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6話後編『12年前のお話②』





そして、さらに1日が過ぎた。

ブラーデン帝国への猶予まで、残り2日である。



「この街も落ち着いてきたな」


外を覗く風早が、しみじみとそう呟いた。

彼はコンクノーナの市長と話をするために、この街の市役所に来ていたのだ。


──彼がここを占領したときは、他国の突然の侵入に拒否反応を起こし抵抗する者も少なくなかった。

……が、現在では正朝軍の善政のためもあってかそのような空気は少しずつ無くなっているようだ。


街には緊張感は消え、そこらから笑い声が聞こえてくる。

これこそが本来のコンクノーナなのだろう。




「……ま、それはいいんだ。問題はブラーデン政府だ」


風早が手を顎に付けながら、声を漏らした。

未だに返事は来ていないのだ。


──もし、あと2日の間に和平の意思の通達が来なかったら。



「………それに関してなら、いい話があるぜ」


そして俺は相馬に後ろからそう話しかけた。

突然の声に軽く驚きながら彼は振り向く。


「銖衛か、いい話?……本当の意味でか?」


「勿論、俺がそんなつまらない冗談を言うとでも?」


俺はわざとらしく手を挙げ、やれやれとジェスチャーする。

相馬は露骨に苛立ってそうな顔をしていたが、内容が気になるらしく、ツッコむのはやめておこうという感じであった。



「返答が来たぜ、……降伏勧告を飲むってさ。

 その為に3日後の9月10日にここで条約を結びたいと」


その言葉に、風早の顔が少し緩む。

──当然だ、ずっと待っていた言葉なのだから。


「国民にも今日の夕方には発表するらしい。まぁ戦地の大凡の近況は知ってるだろうから暴動にはならないと思いたいが」



「──あっ、こんな場所にいたの!?」


突然後ろから昨日と同じような声が聞こえた。

軽いデジャブを感じながら風早と俺が振り返ると、そこには案の定、楓がいた。


「どうしたそんな慌てて、何か良いことでもあったのか?」


相馬がその様子を見てそう聞く。

確かに、彼女の顔はうれしそうだ。


「そう、それがね!! さっき本国の方から連絡がきて、……杏の子どもがさっき産まれたって!!」


その情報に、俺らは大きく反応する。

──なるほど、そういえばもう開戦から5ヶ月が経っている。

日常の感覚が狂っていたが、もうそんな時期なのか。



「──マジか!! そういや最近忙しかったから忘れてたけど、そういやもうおおよそ10ヶ月だもんな!」


相馬が俺と同じことを、大きく声に出して驚く。


その後は、「相馬忘れてたの!?」というツッコミに対して困った相馬がごまかしつつ和平が決まったことを伝えた。


楓もそれで喜んでいて、それからはまたいつものイチャイチャが始まった。


………いや、微笑ましくはあるんだけどな。



──しかし、俺はこのとき。

あることを思い返さずにはいられなかった。 


だって、その子供は、()()()()()()()()なのだから。





この中雅の地にはある特別な風潮がある。


……一夫多妻制は、当然の権利というモノだ。



かつて前15世紀ごろに始めて興った統一王朝『祖』の頃から、既に一夫多妻のようなモノは行われていたという。


その後、そういった風潮は王室のみへとなっていったのだが、8世紀の雅朝による中雅統一が為された際に時の政府によって制度化され、再び貴族や、庶民にまで推奨がされたのだ。


当時は分裂時代における長きに渡る戦乱の時代の直後で、男の人口がかなり少なくなり、さらには人口減少による経済の衰退などが進んでいた。


そういった中で、西方から進出してくるアルディス朝を押しのけるためにも、どうしてもそれを克服したかった、……というのが最近の学説だ。



そしてその結果、この政策は人口増加のきっかけになり、軍事力の増大にも繋がったことで、一時はカドナ半島にまで進出するなどといった雅朝の最盛期を築く一因にもなったとも言われている。


雅朝は1624年に滅ぶことになるが、以降の王朝もその政策を取り入れ、気がつけば世の中の常識へとなっていた訳だ。


まぁ近代に入ってからは他国の影響もあり男女平等の概念も増大し……、“一妻多夫”を認める、という中々シュールな対応策が行われていたりはするが。



そして、大正帝国初代皇帝もまた、一夫多妻を行なっていた。


本人は正直全くといっていいほど気乗りはしていなかったが、正朝七英雄(特に女メンツ)や民衆の声。

──そして、その頃から既に付き合っていた、楓のひと押しもあって、やることになったのだ。


まぁやることになった以上、彼はうまくやっているのだった。




──俺は、彼女に一度聞いたことがある。


「なんで一夫多妻を仕方なく認める、どころかわざわざ本人に頼んだんだ? お前がはっきり嫌がれば、アイツも断って2人きりで歩めただろうに」…………と。



そうしたら、彼女は笑って軽くこう答えた。


「………だって、相馬のことが好きで好きで仕方ないのは私だけじゃないでしょ? 私は今までずっといっしょに進んできたみんなと一緒に、幸せになりたいの」



──これが、はっきり言って彼女の本心だったのか。

それは当時は分からなかった。……いや、今も分からない。


──楓は、簡単に言えば“いい子”だった。

ワガママなんて滅多に言わないし、いつも周りのことを優先して考えて行動するようヤツだったんだ。



だからこそ、その言葉が彼女の本心そのものなのか。それとも周りを考えた上での自分を押し込めた意見だったのか。それは俺には分からなかった。




ただ1つだけ言えることは、その時の彼女の顔は曇り1つない笑顔だったということくらいか。









────────────────────────────








──ふぅ、一旦休憩しないか?


夜遅いとは言えまだ1時前だ。……俺も12年前のことを思い出してたら疲れてきたんだよ。


まぁ休憩がてら雑談でもするか。

なんか今までのとこで質問あるか??



……え?何で楓のことを紹介するときに過去形なのかって?


お前な、それ聞くか。……できれば察して欲しかったんだが。






簡単だよ、───()()()()んだ。


しかも、この“和平が決まった”12年前の9月7日にな。





あの時のことは、忘れもしない………。











【ぷち用語紹介】

・雅朝 (785〜1624)

現在の大正帝国が支配する地域に存在した王朝。

初代から有能な皇帝が続き、全盛期には一時カドナ半島を領土をするほどに成長した。

皇帝は古くから有力な領主であった雅一族が務め、30年ほど前まで存在した燿朝もその一族の系列の者の王朝である。

1000年近く続いた王朝であることから、現在もなお、この時代の影響が強く残っている。


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