序章『魔術遺産』
『魔術遺産』、というモノを君は知っているか?
……そうか、まぁ知らないのも仕方ない。
何せ近年までその存在は世界の表舞台からは遠ざけられ、歴史の陰に隠れていたのだからな。
“魔術遺産”というのは、世界各地に点在する、古代から続く魔術的な力を持った骨董品のことだ。
独特な工程で作られたり、長年魔力に触れていることで、特殊な効果を引き起こす能力を宿しているモノもある。
そうだな、例えば……この前の中雅内戦でも話題になった『魔剣』なんてヤツも一種の魔術遺産と言える訳だ。
まぁつまり、それらは世界中の宗教的な目的で作られたりした祭具とかだったりする。
そんなに魔力を注がれる遺物なんて、宗教的な意味を持ったモノでしか滅多にないだろう?
例えばこれだ。
これは現在のマナスダ合衆国南西部に存在した部族が所有していた魔術遺産。紀元前500年頃に、彼らの宗教“ダーナ教”の祭りに使うために作られた“銅鏡”だ。
何故今になって、こういったモノが話題になったか分かるか?
簡単な話さ、“科学技術の発展”。
これで今まで出土した遺産の製作年代や、遺産が秘める“魔術的な仕掛け”、が鑑定できるようになったからだ。
これも実例を挙げるなら、さっきの銅鏡には、いわゆる『神意なる予測』という固有魔術が宿っていた。
つまり、これを使って未来を予測することで、神官としての役割を代々行なっていたのではないか、……といった予測が出来るようになるってことだ。
──しかし、それだけが理由ではない。……いや、むしろもっと大切な理由がある。
今の話を聞いて、“オカシイ”。と思わなかったかね?
さっきの魔術遺産、実はアレはなんと500年近く前には発掘されていたんだが……、それによって長年の世界的常識を変えてしまった一品なんだ。
だってそうだろう?
テスナ教の聖書には、魔術を遍く広めたのは“神”テスナであり、それは“紀元後のこと”だと記述されている。
つまり、“魔術はテスナが生誕する前から広く使用されていた”という説が、これで半ば証明されてしまったという訳だ。
勿論、この事態を当時の各国政府は重く見た。
何故なら異教である旧教ベルナ教でも、魔術とは神ベルナが預言者の1年である、テスナという“人間”を通して広めさせたモノということになっている。
だからこれが否定されれば、魔術とは“神から与えられた力”ではなかった……ということに“なりかねない”。
『聖なる神の力』であるから、という建前を使って強引な魔術教育で軍備を整えたベルナ教諸国にとっても“不都合な真実”だったというコトになる。
──だから、これを知った当時の発掘家達は、その事実を隠すよう指令された訳だ。そして当然、彼らはそれに従った。
そりゃそうだ。そんなこと発表すれば、教会から異端として始末されても可笑しくはないだろう?
かくして、それは一部の者しか知らない機密情報だったんだが、近年遂にその禁忌が破られた。……“ある者”によって。
勿論世界中が驚いた。
各地の教会もここ1000年で1番慌てただろう。
しかし、上が予想していた程の混乱は起きなかった。
この科学が発展した現代。“神の言葉である聖書”に書かれた文字よりも、“研究者が発見した情報”の方が信じられるに足る世の中になっていた……という訳だ。
──そして来月、アルディス連邦王国の教育特区で開かれる『魔術博覧会』で、世界で初めてこれらの展示会が行われる。
合わせて800点、価値にして60億メルほどの物品が並べられる。……これだけで何かが起こりそうだよな。
──それに、これらはただの歴史的出土品じゃない。
魔術的な意味を持った、ある意味危険なモノだ。
───何も起きなければ良いんだけどな。




