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5話『理想と現実、そして過去』





「……結局、雅建隆は交渉には応じないか」


正朝第1代皇帝、風早の声が響く。



会議の最中に使者から伝えられたその旨は、彼の……そして周りの者を一種の絶望へと向かわせるには十分な内容であった。


短期決戦で終わらせる誓いを皆でしてから約20日。

しかし、それは未だに形にすらなっていなかったのだ。




──その場には多くの者が居たが、静まり返っていた。








────────────────────────────








既に時は5月25日。

この革命騒ぎから3週間が経とうとしていた。


6日に永都攻防戦を制した大正帝国は、その突然の攻勢に混乱・浮き足立っていた自軍の統制を立て直すと、本部中都から改めて永都を打通させんと迫ろうとする大燿帝国側主力の進軍を止めるためにも、最前線に大半の兵力を投入。



その結果、5月8日には『京州の戦い』が勃発した。


世界全国連盟の条約に基づき、核兵器こそ使用はされなかったが、1発で従来の城壁が粉々になる最新レーザー兵器や、近年の魔術解析によって強力かつ効率化された魔術攻撃による激しい攻防によって、最初の1週間で約20万人が犠牲になった。


そのうえ5月16日には耀朝の勢力圏拡大が完了。耀朝と正朝の勢力圏が東西全てで接し、前線の拡大と共にさらなる戦闘の激化が予測されていた。



……が。

これ以上無闇に自国の民を削りたくはない正朝側と、想定以上の消耗に一旦立て直しを図りたい燿朝側の意見が一致。

その結果、20日には一時停戦が行われることとなった。


しかし、それはあくまで停戦であり、和平などではない。

今もなお両勢力の境界線には北側から南側までびっしりと兵力が割かれているのだ。


──これらはすなわち、短期決戦での終結を狙う風早の思惑は潰えてしまったと言っても良かった。




そして。正朝は反乱軍である燿軍に対し、一時的に一部の独立を認めた和平交渉を進めようとしているが、一方の燿朝のリーダーたる雅建隆はそれに応じようという気もないらしい。



それだけではない。


燿朝側についたウラディル共和国も、永都から僅か数百キロに迫る所にまで攻めてきているのだ。


現在は同胞のアルディス連邦王国による抗戦でそれを完全にいなしてはいるものの、それが瓦解する可能性だってない訳ではない。



それに、西東南と三方に分断されてしまっているのが現在の正朝の状況である。


まだ、その地における代表者とはなんとか連携を取り、打倒燿朝を掲げる統一状態にあるが、彼らの考えが変わり、敵になる……という可能性だってなんら否定は出来なかった。



かくして、風早の頭の中の悩みが尽きることはなかったのだ。




──つまり。


出来ることなら和平の道へと行きたいのだが、状況がそれを決して許してはくれそうにないというのが、現在の状況である。



また、誰も経験したことのない未だかつてないほどの混乱に、人々の不満も限界まで溜まりつつある。このままでは、この地に民衆による第三の勢力が出てきたっておかしくはない。


そして終いには、北に控えているブラーデン帝国がこの機会に乗じて参戦を模索しているという話まで出ているのだ。





──まぁ、つまりだ。



“もはや中雅というこの地における、[秩序]とか[平和]とか[常識]などというモノはほぼ全て瓦解した。”




端的に言えば、この状況はそう言い表せるかもしれない。








─────────────────────────

──────────────────

──────────────






かくして今は、この現状を打開するための案を出すための会議を開いているのだが……。いくつかの案は出たものの、どれも実行には移し難く、一向に良いモノは出そうになかった。


まぁ、会議の前提がほぼ無理ゲーのような感じなのだから仕方ないと言えば仕方ないが。



しかし、そんなことも言っていられない。

……残された時間も、もう僅かなモノであろう。


“短期決戦という願いは潰えてしまった”。

その言葉が頭に浮かぶことを防ぐことは出来そうもない。


自分自身で戦況を変えようにも、大量の兵員と最新兵器が闊歩する本物の前線では思うように動けないのが現実だし、いくら一騎当千の実力といえども、流石にその規模の殲滅は難しい。




(一体、どうすりゃいいってんだ……?)



そんな彼らに出来るのは、その頭を限界まで使い尽くして考えることだけであった。








────────────────────────────








そして、この厳しい状況による影響は、思い切り巻き込まれた立場である高崎にも降りかかっていた。



『それで、帰る手立てはありそうなの?』


手に持っているデバイスから通信の音声が鳴る。


──相手は、エレナである。



革命による大混乱も少しとはいえ収まりつつあるために、特殊電波通信機でなくても通話が可能になっているようだ。



そんな中、高崎は今電話をしている訳なのだが……。



「………正直に言うと、難しいな」


高崎は素直にそう答える。仮に帰ろうとするならば、正朝防衛に当たっているアルディス軍に出向くのが一番マシな案だ。



現在、永都から南の方にはアルディス軍が駐留している。

しかし、一時停戦が成された京州とは異なり、この地域付近では今でも両軍の熱い交戦が行われている。


つまり、そんな緊張した場面に後ろから入ろうとしても、熱い検問などが待ち受けているに違いないのだ。


それに、そこを突破したとして、待ち受けているのはその土地での従軍なのだろうから、高崎にとってはまだ永都に居残る方が良かったのである。




「ま、ここでの生活は普通に快適だからな。まぁ文字通り帝国の中枢なんだから当たり前っちゃ当たりだけども」



そう。高崎は現在宮廷にいるのだ。


桑炎による攻防戦の後、彼はそういえば自身に住む場所がない事に気がついた。探そうにも、現在混乱&やっている場所も満員、でホテルには行けそうになかったし、帰る手立ても全くなかったのだ。



そんな途方に暮れていた高崎に、この戦いでの本当のMVPに野宿はさせられない……と、風早が宮廷に滞在することを提案してくれたのだ。


その中はもちろん豪華で広く、ご飯も美味しいし、借りている予備の部屋も広い。そして、万全に整えられた安全対策。


なんなら、現在この国で一番安全な場所はここであろう。



「……それに、俺も何にもせずに逃げるわけにもいかないだろ。ルヴァン達だってここよりもっと危険な中都で死に物狂いで頑張ってるらしいしな。

──もう見て見ぬ振りをして諦めるのはごめんなんだよ」



高崎の声が変わる。

彼は、“いつの頃”を思い返しているのか。




『そうは言うけど、一体ユウヤは何をするつもりなの? 戦争は個人の努力で解決できる訳じゃないのは分かってるでしょ?』


高崎の言葉を聞いたエレナが、軽く呆れたようにそう返す。

………まぁそれは正論も正論だろう。



だが、彼はこう言い返す。


「そりゃそうだ、そんなこと俺も分かってる。だから、別に世界を変えたいだとか、救いたいだとか、そんな大層な考えてはねーよ」



そうして、一旦溜めて、また口を開くのだった。




「──ただ、自分が今やれる最善を尽くしてたいってだけだ」









────────────────────────────








「──結局、“現状維持”しか選択肢はない……のか」


全ての者が押し黙っていた会議室で、遂に風早が声を上げた。


現状維持。


これは会議が始まって最初に出た案であった。



「燿朝との前線はガッチリ固められている。無理にゴリ押ししても突破できない……という訳ではないが、そ安易に手を出そうモノなら双方に莫大な被害が出ざるを得ない。また、相手は根本的な和平こそ断るが、停戦には応じる程度の考えもある」



彼の言う通り。

大燿帝国の元首たる雅建隆は、決して極悪人ではない。


桑炎の様に彼の部下にこそなかなかに荒い奴はいるが、彼の本来の目的は民衆の救済。だから向こう側もまた、大規模な総力戦には持ち込みはしなかった。


そして、何より怖いのが内戦中における他国の介入。内戦で疲弊しきったこの土地に他の勢力が入り込み、漁夫の利を取られるのが一番警戒すべきことだ。


──すなわち、今はウラディル共和国。


そして、その機会を今も伺っているブラーデン帝国だ。




「南ではアルディスの友邦達が、こちら側について戦ってくれている。ならば、我らが今やるべきなのは西方前線の防備の強化と、南方前線への兵力の投入……、やはりそこらだと言うことだろう」



そして、その言葉に反論しようとする者もいなかった。

──事実、その意見が現在の最善策にしか思えないからだ。



しかし、反論ではないが対案は出る。

正朝軍の長にして、風早の右腕とも呼べる存在。

雅銖衞である。



「1つ案なんだが、()()あの()()を使うってのはダメなのか?それに、確かお前の大切な唐馬も今そこにいるんだろ?早く助けてやらなくていいのか?」



それを聞くと彼は一瞬言い淀んだが、すぐ調子を戻し返す。


「ダメだ、今アレを使えば相手を刺激することになる。そもそも、その方法を使うならばかなりの少数精鋭。……つまり俺らが出向かなきゃならん」


そして、だ。……彼はそう付け加える。


「この混乱時にそんな賭けに出て、もし失敗しちまったらそれこそアウトだ。確かに唐馬のことは本当に心配だが、息子を気にしたあまりに俺が死ぬ訳にもいかねぇよ。

……それに俺が出張って死ねばそれこそあっち側の思う壺だ」



風早が唇を噛むようにそう答えた。

いや、本当に血が出るほど歯を食いしばっていた。


──本当は行きたいはずだ。自分の大切な息子の危機でもあるのだから、本当は今すぐ助けに行きたいだろう。


しかし、彼は同時に皇帝。……そのことが、彼の半自滅行動をなんとかして留めているのだろう。




そうして、彼の言葉を黙って聞いていた銖衞は、分かったと短く言う。決してそれ以上反論を繰り返すことはなかった。


彼は何よりも、風早が生半可な気持ちで決断を下した訳ではない、ということが知りたかったのだから。




「──なら、それを前提としてすぐに動こう。今現在もなお、このクソッタレな戦いに命を奪われようとしている者達がたくさんいるのだからな」



その言葉で締めくくれられ、この議題は終了する。

その後、すぐにそれに対応するための役割分担は決まった。



そうして、それぞれが彼らのやるべきことに従い、行動を始めるのだった。








────────────────────────────








「──風早についての話が聞きたい?」


「はい、どうしても知りたいことがあって」



時は進んで1時間ほど後。会議が終わったのを確認した高崎は、七英雄の1人である銖衞に声を掛けた。


彼は一瞬怪訝な顔をしたが、高崎の真剣な顔を見ると、その緊張を解くように答える。



「……申し訳ないが、今は難しい。まだこの混乱に対応するための仕事が山ほどありやがってな。もし本当にどうしてもしたいってなら、夜中にならできるが」



高崎は、その言葉を聞くと同時に、全くもって構わない旨を伝えた。

そもそも断られるかもしれないな、と思っていたのだから。




「……まぁ、ならそん時は外で話すのもアレだ。夜中、日が変わったら俺の部屋に来い、そこで話してやろうじゃないか」












【プチ用語紹介】

・世界全国連盟

大陸間戦争終結後に、国際的な秩序を保つためにと設立された国際機関。ほぼ全か国が加盟しており、戦争面については、核兵器を使用した国に対する無条件攻撃義務や経済制裁などを中心とした、“戦争などに当たっての義務”などを「一般人や土地に極力危害を加えない」という理念の元に定めている。

……しかし、核の使用を絶対に認めていないことが逆に、戦争の誘発を促進しているのではないか、という指摘もある。

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