7話後編『正朝皇帝』
そして、高崎は呼ばれた部屋の前に到着した。
その扉の上に書かれていた部屋の名前は、見たところ正朝の言葉で書かれているので彼には読めなかったのが、少なくとも玉座の間とかではなさそうだった。
入り口の扉は狭い通路の脇にあり、中は掃除用具の収納室でした……とかでも違和感はない。
「おい、ここに入って待っておけ」
看守がそう催促をしながらドアを開く。その中も、外面通りの一般的な間取りだ。なんの変哲もない部屋に机と椅子がポツンと置かれている。例えるなら楽屋とでも言えるかもしれない。
(──おいおい、こんな場所でやるのか……?)
高崎がその部屋を一望しながら、少し呆れて口を開く。
何故なのかは未だまるで分からないが、皇帝に会いにいくと言われたはずだ。それをこんな場所で行うのか?
やはりアレは嘘だったのだろうか。
いや、あっちが高崎に嘘を吐く理由はあまり見当たらない。
そんな風に、頭の中で考えをぐるぐると行って戻ってきてと繰り返していると、看守に後ろから早く入れと押される。
そこに押し込まれた高崎は、とりあえず置かれていた椅子には座らずに部屋の隅っこに移動した。もし椅子に座ってたとして、看守のヤロウになんか怒られても困るし。
──ちなみに奴は、ドアの前で彼を見張っているようだ。
まぁ武器もない魔術も封じられてる今、抵抗するつもり高崎にもないのでそれはどうでも良いのだが。
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10分が経った。部屋の中はしんとしていて、壁に取り付けられた時計の針の音が聞こえるばかりである。
看守も少し早かったかな?と言うかのように、立ちながら軽く貧乏ゆすりをしていた。
立ちっぱなしもめんどくさくなってきたのでもう座ろっかなーと思ったその瞬間、外から足音が聞こえ始めた。
その音は静寂に包まれたこの部屋では確かな響きを持っていた。看守も一瞬でその体勢を整える。それは、軍で習うような基本を忠実に再現していた。
正国式がどんなものかは知らないが、腐ってもアルディス軍でそれを何度も練習していた高崎には、それが寸分違わないようなモノであることが何となく感じられた。
その仕草から察するに、そのドアの向こうにいるのはやはり只者ではないのだろう。その相手は、本当に皇帝なのだろうか?
足音も止まったと思ったと同時に、ドアが開いた。
そのドアの先にいたのは……。
「いやぁすまんすまん。ちょっとトイレ行ってて遅れたんだ」
──なんかそこらでサラリーマンしてそうなおっさんだった。
いや、服装はしっかりとした金色の雅服(国家の伝統服)を着ているし、頭には軽く尖った黒色の、いわゆる冕冠的なモノも被っている。
それは見たことがあった。こっちに来て最初に読んだあの本にも書かれていたのだ。それはこの国……いや、この中雅世界を治める歴代の皇帝が代々付けていた王の証である。
だから恐らく。……いや、ほぼ間違いなくこの男は皇帝で、決してそこら辺のおっさんではない。
しかし、皇帝を思わせるような威厳はあまり感じられない。むしろ優しそうな人だな、というのが印象だ。歳は察するに40前半くらいだろうか。
ただ、今でこそ顔はほんわりとしているが、若い頃はかなりカッコよかったのかもしれないと感じさせる、整ったバランスを持っている。
それに加えて、見るに正朝の主民族たる燿民族の出とは思えない顔つきだ。……まぁ、この世界に来てたかが2~3年の俺が言うのもアレだが。
とにかく、頭の中で予想していた世界を代表する大帝国の元首の威厳を持つような人ではなさそうであった。
高崎はなぜか少しひくつく鼻をかきながら振り返る。
しかも、入るや否や、皇帝が申し訳なさそうに謝るなんてすごい国である。つーか御付きの人はいないn──
…………ん? ちょっと待て……?
「日本語 ッ!!? ………ですか??」
高崎がついタメ語になりかけたのを訂正しながら驚く。
そう。今この男は確かに日本語を話していた。
見た目のインパクトに意識を奪われたが今のは日本語だ。
だって俺が理解できた言語なのだから。それに隣の看守が何を言ったのか分からないと言わんばかりに首を傾げているし。
しかし何故だ??
──そしてその時、高崎はどこか“デジャブ”を感じた。
最近こんなことあったような……?
(………………あっ)
そこで。高崎は思い出したのだ。
逆に何故、皇帝と聞いて今まで忘れていたのか。
数日空いたとは言え、自身の記憶力のなさに軽く笑えてくる。
そうだ。列車で出会ったあの日本語を話した男の子は、確か“皇帝の息子”だと言っていたじゃないか。
あの時も身分詐称問題で有耶無耶になってしまったが、おかしいと思っていたのだ。
まぁ、あんな権力を持ってた時点で只者ではないとは感じていたが、正直流石に皇太子はないかなーと推測していた。
しかし。
──どうやら、アレは本当だったらしい。
そんなこんなを思い出していると、彼はまぁ一回楽になろうぜと、日本語で言いながら椅子に座った。そして、もう片方の椅子の方をトントンと指す。座れということだろうか?
皇帝ともあろう人が囚人と対等に座っていいのか、という当然の疑問もあるが、逆らう訳にもいかず素直に従うことにする。
ちなみに看守は、さっきから両者が訳の分からない言葉を喋ってるのでおろおろしている。
…………うん、気持ちはわかる。
座ると同時に、彼は口を開いた。その口元はニヤリとしていて、何か楽しそうな感じを思いわせる。
「まぁ君の動揺も分かるよ。何で日本語を知ってるんだ? って思ってるだろう?
──その答えは簡単だよ。君と同じさ」
少し溜めてから、真剣な表情に少し愉快そうな感情を織り交ぜたような顔で彼は言った。
──俺と同じ? どういう意味だ??
……………………
…………ッ!!?
(……………ま、まさか……ッ!?)
そう考え込んでいた高崎の頭の中で、何かが繋がった。
それに気がついてしまえば、もう話は簡単だ。
──俺と“同じ”。
つまり、この人も“日本人”だというのか……?
「…………本当、なんですか?」
少し疑問風に、高崎はそう言葉を投げかけた。
確かに、この世界には俺以外の地球からの人間が来ていることは自然と理解できる。それはこの世界の文化や歴史が暗に物語っている。この世界には明らかに地球の文化を転用したものや、突如現れたとされる偉人が幾人か存在するのだ。
ただし当然というべきなのか、それらはこっちでは別世界のモノであるという記述はなされてはいなかったが。
しかし……。
それにしても、世界一の規模を誇る大帝国のトップがなんと異世界からの来訪者なんて、一体誰が想像しただろうか。これが世に明るみに出れば、それが正か負。どちかの影響を与えるかはともかく、とりあえず世界中の話題をかっさらうことは間違い無いだろう。
「あぁもちろん。なんなら証拠も見せるし話してもいい。
……というか俺が語りたい。なんせこっちに来て24年ほど。それで同郷の者なんかに会うのは初めてだからな」
皇帝はそう言うと、「ちょっと秘密の話をするから2人きりにさせてくれないか?」という旨を見張りをしていた看守に投げかけた。
もちろん高崎は正朝の言葉なのでほぼ理解なんかできなかったが、流れも考えて恐らくそういうことだろう。
まぁ確かにこのままだと、皇帝が異世界人だと伝えてしまうことになりかねない。そんなことが世間に広まったら大混乱でも起きるのはほぼ間違いないだろう。
看守は最初はそんな犯罪者と2人きりなどにはさせれません!と言うように何か喚いていたが、皇帝がどうしてもと何度も言うのでついに折れたらしい。
気をつけてください。といったようなことを言って部屋から出て行った。
まぁ確かにあっちからしたら、皇帝陛下が突然犯罪者と話がしたいと言うのだから訳がわからないだろう。
それでも、なんかそこまで言われると高崎としても少し悲しくなってきた。いや実際犯罪行為したのは事実なのだが。
そして、皇帝は看守が部屋を出て行って、聞き耳も立ててないことを確認すると、再び話を始めた。
「早速話に行こう……と言いたいところだが、そういえば君はこの世界に来て何をしてるんだ? 私も息子から、父さんに教えてもらった言葉を話してる密入国者がいる、と話を聞いただけだからな」
まぁ確かに、あっちからしたら俺の素性は謎である。
別に隠すつもりもないので普通に話す。
「俺は今はただのアルディス王国の軍人っすよ。気がついたら公園のベンチで寝てて、無職無能力で識字能力も言語能力もゼロから始めて死にかけましたけどね。……というかそこから皇帝にまでなるって、あなたこそ何者なんですか??」
話が正しければ、この男は地球から転移して、20歳くらいにして世界帝国の王にまで成り詰めた男である。
そこら辺の路地で野垂れ死にかけて、軍の問題児扱いされてた高崎にとっては雲のように遠い存在といっても差し支えない。
すると、皇帝は疑問そうに首を傾げた。
「……無能力、言葉が話せない……?
──まさか、来た時に“何も”貰わなかったのか?」
「…………へ?」
貰う。来る時に??
なにそれ、よくテンプレである話だけども。
「そうか、それは…..大変だったな。私の時は何かすごい一つ能力を上げるよってのがあったし、言語もなんか謎の力で手に入れたんだけどな」
「えええッッ!!? そんな不公平なッッッ!!!?」
高崎が頭を抱えて軽く発狂する。
……まぁ無理もない。毎日差別を受けながら就職活動。
夜は夜中までアルディス語の勉強。そんな生活を貯金が底をつき、ぶっ倒れるまで続けたりしていたというのに、目の前のこの人はそんな苦労もなさそうな感じである。
嫉妬的な何かが芽生えてくるが、その矛先は彼ではなくて、例の電話のカミサマ(笑)に向けるべきだろう。
あんのクソ野郎。
旧教事件の下りであれは神じゃない。謎のXによる実験なんだ説とか何とかが出てきたが、そもそもあんなゴミカスが神な訳がなかったわクソが!! ……と高崎は頭の中で確認する。
というか20年以上前からその“世界の綻び”とやらはあったのか? ……いや、やはりあれも嘘なのか。
いつか絶対その面見つけて今までの苦労の分殴ってやる、と心に決め、一旦あのカスの正体は置いとくことにする。
「そいつは羨ましいことで。今でも俺なんかはアルディス軍上層部の言いなりの使い捨て駒の下っ端ですよ」
高崎が両手を広げ、心底羨ましそうにため息をついた。
すると、皇帝がまた首を傾げた。
「いや、でも少し能力の波を感じるんだがなぁ。
───もしかして、『魔術聖典』……か?」
高崎がビクッと揺れる。
………バレた。
今まで仲間にも少尉にも、誰にも全く気づかれなかったのに。そもそも力を感じるって何だ!!?
本当に、どうしてだ??
そんなテンパる高崎を見た陛下は、笑いながら答えた。
「はっはっは! 魔術聖典を持っているのに知らないのか少年?魔術聖典も持つ者同士が近づくと、その力を互いに感じることができるんだぞ! 例えば、鼻が痒くなる、……とかな??」
そんな彼の言葉に、高崎が納得がいったように手を軽く叩いた。確かに。彼が入ってきたとき、鼻が少しひくついた。あれはそういうことだったのか。
………っていうか。
「あなt……陛下も持ってるんですか? 魔術聖典を??」
「あぁ、そういうことだ。……それと、正朝の人間でもないんだから陛下なんて呼ばなくて良い。そうだな、俺の苗字は風早だから風早さんとでも呼んでくれ」
「そう呼んでいるの、他の人に知られたら俺殺されそうですね……、まぁ了解です風早さん」
あっ因みに俺は高崎って言います。と付け加える。
彼はそれに、おう。と短く返事をすると、話を戻していった。
「君が何で魔術聖典を持ってるのかって事は聞かないでおくが、一つ気になることがある。……それを持ってるってことは知ってるのか?聖典の“裏”と、俺らの“繋がり”ってモンを」
彼は、少し声のトーンを落として問いかけてきた。
──“繋がり”。
それは、恐らくあの魔術聖典を使った他の世界からの人間の召喚が行われている。というあの話をだろうか。
あの男、アランという者が言っていた聖典を巡った争い、そしてその力の行使。それは本当に起きていることなのか?
実際にトップとして立っているこの男の話は、そこを知っているのかもしれない。
高崎がそんなことを考えていると、風早はその沈黙を肯定と受け取ったようだ。それを踏まえて口を開く。
「じゃあ確認も含めて、本題と行こうか。何でこの俺がこんな場所にまで来てしまったのかを」
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そしてその時。
同じく宮廷内で、また別な会話が行われていた。
彼らもまた、正朝に君臨する“英雄”たちである。
「風早のヤツはどこいったんだ? さっき執務室の方に行ってもなんか居なかったんだが」
「あぁなんかアイツなら今会談中らしいわよ? ……しかもさっきまで牢屋にぶち込まれてて、さらに変な言葉を喋る奴とね」
「はっ! 意味分かんねぇが、アイツらしいと言えばらしいな。今度は、どんなことを考えてるのかね」
情報提供に軽く礼を言いながら、その男はまた別の場所へと歩き出す。
そして、その時小さくこう呟いたのだ。
「──“変な言葉”か。……いや。まさか、な」




