその風邪への“免疫”が全くなかったって言ってたんだが」
「ぎくっ」
高崎がぶるっと震えた。
「それって医者の人も言ってたけど、おかしくないか? だって『東雅風邪』なんて、大人で一度もなった事がないって人を探す方が難しいぞ」
「ぎくぎくっ」
そりゃそうだ、風邪やインフルエンザになった事ない日本人がいないのと同じだ。……というか、免疫が一切ないということは、体に受け付けたことすらなかったということか。
──そんな奴は、その世界に“突然”訪れた奴くらいだろう。
「それにお前一応あっちの出身な筈だろ? ……だったら、さらにおかしいだろ」
「──は、ははは……」
高崎は笑うしかなかった。
奴はどんどん核心には迫ってきていやがる。
このままでは……俺が隠していることまで………。
「お前まさか何かしらの免疫の病気なんじゃないのか? ……ちょっともう一回見てもらった方が──」
「あー、大丈夫。理由は言えないけど大丈夫だから……」
本気で心配してくれてそうなルヴァンに対して、申し訳なさそうに高崎は謝るように言った。
まぁそりゃそうか。普通知り合いが「全く別の世界から来た奴だ」……なんて思う訳がない。
そんなの相当なヒントでも与えない限り、選択肢にすら浮かび上がらないだろう。
──そろそろ、“本当の出自”を伝えるべきなのだろうか?
──そして。
……………そのときだった。
「あのー、先輩。さっき外を歩いてたらあなたを探してたって人がいたんですけど……」
テラが病室に謎な事を言いながら入ってきた。
高崎が心の底から不思議そうに聞く。
「は、俺に会いたい? ……何だ、一体どんなモノ好きがそんな事を言ってやがってんだ──?」
別に会いたいと思われるような事をした覚えはないのだが……。
心当たりがあるとすれば、セルヴィナあたりか?
──しかし。
その視界の先に立っていたのは、
彼も昔から、よーーーーく知っている人物だった。
「──佑也……? ……本物の佑也なのっ!!?」
入ってくるや否や、その少女はまるで信じられない、と言いたげに目を見開いて口を手に当てて固まって立ち尽くした。
高校に入ると同時に染めた茶色い髪で、頭の両側に細長いリボンを巻いたショートカット。愛おしさしえ感じる、おっとりとしながらも目ははっきりとした顔立ち。
そして聞き覚えのある声、全てが成長による変化はしているものの、高崎に昔の様子を思い出させる。
まさか。
───まさかッッ!!!?
「……………もしかして、彩奈か……ッ!!?」
驚きを隠せない彼もまた、そう呟くしかなかった。




