3話 『永都攻防戦③』
──さて。
こうして、強者と強者の激しい戦いが始まった訳なのだが。
誰かが、忘れられていないだろうか?
「……どうすりゃいいってんだ」
そんな感じで戦いを見つめながら、高崎が呟いていた。
彼とてこの激しい戦いの中、やれる事があるなら何かしらやりたいとは思っていたのだが、参加しようにもあまりのレベルの違いがありどうしようもなかったのだった。
戦闘はもはや数百km/hのレベルに達していた。集中して見ているはずなのに何をしているのか、それすら理解できない。
この、凄まじいタイマンの戦いにちょっかいは出せなかった。
また、その周りでの七英雄達の戦いも到底参戦できるものではなかった。数千もの差があるものの、それを感じさせない圧倒的な力を見せつける彼らの近くに寄れば、巻き込まれて死にかねない。その上、普通の銃撃戦も起きているのだ。
……この派手なバトルもまた、殴りこめるモノではない。
ならば何をすれば良いのか?
その簡単な疑問に対して、彼は1つの答えを見つけた。
それは……。
「──ヘイ、あんた。俺は敵じゃないんだが、あんたアルディス語分かるか!?」
高崎は戦場となった広場でただ1人仁王立ちしている男に話しかけた。髪は茶、かなり大きく190cm以上はあるだろう。
桑炎と同じく、甲冑を見に纏っており、防御力に特化しているであろう様子が見て分かった。
当然、その周りは戦乱。
風早と桑炎は辺りを全て破壊するのか、という勢いでやりあっているし、燿兵と英雄達&正兵の戦いも熾烈を極めている。
その中で、広場の端に近い場所に立っているのだ。
高崎は知らないだろうが、彼も正朝七英雄の1人。
帝国の実質的な司令塔でもある、殷世だ。
周りの状況を客観的に見極め、そして的確な判断を下すといったことに長けており、このような戦闘時も各班などに司令をするのが彼の役目なのである。現在も遠隔攻撃魔術を撃ちながら、通信魔術を使って各人に指示をしている、という訳だ。
そしてラッキーなことに、彼は他国との対話といった面からアルディス語を会得していた。
「………なんだ急に、まぁ見るに反乱軍ではなさそうだが」
そんな風に彼は返してきた。
ぶっきらぼうではあるが、今は戦闘中なのだ。
それは当然のことであろうし、むしろ敵意を向けられない所に彼の性格の甘さが出ているのかもしれない。
そんな彼に、高崎はこう言うのであった。
「この戦闘、このままじゃ風早さんはあの野郎に負けちまう。
いくらなんでもヤツのあの力は別格すぎる」
その言葉に、彼も真っ向と反論はしてこなかった。
『集祈』、その魔剣の持つ力はそれほどのモノなのだろう。
高崎は改めてあの桑炎とかいう者の異次元クラスの手強さを確認して、こう切り出した。
「──そこで提案だ、考えがある。とりあえず聞いてみて、いけると思ってくれたらでいいから正朝陛下に伝えて欲しい。
………それには、あの人の協力が不可欠なんだ」
そう高崎が言うと、殷世は言い返すことはなかった。
普通なら聞くこともないだろうが、今は藁にも縋りたい状況。
──その話を促しているのだろう。
そう受け取った高崎は、たまに飛んでくる流れ弾に気を配りながらこう言い放つ。
「……じゃあこんな危ない中で申し訳ないけど話させて貰いますよ。あの化けモンに何とかして一矢報いる方法を」
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「──ぐっっ……!!!」
回避に徹底していた風早に、遂に桑炎の刃が迫った。
彼は無理矢理自身の持つ斬全剣でそれをいなそうとするが、パワーが違う。逆に無理矢理押され、吹き飛ばされてしまう。
「がッッ!!!?」
そして風早はそのまま広場端の建物に勢いよくぶつかる。
建物には大穴が空き、倒壊でもしそうな勢いであった。
「……はっ、所詮その程度か。このまま苦しみ続けるのも辛いだろう。そろそろ決着をつけてやろうじゃないか」
そんな風に、桑炎が剣をしならすように振りつつ、舐めるかのようにこっちに言い放ってくる。
しかし、彼には軽口を言い返すほどの体力も、余裕もなかった。痛む身体をおさえて建物から勢いよく脱出する。
そしてその瞬間に、その建物は完全に破壊し尽くされた。
──桑炎による、剣の一振りでだ。
あとほんの少しだけ逃げるのが遅かったら。
あの倒壊に巻き込まれて、少しの間身動きができなくなった所に完全にトドメを刺されていただろう。
……自身の生命の危機に、風早の額に冷や汗が流れる。
当然の話だが、常人離れした才を持ち、多くの人々に慕われ、ここぞの時のカンに優れた風早も、死ぬ時は“死ぬ”。
いくらその身を防御魔術で包んだって、どれほど強化系魔術を得ていたって、どれほど気をつけて闘ったって、強敵と戦えばその危険は否応にも上がる。
──それはこの戦闘にも当てはまる。
力が。経験が。そして気持ちが相手より下回ればこの命は尽き果てるかもしれない。その恐怖に打ち勝てない者には戦場に立ち、そして戦うことはできないだろう。
そんなお説教みたいな言葉を、彼は本気で確信していたのだ。
さっきから何をやっても、桑炎はその先を行く。
……まるで、いや完全にヤツにあしらわれているのだ。
どうすればいいのか?そんな疑問が彼の頭をぐるぐると巡るが、その適解は出そうにもなかった。
(───どうする…………??)
「さぁまだ攻撃は終わらんぞッッッ!!!」
そう宣言しながら、音速にも勝るレベルかと感じる勢いで桑炎がこっちへ来る。因みに、既に奴は盾は捨てていた。もはや守りに徹する必要もないということか。
その攻撃を風早は何とかすんでの所で回避していく。
しゃがみ、飛び跳ね、飛びつき、体をひねり、その剣さばきを回避していく。常人であれば一発目で、気がつく前に死んでいるあろうその攻撃を回避する彼もまた、超人なのだろう。
しかし、それでも奴はその上をいっている。
こうして回避に重きを……いや全てを置かなければ簡単に、いや既にヤられてもおかしくはなかった。
一旦奴の攻撃に間が空いた。
風早が桑炎を睨みつけながら、対策を案じる。
──その時であった。
風早の脳内に直接、ある者の声が届くのであった。
『……風早、殷世だ。
1つ提案がある、それもとびきり大切なヤツだ』
その言葉に風早は眉をひそめる。彼は指示こそするもの、提案という形は今まであまりとってきたことはなかったからだ。
そんな彼の様子を知らない殷世は、こう続けて切り出すのだった。
『“あのクソ野郎をぶっ倒す方法”だ。どうしても奴をぶっ倒したいと思うのなら、今から言う通りに動くといい。……そうでないなら別だがな』
その言葉に続けて投げかけられた作戦。
……それを聞いた風早が、再び動き出す。
ついに、反撃が始まる。
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「──さっきから何を狙って足掻いているかは知らないが、何をやっても意味はないとは言っておこうか……っ!!」
そう言いつつ、奴は何度も斬りかかってくる。
しかし、依然風早は避けるばかりでカウンターはしてこない。
それどころか、遂にその刃がしばしば服を掠め始めている。
それが体に届くまでもう間もないだろう。
しかし、彼は焦った様子は決して見せなかった。
……むしろ、妙に何かを狙っているかのような不可解な行動を見せる。
例えば、斬りかかっているそのタイミングで別の場所を見ているような素振りを見せたり、攻撃をしたかと思えば急に距離を急激に離したりするのだ。誘い込んでいるのかと思ったが、そもそも今の戦いにそんなことを行うメリットはない筈だ。
桑炎の中で疑問が生まれる。
まるで、風早のしていることは理解しかねない。
そんな疑問の最中、風早が一旦距離を取ったかと思うと、彼は急にその剣を鞘にしまった。
今度はいったい何をしやがるのかと桑炎が警戒していると、彼は簡潔にこう告げたのだ。
「…………降参だ」
そう言いながら、彼は両手を挙げた。最早どうしようもあるまい、そんな気持ちを分かりやすく表情で表して、だ。
その突然の白旗宣言に、桑炎は困惑する。
…………こいつは何をしたいんだ!?
「おい、この真剣勝負でそんなふざけた冗談はやめろ。さもないと今すぐここで斬り殺すぞ」
桑炎が睨みつけながら言い放つ。
「──いやいや、これは冗談なんかじゃあない。一旦話がある。こっちとしても燿朝を絶対に認めない、というつもりはないんだ」
そんな風なことを軽く笑いながら風早が言う。
本気で言っているのか、それとも策略の1つなのか。桑炎にはその真偽は見極められなかった。どっちとも取れそうなのだ。
「………つまり、どういうことだ?
皇帝の座を燿朝に明け渡す、という意味でいいのか?」
「あー。いや、流石にそこまでは俺たちとしても認められないな。──そうだな、中都以東をオレたち、以西をお前らとする分割統治はどうだ?」
そう彼は、あっさりと言い返してきた。領土の半分を明け渡すという重大な判断をしているとは思えない程に。
しかし、その言葉に桑炎は剣を固く握り直す。
「自ら降伏したそっちに選択肢があるとでも言うのか?」
「あぁ、むしろこれはそっちへの譲歩なんだぞ。
これは双方どちらにも悪い話ではないと思うのだがな」
そう軽く呆れたように言い放つ風早に、かなり苛立ちながらも桑炎は話の続きを促した。
……ふざけた奴だが、こういった話は真面目なのがあの男だ。
「まず、結局これはお前らの反乱だ。多くの人員を抱えてるとはいえ、帝国内の民の多数はまだ正朝側についている……だろう? 彼らを全て敵に回すのは得策じゃないというのは歴史が証明している筈だが」
同意を求めるように、一旦間を開ける。
「そして、一応俺も一国の王なんでな。本音としては、こんな自国の民と民が傷つけ合う内戦なんか今すぐやめたいんだ」
──確かに現在、結局過半数以上の国民は、突然の内乱に対して現政府を支持している、というのは事実だ。
そして、その一般市民を敵に回した帝国はことごとく滅んでいった。これも事実である。
それこそ、今起きている事自体が半分ほど証明になるのだが。
──つまり、奴はこう言いたいのだ。
“燿朝を長く残したいのなら、俺と協力するべきだ。”、と。
「……確かに、理屈としてはお前の言い分は分かる。
だが、この場で簡単に了承するとでも思っているのか?」
桑炎が彼を睨みつけてそう言い放つと、風早はその怒りを抑えるように優しく口調で笑って返答する。
「……いやいや、俺が言いたいのはそういうことじゃあない。これは交渉だ。つまり、これからちゃんとした場の席についてゆっくり決めていったって一向に構わない」
そう告げられた桑炎は、反論を一旦控える。
彼の言っていることは決して間違ってもいないし、簡単に蹴り倒せる提案でもない。
一旦彼の言う通り、和平という形をとり交渉の席に着くべきなのか……?
彼の中で瞬間的に激しい苦悩が始まる。
ここは一旦燿皇帝に話を待っていくべきなのか、それとも勢いに任せこの街を、そしてこの帝国を安易に滅ぼすべきなのか?
──この2つの間で揺れ動いているのだ。
彼は睨み付けるように風早を見たが、彼から少しも言葉の真意は読み取れそうにない。
そして。
“そのときであった”。
一瞬、背後から微かな音がしたのだ。
背筋に凍りつくような嫌な予感が桑炎を襲う。
彼は即座に振り返ったが、……もう遅かった。
バチチッッ!!!
その次の瞬間、頭が急にくらっときた。
意識は朦朧とし、足はふらつき、立つのもやっとの状態だ。
「──くっ、なんだ……ッ、これ……はッッ!!?」
頭を抑えながら、その視線の先を見る。
その先にいたのは……謎の銃をこっちに向けている、アルディス王国軍の服を着た1人の少年だった。
「お前がじっくり長考してくれたから、やりやすかったぜ?」
キメ顔で呟く彼の手には、1つの特殊な銃が握られていた。
L59S、通称失神銃。
アルディスの技術の結晶が詰まった秘密兵器だ。
横断鉄道の時も活用されたが、これは“光線を射出する銃”である。
──つまり、防御を比較的透過しやすいという特性を待つのだ。
そして、この兵器の弱点は射出に時間が掛かること。
要するに、今までの風早のしだした交渉についての話は、桑炎を長時間突っ立たせるのが目的だったのだ。
機密兵器のため、本当は風早達にその実用を明らかにはすべきではなかったのだが、場合が場合なので仕方あるまい。
「…………ってことは……ッ!!?」
その狙いを悟った桑炎は、彼らの次の狙いにも気がついた。
───しかし、これもまた遅かった。
振り返り剣を構えようとしたときには、既に剣を握り直していた風早が目の前に迫っていた。
……そして、いくら桑炎は遥かに強いとはいえ、もう防ぐほどの時間は残されては既になかった。
「──悪く思うなよ。国を賭けた殺し合いに卑怯もクソもねぇだろッ!!!」
ガンッッ!!!
その風早の持つ斬全剣が、桑炎の無防備な頭部に思い切り叩きつけられた。彼は当然頭にも防具をつけていたが、それごと破壊する勢いで奴を吹き飛ばす。
──1つ、おかしい所があると感じた人もいるかもしれない。
斬全剣は“全てを斬り裂く。”
……そういう話ではなかったのか、と。
──そう。
実は“例外”があるのだ。
剣の切先や刃ではない部分、つまり平べったい部位で叩きつければ、その効果はなくなる。
そしてその代わりに、実質的に防御無視の一発を叩きつけることができるという。
───すなわち。
「…………がっ、ぁ……ッッ!」
声にならない呻き声を出しながら、桑炎がぶっ倒れた。
──まぁ無理もない。
その性能と力を以って殴られれば、いくら最強クラスの男とはいえどもひとたまりはないのだから。
そんな桑炎の様子を尻目に、風早は剣を背中に挿し直した。
一見余裕そうに見えるが、よく見ればその顔は疲労にまみれ、息も荒い。……よく心得ている者ならば、それだけでこの戦闘の極まった熾烈さが感じ取ることができただろう。
「………はぁ、はぁ……。これが協力のチカラってやつだ。
お前は有能過ぎるが故に、仲間を信用しきれなかったんだな」
「風早!!!」
「ソーマさんっ!!」
その様子を見ていた周りの仲間達も駆け寄ってきた。
丁度一般兵との戦いも終わったのか。
いや。というか、大将の敗北を見て白旗を上げたようだ。
そもそも奴らの銃弾も魔術も、彼らの魔術防壁の前ではほとんど意味を成さないのである。
──この世界では人海戦術は、本当の強者には通用しない。
彼らを本当に殺すつもりならば、一基何十億円もするような最新鋭レーザー砲か、50cm超えの巨大列車砲の砲弾や、レールガンでも持って来なければならなかっただろう。
………魔術というモノはそれほどの実力を占めているのだ。
既に拘束された兵達は全体の6割はあり、辺り一面に存在していた。
両軍当然死者が出ない……という訳にもいかなかったが、その数は戦闘の熾烈さと比較すれば、奇跡的なほどに少なかった。
──これも、彼らだからこそ成し遂げられることなのか。
そんな様子を見ながら、高崎は感嘆の息を漏らしていた。
本気で考えた案ではあったが、まさか本当にそれを実行に移し、そして成功させるとは思っていなかった。
風早の回避し続ける実力、そして演技力、加えて周りの者たちの力を含め、全てが素晴らしかったからこそ成せた偉業なのだろう、……と彼は間近で見ていて素直にそう感じた。
きっと、この大帝国もそうやって出来てきたのだろうな、と。
──しかし、1つ疑問が残った。
それは風早に対する疑念だ。
“何故、民衆の反発を招くような政策を独断でとったのか?”
彼は近年輸出入を極端に制限する政策を進めていた。
そしてそれが反発を招き、さらに今回の大反乱に繋がることになった、ということも良く理解しているように感じた。
ならば、何故そんなことをしていたのか?
まさか考えなしの訳はあるまい。彼の頭のキレようは先程の戦闘から簡単に見て取れた。
──だとするなら。
むしろ、彼は“この状況”を狙っていた……??
「…………いやいや。まさか、な」
そう呟き、彼はその輪の方へと向かっていく。
しかしその足取りは重かった。一旦止まる。
反乱は終わった訳ではない。……まだ分からないこともある。
──そして。
結局、その何となく引っ掛かる気持ちを奥にしまい込んで、彼はまた歩き出すのだった。
【プチ用語紹介】
・殷世 (いんせい)
正朝七英雄の五雄。
戦場においても政局においても全体を把握する能力に長け、主に司令役として多大な貢献を果たした男。最終的な判断こそ風早が任せられているが、その判断の根拠も彼によるモノが大きい。




