8話『かつての思い』
「──風早さん、やっぱりまだ起きてましたか」
高崎が執務室に入ると、そこには予想通り、風早相馬がいた。
既に時刻は夜中の2時にもなろうとしているが、彼はそれでも機械を片手に何か作業をしている。
「……眠れなくてな、やらなくちゃならないことも沢山ある」
軽く憔悴したような声で彼はそう返して来た。
恐らく、本当にやることは多いのだろう。
──しかし。
理由はそれだけではないことは、彼を見れば分かった。
だからこそ、高崎はこう彼に問いかける。
「──それには、中都の奪還。……いや、再統一のための作戦の立案はありますか?」
その突然の言葉に、風早は驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの様子に戻した。
しかしそれで、高崎は彼の葛藤を感じ取ることが出来た。
「…………出来ることなら、俺だってしたいさ」
そう告げる彼の顔は、どこか寂しそうに見えた。
風早は再びこっちへ顔を向けると、歯を食いしばり返答する。
「でも現実的じゃないんだよ、どうやろうにもそう簡単にいく訳がない。そもそも、実力じゃ俺と皆が束になっても建隆に勝てるかは分からん。それほどの実力が奴にはあるんだ……!」
風早が噛みしめるようにそう答えた。
それは彼への説明なのか、自分自身への言い聞かせなのか。
しかし、高崎にも止めることのできない決意がある。
「それは、“もう絶対誰も失いたくない”、と決意したからですか?……12年前に」
「───佑也、お前………」
今度は隠しきれずに、風早が驚きの声を上げた。
何故、そのことを知っているのだ、と。
「すみません、銖衞さんから聞いてしまいました。
…………その、気に障ってしまったならすみません」
そう謝罪すると、彼は驚きつつも冷静を取り戻していく。
「──いや、別に隠し通したい秘密って訳でもない。構わんよ、……まぁ銖衞の奴は後でとっちめてやりたくなったが」
思わず言ってしまったが……、名前は隠すべきだったな、と高崎は今更後悔する。「銖衞さんすみません……」と言う気持ちを抱きながら、彼はさらなる言葉をぶちまけた。
「なら、言わせて頂きます。中都奪還作戦を今すぐに行うべきです。──燿朝という国家が定着しない内に」
「──そうだろうな、俺もそう思うよ」
意外なことに、風早は同意をしてきた。
軽く拍子抜けしたが、恐らくそれで話が進む訳ではあるまい。
「でも、さっきも言ったが状況が悪い。確実に勝てる算段がつかないどころか、勝利の方法が見えてこないんだ。まるで、そのための“ピース”がないみたいにな」
両手を広げるように動かして風早がため息をつく。
恐らくかなり考えたのだろう。
──何をすれば、この状況を収められるかと。
……しかし。
それでも素晴らしい道なんて、“見つからなかった”。
「奴らは決して、簡単に降伏するような輩ではない。
特に奴らの壁であろう、大きな川が周辺を囲む中都は、かなりの防備を持って立ちはだかるだろうな」
どこか遠いところを見るような目で、風早が話していく。
「もしそんな奴らと、本気でやりあえばどうなるか?
───簡単だ、大規模な総力戦になる」
風早が機器を弄り、ある画面を映し出す。
それは、国の情報部あたりが作ったのであろう記録なようだ。
そこには、全面戦争を再開した際の両被害が予測されていた。
【期間】 最悪5年以上
【死傷者】2500万~1億人
【出費】 20兆文〜
【インフラ】 復興に最低20年
高崎はそれを無言で見つめた。
……とてつもない規模である。
「そうなれば双方の力が削れていくのは自明だ。するとどうなるか? 第三国にそこを攻められて漁夫の利をされちまう」
現に、南部ではウラディル共和国が侵攻をしている。
──奴らは燿朝との実質的な協力関係にあるらしいが、もし燿朝正朝が共に疲弊するのを見ればどうだろうか?
両方ともヤレると考えて、燿朝も潰されてしまいかねない。
それは現在味方であるアルディス王国も例外ではない。
それに北のブラーデン帝国や、マナスダ合衆国のような西側諸国だってずっと無関係のままとは思えない。
「──その決断は、風早さんがたくさん考えて、考えて、考えた結果なんでしょう。今は“停戦状態”をずっと続けることが、国家のためになると。
………俺にも、そう考えたくなる気持ちも分かります」
しかし。
この方法には、大きな問題点がある。
「──でも、“未来”はどうなんですか」
その言葉に、風早が何かを言い詰まった。
「この停戦状態はいつまでも保つ訳がありません。こんな曖昧で不安定な状態はいつか必ず崩壊することになる。
……そもそもこの分裂が、暴力から始まったんですから」
「──でも、今は。今は確実な安全がある。
それに、燿朝の方だって潰し合いがしたい訳なんかじゃないのは分かってるだろ。なら、“可能な限り平和な方法を選ぶ”。それが俺が成し遂げなくちゃならないことだ」
──きっと、それも正しい。
それは、国のトップ。……国民を守らなくてはならない者としては大切なことだ。
経済を良くして人々を豊かにし、平和というモノをもたらし人々を幸せにすることこそが、為政者の理想である。
──それでも、この“正しさ”は、“最善”ではない。
「確かに、この先ある程度は一時的な平和が続くかもしれません。燿朝の方も、今無理に争いを続ければ、最終的には国力で負けるのは分かってるんですから」
高崎は、そこで声質を変えて答える。
「──でも、何十年後はどうですか。いや、あなたが死んでから先の時代まで、この平和が続くとでも思ってんですか!?」
高崎は声を少し荒げてそう問いただした。
風早が息を飲む。
そんなの俺にだって考えられることなのだから、当然彼はとっくのとうに、よく理解しているはずだ。
しかし、それから目を逸らしていたのだろう。
なんとか忘れようとしていたのだろう。
──今、大切な“何か”を失うかもしれないのが怖いから。
───でも。
そんなのは、リーダーとして間違っている。
高崎は別にこの騒動に関して、関わらなければならない立場ではない。やろうと思えば、ここを出てアルディスに帰ることもできる。
……しかし、この状況に目の前で出くわし、今目の前にいる“風早相馬”という1人の男の人生を聞いた今。
能力は違えど、同じ見知らぬ地に飛ばされた日本人として。
彼は、どうしても見て見ぬフリは出来なかったのだ。
──だから、高崎は言い放つ。
「……もし、そうなれば。それは、あなたの大切な人の最期の言葉を破ることに他ならない! “息子達をよろしく”って言われたんでしょう!!? それは、自分に関係ない未来なら対象外だとでも言うんですか!!
──それに、そもそも今風早さんの息子は中都に居るって言ってたじゃないですか!! 助けに行かないで見捨てる気なんですか!!?」
風早が何か言おうとしたが、それを遮るように彼は続ける。
……まだ言わなくてはならないことがある。
「こんなの俺にだって分かることなんですから、風早さんだったらとっくのとうに熟知していることなんでしょう」
高崎は、声のトーンを元に戻していく。
心を静めて、……だからこそ、はっきりこう告げるのだ。
「だったら、やらなくちゃダメです。
──たとえ、その結果何かを失う危険があろうとしても」
例えば。
歴史上の“名将”とは、ある意味“賭け”の結果によるといえる。
有名なのは、カエサルの「賽は投げられた」だろう。
──ガリア遠征を行っていた彼が、その帰路で、政敵であったポンペイウスを討つ決意をし、川を渡ったというこの言い伝えも、言い方は悪いが大きな博打とも言える。
悪政を行う王朝が幾度も倒される中国史においても、失敗することとなったた反乱はいくつもある。
……しかし、それでも立ち上がる人たちがいたのは、それを纏め上げた決断力のある指導者がいたからこそだ。
──いや、そもそも風早だってそうした決意から、リスクを払ってでも大正帝国を作ったはずである。
───だからこそ、高崎は自信を持ってこう言える。
「それが、今まであなたがこの国で全力を尽くしてやってきた……本当の良いリーダーってヤツなんですから」
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風早は思わず拳を強く握っていた。
──その高崎の言葉を聞いて、彼はふと“ある時”のことを思い出していたのだ。
それはいつだったか。
ずっと前だ。──確か、ここに来て間もない頃だったはず。
当時、彼は突然の出来事に戸惑いつつも、与えられた能力と共に希望に満ちていた。まだ、“世界”なんてモノは知らずに、無知で気楽で幼くて。
でも、自身の夢に迷いなく向かっていた、そんな頃。
そこに居た人達を見て、クソガキながらにどうにかしたいと本気で思っていた。
たかが17の少年1人が世の中を変えるために行動する。
……普通そんなバカげた考えは、笑われるのかもしれない。
それでも純粋だった当時の俺は、当時から異世界という慣れない環境を共に過ごしていた楓に、その思いを話したんだ。
……本当に、馬鹿正直に。
すると、彼女は目を輝かせたのを覚えている。
「いいじゃん!相馬ならきっと出来るよ!!私もその野望の2人目になってあげるから、がんばろうよ!」
──そう、“彼女は肯定してくれてたな”、と。
あれから24年ほどが経って、すっかり変わってしまった。
その野望は叶って現実となり、若かった年齢も今では中年だ。
…………そして、楓も。居なくなってしまった。
『私、いつも相馬に救われてるんだよ?』
いつか、そんな言葉を彼女に言われた。
その時はなんだか恥ずかしくて言えなかったが、今ならはっきりと、自信を持って言える。
こんな、バカの夢に最初から付いて来てくれた楓に。
勿論ケンカすることもあったけど、──それでも。
ずっと、サポートをしてくれたそんな彼女に。
「…………救われたのは、俺のほうだ」
そして、思い出した、今。
風早は、決めた。
もう“止まって”なんかいられない。
だって、思い出したから。
“大人”になって忘れていたことを。
クソガキだったあの頃の、自分がやるべきことを突っ走ってやってたあの頃を。
失敗も少なくはなかったが、その分多くのモノを得ることができたあの時を。
そして。 ──何より、“彼女”との約束を。
「……………分かった」
風早は立ち上がる。
彼の目は、かつての少年時代の頃のように戻っていく。
「──1つ聞くが、高崎。
そのための案については、考えついてるのか?」
「えぇもちろん。……まぁ風早さんに了承して貰えるような質のモノかは保証は出来ませんが」
“いや、それで十分だ。”
彼はそう短く答えて、不敵に笑う。
──もし、この場に昔からの仲の者がいれば。
それは“かつての”彼の姿を思い出させるのかもしれない。
「今だから言うが、さっきの見せたデータ。アレはあくまで“前面からの真っ向勝負を、今の戦力で行った時の”予測な訳だ。
──なら、違った“絡め手”ならば、被害を最小限に抑えられる“可能性”も大いにある、……とも取れる」
風早が一旦ゆっくりと深呼吸する。
そして、再び笑ってこう言った。
「ここまでお膳立てされちゃ、俺も本音で答えねぇとな。
──こんなふざけた争いは、俺らでケリをつけるぞ。
それで、唐馬もみんなも、自分も、全部助けてみせる。
……そう。たとえ、“何か”を失う危険に足を突っ込んでもだ」
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そしてその時、雅一族の宮殿。
──即ち、新生大燿帝国の占領下にある中都の中心部だ。
そこでは、新たなる会話が行われていた。
「………それで、状況はどうなんだ」
燿朝のトップ、すなわち雅建隆が部下に問う。
すると、その部下は持っていた資料を読みつつ答えていった。
「正朝との停戦以降、着実にこの地に馴染みつつあります。
支配というのはまず“アメ”を与えるもの。
それによって少しずつではありますが、反燿派は減っておりますので、このままいけば一年以内には国民に支持される国家になれるかと」
「なるほど、……ウラディルの奴らは?」
「……そちらは、あまり芳しくないと言わざるを得ません。
永都に向けた彼らの軍勢は、現在正朝とアルディス王国による必死の抵抗を受け、ここ1週間に渡り全く前進できていないと聞きます。それに加え、南雅海ではアルディス海軍に敗北し、海路による敵物資輸送の遮断は失敗に終わりました」
「──はっ。分かってはいたが、やはり奴らはあまり使えないな。この戦争で海路を敵に取られていては、国力の増強にまでかなり影響が出てしまうというのに」
建隆が呆れたように空を仰ぐ。
彼は普段あまり他人を貶める発言はしないのだが、なかなか厳しくそう言った。
………それは、それほど余裕がないということなのか?
「──まぁ、どっちにしろ今はこのまま黙っておくべきだな。今のままでは我々の確実な勝利はない。
………いや、それどころか“大敗を喫しかねない”からな」
彼は一勢力のトップでありながら、自軍を冷静に分析する。
「この状況を打開するには、和平なんて馬鹿げたモノが実現している今がチャンスだ。元々、こっち側の兵器は待ち合わせの旧型ばっか。一方奴らの兵器は、最新型や開発中の新兵器くらいごろごろあるだろう」
実際、彼らの使っている兵器は、その多くが数十年前主流であったタイプである。
──すなわち、大燿帝国の“遺物”ともいえる。
だから、それを克服する為にも、彼はその莫大な財産を使用して、兵員を増強しているのだ。
「だから今のうちに追いつけるように動かねばなるまい。
現在は“各拠点のみの支配による急激なみせかけの領土拡大”と、“兵力の偽装作戦”で、うまく敵方はウチの強さを随分誤解させてるって訳だが……。今はうまく欺けているとはいえ、いつ感づかれるかも分からん」
彼は不敵に笑う。今の状況を完全に把握しているからこそ、逆に余裕が出ているのだろう。
「京州での戦いでも、奇襲と人海戦術と立地のお陰で、なんとか防御出来ていただけだ。一度その統制が崩れていたら、そのまま中都までの撤退さえあっただろう。
──つまり、今のままでは、“勝利”は見えてこない」
それに、私としても、同じ民族であり救済する対象である正朝の民を必要以上に傷つけたくはないしな。
……と彼は付け加える。
建龍もまた、決して民を蔑ろにしてる訳では断じてないのだ。
結局彼自身の目標は、決して世界征服だの、独裁でやりたい放題だの、そんなモノではない。あくまで彼の目標は、『古くからこの地を治める、雅一族による新しい理想国家の建国』だ。
まぁ“一部の部下”は、建隆に伝えず裏で“謎の過激組織”と繋がったりするなど、どうやらやり過ぎているようだが。
──だから、彼はこう答えるに他ならない。
「統一という夢の実現はまだまだこれから先の事だ。少しずつ国力をつけ、確実に。そして泥沼化せずに勝てるようになるまで待とうではないか」
そうして、彼らはまた作業へと戻っていくのだった。




