6話前編 『12年前のお話①』
大正帝国領、北方州における最前線。
12年前、そこでは熾烈な戦闘が繰り広げられた。
『北方戦争』。
2551年3月21日、南方の豊かな大地と海を得ようと、当時新興国だった正朝へブラーデン帝国が南下。
国境防備に勤めていた正朝軍第24軍団との衝突をきっかけにして、北方戦争が勃発した。
開戦直後こそ、数で優っていたブラーデン帝国側が押していたが、正朝内の軍隊が集結した頃には形勢は逆転。
戦争開始から3ヶ月後には、
以前の国境線から軽く60km分は前線は後退していた。
ブラーデン帝国も弱いわけではなかったが、正朝帝国軍の技術と士気に押し返しきれなかったのだ。
4ヶ月を過ぎようとする頃には、開戦前の国境線から約100km先に当たるブラーデン側2番目の都市『コンクノーナ』への侵攻が開始され、5ヶ月後には街は陥落することになった。
そして、さらに正帝国の軍は進軍。完全に指揮統制が崩壊したブラーデンを翻弄し、気づけば首都を包囲するにまで至る。
そして正朝は、降伏の意思の有無を1週間以内に通達せよ、とブラーデン帝国に連絡を送ったのだった。
そして、9月6日。
通達が行われてから、4日が経っていた。
───北方州、コンクノーナ─────
「……返事はまだ来ないのか、もう3日もないんだぞ?」
正朝占領下のコンクノーナの中心部、『ユナ大聖堂』で1人の男が口を開く。
そう、風早である。まだ29手前の彼は、普段のおちゃらけた様子は全く見せずにその中で俺に聞いてきた。
この街は現在正朝軍の駐留所になっており、中でも大聖堂はその中心として使われていた。
「あぁ、未だに有りとも無しとも来ていない。もうこんな戦争さっさとやめにしたいんだがな、お前もそう思うだろ?」
そう問いかけると、彼はそうだな、と軽く笑った。
そんな緊張するなという俺の意図が伝わったみたいで何よりだった。長い付き合いなのだ。
しかし、心の奥では悩みをグルグルさせているのであろう。
そこで俺は、彼を明るくさせるための更なる一手を打った。
「……ただ、違う連絡なら帰ってきているぞ。──“もし、断ればどうなるか”。それを明言してほしいんだとさ。まぁあらかた、反対派を黙らせる術を求めてるんだと思うぜ」
それを告げると、彼は一旦何かを言いかけて躊躇った。
コイツが何を言おうとしたのかも大方分かる。
だからこそ、それを言葉にしてやる。
「そうだな、これなら奴らには厳しく伝えた方がいいだろう。まずは今包囲している首都を大爆撃の後占領。それに留まらず降伏意思を見せるまで全土を落とすつもり……こんくらいは言った方がいいだろ」
風早が、それに反応を見せる。
「それで、もし。……通告無視をされたらどうする?」
「ま、そん時はそん時だ、決着はもう着いたとあっちが分かるまで、やるしかねぇだろ。ま、本気で殲滅するつもりは 俺にも毛頭ねぇよ。それに今迄だって、最小限の戦闘しかしない様にやってたじゃねぇか。俺はだってこんな場所から早く帰っていつもの自室で優雅な暮らしに戻りてぇんだよ」
その言葉を聞くと、彼はまた笑い、俺もだ。と短く返した。
………その声には、裏の曇りも見えなかった。
「おっ、元気を取り戻してくれたようで何よりだ。それに俺なんかより、お前にはもっと帰りたい理由があるだろ? ……まだ3さ──」
「──あっ、相馬!! ようやく見つけたっ!」
そう俺が問いかけると同時に、後ろから小走りで向かってきた1人の女がいた。腰にまで至ろうかという長い少し茶色みがかかった黒髪に、大人とは思えないほどの可愛らしい童顔だ。
「なんだ楓か。急に後ろから呼ばれたから誰かと思ったわ」
「ウソだっ! 相馬はいつも後ろから呼ばれても、お前の声なら分かる(キリッ ……とか行ってたじゃん!!!」
その言葉に、相馬が吹く。
「いや言って!! ……ったけどさぁ!?そんな顔は断じてしてなかったぞ俺はもっと冷静に言ってた筈だッ!!」
「いーやそんな顔で言ってたね!! だってその時の相馬が何か面白くて、私はっきり覚えてるもん!!」
「あーッ!! 分かった分かった言いましたからもう思い出させるのをやめてくれっ!!」
彼女が来ると、風早が戦争が始まる前の普段の姿に戻った。
──いや、それどころか最早ガキだ。とても30手前の男、しかも皇帝のものとはは思えないほどに。
彼女は、風早楓。
大正帝国初代皇帝である風早相馬の、“妻”であった。
「……ったくお前らは、ほんとずっと変わらないな。人様の前で初っ端イチャイチャしやがって。お前らの倦怠期はいつになったら始まるんだ??」
俺が、そう呆れたように、そして羨ましそうに呟くと、ようやく2人の目線がこっちへと向かった。
「……なんだ、銖衞じゃん。アンタ仕事はどうしたの?」
「なんだとは何だこの野郎。つーかお前当然とはいえ、いくら何でも相馬との扱いがいくら何でも違すぎないか?? 口調まで変わってるじゃねぇか」
ジト目でこっちを見てくる楓に、俺は思わずそう答えた。昔から別に仲は悪くないが、コイツとは俺は何故だかソリが合わないのだ。
「まぁまぁ落ち着けお前ら。………てか楓は何しにきたんだ。実質停戦状態とは言え戦時中の前線なんだからあんまり外に出るなって言ってるだろ? そもそも俺は付いて来ること自体反対だったんだ」
そう風早が言うと、彼女が頬を膨らまして反論をする。
「そんなこと言っても、私には私の役割があるんだから来ない訳にもいかないじゃない。相馬は大切なみんなが死んじゃってもいいって言うの?」
彼女は今度は風早にもジト目でそう言った。
言うときは言う奴なのだ。
その厳しい言葉に、彼も萎縮する。
そんな訳で、頭を軽く掻きながらこう返すしかない。
「──いや、悪かった。そうだよな、楓も一生懸命戦ってくれている兵士のために頑張ってるんだもんな。お前がいなきゃ助からない奴だって沢山いたと思う。ありがとうな」
風早は自分の非を素直に認めて、頭を撫でた。
歳に見合わない行動なのだが、心なしか嬉しそうだ。
──風早楓。
彼女は風早という1人の男にとって、かけがえのない存在だ。
……ただの奥さんというだけではない。
2人の間には、何にも変えられない大切な繋がりがある。
──それは。
彼女は相馬と同じく、違う世界から来たらしい。
……というかつまり、2人はこっちに来る前からの『幼馴染』だと言うのだ。
俺が相馬に会った時は、もう2人は一緒にいた。
まぁその時からイチャイチャしやがって、他の奴らから白い目で見られていたのだが。
あり得ないほどの魔術の腕を持つ相馬とは違って、彼女はそこまで才能に溢れる奴ではなかった。
──しかし、回復魔術だけは違った。
何故か他の才能は全くないのに、その技術だけはまるで数値を弄り回したように高いのだ。
元の世界でも看護師を目指していたと言う彼女は、その魔術と医療技術を使って、軍の診療所で働いていた。
それは素晴らしいほどの腕前で、彼女1人の存在だけで今まで万単位で正朝の人々は救われてきた。
そんな彼女に言われれば、相馬が非を認めるのも無理はない。
……というか、元より相馬は変に意地を張って自分の非を認めないことなんかまずないのだが。
──まぁ、なんだ。
この時の俺たちの歩みは順調だった。
建国から10年が経ち、国力は凄まじい勢いで上昇を続け、国内総生産は遂に、東大陸2位の経済大国であるアルディス王国にさえほぼダブルスコアをつけることになった。
今でこそ戦争が起きているが、既に我が大正帝国は東大陸最強国家として君臨しつつある。
……この戦争の終結後、彼は平和な世にしたいと言っていた。
大正帝国を中心とした新しい東大陸の平和を気づくために奔走するのだ、と相馬はそう決意していた。
既に、アルディス王国とは引き続き友好関係を築き、ウラディル共和国とも不可侵条約が結ばれている。
──相馬の目標は、少しずつ。近づいてる。
この世界の歴史は、戦争の歴史といっても申し分ないほどにそれが起きている。今までの中で一番平和だったと言えるののも、大陸間戦争前のたった80年ほどだろう。
当時のアルディス国宰相の、有名な“平和演説”によって、一時的な平和を求める運動が起きたあの時。
世界的な会議が開かれ、遂には世界全国同盟会の結成が誓われたあの時。
──しかし。それでも、80年しか持たなかった。
相馬にそのことについて聞いたら、『俺は俺に出来ることをするだけだ。』と、そう言いやがった。
……まぁそりゃそうだ、遥か未来のことを考えても仕方ない。
だから、俺たちは“少しずつ前に進んでいく”のだと。
俺たちは、この先も順調にいくだろう……と、ある意味“タカをくくっていた”。
今となっては、この気の抜けたマヌケな考えに、苛立つしかないんだけどな。
【ぷち用語紹介】
・北方戦争
2551年に勃発したブラーデン帝国と正朝での間の戦争。
南方の土地が欲しいと考えた皇帝ヌラト14世が、正朝に軍を進軍させたことで始まった。
ところが、戦いは正朝側優位に進行し、ブラーデン帝国側は半年ほどでコンクノーナを陥落される。そのまま比較的温情のある講和条約でこの戦争は終結を迎えることになっていたが。
・コンクノーナ
ブラーデン帝国第2の都市。
比較的暖かい地域の都市であることから、周辺の地区も含めて人口は1400万人と集まっており、かなりの繁栄をしている。歴史のある街でもあり、この街の始まりは紀元前から、とまで言われている。




