2話 『それから』
「────退屈だ」
狭いオフィスの中で男の声が響いた。
背は170後半か、体はかなりガッチリしていて鍛えられているのが感じられる。また、髪は比較的短く、体つきに対して顔は少し童顔気味であるように見える。
そのオフィスの中は掃除こそされているものの、部屋の整理は全然されておらず、男のデスクには書類が所狭しと積み上げられているし、一部の机の上には何に使うのか分からないようなモノがどかどか乗っかっていた。その1つである時計は、テスナ暦2563年4月6日の昼どきを示している。
また、部屋の壁には新年度用のアルディス軍の新兵募集のポスターが何パターンか貼られていた。
……要するに、此処は軍の施設であるらしい。
それを証明するかのように入り口には『アルディス軍』などと書かれた看板も確認できた。
「しょうがないじゃない。仕事ないんだから」
向かいに座っていた少女が呆れたように答える。
歳は17、8歳くらいだろうか?男と比べると少し歳下といったところか。……とにかく、彼女の容姿は全てが軍施設というには幾分か不相応だった。
腰までかかるほどの長い金色の髪で、青色の瞳は宝石のようで透き通すかのように美しく、着崩すようされた軍服は所々かわいらしく改造が施されていて、もはや原形を留めていない。
何というか全体的にふわふわした感じになっているし、ズボンに至っては、最早ふりふりなスカートに変貌してしまっている。……ここまでくると、改造というか似た別物を作ってるんじゃないだろうか?
また、オフィス内には他のメンバーも何人かいるが、話に参加しようという気は全くないらしい。彼らはパソコンを弄ってたり、寝てたり、端っこでボードゲームで遊んでたりしている。
……確かここは事務所な筈なのだが。
「ま、それもそうか。この間までは色々と忙しかったし、このヒマは溜めてた分ってことかねぇ……」
そんなことを言いながら男はだらりと机に突っ伏し、寝るような体勢を取り始めていた。
1月はこの国では年度初めとされ、A2556といった軍用装備品等の補充・数量確認、2月は単純に“やらなきゃいけないこと”が膨大で、3月は……、まぁ色々あって忙しかったのだ。そう考えれば、今のひとときは心地よいモノに思えてくる。
──いや、だがちょっと待て。
彼はそんな気持ちに支配されかかっていた頭を軽く振り、気持ちを持ち直す。
「けどさぁ。そもそも俺らの仕事って国を守ることじゃないの? こんな事してて良いのかね」
そんな言葉だけは立派そうな事を言っているのとは裏腹に、彼は依然とあくびをしながら机に突っ伏したままである。
しかし、確かにここが軍施設である以上、本来それがそこに勤める軍人の役目な筈だ。
すると、向かいの少女が何を言ってるんだと言わんばかりに呆れた顔をする。
「なら仕事がないってのは、平和ってことなんだからいいことなんじゃない? それに日頃の訓練に関してはちゃんとこなしてる訳だし、非難される謂れはないと思うけど?」
まぁ、確かにそうかもしれないが。
……いや、待て。何かが引っかかる……?
──あ、そうだ。
男は彼女の論理に納得しかけていたが、その気持ちをさっと振り払った。そう、とても重要な事を思い出したのである。
「…………いや、そういや仕事ならあったな」
「へぇ。なに?」
そう、それは。
「お前らが起こした溢れる程の問題に関する書類の記入及び整理と提出じゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
その男、…………いや。
異世界(笑)飛ばされ野郎こと高崎は、書類の積み上がった机を叩きながら全力でそう叫んだ。
その衝撃で、書類の紙の一部がひらひらと舞い上がる。
──あれから、ちょうど2年ほどが経っていた。
(この世界の1日の長さは地球のそれとほぼ変わらず、1年は342日。)
その間、勿論数多くの出来事があったのだが……。
高崎はなんだかんだで最終的に軍に入ったのだ。
いや、この言い方では少し語弊がある。
軍に“入った”……というより、“入らざるを得なかった”と言う方が正しいだろう。
言語をまだロクに扱えず、世間の常識も知らない高崎は、何度も仕事をクビになっていたのだ。
そこで、もう金もなくてボロボロになっていた高崎は、近年の平和ボケで志願者が減少し始めているという軍に目をつけた。
まぁ正直命の危険なんかがある仕事なんて真っ平御免だったが、背に腹は変えられない。今死ぬよりはマシなのだった!
国は全力で新兵の募集を行っているし、それなりに待遇も良いと聞く。それに、高崎は部活と小学生時代に武道の稽古で鍛えたそこそこの身体能力もある。ある程度だけでも話せれば雇ってもらえるんじゃないか?
………なんて考えて、入ったのである。
──しかし、世界はそんな甘くなかった。
軍だって慈善事業じゃあないのだ。日常会話もままならないアホに優しくレクチャーしてくれる訳じゃない。1年半もの新兵訓練の間、高崎はやらかしまくったのだ。
しかし、少しでも志願者を集めたい軍としてはあまりクビを切りたくない。……というのも、彼らは軍人という職場の待遇の良さを、世間にアピールしておきたいのである。
そこで現在、アルディス軍にはある部署が設立されている。
──それがこの、『特別任務遂行部隊』である。
総数30名ほどから成るこの部隊は、名前こそ凄そうだが中身はその限りではない。いわゆる厄介者……有能ではあるがバカな問題児や扱いづらい奴らを、実質左遷するための部署である。彼はそこにぶち込まれたのだ。
ちなみにここはアルディス国の南部都市『デルカット』。高崎が飛ばされた『ヴァナラダ』のすぐ西にある都市であり、国内でも2番目の規模とされる大都市だ。
ここでの仕事は、基本的は一般市民からの通報や依頼で動く警察。いや、実質何でも屋みたいな事を行なっている。
安パイな仕事かと思いきや、別枠としてよく国から直々にふざけた無茶な依頼をされるし、いざ他国と全面戦争となったときはいきなり前線にぶち込まれるとか。最悪である。
現在は、死ぬ気で勉強して言語もしっかり扱えるようになったので、高崎としてもこんな場所今すぐオサラバしたいのだが、なかなかそうとも行かず、何故かこの部署のリーダーをやらされてしまってる訳である。
上のお人曰く、お前は基本的にはまともな人間だし、アイツらからも人望がある。リーダーにピッタリだ!……とのことだが、その後小声で、一番扱いやすそうだしな。と言ってたのは忘れてはいないのだ……!
そんな経緯のせいで、上からの威圧が来て辞めるに辞めれなかったりするのが現状であった。こんな問題児どものお世話なんか誰もしたくないということか。
あと、一応リーダーなのに給料は一般兵ときとほぼ変わってなかったりする。
………………辞めたい。
そんな気持ちが喉から出かける…どころか、とっくに吐き出しまくってる高崎なのだった⭐︎
…………と、まぁ。彼の心からの愚痴は置いといて、だ。
何故、日々の努力の末に言語をきっちり習得したというのにココを出ていけないのか。それは、高崎という男が魔術を“ほぼ使えない”。という理由も大きかったりする。
そもそも、魔術とは人体でエルダートを錬成しないと使えないモノだ。それは、この星の人類が持つ『魔臓』と呼ばれる小さな臓器が役目を担っている。
──そう。別世界である地球で生まれた彼には、魔力なんかカケラも精製できなかったのだ!!
あのクソ自称神野郎にまんまと騙されたという訳か?
と一時思ったモノだったが、そういえば確かに奴は“この世界の人は”、と言っていた。
……なんとも言えない高崎なのだった!
そして、実はこの国において魔術がからっきしであるというのは大きなハンデだったりする。
というのも、一部の古い考えの持ち主などは、神の力たる魔術が使えないということは奴らは悪魔の子である!……と主張し、そういった人を迫害さえしていると言うのだ。
だからそう言った理由もあり、魔術を使えない人達は、悲しいことではあるが、接客や営業を伴う一般企業などにはあまり歓迎されないのだという。
軍にはそういった考えを持つ人は(少なくとも彼の周りでは)いなかった。 それは有難いことなのだったが、それでも無問題という訳でもない。
一応軍では、追加の魔力を貯めるために背負うタイプの機器が全兵士に配布されている。だから実はそれを使えば、高崎でも少しなら魔術を使用できたりはした。
……のだが、彼に関してはそれが壊れたり、切れたらしたらそれまで。戦場で待っているのは死だ。
まぁそんなこんなの訳で、高崎佑也19歳はこんな軍の肥溜めみたいな場所にいる訳である。
……いや、まぁ野垂れ死にせずに済んだだけマシなのだが。
ちなみに彼はこの世界では、ユウヤ=タカサキ。
東大陸の超大国『正』生まれアルディス育ちの20歳だということになっている。
……本当は、今年の夏に20歳を迎える19歳なのだが。
ちなみに『正』とは、この世界の、言ってしまえば中国的なポジションの国家である。その文化も、地球における東洋に文化的にも人種的に近いものが多かったりするということもあるから、そういってまず間違いないだろう。
「……問題? そんな事あったっけ?」
──そんなこんなで、高崎は回想の世界から帰還する。
そして、そんな風にきょとんとした顔で呟いて彼の正面で首を傾げたのは、高崎の先ほどからの話し相手の少女、エレナ=カスティリアである。
彼女はこんな場所にいるが、なんと実は名門の貴族の娘だったりするやべー奴である。
……それも『王の右腕』とも称されるカスティリア一族のだ。
その性格としては貴族なためか口調こそたまに強いこともあるが、高飛車になってる訳でもない、むしろ温厚ないい子ある。
ただ、目を離せば何かやらかす凄まじいトラブルメーカーなため、社会勉強という体で家族にこの軍にぶち込まれたらしい。
実際それは正しく、ここでも隙あらば何かを起こしやがる。
「いや『あったっけ?』じゃないですよね!!? アンタ一昨日軍の実験室勝手に入って、ミスとはいえ丸ごと部屋爆破したばっかだろ!? それに先週も浴場で石鹸とか色々投げて排水溝詰まらせてたじゃねーか!!!!」
「……………………?」
「とぼけてるとかじゃなくてマジで何のこと?って顔だな!! 悪気はないどころか無意識なのがもう最悪だよ!!」
本当にきょとんとした顔で首を傾げるエレナを見て、高崎がなんとも言えない感じになる。
──そう。彼女には本当に悪気はないのだ。
しかしタチの悪いことに、やることやることに厄介事が付いてきやがるのである。
実験室の件も、近年流行っている病を患う子ども達を何とか助けられないかとひたむきに実験を試し続け、その結果出来た試作品が夜中に爆発して起きた事件だったし、
浴場の件も、女湯を覗こうとしたうちのバカどもに石鹸を投げつけ始めた事がきっかけである。
なんというか、当然悪い事は悪いのだがガチで怒る気にもなれない感じなのだった。
「つーか周りの俺は関係ねーって感じで話流してる奴ら!!! お前らもだからなァ!!!!!」
そんな高崎心からの叫びに、彼とエレナの会話を聞き流していた、一部の人間達がビクッと動いた。
「まずルヴァン!! お前なにそこらの一般人に対して殴りかかってんだよ!?」
「いや、俺だって本当は殴るのは本望じゃなかったんだけどな?アイツらが先に絡んできてしつこくウチの部隊の事バカにしてくるからよ」
「だから殴ったって!? 逆効果じゃねーか!!」
彼は視線の先にいる、赤みがかかった茶髪の男の堂々なもの言いに思わずツッコミを入れる。
ルヴァン=ナデュトーレ。
高崎の同期であり、無二の親友。銃器の扱いに長け、兵器を扱わせればなんでも簡単に扱う天才だ。
身長も普通に高く、180台半ばはあるだろうか?
ちなみにこの部隊の副リーダーである。常識も基本的にはある方だ。……ただ喧嘩っ早く、気に入らないなら上司だろうが盾突く野郎であり、ここに飛ばされているらしい。
「それにテラ! お前は魔術練習を夜中に公園でやってんじゃねぇ!近隣住民から苦情が出てるんだからな!?」
「い、いやぁ。すみません。つい熱が入って」
そして次に高崎は、ルヴァンの隣に座っている薄い茶髪の男にも注意を行った。
そっちはテラ=ナデュトーレ。ルヴァンの2コ下の弟である。
魔術の才は凄まじく、18歳にして一部の者からはアルディス史上最高の逸材とも評されている。
因みに身長は兄とは変わって、170いかない程度と同年代と比較しても少し小さめである。
ルヴァンと比べ性格も温厚そのものだが、魔術の事になると集中し過ぎて周りを気にしなくなったり、人格も少し変わりかなり強気になったりする。……そうなると、あの厄介なルヴァン以上に手がつけられないレベルと化してしまうというなかなかの厄介者だ。
そんな高崎の説教が始まったことを理解した他の奴らも、言われる前に、と言い訳を始め出す。
「……いや俺らのもわざとじゃないんだ。ただ手が滑って魔術を使っちゃただけで決して酔っ払って魔術で火遊びしてた訳じゃねーんだよ!」
「「「そうそう!!」」」
「お前らのは単なる悪ふざけの結果だろふざけんな!!!!
いい機会だオラァ!! 毎日のようにやらかしの報告書書かされる俺の気持ちにもなってみろクソがあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
鉄拳制裁だと言わんばかりに、高崎はバカどもに飛びかかろうした…………が。
ピーンポーン。
インターホンが鳴った。
「ほ、ほら訪問者じゃね!!?」
「早く出た方がいいんじゃないの!?」
「………………クソッ」
高崎が悪態を吐きながら、彼らに背を向けて入口へと足を向ける。コイツらに言われるのは癪だが、ケンカより外部からの依頼優先なのは事実だった。
彼はイラつきながらも、深呼吸をして気持ちを切り替え。
ゆっくりと、ドアを開いた─────────。
【ぷち用語紹介】
・特別任務遂行部隊
アルディス軍の足手まとい、また有用な人材ではあるが扱いづらいような人物をまとめて管理するための部署。
名前こそ格好良い感じがするがそのような部隊であり、本部はデルカットに存在する。……たまに本部が爆発する。
・大正帝国 (だいせいていこく)
通称正朝。東大陸最大の王朝である。
その歴史の中で、統治一族と国名こそ何度も変われど。この地域は軽く3000年以上もの間、東大陸、そして世界の中心の1つとも言える場所として君臨している。
しかしこの国自体は30年ほど前にある人物によって建てられた王朝であるようだ。決して「たいしょう」とは読まない。
・テスナ暦
この世界の大半の国で使用されている紀年法。
世界でも広く信仰の対象とされている宗教上の偉人とされている、テスナという者の生誕を0年としている。
また、1年は342日・1日の長さは地球とほぼ変わらない。
それがたまたまなのか、それとも必然による結果なのか。
それは神のみぞ知るものである。