幕間③『最終作戦開始直前』
そして、7月4日。
ここは、アルディス連邦王国、作戦司令部。
「今前線より連絡が届きました!!! 遂にタナラマ要塞を防衛していたウラディル軍が降伏し、カドナ半島南部での戦闘が終了したようです!」
──デバイスに届いた連絡を、男が周りの者に伝える。
……しかし、周りの者は誰も大した反応を見せなかった。
まるで、当然だ。と言わんばかりに。
「──はっ、“想定”よりは5時間ほど遅れたな。やはり奴らもただの腰抜け共という訳ではない、ということか」
10秒ほど経って、ようやく1人の研究者が答えた。
……しかし、彼もまたその手は止めることはない。
「そのデータはもう来ているのか?」
「はい、今送ります」
彼は、その送られたデータを見るや否や、目の前にあるタッチパネルをすらすらと弄り始めた。
……と、その壁から機械音が鳴り響いた。
──いや、壁ではない。
それは軽く四方30mはあろう、巨大なコンピュータだ。
そして、それは奥にいくつも並列に並んでいた。
量子コンピュータとスーパーコンピュータの複合機
──『“神の頭脳”』。
アルディス連邦王国の誇る、世界最高の機械である。
「……だが、所詮はちっぽけな人の思い。この機械が、全てを考慮して推測した“事実”には敵わないってとこだ」
その研究者が手を止めたと思うと、
今度は部屋に置いてあった大画面モニターに、何か映った。
──それは、何かのシュミレータだろうか?
「奴らは30年前の大健闘に慢心し、空軍関連はある程度性能を向上させた程度で、技術研究を怠っている節があった。
………まぁ、それでも以前苦手としていた海ではかなりレベルを上げていて、多少は苦戦させられたらしいがな」
彼は脇にあった一枚のプリントを手に取る。
そこには、ウラディル共和国軍の装備情報が載っていた。
どれも、国によって派遣されたスパイによる、細かい性能や特性まで明らかにされたデータであった。
──さらにそこには、ウラディル軍の要塞や防衛拠点といった場所の設計図のようなモノも多く見られた。
「なら話は簡単だ。自軍の兵力と兵器、相手の兵力と兵器のデータ。そして、要塞を含めた戦場の地形のデータをコンピュータにぶち込んじまえば良い。そうすれば、最適な作戦を機械が出してくれる訳だ」
そして彼が、送られてきたデータを全て打ち込み終え、演算を開始させると、この状況において、少しでも楽に勝利できそうな作戦内容をコンピュータがいくつか提示してくる。
「現代の戦争ってのは、“兵士の数”なんてモンはもはや勝敗には関係ない。勝負は兵器の質と魔術の練度、そして“情報量”で決まると言ってもいい。
……ウラディルも大燿帝国とやらも、そこらへんを全く理解してないから、我らに簡単にやられてるってんだな」
彼がスクリーンの右端の大きな赤いボタンを押すと、画面には3Dで再現された戦場の様子が高速でシュミレートされていく。
勿論、既に何度も行われているのだが、今回のモノは事後になってからの適切なデータを打ち込んだ場合の検証である。
今回は気温、空気抵抗まで考慮された演算で、的中率は90%を超えるとさえ言われているのだ。
──シュミレートが終わると、彼は実際のデータと見比べた。
誤差18%。
やはり、人の感情は完全にデータ化することは出来ない。
……まだまだ、シュミレートも改良せねばならないだろう。
そして最後に彼は目を瞑り、今回の戦闘での両軍の犠牲者へ、手を合わせるようにして祈った。
──いくら数式を常に見つめる者とはいえ、人の命を全てデータで見る訳にはいかない。
「……まぁこれで、半島における戦闘は終わりだな。何せ、今や大正帝国によって首都が陥落の危機に陥っている。彼らには最早、戦うだけの兵員も気力もないだろう」
その研究者は、そう言い残すと、周りの仲間に今の検証結果をまとめたら今日の仕事は終わりだと伝えて、自身の机に向かっていった。
周りの仲間達も、その言葉に素直に従うのであった。
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───本日は7月4日。ニュースをお送りします。
………我が国は建国以来、最大の危機に陥りつつあります。
6日前より、遂に我が国にも侵攻を始めた大正帝国。
奴らに対して、ウラディル軍は未だ苦戦を強いられています。
首都ヨークヘレナは既に半包囲状態にあり、大正帝国からは降伏勧告が出されているとのことです。
一体、何故このようになってしまったのでしょうか?
軍事の専門家はこう答えました。
『……正国は5月28日より、大燿帝国との間に結んでいた停戦協定を一方的に破棄し侵攻を開始しました。
その結果、現在戦争状態にある我が国との国境線が広がり、かつ首都ヨークヘレナへの最短路までもが正国の支配下になってしまった訳です。
つまり、今まで我らの友邦国である大燿帝国との国境であった場所から正国の軍が流れ込んできた訳ですよ。
しかも彼らの主力はUAVで連携をとったパワーアーマーです。
その新しい形の電撃作戦によって、完全に混乱状況に陥ってしまったのですね。
それに加えて、西方ではアルディス軍の脅威、東方には取り残された数万の同胞がいます。
すでに開戦から2ヶ月で20万以上の尊い命が失われていると、政府からは発表がありました。
私個人としては、もう感情に身を任せずに素直に降伏勧告を受けるべきだと、そう思いますね』
一方、政府の見解としては……。
──ッ、緊急情報です。
先程、我が国の遠征軍約5万人の兵士が大正帝国による包囲を受け降伏、その大半が捕虜となってしまったそうです!
カドナ半島では、アルディス軍の攻勢に耐えかねタナラマ要塞を放棄。これによって海岸線は全て占領されたことになり、貿易などへの影響の危険性が懸念されています。
なお、正朝は国家存続を保証する降伏勧告を出しておりますが、未だに政府は返答をしておらず──。
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「………クソッたれがッッ!!!」
ウラディル共和国、ヨークヘレナに1人の男の怒号が響いた。
その怒声に、彼の周りにいた者もおし黙らざるを得ない。
その男が投げつけたのは、古めかしい電話機である。
──その相手は、雅建隆。
即ち、燿朝建国を挙げたリーダーであった。
つまり、そんな彼との電話をしていたのもまた、国家元首。
“ウラディル共和国首相”、その本人だ。
彼らは同盟国である燿朝に対して、降伏を共に認めることで、少しでも被害を軽減させようとしていたのだが……。
「──首相、建隆殿は何とおっしゃったのですか。
…………聞いていて、ある程度は察せましたが……」
側近の言葉に、彼はなんとかして気持ちを抑えながら答える。
「──奴らはまだ徹底抗戦を続けると言いやがった。これでもう燿朝と共に降伏を受けることは出来ない。我々だけの力でこの先を生き抜く必要が……ある」
その表情は、噛みしめるような、そんな苦しい顔であった。
既に、これだけのボロボロとしかいえない状況。ウラディル共和国政府内にも戦争継続を強く推す者などいなかった。
「何が『降伏するなら勝手にやれ』だあのバカは!!
──未だに負けを認められないのは、国家の意地ではなく、ただの無意味な虚勢でしか無いだろうが!!」
首相がそう吐き捨てるも、それで状況は何も、変わらない。
「奴らも私たちも、完全に正朝と風早を舐めてましたね……。
まさか“あんな強力な兵器”と、並外れた速攻の連携力を隠し持っていたとは。最早我々の軍は指揮系統は乱れ、軍と言えないほどです……」
隣に控えている男が彼と共に肩をすくめる。
彼は、首相の秘書だ。
「アルディスからの大陸領土の割譲という建隆からの密約に釣られて、侵攻してみればこのザマだ。かつて成し遂げた30年前の栄光に釣られ、私も国会も浮かれて開戦してみれば、どうだ。アルディス軍にすらあっさり敗北しているじゃないか」
彼は、陸軍からの報告を思い出す。
──まるで、彼らは自分達の動きを全て読んでいるようだと。
恐らく、こちらの中枢にまでスパイが送られていたのだろう。
……もしくは、AIによる予測か?
少なくとも、我が国が大きく劣っているのは間違いなかった。
「結局、最初から負けるべくして負けた戦いだったってことか。あの死にたがりクソったれも、それを信じちまった俺も、最悪のバカだよッ!!」
強く吐き捨てるようにして、そう彼は叫んだ。
勿論、この戦争にだって狙いはあった。
──それは、この国の安寧を強固とすること。
というのも、この国の首都であるコンクノーナは正朝の領土からほど近い位置にある。しかもこちら側の方が標高も低い。彼らとはそれ程険悪な関係という訳ではないが、それでも重大な仮想敵国なのは確かだった。
だからこそ、今回は狙い目だったのだ。このいざこざに乗じ味方の欲しい耀朝と協力関係になることで、終戦後にはその周辺領土を頂くか、不可侵条約を結ぶか……という寸法だった。
なのに。その計画はかえって……いや、それどころか国家を滅亡の危機にまで陥らせていたのだ。
だが今更後悔しても仕方がない。
今は今後に向けて、どうすれば良いのか考えなければ。
──継続すれば、包囲されているこの街は恐らく一方的な砲撃と空爆で壊滅するのだろう。
だから降伏したいのは山々なのだが、“その後”が怖い。
ウラディル共和国の存続は勿論のこと、アルディスと正朝によって切り分けられるなどという屈辱を味わう訳には……。
「首相、既に官邸周辺には多くの国民が押しかけています!!
今後一体どうするつもりなのか、死にたくないから降伏してくれ、……などと、最早暴動に近い状態となっています!!!」
新たな情報が、ドアを開けて入り込んで来た。窓から見ると、暴れるように抗議する国民が当たり一面に広がっていた。
──そうか、もはや国民も、降伏を望んでいるらしい。
“国民の意見を取らずして、何が共和国だ。”
「──やはり、降伏するしか……ないな。もう私は二度とこんな立場になれることはないだろうが、そんなつまらんプライドで国民を最悪の不幸に巻き込まさせるほど、私も腐りきってははいないつもりだ」
その言葉に、反対する者はいない。
こうして、7月4日午後2時36分。
ウラディル共和国は全面的に降伏を受けいれたのであった。
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「……がっ!!?」
1人で警備をしていた男が、突然何者かによって後ろからその意識を一瞬で刈り取られる。
その男は魔術で身体強化と、ステルス性を格段に上げていた。
そんなことが出来るのは───。
「………ふぅ、これで粗方ここらの安全は手に入れたか」
「お疲れ、兄さん」
「……いや、お前の魔術のおかげだよ、テラ」
ナドュトーレ兄弟である。
「──それにしても、あなた達かなりの手練れですね。それこそ、スパイのプロといっても差し支えないくらいに」
唐馬が関心したように声を漏らす。まぁそんなこと言ってる彼もまた、一般的に見れば並外れた才能の持ち主なのだが。
「……んで、ここが例の場所ってことか?」
ルヴァンが、中都のとある大きなオフィスの中にある、何でもないただの壁を見つめながら呟いた。
「父さんの情報が正しければね。えっと、確かここに」
唐馬がそこの壁にドライバーを差し込んだ。その壁にはカモフラージュされてはいるが、何か細い穴が存在したのだ。
すると。
ゴゴゴゴゴゴゴ、と壁から巨大な隠し階段への道が開いた。
「……おぉ、なんか男として興奮せざるを得ないな、コレは」
「兄さんのセンスには大抵の場合同意しかねるけど、今回に関しては同意見かな」
そんな軽口を叩きながら、入り口に彼らは入り込んでいく。
そして。
その奥にあるのは──────。
「………んじゃ、最大級の大博打をしに行きますか」
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「───風早さん、本当に良かったんですか?」
「何がだ?」
「いや、こんなギャンブル作戦に出ちゃって、あの時は客観的に見てたから良かったんですけど、実践となると下手したら死ぬどころか、正朝の滅亡すら……」
高崎がそう呟くと、呆れたように風早が言う。
「おいおいなんだ急に、ユウヤが言い出したことだろう? この作戦は最善策だってのは、もう皆で決めたことだ、今になって引くなんてあり得ん。現に、中都周辺までの作戦はモノの見事に、皆が成功させてくれたしな。……それに────」
「陛下! 準備できました!!」
陸軍大佐の呼びかける声がする。
時計を見ると、“例の”時間となっていた。
………ついに、作戦が始まるらしい。
各々が、自らの配置に着くために歩き始めた。
「……確かに、この快進撃は逆に“臭いところ”があるよな」
歩きながら、風早が呟く。
「幾ら何でも、ここに至るまでが“順調過ぎる”。
奴らには、まだきっと他の秘策があるんだろう」
作戦開始から1ヶ月。
たったそれだけの期間で、大正帝国軍は中都を囲むようにして、ほぼ全ての土地を取り戻した。
──作戦通りとはいえ、幾ら何でもおかしすぎるのだ。
「………それでも、これはギャンブルなんかじゃない」
そして、風早は振り返って、言い放つ。
「俺は、建隆に勝ってみせる。そして必ずこのふざけた争いは、もう無駄な犠牲は出さずに終わらせてみせる」
彼が空を見上げた。
一体今、彼は何を思い返しているのか。
「だから、ギャンブルじゃない。
────これは、“大正帝国最期”の大攻勢だッ!!!」
そして2563年7月6日、午後4時36分。
雅建隆による中雅内戦勃発から2ヶ月が経過した中で、ついに最後の戦いが始まろうとしていた。
【ぷち用語紹介】
・『神の頭脳』
アルディス連邦王国が開発した、世界最高のコンピュータ。
その演算機能は一線を博し、データ化さえ出来れば、国内全ての事象も予測できるという説さえある。
……勿論、全てをデータ化などは、まだ不可能ではあるが。
【時系列確認】
『先進世界の魔術聖典』【時系列】
【年表】
[ 234年]アルディス朝成立
[2539年]風早転移
[2541年]大正帝国成立
[2551年]北方戦争
[2561年]6月26日 高崎転移(笑)
[2563年]4月 6日 回想終了後
4月 8日 目覚める(ダーガ・ナジュラ)
4月15日 潜入任務
4月18日 目覚める(謎のチカラ)
5月 2日 正朝へ
5月 3日 任務失敗
5月 5日 風早と会う・革命勃発
5月 6日 永都攻防戦終結
5月 7日 中都騒動
5月 8日 ウラディル軍侵攻・京州の戦い
5月20日 京州の戦い、停戦
5月26日 作戦会議
5月28日 侵攻作戦開始
6月26日 前線が広河に到達
7月 4日 ウラディル共和国降伏
7月 6日 中都侵攻作戦───。




