8話 『風早相馬』
高崎が消息を絶って、3日が経とうとしていた。
現在特任部隊では、各々が行えるだけの捜索活動が懸命に行われている。部隊屈指の実力者であるルヴァンとテラは、上層部の待機命令を無視して2日前ほどには正朝に出発した。
そして、エレナを含めたその他のメンバーは、デバイスを駆使してウェブやSNSなどから情報を集めている。
しかし、そのどちらとも成果は芳しくない。
ルヴァン達遠征部隊も、なんとか正朝内には入れたものの、そもそも彼がどこにいるかが全く分からないのだ。それに加えて、当然正朝は外国である。そのため、言語の壁もあり、調査を満足にやりきれていないのが現状らしい。
まぁ一応、世界三大国家の1つであり、比較的古くから友好関係にあると言える正朝の言葉は、実は軍の訓練過程でも多少習う言語の一つである。
特に、ルヴァンはその軍事的な観点からかなり燿語は学んでいたらしく、日常会話くらいなら楽々出来るらしい。そしてエレナとて中雅語はそれなりに使える。いや……それでも、母国語と比べたら遥かに扱いにくいことは確かだった。
そして、一方のここ。
特任部隊本部では、なんとかデバイスの自動翻訳機能を駆使しつつ、インターネットで情報を漁っている。
……しかし、それでも未だ事件の詳細は分からないままだ。
そもそも、軽い鎖国状態である正国の詳しい情報は、あまり閲覧することは出来ないらしい。
当然と言うべきか、それでもたいていのモノは見れるのだが。
それでも両国にあるのは言語の壁。
それらの膨大な情報の処理には時間がかかってしまう。
本来は緊急時に敵国の情報を得るために使われる、「対象国のインターネットのサイトなどを自動翻訳し、求める情報を特定できるという機械」さえも昨日から使い始めたが、それでもまだ特定には至っていない。
分かったことは、列車爆発事故は防がれたこと。
それらの犯行企画者は捕まったこと。
その2つである。
ようするに、手詰まりなのだった。
「……お嬢ちゃん大丈夫か? 随分やつれてるぞ」
声がしたので振り向くと、部隊最年長ことランスがいた。
見た目のイメージ通りに最新機器が不得意な彼は、確かメンバーのサポートに徹していたはずだ。
「……別に大丈夫よ」
彼女は短くそう返すと、作業を再び始める。
機械任せなんかできない。今は個別で少しでも調べられるならやらなくてはならないのだ。
「いやいや嬢ちゃんすごい顔してるぞ? いい顔が台無しだ。
今機械がやってくれてるんだし、……あの坊主のことが心配なのは分かるが、少しは休んだらどうだ?」
ランスが心配そうな顔でそう提案してくる。
……そうかもしれない。今は休むべきなのだろう。
現に他の者は機械を稼働させてからは交代制でやっている。
──でも、何故かダメだった。
理屈では分かっていても、何故か休憩しようと思えない。
多分寝ようとしても、できそうにない。
すごく不安な気持ちが心を渦巻くのだ。
もう3日が経ったのだ。なのに核心は何も分からない。
死傷者は出なかった……とされてはいるが、連絡は一切ない。
ある可能性が頭に浮かんでしまう。
──もしかしたら……。
どんっ! と音が響く。
音の方向を見ると、その音は扉が開いた音だったようだ。
少女が立っていた。……セルヴィナだ。
確かあの子は、応答が来なくなった後、私も探してみますと言って以来来ていなかったはずだったけど……。
「エレナさん! 分かりました!! 分かったんですっ!!」
入ってくるや否や、ぴょんぴょん跳ねるようにそう叫ぶ。
その様子は焦っている、というか嬉しくて何を言おうとしてるのか分からない感じだ。
「落ちついてセルヴィナちゃん!? 何が分かったの?」
そう尋ねると、セルヴィナは自分でも何が言いたいのかうまく考えられてなかったのか、一旦一息つき、また目を輝かせて話し始めた。
「分かったんですよ! タカサキさんの居場所が!!!」
「……えッ!!?」
どういうこと!?
……と、エレナが聞いた言葉に驚きながら尋ねる。
そしてその話を聞くに……、どうやらそれは本当らしい。
彼女ことセルヴィナは、正朝とアルディス国のハーフだ。
そして、父方は現在正朝に出向いているらしい。
そこで彼に頼んで、そっちの情報を得ていたのだという。
確かに、現地の機器を使った方が情報は多くのモノを見れる。
また、それだけでなく言語も完璧に使えて、知り合いに聞き込みも簡単にできるとなるので、その効率はかなり良い。
だがそれでも父親も忙しく、中々判明には至らなかった。
……が、それで得たわずかな情報を使ってセルヴィナの提案で休日に聞き込みに行った際に、ついに事件の詳細を知っている人に会ったというのだ。
なんともラッキー……というか、ありがたい話だ。
今度セルヴィナちゃんのお父さんが帰ってきたらお礼をしないとな、とエレナは思った。
「それで、アイツはどこにいるのッ?
てかアイツは今、どこで何をしてるっていうのっ!?」
エレナがセルヴィナの肩をゆすりながら聞くと、彼女の顔が少し困ったように歪んだ。
「そ、その話なんですけど……、それが。私としも余りにも信じがたいんですが……」
なんだかとても言いにくいように目を軽く逸らし、
少し間を開けると。また、口を開いた。
「──どうやら、首都永都の宮廷らしいです……」
「「……………………はい?」」
隣で話を黙して聞いていたランスと、エレナの呆然とした声がその部屋によく響いていった。
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一方、宮廷では高崎と風早の話が行われていた。
高崎の手元には飲み物が置かれている。
これは、風早がまぁ喉乾いただろ?と突然席を立って用意したものなのだが、高崎としてはこんなのバレたら斬り殺されるなー。とヒヤヒヤなのであったが。
まぁそんなことは置いといて、……だ。
話は本題に入り始めた。
「そうだな……ここに来たのは24年前だったかな。突然トラックが突っ込んできて、気がついたら知らない土地に立ってた」
「それは……何というか、いかにもなテンプレっすね」
「……………?」
我ながら失礼なことを言ってしまった気もしたが、彼はどういうことだ?という風に首を傾げた。
そうか。風早がこの世界に来たのはおよそ24年前。
当時はまだ異世界テンプレとか存在しなかったのか。
そんな風に自己納得した高崎は、話の次を催促する。
「まぁそれでだ。なんか神とかいうやつが現れて、一つ能力をやろう。とか言い出してきやがってな」
「それまたかなりのテンプレっすね。
──てか、なんで俺にはそれがなかったんだ……」
言葉にも言い表せないくらいの不平等感を胸に抱きながら、ふと高崎の心にある点が引っかかった。
「……ん? それが魔術聖典なんですか?」
「いや違うな。これは皇帝になったときに手に入れた別物だ」
そう彼はあっさり否定すると、一旦間を空けた。
そして。なら、という高崎の問いに答える。
「そうだな……そんときには身体能力と魔術全般、武器の扱いの超強化ってモノを貰ったな」
「いやまさかの全部盛りッ!!? 普通せめてその3つのどれかなのではッッ!!?」
高崎が思わず突っ込む。とんでもない力の持ち主であった。
──いや、まぁあの大帝国をぶっ倒して支配するほどの男なのだからそれくらいでも違和感はない…..のか?
「まぁその力を使って、仲間を集めて民衆を扇動して支持を得て、どうしようもなくなった当時の皇帝から禅定って形を持って王の座を譲って貰って今に至る……と」
「そしてなんか雑ッ!! もっとそこに友情とか努力とか勝利の秘話があるんでしょうッ!!?」
そうツッコんでも、そんなの話してもつまらんだろ? としれっと言う彼は、もしかしなくてもとんでもない男なのだろう。
「それに、今回話したいところで大事な所はそこじゃない。問題はその“神”とか言うやつの事だ」
そう言うと、風早の顔が真面目モードになる。
空気も変わったようにピリッと音が聞こえるかのようだ。
「君も知ってるだろうが、奴は“決して神ではない”。
……まぁだから何者であるとは言い切れないがな」
「ええ知ってます。なんか魔術聖典を使った実験とか何とか」
そう高崎が答えると、そこまで推測がいってるとは。と少し驚くように返ってきた。
「いや、でもこれはあの爆破未遂事件の組織の奴から聞いた話で俺の推測って訳じゃないんですけどね」
「────アラン、か」
皇帝は言い終わると同時にその名を告げた。
「……知ってるんですか?」
「あぁ。……昔にちょっとあってな……」
そう言うと、また声の調子を変える。
「という事は、君の持ってる魔術聖典は……?」
「……あー。そうです。その男の物です」
別に隠していても仕方ないので正直に白状する。
これは要するに、殺人の告白なのだが。
「でも、これは事件での成り行きでですね……!」
「あぁ分かってる。どうせアイツがアルディス王国が動かざるを得ない程の、とんでもなく悪りぃことしやがったんだろ? まぁ当然の報いってこった。……だからそう慌てるな」
そうあいも変わらず落ち着いて言われると、妙に焦った自分がバカらしく思えてきてしまった。
高崎はコホンと一息ついて、また話しかける。
「ところで、その。皇帝のお仕事ってどうなんですか? これはただの個人的な興味本位なんですども、具体的に何してるのかちょっと気になります」
「──まぁ色々だな。政治はもちろん、戦争だって...全体を指揮するのは皇帝だ。…………本当に、色々あった」
突然風早の様子が変わった。
どこか、寂しそうな。そんな目をしていたのだ。
「……すみません。失礼でしたね」
「いや、そうじゃあない。ただ感傷に浸ってる感じを出したかっただけだ。気にするな!」
彼はすぐに表情を戻し笑い飛ばすように言ったが、……どうしてもそれは、何とか誤魔化しているように見えた。
「ま、とにかくだ。俺たちはその謎の人物の被害者同士って訳なんだから、とりあえず会って話をしてみたくてな。
……悪かったな。2日ほど拘留することになってしまって」
風早が申し訳なさそうに苦笑して頰を掻いた。
「本当はすぐ会おうと思っていたんだが、どうしても会えないほど忙しくなっちまったんだ」
その言葉に、「いいですよ」と高崎が返答する。
「……というか、その謎の人物の正体って全く分からないんですか?一発ぶん殴ってやりたいんですよね」
「なかなかにいい性格してるな君は……。そうだな、この20年。当然それも調べた。その努力の結晶から考えれば……」
風早が口ごもる。
「──いや、やめとこう。
こんなのただの推測……どころか当てずっぽうに過ぎない」
「えー。それでもいいから教えてくださいよー」
高崎がそうねだる様に手を合わせたが、彼はなかなか引きそうにない。仕方ないので、その話からは戻る。
まだまだ他にもいろいろ聞きたいことはあるのだ。
「それと、これはその……アランとかいう奴が言ってた話なんですけど。今もなお、世界が魔術聖典を巡って争ってる。……ってのは本当なんですか?」
そう、アランという奴が言うには、近代でも起こる激しい戦争はそれが原因で起きていると言うのだ。もちろん奴を信じている訳ではないが、1つの証言として、ここで聞いておくべきだろう。
すると、彼はアイツんなこと言ってたのか。
と1人呟くようしてしてから、また話し出す。
「それにれ関しては、本当じゃない……と言えば嘘になる、ってとこだな。特に西大陸なんかはそれ絡みの爆発が激しく起きてる地域だ。7割方はそうと言っていいのかもしれない」
ただし。と風早は付け加える。
「ただ、東大陸は正直そうとも言えないぞ。……少なくとも俺はそれ目的で行動を起こしたことはないし、そんな話もウラディルとアルディスの例の戦争以外では聞かないな」
なるほど。と高崎は素直にそう感じた。
東大陸では1つの戦争だけ。
………逆に言えば、それは魔術聖典目的だということだ。
その戦争を受けて起こした犯行だったのだから、アランという男の言っていたことはほぼ合っていた。ということでいいのかもしれない─────。
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それから、風早とは色んな話をした。
俺のここまでの話。
この世界における、日本やその他地球文化の話。
これは結構貴重な話で、こんなモノまであったのかと思わされるモノまで教えてくれた。今度買ってみよう。
他にも、アルディス王との会談の時の話、高崎と風早両者の一般人時代の話。そして風早さんの知らない現代の日本の話。
そして、彼の魔術の腕前と、軽く指導もしてもらった。
謎の力で得た能力だから、教えるのはできないのかな。なんて思っていたが、予想に反してかなりの理論家で、かなり細かい起動時の注意点なども教えてくれた。
察するに、与えられた才能に加え、その理論化された魔力操作術と訓練が、彼の魔術を強くたらしめているのだろう。
短い時間ではあったが、かなり有意義な時間だったと言える。
……まぁそんなこんなで、終わりの時間がきた。
言わずもな、皇帝はとっても忙しいのだ。
「今回は本当にすまなかったな。無理矢理連れてきて2日も牢屋に入れてなんてな」
「いやいや、それはもう本当にいいですよ。元を辿れば不法入国した俺が悪いんですから」
いやでもそれは軍の命令だろうし、それに君は爆破未遂事件の阻止にも動いてくれたしなぁ……なんて言うと、何か思いついたのか少し待っててくれ。と言い残し部屋を出て行った。
そして数分後、戻ってきた彼の手には封筒が握られていた。
「せめてもの気持ちだ。少ないが我が国の金と仮の身分証明書だ。これを使って観光でも楽しんでくれ」
そう言うとその封筒を渡してきた。
中を見てみると、正朝の貨幣である札束がかなり入っていた。
さらに、ちゃんとした証明書もそこに添えられている。
それどころか、皇帝直筆のサインも書かれていて、正朝皇帝公認といった文字が書かれていた。
そして、別に一枚の紙があったので取り出してみると、恐らく彼の電話番号とメールアドレス的なものが出ててきた。
「………いいんですか、コレ」
「もちろん。私たちは立場は違えど同じ仲間だ。困ったことがあったらいつでも連絡してほしい。そして、この中身で存分に我が国を楽しんでくれ。……まぁだが、“変なこと”はしないようにな」
風早が笑顔でそう言ってのけた。
ありがとうございますッ! と高崎はお礼を言う。
──しかし。
高崎は、彼が最後にゆっくり付け加えたその言葉に、何だか何にも言い表せぬ“恐ろしさ”も感じていた。
そうしていると、ようやく皇帝が呼んだ護衛が来た。
彼を出口まで連れて行ってやってくれ、と風早が言うと、彼もその指示に従い、彼らを先導するようにドアを開ける。
「今日はありがとうございました!」
「礼を言うのはこっちだ。今日はありがとう。軍の勤務、大変だろうがこれからも頑張ってくれ」
そう言うと、風早は歩いて行った。おそらく元の皇帝としての勤務に戻るのだろう。
あとはここから出れば、高崎もただの一般人である。
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「は──っ。豪華な宮廷の中も居心地は良かったけど、やっぱ外の空気の方が落ち着くなぁ!!」
そんなこんなでようやくシャバの世界にに帰ってきた高崎は、ふとデバイスを除いてみた。先程ちゃんと持ち物も返してもらったのだ。
……そういえばその時に、なんだか何処かコソコソしてる奴らがいて、声を掛けてみたら「げっ!」っなんて古典的な声を上げてどっかに去っていったということがあったりする。
いったい、彼らは何だったのだろうか?
──まぁんなこたいい。
今必要なのはバックの中身の確認である。
まずはデバイスを開いて────。
「…………………あ」
デバイスには、ものすごい数の通知が来ていた。
………完全に忘れてた。
仕方ないとはいえ、3日ほど、特任部隊のメンバーには何も連絡していなかったのだ。
………まさか、死んでる扱いにはなってないよな……?
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宮廷の最も奥の部屋。すなわち皇帝が控える場所。
そこで、風早はいつものように仕事を手際よくこなしながらさっきのことを思い出していた。
「いやぁ、まさかもう今の日本にはこの世界のデバイスの原型に近いモノすらあるなんてな、俺がこっちに来た時代と比べて随分発展したんだなぁ」
彼の話していた現代の日本の話は貴重だった。
今まで20年以上、“元の世界”のことは不明だったのだ。
「高崎佑也……か」
なかなかにおもしろい男であった。
何も能力を得られず、言語も分からないままこの世界に放り投げ出されたのに、野垂れ死なないどころか、政府にかなりの仕事を任されるほどにまで登りつめているのだ。
彼は自身のそのことに特に何も思っていなさそうであるが、これはすごいことだと思う。
そして、魔術聖典を所有していると来た。
ようするに、あのアランを倒したというのだから。
「ああいう奴みたいなのが、世界ってモノを変えてしまうのかもしれないな……」
能力込みとはいえ、“実際に世界を変えた男”はそう呟いた。
そして、その後こう言ったのだ。
「しかし……彼には、俺のようにはなってほしくないな」




