3話『特別任務遂行部隊』
草を掻き分ける………いない。
駐車された車の下を覗く…………いない。
照りつける太陽を防ぐ岩の陰を見る……………いない。
公園の中心付近にある、休憩小屋にも出向く……………って。
「なんで軍が送出で猫一匹を探してるんですかね?」
「…………さぁな」
高崎が死んだ目をしながら、ルヴァンとため息をつく。
──そう。依頼とは訪れたおばちゃんの愛猫“チン”を探す事だったのだ。今は、恐らくおばちゃんが猫とはぐれた場所であるという、街外れの森の公園に来ている。
てか名前がチンて。……いやまぁ、この国では特にそういう意味はないのだが。
「ったく、何で俺らがこんなことをやんなきゃなんねぇんだ」
「それには心の底から同感だ」
そう高崎がルヴァンと続けて愚痴を言い合っていると、向こうから別のところを探しに行っていたはずのエレナが走ってきた。何か用でも有るのだろうか?
「おう、そっちはいたか?」
「ううん。でもその子の毛みたいなモノは見つけたから、これを使って捜索魔術を使ってみようとおも」
「……いやちょっと待てどうせお前が使ったらなんか起きるに決まってるんだ具体的に言えば爆発するとか示した方向の先で謎の黒幕とかに出くわすとかーっ!!」
「『デラ・ナーヴェル』!!」
「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!?なんで使っ 」
どかーん。
爆発した。……というか一箇所に凄まじき衝撃波が飛んだ。
詳しくいうと高崎の方向に。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?」
当然、高崎はその勢いままに吹き飛ばされた。
何というかもう、どうせ爆発なんだろ?とは思っていたがまさかのピンポイント攻撃。相変わらず、いつも予想の上を超えてくれる奴なのだった!
しかし、それにしても物凄い力だ。
70キロはある彼の体がボールのように飛ばされる程である。危うく気を失うとこであった……なんて逆に冷静に考えてしまうくらい、謎の状況に高崎は立っていた。
てか下へと目を向けると、高度は優に20mはあった。……いやちょっと待て、普通に死ねるぞ。
「間に合えッ! 『ドゥデーラ・アンビス』!!!」
そんな風に目の前の死を冷静に達観していると、テラがすかさず防御魔術を掛けてくれたようだ。間の距離はすでに40m以上は開いてるのだが普通に成功したらしい。流石は若き天才か?
しかし忘れてはいけないことが1つ。
……それでも、落下してる事実は変わらない。
ぐしゃ。
高崎は思い切り腹から落下した。
軽くバウンドするように転がり、落下地点から8mほどのところでようやく止まる。最早その様子は、人間のする動きではなかった。もし、防御魔術のない状態であったならば、さぞかしグロテスクなことになっていたであろう。
「……がぁ、クソ痛てぇ……マ、マジで死ぬ……ごバッ!?」
暫しの静止と沈黙の後、ようやく吐き出せた……と言う感じの小さな声で呟きながら、高崎がのたうち回るかのようにごろごろ暴れ回り始める。
どうやら、特に問題はなさそうである!!
少し経って彼は吐血しながら体を確認してみた。折れてなさそうだ、防御魔術は偉大である。
「お、おいッ!! 大丈夫かッ!?」
痛みに耐えながら蹲っていると、ルヴァンが真っ先に駆けつけて来ているのが見えた。
──やっぱり持つべき者って親友ですわ。
そう心の底から感じた高崎は、そんな親友を心配させないためにも、這いつくばりながらゆっくりと右手にグーサインの形にして掲げて笑いかける。
「あぁ……心配するな。全然大丈ぶゴブハァッッ!!!?」
「いや全然大丈夫じゃねーだろ!!?」
……だが、余裕そうに振舞おうとしたものの、さらに吐血してしまうのだった。
そういえば、あの防御魔術というものも、実際の効果としては皮膚と骨を強めるモノであって、流石にダメージ完全無効とかにはできないのだ。
──てかこれ肺破裂してたりしない……?……大丈夫??
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「防御魔術間に合いました!!?」
そんなこんなしてる間に、エレナとテラも遅れてやってきたようだ。エレナが全力で謝りながら右手を掲げる。
「ごめんなさい今、回復魔術をっ!!」
「……いや、お前。さっきお前が……魔術失敗してこうなったんだろ……ギョブレェェェッッ!!!」
「いや先輩それめっちゃヤバい吐き方ですよね!!?」
テラが焦りながらも彼にツッコんでくる。
いや確かに状況はヤバかった。なんかギャグみたい感じだったが、彼の周りには気がついたら今まで見たことないくらいの血が広がってる。
(ヤベェ……このままだとガチで死ぬんじゃないか……?)
高崎はそんな予感を気がつけば本気で感じ始めていた。
そして血液不足のせいなのか恐怖のせいなのか、顔面を青白くしていると──。
「今楽にしてあげるからね!!
よし、『リ・レフェ・ダヴァイナー』!!」
彼の横でエレナが迷わず回復魔術を唱え始めた。
すると、その手のひらがにゆっくりと輝き始め、徐々にその光が高崎を覆っていく。
「ちょッ!? ……あーあどうせまた爆発するんだ楽になるって意味も別の意味になるんだ! さようなら現世、さようならみんな…………あれ?」
そんならエレナの詠唱を前に死を覚悟し、最後の言葉を考えていた高崎は、ふと気がつく。
──“痛みが、消えている”。しかも、吐血も止まって声もしっかり出せる。まさか治っているのか??
……何で?
…………いや、待て。そうだった。
「おいおい忘れたのか? 確かに、エレナは魔術は基本的に絶望的なくらいヘタクソだが……」
ルヴァンが少し呆れたように両手を軽く上げて笑う。
そういえば、エレナの魔術によってぶっ飛ばされたせいか冷静さが失われて、高崎はすっかり忘れてたのだ。
「──回復魔術に関してはガチの天才じゃねーか」
ルヴァンがそう言い終わったときには、出血のせいで凄まじく重く感じていた彼の身体はかなり軽くなっていた。
──そう、エレナの回復魔術はそれはすごい効き目なのだ。
本来は、身体中の治癒能力を極限まで高め、人間本来の自己修復機能で怪我等を直すのが回復魔術の役目なのだが……。
エレナの場合は、たとえ腕が切れても足が吹っ飛んでも普通に直しちゃうレベルで、だ。
ちなみに今使った回復魔術は、数あるモノのなかで最も難度が高い1つであり、ある有名な偉人が体系化した究極の回復魔術とも呼ばれるモノ。
現代においては、世界で使用できる者は10人もいないのではないか?とも言われるすんげぇ術だったりする。
「……ふぅ、ありがとな。エレナの魔術がなかったら死んでたわ。まぁそもそもの怪我の原因でもあるんだけど」
「ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさいっ!」
「……うん。ごめん、言いすぎた」
エレナの本気の謝罪に、思わず高崎も謝ってしまった。……まぁ、彼女には毎度の如く悪気は全くないのだ。
軽く涙目になりながら謝るエレナを見ると、少し嫌味を言った高崎の方が申し訳なくなってしまったのだった。
「ま、とりあえず無事だった訳だし、もうお互い忘れようぜ。そんなことより、今はとりあえず猫探さねーと…………ん?」
そのまま彼が寝転がって話していると、少し遠くから小さく茂みを掻き分けるような音が聞こえたのを感じた。さらに、そこから猫の声も聞こえた気がする。
「──こっちか?」
倒れたまま転がって茂みの方を覗いてみると、その先に一瞬猫のような影が見えた。恐らく、先の猫の声もその中から響いていたようだ。
高崎が体勢はそのままに、そっちの方をさらに確認しようとしていると、ルヴァン達もその意図に気がついたらしい。
「あの奥にいそうだな」
「なるほど、もしそうなら結果的に探査魔術は成功ってコトか。……犠牲は大きかったけど」
「ごめんなさい……」
──うっ、ついまた言ってしまった。
普段の感じとはまるで異なり萎れるようにして謝るエレナを見て、高崎が再び心の中で頭を抱える。
別に嫌味という訳ではなく、このくらいの軽口はいつものようについ言ってしまうのだが……、いつもエレナはもっと気が強い感じなだけに、今のしおれた様子が余計に申し訳なさを引き立ててくるのだった。
「よし、まぁいくぞっ!」
ちょっと気まずいので、高崎が話を切り上げようとしてゆっくりと立ち上がろうとすると──。
「あっ高崎先輩!今はまだあんまり動かない方が!」
「──えっ?」
彼がテラのそんな呼びかけに反応しようとした途端。
ふらっ。──と、強い目まいがした。体に力も入らず、なんだか倒れてしまいそうだ。
そのまま、力なく再びゆっくりと膝を地に着く。
「な、なんだ……?」
「回復魔術はあくまで急速に体を治すだけなんです。だから、さっき吐いた分の血はまだ回復しきってないので貧血を起こしてるんですよ」
テラがこちらに駆け寄ってきて彼の体を支えてくれながら、その症状についての説明をしてくれる。
なるほど、回復魔術も万能じゃないってことか。
「なので今は休んでください。猫は僕らが回収するので」
「…………まぁ、そうしてくれると助かる」
確かに高崎としては正直辛かった。今は横になりたい気分だ。
今度は横からルヴァンが声をかけてくる。
「なら、誰かしらここに残った方がいいか?」
「いや、まぁ大丈夫だ。いうてただの軽い貧血だしな。俺のことなんて心配しないで全員で探してきてくれ」
「──えっ、1人で本当に大丈夫なの??」
エレナが心配そうに聞いてくる。 まぁそれも当然だろう。
……しかし、なんてことなさそうにして。
高崎は笑ってこう言ったのだった。
「あぁ。もしものときは連絡する。だから行ってこい」
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そうして、テラ達は茂みの中に入っていった。
エレナは最後まで本当に良いのかと不安そうではあったが。
──そして。
高崎は1人になった事を確認すると、横になりながら軍用デバイスを開いた。これは軍用ではあるものの私用に使え、検索から仕事まで何でもこなせるすーぱーあいてむなのだ!!
……まぁ要するに、スマホの進化系みたいなものである。主な機能で違うのは、ホログラム形態もあるのと性能諸々が地球では考えられないほどヤベェってくらいだが。
──そんな訳で、高崎はそれでゲームを始める。
1人になりたかったのも、実はこれが理由の大半だったりする。因みに後の理由としては、本当に1人でも大丈夫だろうと感じていたのと、ひと。になって一息つきたかったからという理由がある。
……いや、やっぱただゲームやりたかっただけかもしれん。
話は少し変わるが、この世界はゲームの技術もケタ違いだったりする。例えば、最新のPCゲームのグラフィックは64Kとかいう頭のおかしいモノがあったり、それどころかいわゆるVRのフルダイブみたいなモノも普通にある。
そのようなゲームの充実は、数少ないここに来て良かったことかもしれない。
「あー、ここのボスなかなか倒せねぇなぁ」
ゲームそのものの規模もすごければ、難易度もギリギリを攻めてくる。流石は50年は軽く先を行っている世界である。……関係あるかは知らない。
「ここで必殺魔術奥義を使ってっと」
この世界におけるゲームによく見られる大きな特徴は、リアルを追求するFPSやオープンワールドゲームにすら、いわゆる魔法的要素が多く見受けられることだ。
いやまぁ、現実に魔術があるから当然の事なのだが。
「おっ?いけるか?」
また、この世界の娯楽は日本、いや地球に近いものが多く見受けられる。彼のような人間が他にも来ていていたりして、広めたりでもしたのだろうか?
「……よしっ、これでとどめだ──ッ!!」
そして、力強く……ボタンを押す───。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!??」
「──な、なんだ!!?」
突然の悲鳴にゲームを切り上げて周囲を見回す。
今のは……間違いなく子供の声だ。しかも、それはとてもふざけた感じのモノとは思えない。
あれは、“本当にヤバい場合”のヤツだ。
声の元は茂みの方ではない。公園の方か?
「クソッッッ!!!」
先ほどの怪我で体の状態はまだまだ良くないし、ゲームも途中だが……今はそんな事言ってる場合ではない。
彼は、迷わず声のする方向へ走り出した。
【ぷち用語紹介】
・エレナ=カスティリア
17歳の少女。名家カスティリア家の娘。
プロ級のトラブルメーカーで、教育名目で軍に派遣された。
ただし決して家の者たちに大切に思われていない訳ではなく、絶対に危険な目に合わせないようにと、軍上層部はカスティリア家に強く言われているらしい。
『王の右腕』の名の通り、王族(特に王女)とも関わりを持っている。
・デラ・ナーヴェル (導きの光)
数ある捜索魔術の中でも最も初歩的な魔術。
手がかりを使って行使することで、その本体があるであろう方角に光が放たれるというモノ。
……本来は決して爆発などはしない。
・ドゥテーラ・アンビス (身体強めし力)
世界各国の軍で新人訓練の必須科目にもなっている、言わば基本中の基本の防御魔術。
その効き目は決して高くはないが、その簡単さ・即効性・効果時間・効果範囲などといった面から、超一流の者でも重宝するものは少なくない。