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7話『12年前の結末』





「それで、条約はいつ結ぶんだっけ??」


「……おい、お前話聞いてなかったのか、3日後だよ3日後。

永都にはだいたい2週間以内には帰れるといいな」


市役所から大聖堂に帰るために、俺達は車に乗っていた。


3日後に迫るであろう条約を結ぶためにも、まず正朝側の要望や意見を固めるための会議を開くことになっていたのだ。


「えー、そんなかかるの??」


「──まぁ、ウチの民が8万9000人も犠牲になった上で勝ち得たこの勝利だ。ゆっくり考えて、しっかりとした成果を出さなきゃ示しがつかねぇよ」



そして、そう話している内に到着した。

市役所と大聖堂は、共に町の中心部にあるため比較的近い。

中では風早・楓・俺が横に並んでいた。

その他には、お付きの運転手や護衛の者が3人ほどいる。


「……はー、着いた着いた」

「さっさと会議終わらせておこうぜ」


そんな軽口を叩きながら、車を降りる。

停車地点から会議室まではすぐ近くだ。





───そして。


その時だったんだ。



道路の脇から突然、男5人が飛び出て来た。


その手には、既に銃が構えられていた。

……それも、かなりの新型だ。



「ッ!!??」


声にもならない叫びを上げ、相馬が動く。

彼は楓を抱きつくように抱え、車を跨いで跳んだ。

奴らから隠れられるように、車を壁にするためにだ。



そして、その瞬間に奴らが銃弾を放ち始める。


1人はフルオート式のライフルを持っていた。

………あれはおそらく、ブラーデン軍のモノだった筈だ。


「がっ!!!?」


それは、車に同乗していた護衛に命中した。

──それがなければ、恐らく相馬達に命中していただろう。


彼らは最新式の防弾チョッキと、硬い防御魔術で守られているはずだから、そう簡単には死なない。

……背中を向けえクルマの裏に隠れる俺らには、そう願うことしか出来なかった。



そして、その時。

俺達の防備は、はっきり言って薄かったのだ。


防御魔術なんて最低限のモノしか施してなかったし、防弾チョッキは軽装なものは付けていたとはいえ、頭はノーガード。


本来は護衛軍を2、3車は追加で付けている彼としては、

元敵地に駐留する国の大将ということも考えると、とんでもなく甘い防御体制である。




迂闊だった、………完全に油断していたのだ。


多分、浮かれてたんだと思う。

コンクノーナも落ち着いて、さらに和平も決まって。

もうすぐ、帰れるんだ……と。


恐らく、敵はブラーデン帝国の回し者だろう。

政府の回答を考えると、その政府内にいる反対派あたりか?



──しかし。


こんな奇襲如きで簡単に死ぬほど、俺達は安く出来ていない。




「クソ野郎共がッッ!!!」


相馬と同じように車にその身を隠した俺は、その際に右肩を撃ち抜かれていた。かなり痛いが、全くもって致命傷ではない。

……今はそんなことより、奴らの殲滅が大切だ。



だからこそ、俺は懐に入れていたピストルを取り出す。

車に身を隠しながら、襲撃してきた男にそれを撃つ。


しかしあくまで護身用の小型ピストルであるため、自分で言うのもなんだが、銃の扱いは得意な俺(雅銖衞)でも敵を全滅させるには至らない。


本当なら魔術を使いたい所だが、生憎俺は“大規模なヤツ”が得意分野であり、こうした狭く味方のいる場では使えない。



それに、“そういうの”なら、もっと“適役”がいる。




「……よし、じゃあ“やってやろうじゃねぇか”」


俺が銃で奴らの内1人に命中させた、その瞬間。

その方向に向かって“とてつもない爆風”が吹き荒れた。


「「───なっ!!?」」


その暴風は一瞬にして敵に迫り、そのまま彼らの体は宙に浮くように吹き飛ばされる。


当然、敵の周りのモノもタダでは済まず、車や街路樹、電灯まで地面から離れ後方の壁にまで飛ばされている。その様子は、巨大竜巻でも見れそうにない光景であった。

それらもたちまち、塵による煙で見えなくなってしまう。



「……おい、ちょっとやりすぎじゃねーのか」


「流石にこんな所で死ぬ訳にはいかないからな。油断はナシでいかせてもらった。まぁ修復のための金なら出すから」


彼は我ながらやりすぎたかな、という顔をしながら呟く。




「おい! お前ら大丈夫か!!?」


そして相馬は、倒れ伏していた護衛の人に安否を呼びかけた。


「……陛下。私は大丈夫なのですが、コイツは弾が顎に命中してかなり出血が進んでいます……ッ!! 早く治療しないと、危ないかもしれません……!」



護衛の焦る声が響く中、前方の煙が晴れる。


その先にあったのは、強風で破壊されボロボロになった地面と車等の残骸、そして敵勢力の無残な遺体であった。


正直見るに耐えないので、早く処理したいところではあるが、まずは一応の防御魔術の構築。

かつ、負傷した護衛と雅銖衞の回復が先だと相馬は判断する。



「楓、お前は護衛の人の回復を頼む。……俺は銖衞の怪我を治すようにやるから」


「それは勿論いいんだけど。………び、びっくりしたぁ」


楓が少し震えた声で胸に手を当てて、ほっと一息つく。



「別に叱る訳じゃないけど、やっぱ前線ってのは危険なんだよ。だから、今後は絶対にさっきみたいな安易な1人行動はするなよ? お前攻撃系魔術はダメダメなんだから」


そう風早が嗜めると、珍しく「はーい」と楓は言うことを聞く。


治療を急いでしなくてはならないため、というのもあるだろうが、………まぁそれほど怖かったのだろう、無理もない。



そうして、俺が一応軍に緊急召集の連絡を出していると、相馬が俺の方に駆け寄ってきた。

俺はその時、デバイスで“あること”を行なっていたのだが。




「おい、大丈夫かお前。弾はしっかり貫通してるのか?」


「あぁ、それは心配ない。……というか、まず俺の手当てなんかより先にやることがあるだろ」


その言葉に、相馬は一瞬何か言おうとしたが、すぐに「そうだな」と答えデバイスを取り出した。ここで感情だけで動かず、すぐに切り替えられるのは流石にトップというべきか。



「──とにかく、こんなことがあった後だ。まずは軍を動かして街全体に戒厳令でも引いて、他の危険分子がこの街に潜んでいないかを確かめねぇとな」


そう言いながら、彼は手に持ったデバイスを操作し終えた。


すると、すぐに街中に不快になるほどの警報が流れる。

緊急事態の合図だ。


「……よし、これで俺らの兵員もすぐに駆けつけるだろ。

とりあえず、俺らは大聖堂に身を隠すようにしよう、ぜっ」


俺がそう言って、立ち上がった時だった。

急にふらっとときて、再び膝を地につけてしまった。


──まさか、多量の出血がもう体にキテるってのか?



「……やっぱ大丈夫じゃねーだろお前。大聖堂に行くのは当然だけど、お前の手当てが先だ。向かってる間にお前にぶっ倒れられちゃ困るからな」


軽く呆れたように、相馬が俺に手を当てる。

魔術行使の合図だろう。


本当なら大聖堂に行ってからだ! ……と反論すべきなのだろうが、やはり体にもかなり負担があって言い切れなかった。

我ながら情けない。



…………“ここで”、しっかり言っておけば良かったのだ。






「弾はしっかり貫通してるな。よしなら塞いでも大丈夫か。力抜けよ、じゃないと危ない。───『再生せし光(ヘルダ・ユマラ)』!!」


その行使と共に、血があふれていた肩の傷口が狭ばっていく。

自己治癒力の促進による回復なのに、その勢いはかなり早い。


回復魔術は得意でないのにこれほどの腕前とは、やはり相馬はとてつもない才能なのだろう──。








────────────────────────────








「……あれからもう、12年か」


1人しかいない部屋に、そんな呟きがこだました。

外で鳴く虫の声もはっきり聞こえるほど静かなその部屋では、誰かがパソコンに向かっていたのだ。


──風早だ。彼は、停戦中である例の件について自分なりの案をまとめたモノを直々に作っていた。

こうでもしてないと、心が落ち着かず寝てもられない。


「戦争のことを考えると、自然と頭に浮かんできやがる」


その顔は、何処か遠くの世界の誰かを懐かしむようでいて悲しそうな、そんな表情だった。



「まぁ当たり前か。“あのとき”のことは、絶対に忘れられる訳ないもんな……」



風早もまた、“あの時”のことを思い出していたのだった。








────────────────────────────









──しかし。


丁度、その時であった。

風早のその背後から、“カチャ”……と後ろから音がした。



振り返ると、道の傍から武装した男が1人出てきていた。


(………ざ、残党かよッッ!!!?)


思わず風早の体は固まる。

突然の襲来に、それに対する反応が遅れた。



いや、それだけじゃない。彼らは今、回復魔術というモノの“最大の弱点”に直面しているのだった。


『魔術は、途中で行使をキャンセルしてはいけない』。


それが、魔術。……とくに回復魔術における常識なのだ。



莫大なエネルギーを以って、非現実的な結果をもたらす魔術というモノは、その特性故に危険がある。

それは、自身の狙いから行使が外れた時…、そのエネルギーが大暴走を起こすこと。


つまり、その行使をキャンセルするということは、莫大なエネルギーを暴走させることに他ならないのだ。


特に、エネルギーを対象者の体内に蓄積させる回復魔術では、キャンセルすればたちまち対象の中でエネルギーが暴走を始め、人体をズタズタに引き裂きかねない。

すなわち、今行使をキャンセルすれば、雅銖衞という男の命の灯は消えることになりかねない。



相手がそのタイミングを狙っていたのか、それともたまたまなのか、……そもそもさっきの場所から回ってきただけなのか。

そんなことは分からない。


しかし、現在ヤバイ状況にあることは明白だった。




(た、頼む。行使が終わるまではもってくれ……ッッ!!)


風早の回復魔術行使にかかる時間は10秒もないだろう。

今までの時間も含めば、残りは3秒ほどだろうか?


──しかし、その3秒が果てしない程、遠い。



奴の手はこちらに突き出され、そこには光が灯っている。

それはおそらく光線による魔術攻撃か。


今の最低限の防御魔術、かつ回復魔術に力を割いている状況では、おそらく十分に死ねる威力だ。


幾多もの後悔が頭を巡る中、それはスローモーションのように見える。



そして、残り1秒を切った程で。


その不気味な光線はこちらに飛び始める。



──間に合わない。

その時のことは、まるでスローモーションのように感じた。


その軌道は頭だ。このままでは即死コース。

車にある彼専用の医療器具も意味を為さない。

率直に、彼は自身の死を予感することになる。


その魔術攻撃が、風早の脳天に向かって、一直線に……。




「危ないっっ!!!」


突然、横からその声と共に視線が差遮られた。

と同時に、風早は突き飛ばされるように払われる。


そして、光線はその2人の前に現れた“何か”に当たった。

その結果か、風早はその軌道から外れ、光線は当たることなく過ぎ去っていった。



気がつけば回復魔術も行使が終了しており、呆然とする風早の頭に、“何か”が降り注ぐ。


──それは、液体だった。



不気味さを感じさせるように赤黒く、戦場を思わせる匂いを発するその液体を見て、風早と雅は現実を直視することになる。



………まさか。



……………まさか!



………………………まさかッッ!!!?




「か、楓……? おい、嘘だろッッ!!!?」



──それは血であった。……“風早楓”の。



その血の量は、かなり多量だ。既に、周囲が赤く染まっている。それだけで数百mlは下らないだろう。




長年、戦場にいた風早は直感で気がついてしまった。


───これは、()()()()()()()



恐らく、楓はその回復魔術の才能を発揮して、護衛の人たちの治療を早く終わらせていたのだろう。


だからこそ、風早の元に間に合った。


──いや、“間に合って”しまった。


その護衛達が、治りかけの大傷の膜が破けそうになりながらも、二度目の襲撃者を今始末していたが。


そんなことはもう、見えてなどいない。





「…………相馬、良かった……。大丈夫、だったんだ」


楓が口を開いた。

既に、その声は震え、目は虚ろである。


──じきに果ててしまうのが、確信に変わる。



「楓!! 待ってろ、今すぐ回復魔術を使うからっ!!

 『再生せし光(ヘルダ・ユマラ)』!!!

 ………『再生せし光(ヘルダ・ユマラ)』!!!

 …………『再生せし光(ヘルダ・ユマラ)』ッッ!!!』」


でもどうしても諦めきれず、一心に回復魔術を使って足掻く。


──しかし、まるで効果はない。……やはり、既に魔術の効かない超危険状態まで入っているというのか。



「……じゃあ止血剤だ!!! これなら、もしかしたら、病院にまで間にかもしれないッッ!!!」


相馬は、緊急用の止血剤を取り出して使う。最新式のソレは、かなりの即効性を持つ。緊急時には重宝される一品だ。


彼は惜しみなく、それを使用していく。




「……そ、うま。多分もう私は、ダメ……だから、私には……分かる……」


楓の声がどんどん掠れていく。


「いや、まだだ!! まだ諦めてたまるか!!! ……俺は諦めるわけには絶対いかねぇッッ!!!」



──そう言いながら、もう気がついている。

魔術以外の治療方法といえば、病院での手術しかない。

……しかし、車は壊れているしここから徒歩では遠い。既に護衛が緊急用の看護兵員を呼んでいるが、来るのには最短でも5分はかかるだろう。


また周辺には、警報を聞きつけて駆けつけた兵士たちもチラホラいるが、彼らの大半が歩兵である。

まぁ当然だ、ここは支配領域の街中心部なのだから、戦車や戦闘車両は当然のこと、兵員輸送車だってほとんど必要ない。そういったモノの大半を所有する主力部隊は、現在街から北に何十キロも進んだ、一時停止中の首都周辺の最前線に張り付いているのだから。


それに加えて彼自身の長い経験が、もし救うのならば緊急的な止血と輸血、かつプロの医者数人は必要だろう、と頭の中で主張していた。


しかし、破壊された車の中にあるのは風早用の血液型用の輸血パックで、それは楓には合わない。

………だから用意できるのは、素手による止血くらいだ。



こんなことになるのなら、輸血用のパックは誰にも使えるようにしておけばよかった。

──そんな後悔がよぎるが、最早意味はない。


今から何を考えても、間に合わないのだ。





「だから、話せる……うちに、言いたい、ことがあるの……」


その声は掠れながらも、はっきり風早の耳に伝わってきた。


恐らくそれは、彼女の。……“最期の願い”なのだ。




「──ッッ、………あぁ、分かった……」


風早は、血が出そうなくらいに唇を噛みしめながら、

今までの取り乱しを抑えて、そう答えた。


そしてそのまま後ろにいた、医療室に連れて行くための車を用意しようとしていた兵士の1人を手で制する。

…………“もう、いい”という合図で。



辛かったはずだ、泣きたかったはずだ、どうにかしてその最悪な結末を変えたかったはずだ。


──けれども、現実というモノは残酷で、そんな彼のちっぽけな願いも叶うことはない。



──だからこそ、彼は今できる最善。……という名の『諦め』、を選ぶしかなかった。


周りで色々な者が何か言っていたり、動いていたりしていたが、もうそんなことは見えていなかった。


一応、今から救護室や病院に連れていって治療をら受けることが出来るまでの時間を計算し、それまでどれ程の時間があるかを確認した。

──恐らく、いや確実に。それですら、間に合わない。





それでも、理屈ではなく諦めきれずに、傷口を抑えようとしていると、彼女は口を開いた。


その語りかける顔は、苦しそうでありながら笑顔だった。



「私が居なくなって……も、ちゃんと皇帝として……、みんなが平和……に、生きられるように、がんばってね……」


「──あぁ」


「……杏、玲、アリフィたちのことを……ちゃんと愛してあ……げて、ね。みんな……本当にいい子で、あなたのことが……大好きだから」


「───あぁ」


「あと、もちろん唐馬、のことも……お願い、ね。もちろん、他の子達も……」


「──────あぁ」




そして、楓が虚ろな目のまま、涙を流して笑う。



「……あと、これは、私のワガママだけど。……それでも、私の、こと、……絶対に……忘れない、で……」



その言葉は、今まで聞いた言葉の中で、最も風早の心の奥へと響いていった。ついにその唇には血が滲んでいた。



「──当たり前だろ……、楓。お前のことなんか、忘れられるかよ、……ッちくしょう……」



相馬が固く拳を握り締める。歯も限界なくらいに食いしばり、顎が壊れるじゃないかと言う程であった。我慢していたのかもしれない涙も、既に止まることなく流れている。




「………良かっ、た……。私、幸せ者……だ」


今にも壊れそうな笑顔で、彼女は言った。


いきなり異国、……いや、異世界に飛ばされて。30歳にもなることが出来ずに、いきなり襲撃されて、たった数人だけに看取られて死ぬと言うのに。

彼女の顔は、言葉通りに幸せそうな笑顔だった。



──そのときの笑顔は、一生忘れられる訳がなかった。




大きい傷口からは血が全くもって止まらない。一応止血処置は行なってはいるが、それを超える出血の勢いがあるのだ。


……既に、致死量に近い量は出血してしまっているだろう。


最期は、目の前だった。




「………そ、ぅま……」


それを証明するかのように、楓の声は、最早何とか聞こえる程にまでなってしまっている。


──認めたくなんかないが、もう終わりなのだ、



「………何、だよ……」


すると、また消えかけていた虚ろな表情を。彼女は再び、無理矢理のの如くして明るくした。


「今……まで、……あり、……がとう……、っ───」




その言葉と共にゆっくりと目を閉じ、彼女は動かなくなった。

その微かな笑顔のまま、彼女は永遠に活動を停止したのだ。



こんな、突然の。しかも、俺の……俺のせいで。





風早は、それから少しの間の沈黙の後、彼女を抱き抱えた。


死ぬ直前になり止血剤が効いてきたのか、それとも既に亡くなった後だからなのか、もう出血はほぼなかった。


そして、彼は彼女の顔を見る。

まるでその顔は笑顔のようで、顔色が少し青白くはあるが、眠っていると言われても違和感はない程であった。



それを見た相馬は、再び歯をくいしばる。

もう、彼を我慢させる者はいない。

先ほどに増して、かつてない涙を風早は流した。






「…………ちくしょう、絶対に、忘れてたまるかよ……っ」











────────────────────────────









そして、その後。


当然ながら正朝は、皇后の暗殺という大事件に対し、ブラーデン政府の失態として厳しく批判をすることになる。

風早は勿論、その周りや、国民に至るまでその怒りの声は上がり、今すぐ包囲した首都を占領しようという計画の実行が始まりかけるほどに。


“その事態”を重く見たブラーデン政府は、暗殺者を支持したとされる反講話派の政府要人とその取り巻きを拘束。

その後大正帝国に対し、彼らの引き渡しと、実質的な無条件降伏を通達し、侵攻計画はギリギリで無実行となった。



風早楓の死から丁度2週間後となった、両国の首脳によるコンクノーナでの会議で、戦争の終結を表明する『コンクノーナ条約』が結ばれることになる。



その内容は、

①コンクノーナを含むブラーデン帝国西部沿岸の割譲。

② ブラーデン帝国軍の解散、正朝政府による再編成。

③賠償金(国家予算の20%程度を10年間毎年支払う)

④ブラーデン帝国皇帝は、大正帝国皇帝の承認によって即位する。


──など、ブラーデン帝国が“実質的に”大正帝国の傀儡国家となるとまでいえるあまりにも厳しい条約であった。


これでも風早の意見で、初期案と比べ大分軽くなったのだが。




──そして。


その後、正朝は積極的な鎖国政策の道を歩むこととなった。

極力外界の関わりを断ち、不審人物を入れないために、入国に厳しい制限をかけ、他国に依存せぬように輸出入にも政府のチェックを入れる……、そんな動きだ。




理由としては、二度と“あんなこと”は起こさないようにするために、正朝国内を安定化させて平和にするため……だという。









────────────────────────────








「──なるほど、そんなことが……」


高崎がようやく絞り出したように小さな声でそう言った。

──いや、それだけしか言えなかったと言うべきか。



……妻、楓の死。

これをきっかけとして始まってしまった“一種の鎖国政策”。

その結果貿易関係の不満が溜まり、この反乱の元となった。


自分の中で、今までの一連の情報が繋がっていっていた。

それがどれ程の事なのか、そして風早さんがどうしても腹を括って動き切れない理由も。



……でも。

それに対しての適切な言葉など、思い浮かばなかった。




──すると。


黙り込んだ高崎に背中を見せたまま、銖衞が話しかけてくる。


「まぁアイツの考えも分かるんだ。確かに、何かを失うかも知れない危険ってのは怖い。──それが、“1度経験したことがある”ってんなら尚更だ」


「………銖衞さん」


高崎はそう呟きつつ、銖衞の背中をじっと見つめた。

その背中は、言葉以上に何かとても大切な事を物語っているようにも感じることができた。



「でもさ、あいつはすげぇ奴なんだ。アイツの努力は俺が1番理解してる。“風早相馬”は、こんな場所で躓いてる場合じゃねぇんだよ」


その声は小さくはあったが、心の底からの気持ちが籠った力強い声だった。




彼は、それを言い終えると、ゆっくりと振り返って微笑む。



「──だから、お前には期待してるんだ。……俺の言葉じゃ、アイツには刺さらねぇ。全く別の視点、それでいて“同じ世界”にいた奴の言葉の方が、きっと風早の心には響く筈なんだ。


 ───頼む。……アイツのケツ、引っ叩いてくれないか」









────────────────────────────








──そして。


話が終わってから、数分が経過した。


高崎は既に、銖衞の部屋から退出している。



彼から風早の過去の全容を聞いた“高崎”は、その一連の流れには、ある程度納得は出来た。


最愛の人の死は、どんな英傑すらも狂わせかねない。

高崎はその経験を未だした事はないが、それが一体どれ程の事なのかは察することくらいは出来る。



──しかし。


勿論、そのことを十分理解した上で、だ。



彼にはどうしても、“納得しきれない点”があった。





(……自分の1番愛してた人の死へ経て、極端な平和政策に偏ってしまった…ってのは、分かる。俺はまだその痛みを知らないけど、どれほどの事なのかは、なんなくでも理解出来る)




──だが。



(でも、だからって、こんな結末じゃなくたっていいはずだ。

自国民を想ったが故に、革命が起こって、国が分裂して、国民まで離れ離れになる。

……そんなふざけた結果で、納得できないだろ……ッッ!!)



彼は当然、風早の考えもしっかり理解できている。

──それでも、全てを肯定する訳にはいかない。




「……今回の件には、諸悪の根源たる悪役なんていない。

 だからこそ、早く終わらせなくちゃならないに決まってる」



高崎はそう言って、両の拳を握りしめた。心の奥底にある、その素直な気持ちを、全て正直にさらけ出すことにしたのだ。



──だからこそ、彼はこう決心する。




「ここからが、本当の平和に向かってくための始まりだ。いい加減なよなよしてないで、あの人には腹括って貰わなきゃな」




そうして、高崎は歩いていく。


彼はただのそこらにいる位の一般人だけど、だからといって何もしなくても良い訳じゃない。



──人にはそれぞれ想う“何か”があるはずだ。


家族、恋人、親友、なんなら全人類だって良い。


その大きさも関係ない。たとえ小さな想いでも構わない。



それらを守るために、どんなにちっぽけでも、やれることをやってこそ、人というのは“本当の人間”になれる。





風早の居るであろう部屋までは、……もうすぐだ。











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